046 気がついたら一ヶ月

 昨日の今日でまた同じ人物とかち合う確率はおそらく低いと思われるが、今度は建物の責任者に許可を得てみた。

 空を眺めるだけ、というのは理解されなかったようだし、そんな事で許可を求めてきた人間が居なかったと聞いた。

 異世界の住民は空を眺める文化が無いのかもしれないけれど。

 屋上を汚さない事と騒ぎを起こさない事を条件に出された。

 空飛ぶ冒険者にとって屋上の移動はいちいち許可を取るようなものではない、と呆れられた。

 確かにそうなんだよな、とモモンガも思った。

 それが現実だ、と。

「眺めるのはいいけれど……。住む気じゃないだろうな?」

「その時は家賃を払います」

「当たり前だ」

 と、少し怒り気味に返答された。

 確かに無許可で居座られるのは責任者にとって面白くない事だから当たり前だ。

 モモンガもナザリック地下大墳墓に部外者が入っただけで同じく怒る自信がある。

 汚さない事を条件に使わせてもらう許可を得た。これで一先ず他の冒険者に指摘されても問題は発生しにくい。

 日がな一日空を眺める事を延々とする事は多分しないと思うけれど。

 地道な許可申請は世界が違っても必要なんだと思った。

 屋上の問題は解決したとして次は仕事なのだが、銅プレートで出来る他の仕事は何があるのか。

 街の清掃と警備と荷物運び。

 今のところ外に出ておこなうものは見当たらない。

 ランク別けの基準は組合がおこなっている、という事なので急に珍しいクエストというものは無さそうだ。

「……しかし、最高責任者が地道な仕事に従事しているとは……」

 一般メイド達が聞いたら一斉に顔を青ざめるのではないか、と。

 モモンガ様がお仕事などもってのほかです、とか言われそうだ。

 掃除仕事をやらせるとは許せません、とか。

 部下に知られたくない、とは思うが不可視化したモンスターは知っているから困る。

 命令で守秘義務を課す事は出来るけれど。

「クエスト自体は別段、どうということもないんだけどな」

 疲労しない身体で良かった、と。

 現実の身体であれば毎日の仕事はきつい。

 書類や嫌な人間との交渉は苦手分野だがゲーム的な内容は割りと苦にならない。

 それはそれで不思議なものだと思う。


 そうして気がつけば三日。四日と過ぎていく。

 外敵に怯えていた日々が懐かしいとさえ思う。

 閉じこもるのは精神的に良く無かったと言える。だからこそ、仲間達も少しずつでも外に出すべきだ。

 ナザリック地下大墳墓は帰るべき家であればいい。

 早速、ルプスレギナを呼び寄せる。

 正直、呼ぼうと思って数日間、素で忘れてしまったほどだが。

「まず、ルプスには指定した建物の屋上にテントを張ってもらおうか」

 建て方が分からない場合は無駄な命令になるのだが、ここはやらせてみようと思った。

「畏まりました」

「……あの臭い宿よりマシだろうから。頑張れよ」

「は、はいっす!」

「命はかけなくていいが……。まず戦闘行為を禁じる。連絡は怠るな。この二点をまず守れ」

 難しい命令ではないけれどNPCノン・プレイヤー・キャラクターが何処まで出来るのか、確認する意味もある。

 人の世界で生活できるのか。

 人間蔑視のままだと普通に殺戮が始まってしまうかもしれない。

「帽子を取った場合のことも考えなければな」

 ルプスレギナの外装は特殊だ。

 元々が人狼ワーウルフだ。

 本来は毛むくじゃらの狼が二足歩行する亜人のような姿だ。それに人間的な姿の外装を与えている。

 変身すると本当の意味で四足動物の狼になるけれど。

 身体も倍以上に膨れ上がり、より凶暴性が増したような顔つきとなる。

 誰も見ていないことを確認した上でモモンガはルプスレギナが普段から被っている帽子を取る。

 赤い髪は体毛と一緒で、頭頂部に獣の耳が元気良く生えている。

 人間の耳は元より無い。

 髪の毛で隠れているのが基本だが無理矢理覗き込めば何も無い事が確認出来る。

「亜人の冒険者が居るという話しを聞いた事があるから……。別段、お前の正体も隠す必要は無いかもしれない。だが、赤毛は結構目立つ。今はまだ隠しておくぞ」

「はい」

 個人的には可愛い姿を隠したくないけれど。

 犬派のメンバーが大半だし、モモンガも犬は大好きだ。

 さすがにルプスレギナを騎乗動物扱いはしたくなかった。

「街に居る時は第二位階までの魔法の使用に留めておけ」

「了解しました」

「不測の事態が起きれば影の悪魔シャドウ・デーモンを犠牲にしてでも逃げろ。いいな?」

「……も、モモンガ様のシモベを犠牲にしてでもっすか!?」

「わた……、俺のシモベでも、だ。冒険者が相手の場合は会話を試みろ。出来るだけ相手に合わせておけば良いと思うが……。無理そうなら伝言メッセージを使うように。もちろん、無理に乗り越えろ、とは言わん」

「はい」

 本来なら小難しい命令など与えずとも良かったのだが、今は逆に助かる事もある。

 もし、ゲームのままのルプスレギナなら柔軟な対応はほぼ不可能だ。

 意味も無く戦闘行為に入ることもありえる。

 自分で思考し、悩み、様々な解決策を講じる事が出来るのは凄い事だ。

 それと物覚えがとても良い。自分達は逆に物忘れが現実の身体並みにあったりする。

 アバターだからとて完全に記憶するような能力は持ち合わせていない、ともいえる。

 だが、知識の経験は詰めるようだ。昨日の自分が何をしていたのか覚えている。

 それは当たり前のようで凄いことなのだが、学のない自分には原理をうまく説明する事が出来ない。

「友好的な相手ばかりとは限らない。中には下衆げすも居るだろう」

 むしろモモンガ的には女性であるルプスレギナに不埒ふらちやからが近付く確率はとても高いのでは、と予想している。

 見目麗しい娘だから。もちろん、自慢だ。

 良い相手と悪い相手の区別が付くのか、そこが心配ではある。

「相手が強者だった場合はどう対処する?」

「無駄な抵抗せずに諦めるっすかね」

 確かにそれが無難な答えかもしれない。

 もし単独行動中ならば撃破される可能性も無くはない。少なくともナーベラルよりレベルは低いし、信仰系の魔法詠唱者マジック・キャスターでもある。

 多少、物理攻撃が強い程度だ。

「いざとなれば変身して逃げるっす。……あいや……、逃走を選びます」

 ただし、逃げ切れなければアウトだ。

 モモンガは唸る。

 戦闘メイドとはいえ本来は戦闘に参加させるような存在ではない。

 見た目重視のNPCだ。

 本当の戦場に放置すれば倒される確率はとても高い。

 単独行動はどう考えても許してやれない。

 過保護と言われても仕方が無い。

「自由にさせてやれないのは……、我々の責任かも知れないな」

 無骨なガントレットでルプスレギナの頭を撫でる。

 それだけで彼女は驚き、笑顔になる。

 強者がどれだけ居るのかは知らないが一つの油断で大事な部下を失うというのは心苦しい。特にNPCは。

 使い捨てにするような存在に外装など与えはしない。

 影の悪魔シャドウ・デーモンと違い、少し差別的なところはいなめない。

 行動の制限を緩和する為にも冒険者登録を済ませておいた方が無難だ。少なくとも組合の恩恵が貰える。

 小さな金属プレートとはいえ侮れないアイテムかもしれない。


 ◆ ● ◆


 さすがにルプスレギナを魔獣として登録する事は脳裏から追い出した。

 出来ないことは無いと思うが、自分の中では何かを間違っている、という思いに駆られた。

「登録料はあるから、まずはお前も冒険者登録を済ませろ。字は受付嬢に任せればいい」

「も、申し訳ないです」

「面倒臭いとか。余計な事は言わず、黙って説明を聞いておけ。書かれた文字は……、読めなくていい。で、登録名はどうしようか。同じ名前がありそうな気がするし……」

 候補は『ルプス』と『レギナ』だが、他にいい案が無いか仲間に尋ねると『レジーナ』という言葉が返ってくる。

 後は赤い髪だからと『アン』も出た。

 『ベータ』だと可愛くないのだが、それも候補に入れておく。

 変に拘ると不意の問いかけで本名を口にしそうだ。

 キリイ青年はルプスレギナの名前を知っている。それはつまり魔導国にルプスレギナが居る事になる。

 同一の存在が居るのは確定として、自分達が相手にへつらうのは面白くない。

「相手の事など知るかっ!」

「……ひっ!?」

 憤慨した時、ルプスレギナが土下座の格好になってしまった。

「ああ、いや……。ルプスレギナに対して怒ったわけではない。驚かせて悪かったな」

「そ、そうですか……」

 今の態度を見ると普段から虐待しているように感じてしまう。

 少なくとも部下の扱いは酷くなかった筈だ。あまり相手にしなかっただけで。

 それとも上位者に対する畏敬いけいの念、というやつか。

「そういえば……。銀級のプレートがあるんだった」

 人狼ワーウルフは一部の金属を苦手とする設定がある。

 それが銀製品の武具による攻撃だ。

 即死するほどではないが普通より多くのダメージを受けやすい、というだけだが。

「銀に触れると火傷とかするのか?」

「体内に入らない限りは……、多少の不快感くらいだと思います」

 実際にモンスターである存在から説明を聞く事はゲームでは不可能に近い。それが出来るのは自我を得たお陰ともいえる。

 そう考えると今まで分からなかった生態を直接聞けるのはありがたい事ではないのか。

 運営による設定以上の秘密。

 それは貴重な情報源だ。ただし、現実世界では何の役にも立たない気がするけれど。

「長話ししていると忘れそうだ。まずは登録して来い」

「畏まりました」

 チーム名については保留にして仮登録の資金を渡す。

 自分より物覚えがいい筈だからモモンガはあまり心配はしていなかった。

 褐色肌で赤い派手な髪の毛は目立つ気もするが、無理に隠しても仕方が無い。

 魔導国のルプスレギナと勘違いさせるとどうなるのか、それも少し興味があった。

 受付嬢の長い話しを聞き流す恐れは後で気付いたが、説明はいつでも聞けると思うから気にしないでおく。

 まずは仮登録済ませ、次の日の本登録が終われば充分だ。

 登録名は『ルプス』としておく。同じ名前を指摘された時に『エクリプス』に加入すると言え、と言ってある。


 待っている間にモモンガは通りを歩く歩行者を眺めた。

 来ている服装や文化などを確認する為に。

 現地の文化を自分達は守るのか、壊すのか。そういう選択は正直に言えば選びたくない。

 あくまでモンスターや敵対プレイヤーとの戦闘だけを考えていたいものだと思う。

 この世界に来て二週間ほどが経過した、と思う。空の観賞などで時間を忘れている事があるから色々と曖昧になっている。

 相変わらず運営には繋がらず、現実の自分達がどういう状況なのかも不明なまま。

 最初ほどは慌てなくなったが、このままでいいのか、帰還の為の努力をすべきなのか。

 考える事は増える一方だ。

 三十分か、一時間か。とにかくルプスレギナが外に出てくるまで結構な時間がかかったような気がする。

 途中で居眠りして最初から説明のやり直しでも食らったとか。

「……とにかく話しが長かったっす……。仮登録は終わりました」

「随分と時間がかかったような気がするが……」

「聞いた内容をそっくりそのまま言い返したせいでしょうか」

 モモンガは少し唸る。

 詳しい内容は聞かないでおいた。なんだかとても面倒臭い気がしたので。

 とにかく、無事にルプスレギナの登録は終わった。

 次は今まで行きそびれていた時計屋に向かう。

「手持ちの金で買えなかったら諦める。まず現地の時間に対応しなければならない」

 いつまでも時計無しでは困るので。

 物価の状況から比較的高価なものと予想していた。

 特に冒険に必要な道具とか。

 魔法のスクロールなどは金貨を必要とする程だ。

「武装はどうとでも出来る……」

 今まで資金調達でど忘れしていたが、時計を入手するのが最初の目的だったと思い出した。

 異世界とはいえ時間の概念の無い世界ではない。だからこそ時計は無くてはならない。

 商店街が不規則に店を開けるわけではないのは確認している。

 一定の時間になると街は一気に暗くなる。もちろん、深夜営業の店も存在し、仕事の内容にも時間の概念がちゃんと適応されている。

 目的の店には壁掛け時計がたくさんあった。

「電子時計ではなく、機械とも違うような……」

 古代の日本に存在したアンティーク時計そのままの姿。だが、モモンガは原始的な装置に覚えが無い。

 文字盤は見慣れた十二時ではなく、十四個の時が刻まれていた。つまり二周で一日となる。

 見慣れない文字盤。異界の時間。

 自分達にとっては不思議なものだが現地の人間にとっては当たり前のもの。

 新しい文化というものは好奇心を刺激する。

 小型の時計で銀貨十五枚。これは高いのか、安いのか判断はつかないがたくさんは買えないものである事は分かった。

 銅ランクでは三個が限界か。

 回復ポーションに至っては金貨十枚は軽くかかる。

 ぼったくりかと思ったが、製造方法が難しく、必然的に高額になると聞いた。

「無理して四十個も買う必要は無いよな」

 数個購入し、シズや創作系に分析してもらえばいいか、と判断する。

 とにかく、一つは確実に購入する。


 飲食しないとはいえ今日は少し残財して財布が一気に軽くなった気がした。

 必要経費と思えば気が楽だが、ルプスレギナに冒険者としての仕事が果たして出来るのか、という事も少し興味がある。

 簡単な仕事は可能だと思うけれど、問題は人間とのコミュニケーションだ。

「……ルプスレギナの設定から考えれば不安しか無いのだが……。やはり、慣れか……」

 何事も一歩から、だ。

 明日までルプスレギナにはナザリックで大人しくしてもらうとしてモモンガはテントの用意を始める。やはり自分で作業した方が確実だ。

 ルプスレギナもテントくらいはちゃんと張れるけれど。

 魔導国の問題があるので護衛役は恐らく全て同一のモンスターが良さそうな気がした。つまり居なくなってもいいシモベという意味で。

 赤の他人を装うには現地の人間などが一緒の方が安全策だと言える。だが、空の観賞に付き合ってくれそうな人材に心当たりは無い。

 そんな事を考えつつテントの設営を終えて、空を見上げる。

 街の風景ももちろん楽しむのだが、心が落ちとても落ち着く。

 何度も見ていれば飽きそうなものだが、そこはアバターの特性が働いていると思いたい。

 もし、生物の居ない世界であれば眺めているだけで数百年ほど経過しても気付かない、という事もありえたりするかもしれない。

 出来れば生物は居てほしい。

 さすがに孤独は望まない。

「……他の街の風景も見てみたいな」

 特に王都には城がある。

 貴族や王族の姿も楽しみだ。

「あっ、仕事を確認するの忘れてた……」

 特に今日は散財したので。

 確か午後からだと朝方まで拘束される筈だ。

 シモベにテントを任せると何者かに討伐されるかもしれないし、ルプスレギナは今日は無理だ。

 一日くらい諦めてみようかな、という考えが浮かんだ。

 そうして何日も仕事を忘れては感覚が鈍るかもしれない。ここは我慢して仕事に行くべきか。

 いや、毎日の仕事は義務ではない。

 様々な葛藤にさいなまれている内に辺りが暗くなってきた。

「……今から無理しても仕方が無いか……」

 やはり今日は無理に働かず、大人しくしていよう。

 期限はおよそ百年だ。アンデッドの身体だとあっという間かもしれないけれど。

 人間の身体で言えば充分長い期間が用意されている。

「だいたいまだ一ヶ月も経ってないしな」

 焦っても仕方が無い。

 自分がのんびりしている間、魔導国は忙しく動いているのか。

 忙しい人間は働いている筈だ。

 今の自分はちょっとした休暇のような感じだ。

 それと地球に居るであろう本当の自分は何をしているのやら。

 普段通りの生活を続けているのか、新しいオンラインゲームを始めているのか。

 病気という線は薄いかもしれないけれど、いきなり交通事故で死んでいる事態はあってほしくないが、それは考えすぎな部分かもしれない。

「……そんな自分ももう他人か……。今更戻っても……二週間のブランクがあるんだよな……」

 もちろんそれは自分だけの問題ではない。

 ギルドメンバー全てに関わる事だ。

『でも、一部のメンバーは無理矢理再現されて召喚されたんだから、それほど深刻な話しにはならいと思うよ』

 と、ぶくぶく茶釜が言った。

 既に引退したメンバーが多く存在している。それを無理矢理に呼び寄せた場合の事を失念していた。

『精神分離の話しは割りと本当の事かもしれない。統合する事が幸せかは個人で判断出来ないと思うな』

「そうですか……」

『我々は願望で存在している。そう仮定すればいいんじゃないの? それともモモンガさんは折角の幸せより現実を優先する?』

 自分としてはギルドメンバーとまた楽しい冒険を続けたい。そう思っていた。

 だからこそ今が一番幸せでなければおかしい。

 折角の幸せなひと時を自分は否定しようとしている。

 それが本心であるかのように。

「……恒久的にゲームで遊ぶ事が……、俺の望みだったのかも……」

『プレイヤーは運営の経営とか考えないからね』

「……はい」

『死ねば戻れる方法が提示されているんだから。そういう気持ちになるまでは前向きでいましょ? 意識の共有が出来れば……、いいんだろうけれどさ』

「いつものように冴えない主人公ですみません」

『悩みは共有しようぜ』

「……出来るだけ善処します」

『うん。こちらは今のところナザリックに近付くやからは居ないから。あと、キリイ君のところに行っていいかって』

「一応、身を隠してください。同一存在との接触はまだ不安なので」

『了解。あー、あとモモンガさん。勝手に居なくならないでね。我々が封印されては困るので』

 責任者が何かの事件に巻き込まれてナザリック全体が封印されては確かに困る。

 ギルド武器は置いてきたが誰にも扱えないのは変わらない。

 そう考えると気楽な冒険はまだ無理そうだ。


 ◆ ● ◆


 周りに気を配りつつ一日を過ごし、翌日にルプスレギナは正式に冒険者となった。

 プレートを提げていればこそこそ隠れる必要が無くなるわけだし、問題行動を起こさない限りは組合が守ってくれる。

 という事を説明した後で仕事をやらせてみた。

 最初から手放しで送り出すのは不安なので、二人で出来る依頼から始める。

「呼び捨てが出来ないなら『さん』付けでな」

「も、モモンガ……さん。とても恐れ多いっす……」

「……そういう喋り方が出来るのにか?」

 あまり指摘しなかったがNPCの中では気楽に喋る存在だ。

 創造者の設定の影響なのか。種族の影響なのかは判断できないけれど。

 あと、砕けすぎて『ちゃん』付けになっては困る。

 名前を呼ぶ事について頭ごなしにしかりつける事はせず、自然体になるように任せてみた。

 後は人間との対話だが。常に睨み付けるような敵視はせず、ごく普通に自然体で対応出来た事に驚いたものだ。

 やれば出来るじゃないか、と。

 目を離すのが怖いけれど。

 後は危害を加えない事を命令しておけばいい、と思う事にした。

 最初の一日はモモンガだけがおっかなびっくりで過ごしたが二日目は少し放任してみる。

 すると早速仕事をサボろうとする始末。

 面倒臭い仕事はやりたがらないのかもしれない。

 だが、それはそれで可愛いともいえる。

「……報酬が少ないっすね……」

「そんなものだ」

 一日の報酬は格安の宿代程度だ。

 物価が安いから払われる報酬も自然と少ない。そして、それでも経済が回ると『音改ねあらた』が言っていた。

 必要以上の報酬というのは現時点では物凄い危険な仕事でも請けない限りはありえない。

 ランクアップすれば新しい事に気づくかもしれない。

「銅ランクはどこも似たような仕事だぜ」

 と、冒険者組合に居た冒険者に教えられた。

 王国内のどの都市も仕事内容に対した違いは無いらしい。

「魔導国のエ・ランテルでも同じさ。とにかく上に上がれば色々と分かってくるよ」

「ありがとうございます」

 素直な態度のお陰か、色々と教えてくれる冒険者達。

 自分もいずれ下の冒険者に教える時が来るのか。

 傲慢な態度になっては友達を無くしそうだ。

 今のところ荒くれ者の冒険者の姿を見かけたことは無く、ほとんど仕事をまじめに請けている。

「そういう人はだいたい上に行く実力の無いやつが多い。ミスリル級から責任が重くなるし、大変だぜ。特に最上位のアダマンタイト級は冒険者の模範となる存在だ。自由気ままとはいかないみたいだ」

「……えー」

「金級くらいまでが気楽に出来る。英雄志望も楽じゃないってことさ」

 責任が重くのしかかるので大半は昇進を受けずに過ごす。

 もちろん義務は無いのでずっと金級で居る事は可能だし、ランクが下がる事はほぼ無い。

「落ちぶれた冒険者は『請負人ワーカー』になって行くんだけど……。これはこれで大変らしいよ。組合に守ってもらえなくなるし、切り捨てられる確率が高くなるから。その代わり、報酬は独り占めできる。腕さえあれば有名人にもなれる」

 請負人ワーカーは元冒険者のことで非合法な仕事も請け負う。

 実力主義の世界だが命の価値がとても低くなる。

「ギリギリ犯罪者の手前って感じだ」

 請負人ワーカーもチームを組んで行動するので最低限の秩序が存在するらしいが詳しい事はあまり分かっていない。

 ただ、なるのは自由だが、後の責任は誰も取ってくれない。もちろん、国による守護も無い。


 聞けば聞くほど冒険者という仕事は夢が無い。

 ゲーム的な保護が無い彼らにしてみれば堅実こそが正しい道だ。

 アイテムが高額だったり、低い位階魔法ばかり普及している事も関係している。

 つまり国家予算に上限があり、無尽蔵に金が稼げないシステムとも言える。

 再生成されない世界ならばありえなくはない。

「資金をコストとする魔法の乱発が出来ない」

 ゲームと現実の差。

 とはいえ、銅ランクの報酬でめげては先に進めない。

 しばらくは無心で仕事に従事することにする。

 それから数日間、働いた後で気がついた。

 ナザリック地下大墳墓に戻るのを忘れている事に。

 既に二週間は過ぎた筈だ。

 ルプスレギナは定期的に報告の為に帰還させているけれど、風景を眺める趣味に目覚めたかのように無心で建物の屋上に居る時間が多くなってしまった。

 外敵の脅威そっちのけで。

「仲間達の事をついうっかり忘れてしまうとは……」

『異常事態が起きていないからいいようなものを……。でもまあ、今までのストレスがそれだけ溜まっていたっていう証拠かもしれません』

「活動は続けています」

『ヘロヘロさん他、特に不満が出て来ないところを見るとメンバーもゆっくりと寛げて良かったのかもしれませんね』

 死獣天朱雀も読書の日々が続いていて退屈は今のところ感じていないという。

 気がつけば一ヶ月経った事になる。

 油断していると十年くらい経っても気付かない事もあるかもしれない。

 くだんの魔導国からも何もアプローチは無いし、カルネ国の動きも無い。

 カルネ国は農作業を終えて副業の仕事に入っているという報告があった。それ自体は別にどうでもいいような気がしたがキリイ青年の情報は何かと気になるものだ。

 例えば複数人のナーベラルの用意とか。

 半分忘れかけていた案件に対し、おそらくキリイは頑張って交渉しているかもしれない。

『カルネ国はユリ達を向かわせて交渉に当たらせているよ』

「責任者なのにのんびりしてしまって……」

『気苦労の多い主人公には休息が必要だ。十年くらい。時には冴えない主人公不在のまま出来るところまでやらせてもらおうかな、と思わないでもないよ』

 ギルドマスターを移管する事は簡単には出来ないが副官として権限を与える事は出来る。

 もちろん、交渉ごとに限られるけれど。

 自分より賢い頭脳派に任せてみるのも悪くはないし、主人公だけが頑張らなければならない理由は無い筈だ。


 ◆ ● ◆


 のんびりしすぎな面も気になるけれど、仕事は順調に続けていた。

 そして、規定の数をこなしたお陰か昇進試験を受けられる事になった。

 ルプスレギナとは別行動という事になっているので彼女は単独で荷物運びの仕事に従事している。

「試験の内容は他の冒険者と共に森の探索です」

「分かりました」

 簡単な説明の後で建物の二階に移動し、会議室に向かう。

 詳しい説明は主に専用の部屋でおこなう事になっていた。

「銅ランクは上の鉄ランクのチームと合同で仕事に当たってもらいます。単独での仕事は基本的に想定されておりません」

 と、言いながら一回退出し、情報が書かれたスクロールを運ぶ受付嬢。

 テーブルに広げた後で仕事内容を告げていく。

「仕事内容としては鉄級冒険者の手助けです。主な任務は彼らがおこないます」

 それはつまり小間使いという事か。

 場合によれば嫌がらせもありうる気がする。

 単なる荷物運びという線もあるけれど。

「仕事としては難しいものではありませんが……。受けますか?」

「もちろんです」

 鉄級から街の外での仕事が請けられる。ただし、モンスター退治は銀級からのようだ。

 低位モンスターの討伐も無い事は無いけれど、エ・ペスペルの周りにはモンスター自体が少ないらしい。

 見晴らしの良い平野が広がっていせいもあるとか。


 合流するチームとは翌日に顔合わせすることになり、そのまま仕事が始まる。

 ルプスレギナには一旦、帰還を命じておいた。

 昇進試験は森の調査だが普通にしていれば一日で終わる簡単なものだ。

 モンスターが蔓延はびこる世界の筈だが街の中では外の脅威は感じられない。

 それはナザリック側でも同じこと。

 リ・エスティーゼ王国という範囲では数が少ないのかもしれない。

 変に期待して平和が壊されると不安になりそうなので仕事に集中する。

 朝方、街の外で合流するのだが鉄級のチームは既に準備を整えていた。

 顔は何度か組合で見ているけれど、詳しい事は知らない。そういう人間が何人も居る。そして、彼らもそんなモブキャラの一つだった。

「エクリプスのモモンガです。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 各冒険者チームはチーム名を持っている。

 今回のチームはありふれた詩の一片の様なものなので覚えても仕方が無い気がした。

 男性だけの四人チーム。

 全ての冒険者が意外な存在になるかは分からないが、普通は普通だ。

 普通というか地味め。

 期待するだけ無駄だ、と言わんばかりだ。

 かといって派手に行動した方がいいのか、といえばモモンガの今までの行動からは地味で充分と答えるところだ。

 目立たない方が冴えない主人公らしい。

 それはそれで夢が無く、結局は同類という感じがする。

「今回行く森の中にモンスターが居ないとは限らない。充分に気をつけてくれ」

 リーダーと思われる男性が言った。

 鉄級とはいえ低ランクの冒険者だ。その実力は大したものではない。

 街の中より危険度が高くなるのだから普通の人間であれば怖いと思うかもしれない。というかモモンガ自身、外敵プレイヤーに襲われるかもしれないと怖がっていた。

 そういう恐怖に似ているのかもしれない。

 仕事の内容では敵の討伐ではなく、森の探索だ。

 モンスター退治は二の次だ。

 挨拶もそこそこに移動を開始する

 移動は徒歩と馬車があり、今回は幌馬車で移動する。

 舗装されていない道を通るので良く揺れるのだがモモンガは移動阻害対策のアイテムを所持しているので全く気にならなかった。というか揺れを感じない。

 四人の男性冒険者達はそんな馬車移動には慣れたものでモモンガと同じく動じていない。こちらは揺れを感じているけれど。

「今回行く森に出るモンスターは小鬼ゴブリン人食い大鬼オーガくらいだと思われますが……。モモンガさんは戦闘経験はありますか?」

 銅プレートを貰って一度もモンスターと戦った事はない。

 未経験と答えるべきか戦闘経験はお前たちよりあるぞ、と自慢するべきか。

 別に低ランク相手に自慢しても恥ずかしいだけだから未経験と答えておく。

「もし遠距離攻撃魔法が使えるのでしたら助けてください」

「は、はい。頑張ります」

 初心者っぽく返事を返しておく。

 第二位階の遠距離攻撃魔法は何があったのか、とモモンガは悩む。

 高い位階魔法はよく使うが低い位階は探知とかが多い。

 高レベルゆえに手加減とか力加減が逆に難しい。

 『龍雷ドラゴン・ライトニング』でも第五位階だ。

 それより低くても第三位階。つまり驚かれる可能性が高い。

 うわー、意外と大変だわ、これ、と。

 かといって物理で殴る、は短絡的だし。それだと魔法詠唱者マジック・キャスターの存在が『いらない子』となってしまう。

 いや、存在意義が無い、だ。

 その後、悶々と考えて最終的に思い出した魔法は『魔法の矢マジック・アロー』だ。

 この魔法は第一位階だが術者レベルによって撃ち出される魔法の数が変わる。

 彼ら冒険者達がその事を知らなければ『すごい』で終わる。

 出来れば指摘されずに終わってほしいと青い空に祈った。

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