047 モンスターの居ない日常

 エ・ペスペル近隣の森は近くと言っても数十キロメートル程の距離がある。

 現地人にとっても徒歩で向かうには遠い距離だ。

 数時間の馬車移動は当たり前と思っているのか、特に問題視されない。そこは現地の人間との感性の乖離だ。

 それは別段、悪い事ではないし、勉強になる事だ。

 異世界ファンタジーにありがちな馬車移動している時に野盗に狙われるイベントを少し期待してしまった。

 よくよく考えれば毎回都合よくイベントが起きるわけが無い。

 そういうは自分の妄想の中だけのようだ。

 三時間後に現場に到着。

 長い移動にも思えるが、それだけ現場まで遠かったという事だ。

 地図上では分からない相対距離というものかもしれない。

「馬車は近くに繋ぎとめておくとして……。何処から入る?」

 目の前には森というかジャングルに似た雰囲気のある広大な森林が立ち塞がっている。

 一冒険者チームが調査するには広すぎやしないか。

「奥まで行くんですか?」

「まさか」

「事前に調査に入った冒険者が付けたしるしまでですよ。二時間くらいは行ったところでしょうか」

 何度もおこなった事があるのか、勝手を知っている、という雰囲気に感じた。

 冒険者組合は依頼を出す時、事前に現場を調査するという話しだが、おそらく各冒険者を育てる為の処置だと思われる。

 より上級になれば下級の為の調査というような仕事があるのかもしれない。

「迷子にならないように行きますか。モモンガさんは後方ですが、あまり離れすぎないようにしてください」

「了解しました」

 いよいよ最初の昇進試験だ。


 森の中に入って既に三十分が経過した、と思う。腕時計とか身につけていないので時間経過が分からない。

 一匹のモンスターの姿も見当たらない。

 それどころか小動物の姿も虫の姿も無い。

 この世界に来て出会ったモンスターはカルネ国の実験農場に居た分だけだ。

「モンスターは居るんですか?」

「ここ最近は見当たりませんよね……。魔導国の何がしかの力に怯えて国外に逃げたのかも」

「少なくともアーグランド評議国には居ます。あそこは亜人達が住んでいますし、評議員の竜王ドラゴンロード達が控えていますから」

 モンスターの中で最強と名高いドラゴンはモモンガも知っている。

 身体全体が素材で出来ているモンスターでユグドラシル時代はよく乱獲したな、としみじみ思った。

「もともと王国の周りは散発的にモンスターが出る程度の平和なところだったので、こういう事は珍しくないですよ。少なくとも『トブの大森林』よりは安全度が高いです」

 と、歩きながら教えてくれる冒険者。

「モンスター以外の動物や虫の姿も無い気がしますが……」

「それはきっと……、植物モンスターに食べられたんですよ」

「動かないと見つけにくいですからね。少し上に絞め殺す蔦ギャロップ・アイビーとか居るかもしれませんよ」

 蔦状の植物モンスターで獲物を絡め取り、その名の通り絞め殺して養分を奪う。

 ぷにっと萌えの種族である『死の蔦ヴァイン・デス』の下位種だ。

「エ・ペスペルはたぶん一番モンスターが少ない地域かもしれません。広い平野に囲まれてますし、小鬼ゴブリン達に駆逐されている事もありえなくはないですから」

「それは……なんか勿体ないですね」

「たまに赤帽子の小鬼レッドキャップが現れるらしいです。そのせいもあるかも」

 小鬼ゴブリン種の中では凶悪にしてレベルも43と高いモンスターで殺戮を好む。

 見た目は小柄で赤い帽子をかぶっている以外は弱そうに見えるが敏捷はケタ違いに高い。

「……ほう」

 質問すれば大抵の事は答えてくれる。

 荒くれ者のイメージがあったが気さくな彼らにモモンガは驚いていた。

 もし、自分ならと考えてしまう事もあるけれど、初心者に親切なところは疑いがちだ。

 それはただ自分の心の狭さが露呈するだけなので勝手に自己反省する。

 期待に応えて実は全部嘘さ、と言ってほしいと思っている自分が居るので、少しだけ辟易する。

 ここにルプスレギナが居ればもう少し面白い結果になっている、かもしれない。

 昇進試験をふざけた気持ちでおこなうのは不味いけれど。

「むっ、薬草みっけ」

「踏み荒らされていないところを見ると……。豊富にあるかも」

 モモンガは野草には詳しくないので全部雑草に見える。

 鑑定しても現地の言葉だし、毒草との区別は不明。というか、毒草かどうかも分からない。アンデッドなので食べて確認する事は当然出来ない。

 専門店で調べるという手がある、という事を思い出したので無理して採取する事はしない。

 他の冒険者達はいくつか採取してメモを取る。

 元々の目的は森の調査なので彼らに教えてもらいながら自分もメモを取る。ただし、こちらは日本語だ。

 現地の文字はまだ書き慣れていない。

「豊富にあっても珍しいわけじゃないから。適度に残しておくか」

「また来年生えてきますようにと祈りつつ。では、次に行きましょうか」

 根こそぎ取らないのがマナーのようだ。

 モモンガとて乱獲は不味いと思う。ゲームでは再生成されるから多少の無茶が出来た。

 この世界はちゃんと残しておかないと絶滅してしまう可能性がある。

 とはいえ、ナザリックで育てられないか気になったので少しだけ採集する事にした。


 移動している内に見かけるのは薬草や木の実が殆どでモンスターの姿は発見できない。

「小動物の姿も見えないとは……」

 というよりこの世界に動物が居るのか、と心配になってきた。

 移動の為の馬は確認出来たが、野鳥は居ないのか。虫は居ないのか、と。

「人里が近い森の入り口附近はこんなものですよ」

「……ですが、動物の鳴き声くらいは聞きたいです」

「声を出すと襲われるから案外、身を潜めているかもしれませんよ」

 そう言われると納得する。だが、やはり姿は確認したい。

 この世界独自の動物というものを。

 小一時間探索しながら突き進むと開けた空間が現れる。そこで冒険者達は小休止に入る。

 疲労しないモモンガは忘れていたが人間は疲れる生き物だ。

「いや、ほんとにモンスターの姿が無いな」

「前の『モンスター大戦』の影響じゃないですか?」

 ここでモモンガはテンプレート的に『それはなんですか?』と聞くべきか迷う。

 わざとらしい気がしたので。

 当然『有名な事件ですよ』と答えが返ってくる事は確実だ。というか、そういう幻聴が聞こえた。

 だいたい冒険者達は与えられたセリフをゲーム的に喋っているような気がして、話しかけたくなかった。

 本来は尋ねるべきところだが、えてここは無視して様子見を選んでみる。

 ここで質問しろよ、と言われたら苦笑ものだ。

「三年以上前の事じゃねーか」

 強大なモンスターとはナーベラルが言っていた『ヘレティック・フェイタリティ』とかいう存在の事か。それとも『しっこくせいてん』か。

 いやそれはナーベラルが居た時代の事であり、この世界ではまだ何も起きていない、と現時点のモモンガは気付いた。だが、似た事件はあったかもしれない。

 同じ存在が居るくらいだから、絶対に無いとは言い切れない。

「居ないと寂しいものですね」

「低ランクにとっては大事な資金源だもんな」

 話しぶりでは小鬼ゴブリンなどが絶滅危惧種扱いになっていて、迂闊に討伐できない状況になっているような気配だ。

 そうなれば冒険者の存在意義が問われる。

 モモンガもモンスター退治は好きな方だから無くしてほしくない文化だ。

 それと自分が冒険者パーティに居る意味も無くなってしまう。

 今のところ何の役にも立ててない。

 休憩を終えて更に奥に進む。その間、帰り道用に目印を木に刻んでいく。

 薬草の状態から人跡未踏の地である事は確実なようだが、どこまで進むのかモモンガは疑問に思った。

 それともパーティで進む事が仕事の目的なのか。

 外で活動する上では一人で森に入り、迷子になっては誰も探しに来れない事もありえる。もちろん、連絡する手段を持たない冒険者に限るが。

「……それ以前の問題か……」

 敵を感知する魔法やスキルは今回使わないでいるが、使えばきっと正体が判明する。


 モンスターが居ない理由。


 少し考えれば分かる事だが、おそらくが『答え』のような気がする。

 とはいえ、何も無ければそれはそれで結構な事だ。

 いらぬ騒動が起きない限りにおいてモモンガからどうこうする気は無い。

「結局、どこまで行く予定なんですか?」

「小さな湖がある場所まで。そこで今日は一泊して次の日に帰る予定です」

「了解しました」

「調査が目的なので何も無い事の方が多いですよ」

「いつもいつもモンスターに襲われては命がいくつあっても足りません。冒険者も命は簡単に捨てたくないんで」

 無謀な冒険をするのは最初だけ。

 日々の暮らしのかてを得ることで必死の世界ならば一日でも長生きする方を選ぶ。そして、それはモモンガとてバカにはしない。


 ◆ ● ◆


 静かな森の中を突き進むが無音の中でも冒険者達は平然と歩き続けている。

 様々な音の中で育ったモモンガにしてみれば不安が一杯なのだが、現地のメンタルの強さは感心する。

 もし人間の身体であれば耳鳴りに悩まされている筈だ。

 現時点で聞こえるのは僅かな風による木々の揺らめき、くらいか。

 動物の鳴き声は依然、聞こえない。

 モモンガの聴覚でも聞こえないのだから驚きだ。

「……いつもこんなに静かなものなんですか?」

 自分の声が大音量に聞こえそうなので、つい小声になってしまった。

「だいたいこんなものですよ」

 と、平然と答える冒険者。

「街は賑やかですが……。外は僅かな音でも命取りですから……。慣れですね」

「……私は……もう少し音があると思ってました」

 いくらBGMが無いとはいえ、静か過ぎる。

 音楽プレイヤーでも持ち込みたいくらいだ。

 現代っ子のモモンガには苦痛以外の何者でもないのだが、アバターの特性がうまく機能していて気持ちを安定させてくる。

 ただただ唸るしか無い。

「………」

 もし逆の立場なら静かに進みたい時に話しかけてくるバカを殴り倒したくなる。

 つまり自分は冒険者としての心構えがなってない、といえる。

 何も無いかもしれないけれど、先輩達の迷惑になっては駄目だ。

 モモンガは駆け出しの冒険者だから。

 それから黙って冒険者達の動きを観察しながら突き進んでいく。

 ゲーム時代よりもモンスターの発生頻度エンカウント率が低くて不安だが、遊びではなく仕事という意識に懸命に切り替える。

 もし現地の人間であれば凶悪なモンスターが現れたら逃げる。それが本来は正しい選択だ。

 いくらファンタジーの世界でも安易に死にたくないし、復活のあてがあるのか不明だ。あと、何より痛い。

 自分はアンデッドのアバターだから気にならないけれど、彼らは生身だ。

 治癒魔法があっても進んで痛い思いはしたくない。それはまさにリ●●の主人公と一緒だ。

 実際に死ねるほどの勇気など、ありはしない。


 それから更に数時間ほど経っただろうか。目的地である開けた場所に出る事が出来た。その間に遭遇した動物は皆無。

 森の中に生き物が全く居ないのではないかと思うほどで逆に不気味だった。

 しかし、それも先ほどまでの話しだ。

 目的地には見慣れない生物が居た。

 は全身が緑色や赤色の発色の綺麗な姿をしていた。

「……あれは……」

 と、言いかけたが先輩冒険者に説明を任せてみる。

「この森のあるじのようだ」

 直径にして五十メートル以上の規模の湖を取り囲む形で人型の生物が立っていた。

 正確には足元が埋まっていて移動できない状態だった。

花弁人アルラウネだな、間違いなく」

 空から降り注ぐ木漏れ日が周りを照らしている。光合成するには打ってつけの場所だ。

 幻想的な雰囲気にあいまって見目麗しいモンスター達は静かに佇んでいた。

 見た目は人間の女性。というか、男性版を見た事が無いし、見えている範囲には居ないようだ。

 何故、人間に酷似しているのか、それはモモンガには分からない。

 赤や桃色などの身体は近親種の赤き花弁人アルルーナという。

 分類状は人間種ではなく異形種。立派な植物モンスターだ。

「大人しいモンスターで近寄らなければ害の無い存在だ」

「戦うとなれば結構強いので遠距離攻撃でチクチクと攻撃する以外に勝ち目はありませんけどね」

 モンスターとしての強さはレベル30を超える。

 蔦と根で攻撃し、臭いによるスキルも使ってくる。

 敵意を見せなければ本当に観賞用として眺めていたくなる。

 種類によっては下半身が大きな花になっていたり、頭に小さな花が咲いていたりする。

 もちろん、蜜を飛ばしたり、素手で殴ってきたりもする。

 移動出来ないように見えるが、それは獲物を油断させる為のフェイク。戦闘になれば根を足代わりにして襲ってくる。

 そんな花弁人アルラウネが湖を囲うように七体居た。

 モモンガ達は彼女たちの領域に入らないように開けた部分に腰を降ろす。

「こちらから近付かなければ襲ってこない、と言われているから」

「欲を出すと養分を吸われるから気をつけるように」

 リーダーの言葉にそれぞれ頷き、休息に入る。

 湖の水を使う時にモンスターの様子を見るが襲ってくる気配は無かった。

 皆の湖だから独占しなければいい、という意識でもあるのかもしれない。

「まさか花弁人アルラウネが居るとは……。何年か前は何も居なかったと思ってたんだが……」

「誰かに植えられたか、種子がここまで来たか」

 花弁人アルラウネは植物モンスターなのでいずれは枯れる運命だ。

 種を飛ばして生まれ変わる。

 寿命はわりと長く、夜間はうなだれる様に眠る。

「バレアレ国王が運んできたものアルラウネなら言葉が通じそうだが……。どうなんだろう」

「自然界の花弁人アルラウネだったら危険ですよ。俺は嫌だな」

 バレアレと聞いてモモンガは首を傾げた。

 人間に扱えるようなモンスターなのか、という点に疑問を抱く。

 モモンガの知識にあるモンスターは召喚物や動物使いテイマー系でもないかぎり、基本的に敵として戦う事が多い。

「確か錬金術に精通していると聞いた覚えがあるのですが……」

 と、モモンガは言ってみた。

「詳しくは分からないけれど……。一部のモンスターはバレアレ国王になついているって話しだよ。何があったのか知らないけれど。花弁人アルラウネを育てていた事も知られているんだけどね」

「ただ、動物使いテイマーという情報は聞いた事が無い。後でそんな感じのスキルでも持ったのか……。よくは分かりませんが……」

 という事を詳しく知るには直接会わないと駄目って事だとモモンガは認識する。

 聞いている分だけでは不思議な人にしか聞こえない。

 何者なのか。

 実験農場に居たキリイも不思議な人だったけれど、その親は更に不思議そうだ。

 自然と期待が膨らむ。

「あのっ! ここでくつろいでもいいですか?」

 と、冒険者の一人が声をかけると花弁人アルラウネの一体が頷いた。

 つまり人間の言葉が通じた、という事なのか。それとも言葉のニュアンスだけで感じたのか。

 確かめるには近くに行って話しかける必要がある。だが、一斉に襲われては冒険者達に迷惑がかかる。ここは大人しくしておく事にしよう。

 一応、モンスターが居る事をメモしておく。

 今は昇進試験の真っ最中だと忘れかけていた。


 人間が居ても気にした素振りを見せないのは強者のおごりか。天敵と思われていないか。

 どちらにせよ、無理して倒す理由は無い。

 五人のチームに対して七体のモンスター。

 戦うとすればモモンガ一人でも勝てる自信はあるけれど、さてどうしたものかなと思案に暮れる。

 今まで目立たず堅実な仕事を心がけてきたのだからいきなり目立つ行動をするのは得策ではない。

「森の全てを調査するわけではないので、今回はここまでで帰ります」

「他にも調査する冒険者が居るので我々の分は以上です、という意味ですよ」

「分かりました」

「……しかし、花弁人アルラウネは可愛いですね。実物を見るのは初めてです」

 文献や情報でのみ伝わっている珍しいモンスター。

 冒険者達の知識では南東の広大な森の奥深くに生息している、というのが通説だった。

 それとこの森に花弁人アルラウネが居る情報は今まで無かったので意外だと思った。

「しかも七体も。誰かが植えたんでしょうか」

「はたまたバレアレ国王の育てていたものの子孫か、だな。距離的にも辻褄が合うし」

「あれが居たりしますかね。森精霊ドライアード

「居る可能性はあるかもな」

 植物モンスター『森精霊ドライアード』も女性型モンスターと言われている。

 見た目は人型で緑色の身体に葉っぱの髪の毛。

 共生する木と共に生きる存在だ。

「ここは植物モンスターの楽園かもしれないな」

 人間が討伐目的で来たのかどうかで対応が変わるかもしれない。

 そういう意味では冒険者達でも苦戦する花弁人アルラウネは番人として相応しい、と冒険者のリーダーは語る。

「実は既に囲まれていたりしてな」

 試しにモモンガはこっそりとモンスターを探知する魔法のスクロールを使用してみた。

 すると確かに数は多くないがモンスターの反応を感じる。特に木の上辺りに。

 規模から言えば話題に出た森精霊ドライアードだと思われる。

 縄張りを荒らさなければ大人しい種族だったはずだとモモンガは思い出す。

 あと、人間を食べるような物騒な設定は無かったはずだ。

 人間を殺して腐葉土にして養分だけ吸い取る、かもしれないけれど。

「………」

 観葉植物として欲しいところだが、それは後で検討してみよう。

 あるいはバレアレ国王の持ち物かもしれないので、会う機会があれば譲ってもらえないか検討する事も考慮する。こちらの方が平和的だ。

 キリイに話だけ通してもらおうかな、と。

「討伐しないのでしたら……、様子を見てもいいですか?」

「助けに行けませんよ。すみませんが、我々も命が惜しいので」

「了解しました。自己責任という形でおこないます」

「気をつけてください。確か花弁人アルラウネはミスリル級以上の冒険者でなければ相手に出来ないほど強いと聞いた事がありますので」

「分かりました」

 モモンガは忠告をありがたく受け取り、一礼して花弁人アルラウネの一体の所に向かう。

 他の冒険者は知らないけれど、この程度の雑魚モンスターに後れを取る事はほぼ無い、とモモンガは思う。

 土産として持ち帰るとペロロンチーノが喜ぶ姿が目に浮かぶ。

 ちゃんと育てられるんですか、と他のメンバーから説教を食らう場面も浮かんだが、そこはマーレ達に丸投げしそうだ。


 ◆ ● ◆


 一般的な花弁人アルラウネである緑色の一つを選ぶ。

 表情の差は分からないが、どれも美人だった。と言ってもモモンガの私見だが。

 自分の美的感覚に自信があるわけではないけれど戦闘メイドが美人である事がわかる程度のセンス感覚は持ち合わせている。

 ローブにガントレットと怪しい仮面を被った謎の魔法詠唱者マジック・キャスターが近付く事はモンスターでなくても警戒する。

 だが、花弁人アルラウネは小首を傾げるだけで慌てた素振りは見せない。

 足が埋まっているから逃げるにしても時間がかかる。

「攻撃しない。こちらの言葉は分かるか?」

 と、話しかけるところから始める。

 モンスターの中には人間の言葉を話すものが居るし、モンスター同士でしか通用しないものも居る。

 例えば森妖精エルフの独自言語とか。

 声をかけられた花弁人アルラウネは何度か首を左右に傾けつつ、腰に手を当てる。

 それだけ見ると人間と大差ない。

「……すこし……だけ、わかる……」

 透き通るような音色が花弁人アルラウネの口から零れる。

 物静かな空間だからはっきりと聞き取れたが、発音に雑味は感じなかった。

「仮にだが……。お前を持ち帰りたいと言った場合は拒否するか?」

「もちかえり……? ゆうかい?」

「強引な方法だと誘拐だが……。平和的に、という意味で……」

 というか難しい単語は理解出来るのか不安に思う。

 言葉が分かるとしても、どの程度まで通じるのかが分からない。

「ばしょいどう? ならば……きょひ。ここはみんなですごせるいばしょ」

 平坦な喋り方だが言いたい事は理解出来た。

 他の花弁人アルラウネ達もモモンガに顔を向けて眉根を寄せるような表情になった。

「しそんなら……、わけあたえられる、かも……」

「子孫? だが、たねを作るには早いのでは?」

「……かぶわけ? あれ、こわいけど、それならだいじょうぶそー……。だよね?」

「そうだけど……」

「こわいこわい」

 と、他の花弁人アルラウネ達が首を横に振ったり、不安な顔を見せてくる。

 株分け、という単語だと思われるが、それがどういうものかまではモモンガには思い浮かべられなかった。

 それにしても会話が成り立つとは驚きだ。

 自然界のモンスターと会話するのは何かのイベントでもない限り、大抵は戦闘に突入しそうなものだ。

「だれか、かぶわけしていいものは?」

「ヤダヤダッ!」

「こわいっ!」

 自分自身を抱きしめつつ拒否する花弁人アルラウネ達。

 つまりそれだけ恐ろしい方法だということだ。

「ちゆできる……くれりっく? をもとむ。でなけはれば、され」

聖職者クレリックか……。当てはあるが……。治癒が必要という事はお前たちを傷つけるような事なのか?」

 そう言うと花弁人アルラウネは自分の足を指し示す。

 人間の女性に近い姿なので肉付きの良い形が整った美しさがある。たとえ人間のモモンガであっても同じ感想を述べる自信がある程だ。

「にんげんでいうところの『あし』をぶったぎる」

「……ぶったぎる? はっ? 切り落とすって事か!?」

 植物にそれ程詳しくないので今何かとんでもない事を聞いた気がする。

 確かに『かぶ』とは聞いたが、それが何を示すのか時間が経つにつれて分かってきた。

 つまり花弁人アルラウネの『あし』である『根』の事だ。

「……なーる……。株分かぶわけって……、そういう事か……」

 だからこそ他の花弁人アルラウネ達が恐ろしいと怖がっている。

 人間でも足を普通に切断できるわけが無い。それに近い事だと思われる。

 そして、治癒が必要なのは切ったまま放置しないでくれ、という意味だ。

「……種以外で持ち帰る方法は……、それしかないか」

 モモンガが残念そうにすると花弁人アルラウネは頷いた。

「われわれも『かぶわけ』により、ここにすんでいる。ここからはなれたくない。ここにはおおくのなかまもいる」

「われわれのおやたるものはここよりひどいところにいた。ここからはなれたくない」

「……そうか。お前たちにとって森から移動する事は辛いのだな。仮に出来るとしても株分けのような痛い思いをすると……」

 だが、植物モンスターは傷みに強い種族ではなかったか、とモモンガは疑問に思う。

 実際に怖いと言っているのだから痛くて怖いものかもしれない。

 冒険者としては平和的解決が一番いい。

 ナザリック地下大墳墓のあるじとして強引な手に出られるか、と言えば否だ。

 話しに誠意に応えるモンスターには誠意で応える。それがかっこいい統治者の姿だと思う。

「ちょっと相談させてもらうよ」

「うん」

 素直な返事にモモンガは軽く苦笑する。


 他の冒険者に気づかれないように『伝言メッセージ』を使い、相談する相手はマーレだ。

 高位の森祭司ドルイドに意見を求めてみる。少なくとも自分より詳しいはずだ。

『株分け以外の方法ですか? ……そ、それは種以外には無いと思いますけど……』

「そうか」

『植物モンスターは根が本体みたいなものですから、そこを分割して植えれば新しい分身が生まれるっていう意味だと思います。あと、切った後は治癒しないと枯れ易くなると思いますから……。その、花弁人アルラウネの意見は正しいと、思います』

 丸ごと持っていく以外に平和的に済ませるには『種』と『株分け』しかない。

 それは何度考えても同じ事だという結論に至る。

『……でも、居たんですね、花弁人アルラウネ

「うん。姿形は美しい人間の娘だ。やはり環境によって生育が異なったりするものか?」

 例えばナザリックで育てると醜いブスになるのか、という点だ。

 それはそれで失礼な種族だなと思うけれど。

『それは……、実際に育ててみない事には……』

「ちなみにだ、マーレ」

『はい?』

花弁人アルラウネは枯れたらお仕舞いなのか? 死ぬって意味で」

『根まで枯れたらお仕舞いでしょうね。でも、あれですよ。人間の身体の部分は枯れても大丈夫です。また翌年に生えてくるはずですから……。あっ、種類によっては三ヶ月だったりするかも、ですけど……』

「えっ!? マジで!?」

『確か植物モンスターって……、根が無事なら長生きする種族だったはずです。なので根を大切にしている限りは……』

 彼女、花弁人アルラウネ達にとって根っこは命と同等。そこを傷つける行為は確かに恐ろしい事だ。

 だが、上の人間の部分は傷ついても平気なのか。

 確かモンスターとしてダメージを与える部分でもあるはずだし。

『根が耐え切れないダメージを受けたり、栄養が足りなければ死ぬと思います。人間の部分を動かすエネルギー? みたいなものが枯渇すれば……、根も死んでいくのではないかと……』

「……なるほどね。持ち帰るなら誠心誠意で対応しなければな。では、手を切った場合はどうなる?」

『根っこではないので、枯れるだけだと』

「バカな質問だったようだな。今のは忘れてくれ」

 人間ではなく植物モンスター。

 おそらく首を切断しても死なない筈だ。喋れなくなるだけで栄養次第では生える可能性がある。

 そういう認識で合っている筈だ。


 マーレとの通話を切り、花弁人アルラウネに向き直る。

 とにかく持ち帰る方法はえげつない事は理解した。

 今の段階でモモンガに出来る事はおそらく無い。

 魔法でやるにしても派手な事になりそうなので、それは仕事を終えてから考えるべき案件にしておく。

「お前たちでも痛みはあるのか?」

「ねにちかいとこはとくに」

「分かった。こちらとしても乱暴な事はしたくないがな。種以外の方法がとは……」

 乱暴に扱われるより素直に答えた方が無難だと判断したからこそ教えてくれたのかもしれない。

 とにかく、バレアレ国王とやらに会う機会があればモンスターの事を色々と尋ねてみようと思う。

 現時点では無理に回収する緊急性は無いので。

 と、思いつつモモンガは改めて花弁人アルラウネを眺める。

 肌が人間に近いものであればほぼ裸体なので目のやり場に困るところだ。

 ただ、植物モンスターのお陰か、女●●が見当たらない。あと、●●も無くツルツルとした感じだ。

 一般的には毛に覆われていたりするところだが、そこは人間とは違うようで助かったといえる、かもしれない。

 ペロロンチーノは絶対に悔しがりそうだが。

 いや、男であれば大抵は悔しがるかも。

 進化の過程なのか人間的な造形は不可思議としか言いようがない。

「ところで、この森に小動物は居ないのか? 鳥とか」

「まえはいたけど……、みんなべつのもりににげてしまった。まるくておおきなばけもののせいで……」

「そいつおうこくにあらわれてすっごいわるさして」

「とおいところにはいるとおもう」

 と、花弁人アルラウネ達が言った。

 どれくらい前かは分からないがとんでもないモンスターが現れて国から動物達が居なくなった、という事か。

 丸くて大きな化け物で思い浮かぶのはいくつか居るのだが、現物を見ない事には始まらない。

 国全体の事かは花弁人アルラウネ達に聞いても意味が無い気がする。

 旅人のような者に聞くのが一番だし。

「……しかし、お前達は賢いんだな」

 しかもよく喋る。

 話し相手が欲しかったのか。それとも元々がお喋りなのか。

 ファンタジーの世界のモンスターの元々の仕様とか。

 とにかく、不思議だなと思った。

 確保については後回しにするとして色々と教えてくれた彼女達に敬意を表し、一礼した。すると彼女達も人間のように返礼してきた。

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