043 服が皮膚だったらどうしよう
ルプスレギナを
銃器類が多いが予備が手に入らない今は製作出来るもの以外は大切に保管している。
今のところ戦闘の命令は無いが
『シズ、聞こえるか。モモンガだ』
聞き覚えのある声にシズの全身は戦闘待機モードに移行する。
「……シズ・デルタ。……感度良好。……
淡々とした喋り方であることはシズ・デルタの個性であるのは承知しているので、言葉使いは言及しない。
『そ、そうか。メンバーの武具を要望された場合は任意で対応してくれ』
それでも平坦でタメ口に近い返答はまだ慣れないので少しだけ驚いたモモンガ。
「……任意とは……、自己判断しろ、というご命令?」
『……それでは困るか……』
ギルドマスターたるモモンガが困るような事態はシズには判断できない。だが、何となくだが今の対応は間違っているのではないかと思った。
与えられた命令に対して疑問を差し挟む事は失礼に当たる、と。
「……いえ、要望があれば遂行する用意、出来る」
『勝手に判断して後で怒る場合があるか……。
「……畏まりました」
『こちらは特に変わった事は無いが……。ナザリック内で……、いや、いい。数日は滞在する予定だが、何かあれば連絡するように』
「……畏まりました」
同じ返答をした後で
自分に連絡を寄越してくれたモモンガに対し、シズはちゃんと対応できたのか数分間ほど自問自答を繰り返す。
◆ ● ◆
平穏な日々が続いた。
外敵に神経を尖らせていたモモンガは既に三日も街で過ごした。
仮想敵『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』は未だに姿を見せず、またアプローチも無い。
ついでに自分達のナーベラル・ガンマの行方は未だに不明。
キリイ・バレアレ青年に
無い、というか『答えようが無い』という返答が返ってきた。
つまり相手方もナーベラル・ガンマについて不明、もしくは自分達と同じく
仮にゴウンを自分と置き換えて、そんな情報をすんなりと伝えるのか、とモモンガは自問すれば『バカ正直に答えるわけがない』と自答する。
つまり、そういう事だ、と。
「……素直に頭を下げれば早く解決しそうなのに……」
「冴えない主人公はこういう所で無駄に時間を浪費するから困ったものだ」
と、言いたい放題のギルドメンバー。
もちろんモモンガ自身も頭では分かっている。
素直さが必要な事くらい。
「勘違い成分とやらでも分泌されているのでは?」
「いやいや。この場合は疑心暗鬼によるボタンのかけ違いだよ」
素直になれないのは自分達のアイテムなどを奪われる事だ。
お互いがプレイヤーであれば融通しあう可能性について、未だに不明な点がある。
もし自分なら、と仮定すれば簡単に解決出来そうにない、というのがモモンガの考えだ。
奪われる事が怖い、というより相手に負けたくない、という意地のようなものだ。
「ならば、ここは『不可侵条約』を交わすのはいかがですか?」
と、死体じみた色合いの
「約束事を守る自信がありません」
自分と言うよりは相手方だ。
絶対に守る自信が自分に無いならば相手も同じである。という理由が頭にあるから。
もちろん良い案ではある。
せっかく仲間が様々な提案をしてくれるのにギルドマスターが大バカなせいで何一つ決められない。
正直者はバカを見る。だからこそ素直な案を選び難い。
「ダイレクトに転移出来ないようだし、少しは餌を撒く勇気を出してみませんか?」
互いを取り持つキリイ青年の苦労を無駄にするのは勿体ない。
彼は相手方と自分達側の両方にとって大事な人材ではないのか。
人間である彼に対して魔導国側は少なからず信頼を寄せている、筈だ。でなければシャルティアを向かわせる理由が思いつかない。
異形種相手に対等に触れ合える
勇気を出す事は冴えない主人公にとって重大イベント並みに発揮されるまでがとても長いものだ。
分かっているのに答えの出ない検討ばかりを続けてしまう。
ナザリック地下大墳墓は今のところ何の不利益も被っていないけれど、外敵の情報が入ってこないというのは確かに不安ではある。
村と街に行って少しずつ情報は集まっているけれど敵と思われる『ユグドラシル』のプレイヤーの姿は未だに無く、魔導国側も沈黙している。
自分から挨拶に行けば早いのかもしれない。
確かにそうなのだが、ゲーム時代の異形種の境遇を考えると素直な外出ができない。
外界を知る事は大切である。それは分かっている。
「……勇気か……」
第十階層の玉座の間にて天井を見上げながらモモンガは呟く。
「……外に出た。村と街にも行った。……次は何をすればいい……」
平和的に仕事を続けるのもいいのかもしれないが、何かを忘れている気がする。
いや、分かっている。
元の世界に戻る方法だ。
だが、それを探るには解決しなければならない問題がいくつかある。
真っ先に思い浮かぶのはギルドメンバーの帰還だ。もちろん自分も含まれる。
元々はいつまでもゲームを続けて恒久的にメンバーと交流したいだけ、というテンプレート的な気持ちがある。
ここまで開発したダンジョンを早々簡単に手放す事が難しいからだが。
引退していったメンバーを引き止める権利はさすがにギルドマスターとて無い。
それぞれ家庭や仕事を持っている。もちろんモモンガも仕事がある。
「……本当に何をしているんだか……」
また皆で冒険できるようになって嬉しいと思うのが普通だ。それなのに不安ばかり抱えている。
これが自分が願った事ではないのか、とゲーム終了の前の自分に聞いてみたいところだ。
「いきなり魔導国に行ってもな……」
差し迫った状況のようでタイムリミット的な制約は無い。
既に現実世界では一週間ほどは経っている筈だ。尚且つ運営からの連絡も無い。あと、自分の、というか自分達のアバターである身体に今のところ違和感は認められない。
本体である人間の身体は今頃病院に担ぎ込まれているのか。それとも精神と分離している事が確定事項だとして、
確認出来ない状況はまさに『シュレディンガーの猫』だ。
「……アルベドよ」
「はい」
「平和な時を過ごしている事に退屈を覚えたりはしないか?」
「おそれながら……。守護者統括として退屈だなどと言う事も感じる事も許されません」
軽く体勢を低くして
その立ち居振る舞いには気品がある。
ただ、ずっと大人しく過ごしているのでモモンガは気になっていた。
元はゲームデータのNPCだ。退屈という概念など持ち合わせていないのかもしれない。だが、それでもずっと立ちっ放しは不健康ではないのかと。
そうさせているのは自分達。そして、NPCという立ち位置は絶対。
もし、ゲーム時代のままならプレイヤーの為に酷使されて文句を言うな、と言っているところかもしれない。
それはそれで酷いのだが。
悪の組織としての体裁としては正しい気もする。
部下を
とはいえ、自我を得たNPC達を憎いとは思わない。
自主的に活動する彼らを祝福こそすれ、無下に扱うなど思っていない。
何より創造者達が丹精込めて作り上げた者達だ。
急に暇を与えたところで人間的な暮らしを経験した事が無いNPCに寛ぎはなかなか理解出来ないかもしれない。
当たり前ではあるのだが。
「アルベドよ。
「はい。モモンガ様」
何の疑いも見せず、与えられた命令を実行するアルベド。
片膝を付く姿勢は絵画に残しておきたいくらいの美しさがある。
そんな彼女の頭に手を置くモモンガ。
本来なら何も感じない筈だ。オンラインゲームの時はある程度の衝撃くらいしか手に伝わらない。
骨の手でもアルベドの体温が僅かばかり伝わってくる気がした。
側頭部から前方に向かって生えている牛の角のようなものに触れると硬質的な感触があった。
「………」
それが今は現実に存在している生物として
もちろん
第八階層の階層守護者『ヴィクティム』は
「………」
サラサラと手の上で流れる黒髪。
アンデッドモンスターなのでアルベドと如何わしい事は出来ないが、今は少しもったいないなと思う。
出来てもキスくらいだ。
意味も無く接吻しても仕方がないけれど。
「……そういえば……。アルベドの髪は切ったらそのままか?」
羽根は生え変わる。では、髪の毛はどうなのか。
外装を与えられたNPCは髪型を変える事が出来るのか、と。
肉体が成長するならば髪の毛も伸びる可能性がある。その筈なのだが、どうなっているのか。
部位を失っても再生する治癒魔法などで羽毛ごと復元するらしいからどうとでもなる、という事になりそうな気はする。
「お許しをいただけたら試しますが……」
無難なところは許可したい。
創造者に与えられた姿を一つ残らず維持しろ、と無茶な事を言うつもりは無い。
「まさかと思うが……。そのままの格好で風呂に入っているわけではあるまいな?」
「服は脱ぎますし、髪の毛もちゃんとまとめます」
そう答えて安心するモモンガ。
服のまま、というか現在の姿のまま湯船にドボンと入るイメージが浮かんだ。
一般メイド達は風呂掃除の時、靴は脱いでいた。
アウラも服を着たまま水浴びはしない。というか皮膚と同化してたら怖いけれど。
「あたし達の服は皮膚なんですよ~」
と、ニッコリ元気なアウラの言葉が脳裏に響いてきた。
幻聴ではあるけれど、いやにはっきりと聞こえるのは
「ふ、服は脱げるよな?」
「は、はい」
コキュートスは外皮だから脱げないけれど。
服装ごとの外装なら脱げない事もありえなくはない。
「一旦、九階層に引き上げようか。アルベドはNPCの管理を終えたら上に上がっていいからな」
「畏まりました」
善は急げとモモンガは確認の為に第九階層に引き上げて、自室にて
「マーレ。特に仕事が無ければ私の部屋に来てくれるか?」
『は、はい。もうしばらくお待ち下さい。報告書をまとめて……。お、お姉ちゃん……。モモンガ様とお話ししているんだから邪魔、しないで……』
「報告書は今は良い。とにかく、待っているぞ」
『か、畏まり、ました』
モモンガは言葉の雰囲気からマーレは賑やかな空間に居ると感じた。
陰鬱な空間よりは健康的だ。
第十階層に花でも置いた方がいいのかもしれない、と。
自分で呼んでおいて相手の都合を考えないのは不味かったかも、と思わないでもない。
是が非でもすぐ来い、と怒鳴るような事は言っていないが、ここは焦ってはいけない場面だ。
忘れないうちに掃除係の一般メイドを呼びつけておく。
「バスタオルのようなものを持ってきてくれるか?」
「畏まりました」
「……ところで、お前の名前は……インクルードだったか」
「はい。四十一人も居るので我々の事はメイドで構いません」
一応、制服の胸の部分に名札が縫い付けられている。
各メイドの個性というものは一人二人なら見分ける自信はあるけれど、四十一人全ての個性を述べよ、と言われると返答に窮する。
見た目は確かに全員違う。髪型、肌の色やメガネなどの服飾品の有無。胸の大きさ。
性格も多種多様。しかし、それ以外は平均的だ。
無理して名前で呼ぶ事は必要なのか。
会社では基本的に友人や同僚でもない限り役職で呼ぶ。ゆえにメイドと呼んでも差し支えはない。
雑務担当を名前で呼ぶのは余程懇意にしていない限りありえないことかもしれない。
一般的な会社では担当者以外の名前まで覚えていたりはしない。特に用務員などは。
せっかく名前があるから呼ばないのは可哀相と思ったわけだが。
それはおいおい考える事にする。
「名前を間違えては気分が悪かろう」
「い、いいえ! 滅相もございません。下っ端の分際は
下っ端とはいえギルドメンバー手ずから創作された
「とにかく、タオルを頼んだぞ」
「はい。少々、お時間を頂きます」
ゲーム時代は命令一つで済んでいた会話が現在では随分と長くなってしまった。
下手をすれば無限ループに陥る自信がある。
メイドがそそくさと立ち去って数分後にマーレがいつもの装備で部屋に訪れた。
いきなり部屋の中に転移はせず、きちんと扉をノックしてきた。
普通ならばメイドが対応するが担当を追い出してしまったのでモモンガ自身が相手をするしか無い。
「よく来たなマーレ。まずは椅子に座ってくれ。じきにメイドも来る」
「は、はい」
黒檀の杖『シャドウ・オブ・ユグドラシル』を大事に抱えながら会議室兼大広間にあるソファ型に座るマーレ。
一人で使うには広い部屋だが今はアルベドに一室を与え、一般メイドも寝泊り自体は可能だ。
ただ、女性が使うには不便な点がある。
トイレと風呂が無く、洗面台は急遽増設してもらったばかりだ。
水を引いていないので更なる工事が必要なので色々と検討中だった。
「マーレ一人で来ただろうな? アウラとか茶釜さんとか外に居たりしないよな?」
「はい。お姉ちゃんはぶくぶく茶釜様と共に第六階層に居ると思います」
「そうか」
という返事の後でタオルを携えた一般メイドが訪れた。
タオルを持ってくるように命令したのだから来てもおかしくはない。
「それほど時間はかからないと思うが食堂で待機しててくれるか?」
「畏まりました。では、御用があればお声をかけてくださいませ」
「忘れないようにするよ。一時間経って何の連絡も無ければ戻って来ていいぞ。分かっていると思うが……」
「執務室の扉に触れてはいけない……、でございますね?」
「触れるくらいはいいが、安全は保証しない」
「畏まりました。では、一時間ほどお
「用が早く済めば声をかける」
一つ一つの言葉にちゃんと反応するので会話文が自然と長くなってしまう。
バカ正直に相手をしているせいではあるけれど。
ただ、メイドの喜ぶ顔を見るとつい丁寧に言ってしまいたくなる。
なんとか部屋からメイドを追い出したモモンガはタオルをテーブルの上においてマーレに向き直る。
あくまで確認作業であって、やましい気持ちは無い。そう何度も自分に言い聞かせる。
「早速だが……。上だけでいいから服を脱いでくれるか。装備品はそこら辺に置いていいから」
「は、はい」
人前で裸になるのだから子供の姿のマーレにとっては恥ずかしい事かもしれない。
しかもナザリックの最高責任者が見ているのだから余計に緊張する筈だ。
完全に裸にするつもりはモモンガには無い。
いずれ風呂に入る時、いやでもマーレの裸体は拝める。
男同士。裸の付き合いも時には必要だ。
部屋に呼んでおいて服を脱げ、という命令は第三者から見ればきっと
同性だし、気にしすぎるのは良くないと思うけれど。
自分は裸を通り越して白骨死体だ。これ以上、脱げるものは骨くらいだ。
五分ほどかけて上半身裸になったマーレ。ただし、下半身がスカート姿なので目のやり場に困る。
これはこれで、何かエロい。モモンガは恥ずかしくなり、精神が抑圧される。
服を脱いだ時、レベル100相当のステータスの影響で筋骨隆々になっているかと期待してしまったが、見た
褐色肌の
ちゃんと服を脱げただけ安心した。服が皮膚じゃなくて良かった、と。
仕様によって脱げない構造だったら怖い事だ。
前方は見たので背中を向いてもらう。
日に焼けたような健康そうな綺麗な肌だ。
撫でると傷をつけそうな気がしたので頭だけ撫でた。
「服はちゃんと脱げるんだな」
服ごとの設定ならば脱げなくても不思議は無い。
当たり前の事だが、当たり前ではない常識外もありえないことはない。
モンスターや魔法が実在するのだから。
それにマーレは正真正銘、とは言いがたいが
垂れ気味の長く尖った耳。左右で色違いの瞳だが、それは
「……うむ。もう服を着ていいぞ」
「……はい」
気弱な返事だったので無理矢理脱がせたような気分になった。
頼んだ自分が悪いのだが、何だか罪悪感があった。
異形種の多いナザリック地下大墳墓において人間種は僅かしか居ない。
アウラとマーレは種族的に成長するのか気になるところだが、確認までには数十年を要する。
どんな大人になるのか知りたいところだ。
魔法で大人になれ、というのは夢が無い。
「変なお願いで申し訳ないな。……その……お前達は自分がNPCである事は……、自覚しているんだったな?」
「は、はい。僕達はぶくぶく茶釜様に創造されたNPC、っていう存在なのは理解しています」
おどおどしているマーレの対応を見ていると不安になる。ここは元気なアウラのようにしてほしいところだ。
とはいえ、
というよりスカート姿のマーレという時点で色々とアウトな気がする。
服装については創造者が色々と計画しているらしい事は聞いていたが、第三者が恥ずかしいから変えろ、と言うのは暴論だ。
「例えば……、その服を攻撃された場合、マーレが痛みを感じる事は……無いよな?」
「えっ? 服がボロボロになるだけ、だと思います」
「……うむ。私が言いたいのは……、その服もぶくぶく茶釜さんが設定したものだから痛みなどを共有しているのか、という事だ。NPCとしての設定か何かで……」
訳の分からない質問なのはモモンガとて分かってはいるが、自分でも変な質問だなと思った。
何を言っているんだ、この骸骨、と。
「替えの服がたくさんありますから、ダメージの共有はありえないと、思います」
ですよねー、と胸の内で言うモモンガ。
当たり前の事一つ確認しないと不安になる世界なのだから仕方が無い。
「確かにコキュートスさんのように外皮という概念で言えば、モモンガ様の、懸念は理解出来ます。ですが、この服は外皮ではありません。それはお姉ちゃんも一緒なので安心して下さい」
後半スラスラと喋りだすマーレ。
少し心強く聞こえたのは幻聴ではない筈だ。
しっかりと答えてくれる
「言葉だけでは不安になってしまってな」
弱みをNPCに見せる事は失念していた。
ギルドメンバーが居るので滅多な事は起きないと思うけれど、あまり考えすぎるのもよくない。
多少の素直さは見せなければ息苦しくなる。
プレイヤーが自分一人なら『四面楚歌』だ。
気弱なギルドマスターに失望するかもしれない、という考えはあるにはある。
「直接の確認作業は大事です、モモンガ様」
心強い意見に対して肉体があれば
せっかくタオルを持ってきてもらったが無駄になってしまったかもしれない。
服を脱いだ時に流血でもするんじゃないかと危惧した為に用意させたが杞憂に終わってしまった。
汗まみれなら拭いているところだが、身奇麗だった。
「これは仕舞っておこう」
メイドの仕事を無駄にするのも心が痛む。
「装備と肉体の関係についての確認だ。また何か気がかりを覚えたら来てもらうかもしれない」
「了解しました。……あの……、モモンガ様……」
「なんだ?」
「次にお姉ちゃんを呼ぶのでしたら……、僕が伝えましょうか?」
順番から言えばマーレの意見は間違っていない。しかし、今回は
「それには及ばない。不公平感は……、あるかもしれないが。今回はマーレだけだ。……もし、アウラの機嫌が悪くなるようなら……。そうだな。特に用は無いが来てもいいと言っておくといい」
言わないとマーレに対する風当たりが強くなるかもしれない。
姉弟を平等に扱うように、とか言い張られては事態が面倒になる。
創造者であるぶくぶく茶釜は文句は言わないと思うけれど。
◆ ● ◆
服装の確認を終えてマーレを帰還させ、部屋から退出させていたメイドに声をかけておく。
忘れているとずっと待機したまま不安に思われるかもしれないので。
部屋掃除担当の一般メイドはモモンガの部屋に常駐しているわけではなく、一定の時間だけ滞在し、自分の部屋に戻っていく。
以前までならそれだけで特筆すべき事は無い。だが今は違う。
仕事を終えたメイドは何人か集まって食堂で飲み食いする。
通りを歩くシモベの素行などを注意することもあるという。
つまり、自主的に行動する通行人と化している。もちろん事前にそういう風にプログラムされていればありえないわけではない。
その代表格がNPCの表情の変化だ。
ユグドラシルの仕様では決して豊富な表情を見せる事は無かった。尚且つ、プレイヤーの行動に細かい反応を見せる。
細かいところを挙げればキリがないが、とにかく本来与えられたデータ以上の複雑な行動を見せるようになってしまった。
人間種の貴重なNPCであるアウラ達を見る限り、データが意思を持った生命体に進化したような感じだ。
仕様の壁を乗り越えたプレイヤーの疑問に対する多種多様な反応は今も驚かされる原因の一つとなっている。
長くゲームをプレイしてきた中でNPCたちが見せてこなかった行動なのだから、今はプレイヤー自身が戸惑っている状況だ。
洗面台や排泄の為のトイレなどが色々と不足しているので急遽、増設案を検討していたり。メイド達がトイレを使わなくていい種族だという事に驚いたり。一定期間だけお腹に食べ物が入り、自然と消えていく。などなど。
全く不可思議な現象で今のところ退屈しなくてありがたい事だ。
飲み食いできないアンデッドである自分の事はもちろん棚に上げるほど。
装備を外せば完璧な白骨。それがバラバラにならずに稼動しているのだから不思議としか言いようが無いし、全身が植物のぷにっと萌えもどうして自分が思考し、行動できるのか不思議がっていた。
フラットフットなど非実体のような影そのものだ。
とにかく、驚きと発見が続いている。
「これはモモンガ様」
第九階層を散歩していた時に白髪の老人セバスと出合った。
カルネ国の実験農場で働かせたまま忘れていた存在だ。
「セバスか。そういえば、出稼ぎに出していたんだったな。その後はどうだ? 何か変わったことでもあったか?」
「はい。農作業は明日で我々の分は終わる見込みです。その後はどういたしましょう」
「……どう……? 次の仕事か……」
「左様でございます」
厳つい顔のまま丁寧な口調で喋る執事。
真面目人間そのもの。ついついモモンガは身構えてしまう。
少し砕けた喋り方になってほしいと思わないでもない。だが、仕事柄、姿勢正しく振舞うのが執事としての役目だから余計な口出しは個性を潰してしまう。
「外の仕事が終わればナザリックでの業務に戻ってよい。追加の仕事はまだ未定だ」
「了解しました」
恭しい態度はモモンガも姿勢をつい正してしまうほど。
「キリイという若者は……。お前から見てどうなのだ? 率直な人物像としての印象で構わない」
「はっ。我々ナザリックの事情を知る危険な存在だと確信いたします。……ですが、人当たりはよく、利用価値のある人間だと私見ながら感じました」
普通なら危険視するところなのでセバスの意見には同意する。貴重な情報源という見方だと失うのはデメリットだと思える。
それに迂闊に処分すれば確実に敵方アインズ・ウール・ゴウンが現れて全面戦争になるかもしれない。
元は自分達と同一の存在。
争う事態は避けたいところだ。
「……相手の俺だと思われる存在が目をかけた相手ならば敵対者は許さないだろうな」
もし自分がキリイ青年を味方につけたならば彼の敵は自分の敵だ。
その理屈で言えば争いは必然かもしれない。
「いやまて……。彼の父親とやらは現れたのか?」
「いいえ。彼の両親はカルネ国の首都に居るそうです」
国であるなら首都があっても不思議ではない。
この話しは長くなりそうなので会議室に移動する事にした。
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