048 お前らは空想の産物なんだよ

 冒険者の元に戻ると様子を眺めていた一人が口笛のようなものを吹く。

 会話は聞こえていないと思うが少しだけ恥ずかしかった。

「彼女たちが慌てた時は驚きましたよ。余計な戦闘は勘弁してほしいところです」

「すみません。大変興味深い話しをしていたもので。あと、彼女達には色々と教えられました」

「それは良かった。確かにモンスターの中には賢いものも居て、驚かされます。さすがに粘体スライムとかアンデッド系で喋るものは低位では居ないと思いますけど……」

「会話する死の大魔法使いエルダーリッチは居ると思いますから……。なんとも言えませんね」

 自分が正に喋る死の支配者オーバーロードだけど、と胸の内で言うモモンガ。

 無闇に凶暴なモンスターばかりではなく、会話が成り立つものも居ると認知されているのだなと感心する。

 とすると姿を隠している森精霊ドライアードとも会話が成立するかもしれない。

 というより自分達ナザリック地下大墳墓には大勢の会話が成立するモンスターが居たっけと思い出す。

 よくよく考えればモンスターと話しが出来るのは普通の事なのか。

 自分達はアバターだが、本物のモンスターは獣と同じではないのか、と疑問に思う。

 自動翻訳でたまたま会話が成り立つ仕様とか。

 色々と興味深い。

 うんうんと一人で納得するモモンガ。

 植物の事に対してマーレに何故、尋ねたのか今になって思い出し、疑問に思う。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターを自分はそれほど信用していただろうか。高位の森祭司ドルイドならブルー・プラネットが居るじゃないか。色んな事がありすぎて判断が鈍ったのかな、と。

 これは結果オーライなのか自信が無い。

 何事も挑戦しない事には始まらないし、検討だけでは前には進めない。

 いわゆる『トライ・アンド・エラー』の繰り返しだ。

 チャレンジ精神をもっと高めなければ未知を既知とすることは出来ない。

 両手を拳にして『よし』と活を入れる。

「ところで、あの花弁人アルラウネを持ち帰る場合はギルドに報告した方がいいですか? それとも勝手に討伐する事は違法だとか?」

 という言葉に対して冒険者達は驚いたようだった。

「戦う気ですか!?」

「そういうわけじゃないですけど……」

 う~んとリーダーは唸った。

 突飛な提案だった事は理解した。

 もし討伐できるモンスターならばそれほど驚かない筈だ。つまり結構、無茶な提案だということだ。

「もう忘れたかもしれませんが、改めて言いますと……。森特有のぬしのようなモンスターとは戦ってはいけません」

「はい」

 それはつまり犠牲を抜きにしても主たる花弁人アルラウネと戦う事は森の秩序を乱す行為に当たり、冒険者ギルドの規則に抵触する。

 しかしながら見てなければ何しても良い、という無茶な論理があったりする。

 でも、事前に調査隊が森を調べているなら誤魔化しは通じないかも、と思い出す。

「全部の討伐は駄目ですが、一体なら大丈夫である可能性はあります。……しかしながら我々の戦力でも花弁人アルラウネに勝てるかは分かりません。無駄な犠牲は出したくないです」

 リーダーは花弁人アルラウネの強さをある程度は把握している、ともいえる。だからこそ戦いには否定的なのかも。

「交渉で持ち帰れる場合ならどうでしょうか?」

「それが一体なら……、問題は無いですね。……でも、移動に首を縦に振ったんですか、花弁人アルラウネが」

「ま、まあ、そんなところです。もちろん、森を焼くぞ、とか脅しはしませんでしたよ」

 いや、むしろ脅した方が楽だったかもしれない。

 それはそれでなんか悪役っぽい。

 今の自分は善人と悪人が混在していて混乱するところだが。

「持ち帰っても報酬にはなりませんよ」

「個人的に育ててみたいな、と……」

「あっ、ははは……。育てるためですか。それはすごい……」

 リーダーは苦笑しながら返答に苦慮していた。

 お前、何しにこの仕事を請けたんだよ、と言わんばかりの苦渋の顔に見えたし、モモンガでもそう思う。

「でもまあ、明日には帰る事だし。モモンガさん。あれアルラウネを持ち帰られますか? 我々は協力したくないですよ」

 暴れられてはたまったものではない、と言わんばかりだ。

 もし、モモンガがリーダーの立場なら同じ感想に行き着く。

 お前、なに凶暴なモンスターを持ち帰って育てる、だ。バカなの、と。

「今回は無理なので後日、改めて森に来ようかと……」

「勝手に野たれ死ぬ事に我々は責任を持ちません。ただし、森は大切にしてくださいね」

 今の発言は『お前は魔法詠唱者マジック・キャスターだから森を焼いた場合は許さない』を暗示していると思う。

 確実にそうだな、と。

 薬草がある森だ。その中での戦闘はバカげているし、きっとブルー・プラネットは激怒する。

「もちろんです」

「植物モンスターは縄張り意識がとても強い。甘く見てはいけません。特殊なスキルで行動不能にさせられたらおしまいです」

「はい」

 目の前の花弁人アルラウネだけなら何とか討伐できるかもしれない。けれども森の守護者はきっと荒くれ者を許さない。だからこそリーダーは戦闘行為に否定的だ。

 生きて森から帰るには黙って引き返す事が懸命だと分かっているからだ。

 モモンガ的にはモンスターが居るのに安易に戦闘にならず、平和的に済ませようとする冒険者達に驚きを感じていた。

 ゲームとは違う彼らの本来の日常というものかもしれない。

 これがナザリックのメンバーなら容赦なく伐採するところだ。

 ほぼ確実と言ってもいいくらいだ。

 魔法一発で森を何も無い荒野に替えられる連中だ。もちろん、自分も出来るけれど。

 何だか世界を破滅に導きそうなのは自分達かもしれないと思うと苦笑が漏れ出る。

 地味な仕事も侮れないな、と改めて感心した。


 モンスターに襲撃されることは無く翌日にはエ・ペスペルへ向けて帰還のにつく。

 派手な戦闘は無いし、調査だけ。

 討伐依頼ではない仕事というのは味気ない。これでいいのか、という疑問はある。

 これが地球であれば地味な仕事しか無いし、それはそれで別段、不思議な事は無い。

 異世界で書類仕事というのは達成感が湧かないのでもやもやする。

「ご苦労様です」

 と、調査報告書を提出して終わる今回の仕事兼昇進試験。

 果たして合格なのか不安だ。

「モモンガさんはどうでしたか?」

「非常に真面目で文句一つ言いませんでした。結構場慣れした人なのかもしれませんね。モンスターに対しても恐れを抱かないし、今後の活躍が期待出来るかもしれない」

「魔法は見れなかったけどね」

「人当たりも良いからチームを組めば化けるかも」

 と、高評価だった。

 くだん花弁人アルラウネの持ち帰りについては言及しなかった。

 今回の仕事とは関係無いし、報告するほどの事でもない、という事なのか。貸しを作った、とかのテンプレート的な何かとか。

 深読みしがちだが、まあ気にしても仕方がない。

「採取した薬草は……」

 と、モモンガは余計な事を口走る。もちろん、わざとだ。

「薬草採取は仕事に入っていないのでお好きにどうぞ」

 と、組合の人間がにこやかに返答した。

 仕事は仕事できっちりしているとも言える。

「無事に仕事は遂行されましたし、大きなケガもありません。これで依頼は完了と判断いたします。それとモモンガさん」

「はい」

「チームとしての振る舞いに問題は無いようですね。これからも頑張って下さい」

「ありがとうございます」

 モモンガが一礼した後で組合の人間は小さな木箱をモモンガに渡す。

 中には銅とは違う色合いのプレートが入っていた。

「これからは鉄プレートをかけてください。見事昇進おめでとうございます」

「合格……ですか?」

「はい。あと、銅プレートは回収いたしますので」

「は、はい」

「次から鉄級の依頼を受ける事が出来ます。今後とも精進なさってください。あと、これは報酬です」

 と、モモンガと他の冒険者に今回の仕事の報酬が支払われる。

 額は多くは無いが素直に嬉しかった。


 鉄級昇進クエストクリア。


 何事も無く終わると気分が良い。

 外に出たモモンガは新鮮な空気を吸うように喜んだ。

 仕事としては簡単なものだが達成感は微妙。それでも嬉しい事に変わりは無い。

 問題は連れのルプスレギナの昇進だが、こちらの方が心配になってくる。

 普通ならチームごとに昇進するのが通例だが、依頼を規定数こなさなかったルプスレギナは個人的に別の試験を受ける事になるらしい。

 彼女に一人で試験など出来るのか疑問だが。

 と、不安に思っていると受付嬢が良いアドバイスをくれる。

 モモンガと他の鉄級冒険者と合同でルプスレギナの試験に同行すればいい、というものだった。

 一見すると不正の匂いがするがモモンガ個人ではなく、他の冒険者と同行するところがネックだ。

 モモンガはあくまで保護者的に見守るだけならば共に参加する事には問題は無い。それと、いざという時の最低限の手助けは命のかかった場合に限りは許容する、と。

「未熟な人が上にあがっても使えるかは本人次第です。不正を働こうが、役に立てば良い、というのが冒険者組合の意思、みたいなものです」

「……つまり不正を黙認すると?」

 それはそれで凄い組織だな、冒険者組合って、と思う。

「上に行けば行くほど危険度が高まりますからね。楽な方法を取っていると痛い目に遭います。我々の組織はそこまで面倒は見ませんよ、という事です」

「……了解しました」

 受付嬢なのに歴戦の戦士のような強い眼差しを感じた。

 只者ではないのかもしれない、と。

 役に立たない金持ちのボンボンの娯楽では運営も大変だ。


 ルプスレギナの昇進については別段、急ぐ話しではないので目下の目的である花弁人アルラウネについて考える事にする。

 まず一旦、ナザリック地下大墳墓に帰還する。すると、仲間たちからお祝いの言葉を貰った。それも結構盛大に。

 イベントとしては大した事が無い筈だが、子供が初めてお使いに成功したような喜びようで恥ずかしかった。

「一人で昇進試験出来るかなイベントクリア、おめでとう!」

「なんですか、その恥ずかしいネーミングは!」

 一般メイド達も涙を流すほど喜んでいるあたり、変な事を吹き込んだとしか思えない。

 モモンガは一応、社会人だぞ、と叫びたいところだった。

「メイド達も泣くんじゃない。そんなに凄い事でもないんだから」

 ナザリックの統治者がお使いも出来ないほど幼稚な存在だと思われていたのか、と。

「長く一人で行動していたので少しは心配しましたが……。一人でも出来るんですね、モモンガさんは」

「当たり前です。重度の引きこもりじゃああるまいし」

 転移後は引きこもっていたけれど、元々は外に出て働くサラリーマンだ。

 ここは反論させていただく。

「銅プレートは実地調査くらいで大した事はありませんでしたが……。上に行けばもっと色んな事を調べたりするんでしょうね、きっと」

「で、モモンガさん。また街に行くんですか? それとも引きこもり生活が恋しくなったとか?」

「あー? ぶっ飛ばしますよ、るし★ふぁーさん。……仕事はまだ続けたいと思いますが……。皆さんを閉じ込めているのが気になって仕方がありません」

「定期的に外には出ているよ。空飛んで遠出も」

「心配は無いようですね」

 誰にも見つからなければ、個人の活動に制限は設けたくないモモンガ。

 その点、余計な説明をしなくていいのは自分で判断できる仲間だからこそ、かもしれない。

 これがNPCなら何をしでかすか分からないので心配になる。

 設定に忠実な部分がどうなるのか、など。

「偽装できる人にも街に行ってもいい許可を出したいところですが……」

「モモンガさんが狂喜乱舞するかもしれないからね」

 もちろん悪い意味で。

「……まあ、否定はしませんが……。何しろ未知の世界ですから」

「アバターのお陰で……、それぞれ退屈は意外と感じていないんですよね。不思議と一日中無心になっていても苦にならない」

 という言葉に多くが同意する。

 ヘロヘロも三日連続でベッドに居たが外に出たい、という欲は湧かなかったという。

 ソリュシャンに対して如何わしい事はもちろん出来ない。種族の点からも不可能に近いけれど。

粘体スライム同士の融合は特に性的な意味で興奮とかしないようです」

「……まあ、自分達の創造物に俺が口出しする事はしませんが……。例えが嫌らしいエロい事ばかり、というのはちょっと引きます」

「美人が多いからね、ナザリックには」

「冴えない主人公の俺も肉体のある種族なら良かったんでしょうけれど……。まあ、厳命するつもりはありませんが……。ほどほどに」

「了解」

「了解」

 と、時間差を置いて『了解』と口にする男性陣。

 三人しか居ない女性メンバー達は呆れているようだった。

「ここしばらく綺麗な空を眺めていましたが……。なんだかのんびり余生を過ごしているようで、慌しかった日常が懐かしく感じました」

「そのまま化石化しそうな雰囲気ですよね」

 その例えはあながち間違っていないように聞こえるし、モモンガとしても納得しそうになった。

「人生を振り返るにはまだ早い気もしますが……。まずは現在の街で銀級まで過ごす事にします。それからいよいよ『マグヌム・オプス』に行ってみようかと」

「堅実ですね、モモンガさん」

 本来なら数人のメンバーを連れて行く所だが、全員が異形種だ。

 これで騒ぎにならない方がおかしいとモモンガ本人は思っているのだが、実は世間はそれほど異形種に嫌悪感を持っていないのではないか、という懸念も感じていた。

 ついつい深読みする性格なので結構失敗している気がしている。

 もちろん、バレアレ国王とか魔導国とか気になる点はあるけれど、今の自分に出来る事をしているだけ。それがどうも裏目に出ているような気がするのでもどかしい。


 ◆ ● ◆


 祝いのうたげを早めに切り上げて真面目な検討を自室でおこなう事にする。

 まず書き留めた書類の整理から始める。

 お調子者や真面目な会話が苦手な者は自由行動にさせておくとして頭脳派を集めておく。それと階層守護者を揃えてみた。

 普段は閑散とした自室が随分と大所帯になってしまい、軽く苦笑する。

 一人で居たい時もあるけれど賑やかなのも悪くはないと。

「まず、アルベドよ。留守を任せて悪かったな」

「いいえ、悪いだなどと……。本日までに全NPCのステータスに異常はございません」

「……全NPCか……」

 統括という役割とはいえ一覧表を見つめるだけの仕事は目が痛くなるような事に思える。もう少しやりがいのある仕事があればいいのだが、ゲーム時代は設定だけ置いてきたようなものだから何とも言えない。

 例えば名前が増えたり、ステータスがバグっていないか確認してくれる事はありがたい。

「地味な作業で申し訳ないな」

「地味だなどと、とんでもないことでございます」

 無限ループに入りそうなのでねぎらいは軽く流しておく。

「マーレには既に伝えていたが花弁人アルラウネを手に入れようと思う」

 今回はブルー・プラネットにも参加してもらった。

 普段は第六階層と外の森林地帯の調査で忙しかったらしいが、各メンバーがどんなことをしているのかはいちいち確認しない事にしていた。

 それは単に考える事柄が増えるのを防ぐ為だ。

 ペロロンチーノの行動を逐一チェックして悶えたくないので。

 あと、るし★ふぁーだが。何かを製作しているらしい。元々が製作系の人物だから今更な話しだが。

 余計なギミックは作るなよ、とは言っている。

「デミウルゴス達には興味の無い話しが続くかもしれないが……」

「いいえ、お気になさらず話しを続けて下さい。モモンガ様のお言葉を邪魔する気などございません」

「私モ同意見デス」

 プシューと冷気を噴き出しながらコキュートスが言う。

 彼の冷気にステータスが揺さぶられるメンバーは部屋に一人も存在しない。

 本来ならお世話のメイド『インクルード』が待機する筈だったが重要な会議ということでうっかり排除してしまった。

 その事を思い出し、メモ用紙などを取り寄せる意味合いで呼び戻しておく。

 一般メイド達は弱い存在だがエリアエフェクトや各守護者の特殊スキルの影響下に入らないようなアイテムは持たせてある。

 そうしないと通り過ぎるだけで次々と死んでしまうので。

「一人では心許ないか……。他のメイドも何人か連れてこい」

「……モモンガさん、統治者らしくなってきましたね」

 と、熊の姿をしたブルー・プラネットが言う。

 見た目が強面だが自然を愛するメンバーの一人だ。

「無視するのも可哀相かな、と。ただ、逆に意地悪な人って居るんですか? 俺が居ない間に何回かメイドを殺して遊ぶ人とか」

「さすがにそんなバカは居ませんでしたが……。ペロロン君は色々と考えているみたいですよ。もちろん、真面目な方向で」

「女性には優しい人ですからね。趣味は個人の嗜みですから、そこまで俺はうるさく言いたくないです」

「優しい人だな、モモンガさんは」

 うんうんとぷにっと萌えと死獣天朱雀が納得する。


 新たなメイド『インクリメント』と『デクリメント』と『ナル』の三人が加わったところで話しを再開する。

「あー、メイド達よ。椅子に座っているといい。変に緊張しなくていいから」

「モモンガ様のご厚意です。そうなさい」

 と、優しい声でアルベドが促す。

 各メイド達は椅子を持ち寄り、壁際で座って待機する。

「肉体的な問題があるかもしれないが……。楽な姿勢をしてくれないと緊張する……」

「そういうところが神経質って言われるんですよ、モモンガさん」

「大きなお世話です。気になるものは仕方がない。……おほん。今回の試験で向かった森はここ」

 と、大きなテーブルに広げた簡易的な地図の一角を指し示す。

「人間の速度で三時間ほどの距離に湖があり、七体の花弁人アルラウネが居ました。見た目はゲームと一緒ですね。このモンスター、良く喋ります」

「では、可愛いんですね?」

「はい。現地の人間がどの程度の強さなのか分かりませんが、彼らが戦わないほどには強いんでしょう。それと木の上に森精霊ドライアードが潜伏しているようです」

「現地のモンスターに会ってみたいですね」

 と、喜ぶのも束の間。

 とある問題にぶつかる。

 それはゲーム時代に遭遇したモンスターが実在の生物として存在する事だ。

 本来ならばありえない事だと誰もが思う。

 だが、モモンガが実際に見た、と言っているし疑う気は今は無い。

 ブルー・プラネットは腕を組んで唸った。

「ますますこの世界が分からなくなった」

「……進化の過程に興味が湧きますね」

「仮定の話しではユグドラシルのモンスターをこの世界に持ち込んで増やした、という線が今は確実です。ただ、それがいつから始まったのかは不明……」

「かなり長い歴史を持つならばモンスターも独自の進化を遂げそうですが……。期間が短ければまだゲームと一緒という可能性もあります」

 賢い連中の言葉は聞いているだけで驚かされる。

 自分では考え付かない提案が次々と出てくるのだから。

 モモンガはただ驚き、相槌を打つくらいしか出来ない。

「魔導国がモンスターをばら撒いた線もありますけど……。転移の時間帯が歴史の原初である必要性がありますから……。直接、尋ねない事には議論は進みませんね、きっと」

「そうそう都合よく原初に転移出来るとは思いません。我々と同じく中途半端な歴史に放り出された異邦人の方が自然ですよ」

 モモンガが唖然としている頃、アウラとマーレ。シャルティアも唖然としているようだった。

 ぷにっと萌え達に疑問をぶつけるつわものが今のところ現れていない。

 一を訪ねれば十の答えが返ってくるありさまだ。

「だいたい幻想生物が何故存在していられるんでしょうか」

「それは直接確かめるしかないでしょう」

「あの、えっと……。至高の御方々に、質問してもよろしいでしょうか?」

 と、頼りなく手を挙げる勇者マーレ。

 それにモモンガは頷きで答える。

「『げんそうせいぶつ』ってなんですか?」

 NPCでも分からないものがあるのは確認した。

 自分たちが作られた存在であり、NPCである事も自覚している。だが、それでも分からないものがある。

 与えられていない知識だ。

 当たり前かもしれないが、言葉を話す彼らが本来の意味を知らぬままに使うことはありえない。

 数字は知っているが数字の意味は知らない。

 ゲームという単語は知っているがゲームとはどういうものか説明が出来ない。

 モモンガはある程度の知識があるからこそ説明が出来る。

 そういう教育を多少なりとも受けたり、自分で知ったからだ。だが、NPCは教えてくれる教師がそもそも存在しない。そして、知識を蓄積できる保証もない。

 彼らはゲームの中で作られた存在だから。

 本物の人間ではないし、生物でもない。

「空想の産物だ。様々な神話にしか存在し得ない生物……、とも言える」

 そして、森妖精エルフも幻想生物だ。

 本来は存在し得ない生物だ。だが、現実にマーレは存在している。

 それを疑問視するギルドメンバーの気持ちはマーレにはおそらく分からない。

 もちろん、モモンガにも分からない。

 お前は本来は存在しない生き物なんだよ、と宣告するようなものだ。

 言葉としては残酷な現実とも言えるし、モモンガは真実としては言いたくない。

「空想生物と現実の生物との戦いを描く創作物が無いわけではない」

 モモンガのアニメ知識で知っているところでは『ゼ●●●イン』が浮かんだ。

 空想が現実に干渉する作品はそれなりに存在するが、最後は自然消滅が多い。

 空想は空想に還る。空想が現実に変換される。などなど。

 アニメはなんでもありな部分があるけれど、現実問題として空想はやはり空想でしか無い。

「でも……、破壊神は居るんですよね……」

 と、小声で言うモモンガ。

「あれも幻想生物の一種じゃないのか?」

 それを言うとアバターも空想生物だ。

 骸骨が喋ったりしないし、半魔巨人ネフィリムだの不死鳥フェニックスだのが居たりしない。

「お前達がNPCである事を自覚しているからこそ言うが……。虚構の存在たるお前達が現実世界に干渉する事はとても凄い事だ。ただ……、それが何処まで真実なのか分からない。結局は虚構のままだった、というのは悲しい事実になってしまうのだがな」

 モモンガには決して言えない事を死獣天朱雀は言い放つ。

 本来ならばモモンガとしては止めるべきところかもしれない。だが、脳裏にテンプレートの言葉が思い浮かび、手が止まる。ここで止めるな、と。

 冴えない主人公ならば『ちょっと待ってください』と声を張り上げる。

「ふむ。我々が虚構の存在……。にわかには信じがたい事ですね」

 と、冷静に分析する悪魔デミウルゴス。

 モモンガはあえて黙っている事にした。

 ギルドメンバーの中でも頭脳派が揃っているのだから何か言ってくれるはずだ。決してギルドを危機に陥れる事はないと思う、と。

 自分モモンガならばきっと後回しにしてぼかす。

「本来ならばゲームデータに過ぎないものが生物として振舞いだした、または受肉したか……。我々もアバターという仮初めの存在だが、不思議な事だ」

「朱雀さんは常に燃えているのに熱を感じないんですから、物理法則と量子力学とかが泣いていますよ」

「アンデッドが平然としているのも謎だ」

 それは確かに頷ける問題だ。

 元々の肉体が死んで、この姿になったわけではない。

 最初からアンデッドのプレイヤーとして始めたのだから。

「虚構を許容する世界の謎。精神世界という言葉でひとくくりにすれば正しく何でもありなんだがな」

 死後の世界という意味も含まれるかもしれないとモモンガは思う。

 その前にモモンガ自身の意見としては赤髪の破壊神に直接聞く、という身も蓋も無い方法があった。

 この世界を作った元凶。

 我々が議論しても仕方が無いのではないか、と。

 自力での解明を諦める選択肢もあるはずだ。

 そもそも何故、はこの世界の秘密を解き明かせ、と言ったのか。

 彼女破壊神が作った世界だと証明しろ、という無茶な論理のような気もしないでもない。

「虚構については横に置きましょう。それは神様の案件だと思います」

「そうでしたね。つい失念していました」

 そうしないと延々と議論して混乱が渦巻いてしまう。特にNPC達にとっては良くない気がする。

 お前らNPCは現実には存在しない生き物なんだよ、と言うのは残酷だなと思う。

「気分を悪くさせて申し訳ないな」

「いえいえ、大変興味深いお話でした」

「我々は至高の御方に作られた被造物です。お気になさらずに」

 と、微笑むアウラや守護者達。まるで何かを覚悟したような感じでモモンガには少し不安だが。

「死獣天朱雀さん。あまりはっきり言われると精神的にきついですよ」

 いくら真実だとしても、と。

 おそらく棚上げにしたくない問題だと判断したのかもしれない。

 今言うべき時だからこそ、とか言い返されそうだ。

「仮に虚構だとして、我々は指先一つで簡単に滅する存在なのでしょうか?」

 と、デミウルゴスが尋ねてきた。

「出来なくは無いな。だが、それを現時点で出来るのはモモンガさんくらいだ」

 大元の設定を操作できる権限はギルドマスターたるモモンガのみ。その点で言えば間違ってはいない。もちろん、クリエイトツールの存在は棚上げだ。

「我々は多少鬼畜だがモモンガさんは世話好きのお人よしだ。例えNPCでも大事にするだろう」

「それに甘えてはいけないのでしょうね」

 側頭部に角の生えたアルベドが呟くように言った。

「組織である以上は時に非情さが必要です。モモンガ様のお心を惑わす事態は望みませんとも」

「……不要とご判断される事は心苦しいです。我々は至高の御方々に必要とされなければ存在価値がございません」

「そ、そうでありんす。我が創造主ペロロンチーノ様に可愛がってもらっているとはいえ……。飽きたら捨てられるような事があれば……」

 階層守護者の任に就かせているのだからペロロンチーノが飽きたとしてもモモンガはシャルティアを起用する。

 戦力としての彼女の利用価値はとても高いし、便利な『転移門ゲート』を使わせてもらっているので。

 移動の為だけっていうのは心苦しく思わないでもない。

「変な空気になっちゃったじゃないですか。あんまり重圧をかけないで下さいよ」

「大事な事だから後回しにするともっと重圧がかかるよ」

「モモンガさんの他にNPCを気にかける奴が居るから、そうそう悲観したものではないよ」

「うんうん。長く付き合っていけばNPC達とも仲良く出来るさ。だが、我々はまだ確認したい事があるから質問している。それはモモンガさん的には嫌な話題だと思うけれど」

 真面目な年長者の考えは難しくて分からない事が多いけれど、意味もなく質問しているのではない事は理解した。

 しかし、凄い覚悟だなと思う。

 自分なら逃げ出すような話題だ。

「マンガだと……『魔法●●』のやつか……」

 多くの幻想生物が空想の産物であり、住民がその事実を知るのはずっと後になってからだ。そして、それらに現実を突きつける大きな争いが起こる。そんな内容のマンガがあった。

 今はそれに似ている気もするとぷにっと萌えは思う。

 そうなると彼らを消し去るアイテムが世界の何所かに存在している、または誰かが所持している事になる。

 さすがに漫画のネタが答えだとは思えないが、現実に存在している空想生物を否定する事は本当に正しいことなのか、判断が難しいところだ。

 せっかく作り上げた自分達のNPCを自分たちで否定する。それはやはり心苦しいとメンバー達は思った。

 そもそもわざわざ自分たちが作りあげたものを否定する意味があるのか、と。

 存在しているNPCなどは祝福するべきではないのか。

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