044 俺を助けてください

 セバスとペロロンチーノが働いていた時の報告書はまだまとめられておらず、近日中に提出予定という事は聞いた。

 異形のギルドメンバーが偽装の為に全身鎧フルプレートを着用しているのだが、怪しまれなかったという。

 現代社会なら絶対に白い目で見るところだ。もちろん、自分も奇異の目を向ける自信がある。

 部屋に戻るとアルベドがなにやら執筆作業をしていた。

 業務日誌のようなものか。

 彼女の事はタブラ・スマラグディナに任せていたので後で聞いておく必要がある。

「アルベド。そのまま作業をしていて構わない。お腹が空くようであれば任意で判断せよ」

「畏まりました」

 胸に手を当てて軽く頭を倒す姿は気品に満ち溢れている。

 規則正しい人間というのはただ立っているだけでも絵になる美しさがある。

「インクルード。居るか?」

 と、声をかけると寝室で作業していたらしい一般メイドが姿を見せた。

「はい、ただいま」

「また急で悪いがメモ用紙を持って来てもらえるか」

 オンラインゲームでは執務に必要な道具を揃えていなかった事を思い出した。

 そもそも現実の自分の部屋ではないのでアイテム類は基本的に虚空に存在するアイテム・ボックスの中だ。

 ゲーム的な感覚で必要なアイテムを取り出せるのだが、普通に考えて不思議な光景だ。

 手が空間に飲み込まれるのだから。

 物理法則はどこへ行ったのか、と。

「何が必要で、何が不要か……。それも検討しなければならないな。んっ? セバス。何故、立ったままなんだ? 椅子に座らないのか?」

「おそれながら……。ナザリックの最高権力者であらせられますモモンガ様の手前、一執事に過ぎないわたくしめが椅子に座って報告など、無作法にも程があると判断いたしました」

 無作法。

 モモンガは特に作法について言及した事は無い。

 ギルドメンバーなど自由気ままに行動しているからNPCノン・プレイヤー・キャラクターもそうなのかな、という程度の認識だった。

 アウラはどうみても自由人だし。

 階層守護者の特権とか関係するのか。

 セバスのキャラクター像では立ったままの方が絵にはなるけれど、あまり堅苦しくされると変に緊張してしまう。

「……お前がそれでいいなら……。いや、労働者に対して休息を与えないのはいかんな。命令ですまないが、椅子に座って報告せよ」

 堅物そうなセバスが今の言葉に軽く呻いたように聞こえた。

 細かいことは指摘せず、椅子に座らせようと思ったが近くにはソファしかなかった。

 簡易的な椅子も後で用意させようと思い、今は会話を優先させた。

「私もソファの方に行こう」

 隣りにアルベドが控えているが余計な事を言えば追い出すだけだ。


 移動を終える頃にメイドが品物を持ってきてモモンガの前にあるテーブルの上に並べ始めた。

「簡易的な椅子を後で構わないから何脚か……。五脚ほど運び入れてくれ。食堂にあるものではなく、新規の製作でだ」

「畏まりました」

 食堂に置いてあった椅子が急に無くなれば騒ぎになる。

「では、改めてセバス。仕事の報告は後でかまわないがカルネ国やキリイ青年について話せ」

「はい。まずカルネ国は国境の存在しない国となっているようです」

 広大な農地を有する複数の農家が共同で使用しているために国境と言える部分が曖昧になっている。

 現時点で判明している事は国境警備というものがあるのは北方の『アーグランド評議国』という国だけでナザリック近辺の国では都市防衛の城壁程度しか無い。

 大事な事だがカルネ国に国境が無くとも王国と帝国の国境は存在する。

 キリイの話しをそのまま伝えているので確証があるわけではない。

 もちろん領土紛争は存在する。

 資金確保に関係ないので国の歴史などは大雑把にしか聞いていない。

 現在は王国と帝国が停戦することを条件に魔導国を交えて人間の国を豊かにする計画が進行中だという。

 基本的にモンスターは人間を襲う者がとても多い。

 それらの脅威から人類を守る為にスレイン法国が暗躍していた時期があった。

 魔導国の出現で三国のパワーバランスが崩れ、三竦さんすくみ状態にある。

 そんな緊張の糸は切れると大きな争いに発展するものだ。

 そうならないようにまず王国と帝国が手を取り合い、魔導国を中立に据えて『カルネ国』という理想国家を設立。

 平和を体現する名目でスレイン法国を黙らせる事に成功する。

 もちろん、その前には幾多の争いがあったようだ。

「互いの領域が交わる場所にカルネ国を置き、人民の往来を滞りなく進めているようです。この広大な森『トブの大森林』から現れる凶暴なモンスターを魔導国が排除する事によって三国の平穏が保たれているわけでございます」

 普通に考えれば訳の分からない事態だ。

 王国と帝国の争いを魔導国が鎮めた、というだけならば異世界ファンタジーっぽい理解で済みそうなのだが。

 どちらの国も滅ぼさずに仲良くさせる方法を選ぶと世界征服できないのではないか、と。

 無理に『世界征服』する必要は無いが、よくあるテンプレートとして例えに出したに過ぎない。

 悪のロールプレイをおもとするギルドなのだからありえなくはないので。

「カルネ国の首都は森の中にあるようです。あまり奥まったところではなく、蜥蜴人リザードマン達の部族の一つが使っていた場所を開拓したそうです」

「……蜥蜴人リザードマン……。亜人の集落か……」

 というか居るんだ、蜥蜴人リザードマン。実際に見てみたいな、と思った。

「このあたりは薬草の生息地なので冒険者や農家がよく入るそうです。そこに国の首都を置いてモンスターからの襲撃を魔導国と共同で排除している、という話しになっております」

 魔導国は色んな事に手を出しているのはわかった。

 力による圧政ではないのか、と疑問に思うが人々が苦しんでいるような顔は実験農場では確認できなかったし、エ・ペスペルでも悪い噂は聞かなかった。

 魔導国の存在を知らない、というわけではないことは確認している。

「つまりカルネ国はトブの大森林を掌握した国と……」

 薬草と聞いて●●●という単語が浮かんだが脳裏から追い出した。

「全てではないと思われます。森の奥は凶悪なモンスターの住処となっているらしく、普段は殆ど奥には行かないそうです」

「地図では小さく見えるが……。実際は結構な広さがあるんだろうな」

 少なくとも軽く飛んで眺めても全体像が見えなかったほどだ。

 最初に確認した時は実験農場まで見通せなかったのだから。実際の距離はとても長くて広い。

蜥蜴人リザードマンの集落の一つを開拓していさかいは起きなかったのか?」

「現在、蜥蜴人リザードマン達は全部族が一つにまとまっていて魔導国の属国という扱いだそうです。空いた集落の開拓も平和的に済んだのではないかと愚考いたします」

「……度々出てくる魔導国は今まで何をやらかしたんだ? ファンタジーの常識を逸脱しているように聞こえるぞ」

 先に異世界に来て大冒険を済ませて国を作って平和にした、という事か。

 今から冒険を始めようとしている自分達が不安に思っているのはとてもバカらしい事のように思えてきた。

 そういう不安要素は既に魔導国が排除した後ですよ~、とでも言うように。

「ふっ、ふざけるなっ!」

 と、テーブルに拳を叩き降ろして粉砕するモモンガ。

 セバスとアルベドは驚いた。

「人が苦労して悩んでいるというのにっ!」

 被害妄想なのは分かっているが、とても腹立たしい。

 魔導国が全てのイベントを済ませた後の世界に来てしまった、という事になる。

 何と冒険し甲斐のないファンタジーなんだ、と。

 その上で敵性プレイヤーなどに怯えている自分にも腹が立ってくる。

「……クソ……」

 怒りが抑制されると気分は無理矢理静まるが感覚的にはまだ怒りは治まっていない。

 三度ほどの精神の安定で気分が落ち着く頃には現場の惨状に頭を痛める。

「……後でメイド達に掃除させよう。すまなかったな、いきなり怒ったりして」

「い、いえ……」

「だが……」

 魔導国とて王国と帝国周辺に留まっている。

 世界がまだ広大であるならば彼ら魔導国が向かっていない場所があるのかもしれないし、シモベ達に向かわせている最中かも知れない。


 北へ、東へ、南へ。


 安易に全ての世界が魔導国の手中にあると考えるのは早計だが。

 先に転移した者が有利なのは覆しようが無いけれど。悔しいという気持ちはある。

 もちろん逆の立場なら後から来た者が不幸なだけで文句を言われる筋合いは無い、と取り合わない選択をする事もある。

 悔しいからといって魔導国を滅ぼす理由になるのか。

 もし自分ならなるかもしれないし、ならない選択も選ぶかもしれない。

 今はただただ悔しい気持ちで満たされている。

先達せんだつに文句を言っても仕方が無いな。先に来た者の特権なのだから」

 見ず知らずのプレイヤーなら襲う事もありえるが、今回の相手は『アインズ・ウール・ゴウン』だ。簡単には進められない。

 キリイ青年を使わせてもらっている立場としては相手に頭を抑えられた気分で腹が立つ。

 この見えない情報戦は何処かで優位に立ちたい。

 それは純粋にゲーマーとしての意地だ。

 もとより自分に負けたくない。

「……テーブルは後で取り替えよう。それで魔導国の話しは保留にしてカルネ国の国王はどんな人物なんだ?」

「錬金術に長けた人物で王国でも知らぬ者は居ないという有名人だそうです。国王のかたわら日々、何かの研究をしている事が多いとか」

くだんの『マグヌム・オプス』とやらが関係するのか?」

「そのようでございます」

 セバス達には農作業の命令しかしていないので他の施設はまだ手付かずだった。

 ギルドメンバーの報告によれば上空から見た印象は簡素な建物がポツンとあるだけの場所だとか。

 地下に広い研究施設がある、という話しなので地上からは分からないのかもしれない。

 その施設の地上部には動像ゴーレムのようなものが何体が配置され、不可視化したモンスターが数体ほど警備に当たっているという。

 あと、牛や山羊が放牧されている。

 そして、空中に浮かぶ畑がいくつかあった。

 魔導国の方に行った仲間も空中に浮かぶ建物のような物体の存在を確認してきた。

「名前は『ンフィーレア・バレアレ』というそうです」

 最初に聞こえた時は『うんこが転がるレアもののバカアホ』と聞こえた。

 空耳なのか、変な名称に聞こえるのは慣れるしかない。

 二度目にはちゃんとした名称として聞こえるのが少しいらつかせるが。

「……ちなみに王妃は……、卑猥な名前ではないだろうな?」

「卑猥かどうかは……。王妃は『エンリ・バレアレ』と聞いております」

 今度は普通に聞こえた。つまり、この名前自体が卑猥だという事かもしれない、と思ったがエンリの名前の何処が卑猥なのかさっぱり分からない。いや、間違いなく名前だ。そうじゃないと泣きたくなる。涙の出ないアンデッドだけど心では号泣出来る。

「……エンリ……。何とも奥床しいというか……」

 二度目には名前に聞こえてきた。

 会った事が無い筈なのに、ギルドの総力を結集してでも彼女を守りたい、そんな気持ちにさせてくれる不思議な名前だった。

 エンリと胸の内で呟くだけで心が温かくなるような感じだった。

「エンリ……か。会ってみたいな」

「相手は人間だと思われますが……」

「……そうかもな。だが、エンリという女性は我々ナザリックにとって重要な人物のように感じられる。……だが、それは会ってから考えよう。すぐにどうこうすることもない」

「畏まりました」

「……しかし、初めて聞くはずなのに昔から知っているような気分になるのはどうしてだろうな。アルベドはうふぃーれあとかエンリに会った事は無いだろう?」

「はい。初めて聞く名でございます。もちろん顔も浮かびません」

「ナーベラルの消失と何か関係があるのかもな。我々のナーベラルは今頃寂しい思いをしていないか……。それとも統治者として居ない部下に固執せず、さっさと切り捨てる方がいいのか」

「モモンガ様に心配されるナーベラルは幸せ者にございます」

 と、セバスは言った。

「守護者統括としての立場では役立たずは居ない方がいいという判断が適切かと存じます。……しかし、モモンガ様が心配する程では私も冷酷になりきれません」

「俺は……部下を大切にしたいと思っている。冷酷な支配者になりたいとは思わない。ただそれだけだ。もちろん、ナーベラルが一番大切だ、というような贔屓はしない。NPCはみんな大切だ。家族も同然な程に」

「勿体なきお言葉に深く感謝致します」

 とはいえ、とモモンガは思う。

 それぞれギルドメンバーに創造された存在なのだからモモンガ一人が大切だとか判断するのは正しいのか、と疑問に思う。

 一番心配しなければならないのはナーベラル・ガンマを創造したメンバーだ。


 それにしても色々と教えてくれた事にモモンガは驚きを禁じえない。

 普通のファンタジーの序盤に出る村人は大した情報は言わない筈だ。

 まるでゲームの攻略本を擬人化させたように聞こえる。

 このまま質問を続けるとクリアまで説明するんじゃなかろうか、と。

「……キリイ青年は……、我々が思っている以上に愉快な存在かもしれないな」

 青年キリイというよりは彼の父親もそうなのかも、と思わせる。

「会った事も無いのに長年の知り合いのように感じるのは……。平行世界に何か関係があるのか……」

 平行世界を持ち出せば大抵の事は解決してしまう、かも知れない。

 とはいえ、現時点での自分は何も知らない初心者だ。一つずつ確認するしか無い。たとえそれが二度手間だとしても。

「セバスは危険だと思ったようだが……。俺は……。いや、お前達から見て『俺』という一人称は相応しいか? ギルドマスターとして『私』と言い直した方がいいなら言ってくれて構わない」

「モモンガ様の一人称にケチをつける気はございません」

「私もですわ。我々の為にご自分の個性を殺す必要はございません。他の至高の御方も使っていらっしゃいますし」

 ペロロンチーノは確実に『俺』という一人称だ。

 至高の御方と言われたからって無理に高貴さを演出するのも精神的に疲れる。

 言い慣れた言葉が一番良いのだがNPC達に軽く見られたり、なめられる事態は避けたい。

 自分たちが低いと思われればNPCとて創造主に刃向かってくるかもしれない。

 そういうおそれはアルベド達の設定に実際にあるから危惧している。

 特に彼女の妹『ルベド』は危険だ。

 モモンガから見てもそう思うほどに。今は活動停止状態だが、動かせばギルド最強の男と言われる『たっち・みー』でも歯が立たない。そういうNPCだ。

 とはいえ、勝てないわけではない。

 問題はNPC達が連携してプレイヤーである自分たちを襲ってくる事態なのだが、いつものように深読みして自爆している気がする。


 九人のレベル100NPCと四十一人のギルドメンバー。


 力関係で言えば自分たちが圧倒的だ。だが、だからこそ油断が生まれやすい。

 確実に一人ずつ倒された場合などは特に。

 ゲーム的に戦略を練る事が多かったクセが悪い方向に働いている。

 裏切られる事は確かに怖い。それはアンデッドであるアバターであっても。

 自分たちが生み出したNPCが裏切る、という事は実際問題してありえるのか。

 未来のナーベラルの忠誠心から見てもありえない、と思いたい自分が居る。

 ギルドメンバー不在であの忠誠心だ。

 未来の自分はきっと良い上司だったに違いない。

 だから今の自分は悪くていい、というわけにはいかないけれど。

「至らぬ統治者ですまない」

「も、モモンガ様!? 急に謝罪など……」

 深く頭を下げるナザリック地下大墳墓の全てをまとめるギルドマスター。

 それに驚かないNPCは存在しない。ただし、メンバーは平気で対応する。

「ここが自分の知る土地ならば勝手が分かるところだが……。今は何もかも分からない世界だ。だから……、とても不安で仕方がない。とても……、怖いんだ。何も分からない事が……」

 それはもちろん自分の学歴の低さも関係する。

 こちらは抵抗し得ない不可抗力的な原因が多分に盛り込まれているからだが。

「お顔を上げて下さいませ。そのような事態になっているとは露知らず……。至高の御方々の苦労も分からぬNPCの分際で……、こちらこそ申し訳ない気持ちで一杯ですわ」

 元はと言えば引退組みが出始めた頃から不安はあった。

 またみんなで冒険をしよう、という淡い願望があった。

 不測の事態とはいえ全員が揃い、かつての栄光に輝いていたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の復活だと嬉しく思ったものだ。

 それが『ログアウト』ボタン一つ無いだけで身動きが取れなくなる事態に陥っている。

 尚且つ、変な女の策略にはまって右往左往だ。


 ◆ ● ◆


 元の世界に戻る方法はナザリックに関する全ての記憶と引き換えと来ている。

 無くしたくない想い出の数々。

 とても引き換えになど出来はしない。

 ならばこの世界に留まって冒険を続けるのが良い手なのか、と思っても難題が待ち構えていた。

 未知の世界に対する見えない恐怖というものと戦わなければならない。

 ゲーム終了時に『ユグドラシル』というゲームをプレイしていたプレイヤーがどれだけ居るのか分からないが、敵対者が襲ってくる可能が無い、と言い切れないのだから。

 敵対するようなゲームプレイをしてきた罰かもしれないし、自業自得な部分も否めない。

 中には友好的なプレイヤーも居るかもしれないけれど。

 今の自分の精神状態は敵の方が多い。

「ご命令があればナザリックの残存戦力全てを結集いたしますわ」

「総力戦は罠にかかる確率が高い」

 即座に否定するとアルベドが唸った。

 こういう戦略に対して、モモンガは自分でも不思議なほど頭が回ると呆れ気味に思った。

 のこのこ外に出て迎撃されれば意味が無い。

 確実な勝利の積み重ねが大事だ。

 何しろ敵性プレイヤーが自分たちよりも多かった場合は敗北が濃厚だからだ。

 ナザリックのギミックを総動員して第八階層まで攻められた過去がある。それも相手方は全員がレベル100のつわものではない、単なる烏合の衆だ。

 その程度のやつらに危機に陥れられるのだから真の上級プレイヤー相手なら陥落の恐れすら否定はできない。だから油断できない。

 それに未知の世界のつわものの強さも不明なままだ。

 なにより、厄介な事は確実に実力が分かる『アインズ・ウール・ゴウン』というもう一つのギルドが警戒している。

 敵対されてはいけない相手ではないのか。

 国を作り、戦力を蓄えているかもしれない。自分ならきっとそうする。

「情報の読み合いで今は済んでいるが……」

 ぷにっと萌えならば油断したところを完膚なきまで叩き潰す戦略をとる。

 それを自分達に向けられる恐怖は計り知れない。

 おそらく世界級ワールドアイテムは持っている。それも自分達と同数を。

 もし仮に自分達の戦力と同数で尚且つ拠点が『ナザリック地下大墳墓』ならば外に出なければ比較的安全だ。

 だからといって永遠にこもっている事など出来ない、気がする。

「おそれながらモモンガ様。発言してもよろしいでしょうか?」

 と、セバスの言葉にモモンガは頷きで答える。

「我々は転移したてのはず……。すぐに襲撃されるものでしょうか?」

 襲撃されるような事をゲーム時代では腐るほどやってきた。だから、敵が多い。

 現地の人間とは仲良くできるかもしれない。けれども、自分達は異形種だ。

 素顔を見て怖がられたら国を挙げて襲われるかもしれない。

 そうなれば抵抗の為の戦争が起きる可能性がとても高くなる。

「我々の事を知っていれば襲撃案はとても高いだろうな」

「そうなると……、同じタイミングでの転移者が多く居なければなりませんよね?」

 と、アルベドの言葉にモモンガは首を傾げる。

「同じタイミングというのは……、転移した時期の事か?」

「はい。魔導国やナーベラルは遥か未来だったり、数年前に転移した者達だと思われますが……」

「……違う時間軸の転移ならば……、という可能性だな」

「時間の概念について無知で申し訳ありませんが……」

 と、アルベドは謝罪してきたがモモンガも難しい概念は分からない。

 この手の話しはぷにっと萌え達が詳しい。

 だからとて今は彼らを呼ぶ気になれない。今はとても自分がみっともない姿を晒している最中だから、という気持ちがあるので。

 メンバーだから平気という事もあるけれど。今はNPCと直接対決中だ。

 これはこれでモモンガの戦いなのだから邪魔はされたくない。

「そもそも敵と思われる存在と我々が同じ時間を共有している保証はとても低いのではないでしょうか? 実際に魔導国の存在は確認されているようですが……」

 確かにアルベドの言う通りだ。

 ナーベラルの件から遥か過去から未来まで幅広い転移が起きている可能性がある。

 数百年ほど生き延びた不死性プレイヤーが今も『アインズ・ウール・ゴウン』というギルドに恨みを持っているのか、と言われれば分からないと答える。

 ゲームはゲームとして割り切れ、と言うところだ。

 そもそもゲーム以上の殺し合いになるまで恨みを持つようなプレイでは身が持たない。というか精神的に辛いばかりだ。

 ゲームで酷い目に遭ったから現実で仕返ししてやろう、とか物騒な事は勘弁願いたいところだ。

 リアル現実にまで影響を受けているのは自分が知る限り、ウルベルトが真っ先に浮かぶ。

「同じタイミングでの転移ならば多くのプレイヤーが同じ時間に居ると想定している。もちろん、確認が出来ないから困っているのだがな」

 アルベドの言いたい事は理解出来る。

 モモンガは同じ時間軸に多くの敵が居ると今も思っている。

 実際はバラバラの時間軸に転移している可能性があると後で知る事になった。そしてそれは確認出来ない事だから困惑している。

 ギルドメンバーが一緒に転移したのに他のプレイヤーは違う時間軸の転移だよ、と誰が信じられるか。そして、それは証明されない限り不安として残る。

 オンラインゲームはユグドラシルだけではない。

 だからこそ多くの『何故』が付きまとう。

「申し訳ありません。浅慮をお許しくださいませ」

「うむ。貴重な意見に対し、咎める気は無い。だが……、見えない敵は居るのだ。居ないといえるほど私は……、俺は気楽に出来なかった……。それだけの問題だ」

 考えすぎず。敵が来たら迎撃すればいい。

 そういう簡単な事が出来なかった。

 街での仕事でも滞りなく平和な時間を過ごせた。

 それが本来は正しい日常だ。

 そうそう頻繁に異常事態が起きるはずが無い。

「安易に平和に胡坐あぐらがかけないのは……、自分達がプレイヤーだからかもな」

 このアバターがある限り、敵もまた存在している筈だ。

 いや、確実に魔導国があるのでプレイヤーの存在は確実だ。

 戦うのか、交渉なのかは分からない。

 他の未知のプレイヤーの姿も忘れてはいけない。

 未来のナーベラルの世界では地球に行けるまで冒険できた。

 現在の自分はどうなのか。

 怯えすぎてまともに冒険できていない。

「時には一歩を踏み出す勇気が必要だ。それは頭では分かっているのだがな」

 だからこそ臆病な自分を恥じてNPCに謝罪しているところだ。

 卑屈で神経質で臆病な冴えない主人公。あと、ついでに童貞も付けておこう。この際、悪い点はまとめておいた方がいい。

 ここまで弱みを見せた。

 NPC達はどう出るのか。

 羨望は自分の中ではありえない。

 ならば失望か。

「ならば我々にお命じ下さい。敵を迎撃せよ、と……」

 力強い意思を秘めた金色の瞳をモモンガに向けるアルベド。

「我々は至高の御方の役に立つ為に生み出された存在でございます。ならば至高の御方の不安を払拭する事こそ我々のおこなう仕事だと判断いたしますわ」

「おそれながら、このセバスもアルベド様と同意見でございます。わたくしの創造主『たっち・みー』様も苦難に見舞われているモモンガ様を救えとおっしゃるはずでございます」

 なら実際に聞いてみろよ、とつい言いそうになった。

 ギルド最強の男はモモンガの意見にどう答えるのか。

 知りたい気持ちはあるが、知らなければ良かったと思うような意見を言われてしまうかも知れない。

 弱みを見せた今なら尋ねても大丈夫かもしれない、という思いも少しはあるけれど。

 『毒を食らわば皿まで』という言葉を思い出す。

 逡巡しゅんじゅんは数瞬ほど。そして、決断する。

「……しーきゅー、しーきゅー」

『おっ、その声はモモンガさんですね?』

 伝言メッセージの相手はもちろんギルド最強の男と名高いたっち・みーだ。

 今、何処で何をしているのかは問わないでおいた。

「単刀直入に言います」

『愛の告白ですか? それは勘弁してください』

「うるせー。黙って聞けよ」

 急にモモンガの口調が変わったのでアルベド達は少し驚いた。

「臆病な自分を反省していたところです。アルベドとセバスの前で」

『………』

「ギルドマスターとして命じるのもいいのですが……。その前に……。たっちさんっ! 俺を助けて下さいっ!」

 アルベド達の前ではあるけれど、かなり大きな声で叫んでみた。

 今だからこそ出せる大声ではないだろうか。

『……困っている者の声が聞こえました』

 聞こえるように言ったんだから無視してほしくない。これで聞こえない、などと言ってきたらすぐ転移してぶっ飛ばしに行く自信がある。もちろん超位魔法で。

 本来ならばみっともない事はたっち・みーでも言いたくはなかったけれど。

『ですが……、私だけに助けを求めずともギルドの皆はきっと……、モモンガさんを助けると思いますよ』

「えっ?」

『モモンガさんが街に行っている間、集まって会議もしますから。いわゆる『ギルドマスターを元気付ける会』とか銘打って。……慰める会……だったかもしれませんが……』

 それはとても恥ずかしそうな会のように思えた。

 自分の居ないところで何をしているんだか、と思ったが黙っていた。

『頼りない冴えない主人公を支えるのが我々の仕事です』

「……すみませんね、冴えない主人公で」

『理由はどうあれ、一蓮托生ならば助け合うしかありません。ん……。今の表現は適切ではない気がしますが……。それぞれ転移した世界で冒険しようと色々と画策しているようです』

 それを今、ナザリックの中に封じ込めているのがギルドマスターたるモモンガだ。

 今のところ自分が不安に思っているせいで彼らの行動を束縛している。それは素直に申し訳ないと思っている。

 人型に近いメンバーを少しずつ外に出してはいるが大勢が居なくなる事態は敵が来なくても不安だ。

 せっかく集まってくれたのに、すぐにお別れするのは辛い、という気持ちがあるから。


 最強の男の言葉はとても心強いのだが同時に恥ずかしい事も聞いてしまった気がする。

 自分が居ない間にメンバー達に応援されている事を後で知るのは赤面者だ。

「みっともないところを見せたな」

「い、いいえ」

 ここまで弱みを見せた後だ。

 NPC達はどういう反応を見せるのか。

 自分が見ている限りでは驚いているように見える。

「カルネ国は貴重な情報源だ。現時点では危険視政策は採らず、引き続き色々と教えをおうと思う」

「畏まりました」

 キリイはナザリック的には危険な人物かもしれない。

 そして、彼がプレイヤーなら襲撃も視野に入れるのが得策だ。

 現地民で尚且つ魔導国が情報提供しているのならば逆に利用するに越した事は無い。

「本来ならシモベを配置させるところだが……。相手は我々と同じ存在、かもしれない者達だ。衝突するのは今は避けたい」

 いきなり全面戦争に陥っては今後の活動に響く。

 それに魔導国と敵対するより利用するのが自分らしいのではないか。

 力技は得意では無いので。

 あくまで自分はには自信があるプレイヤーだ。自分からのこのこ戦場に突っ込むタイプではない。

 自分のプレイスタイルを崩すのは悪手だ。

 それは相手も同じだと思うけれど。

 そして、それが真実ならば無闇な衝突はとても起き難い筈だ。

 そうでなければ短絡的な相手として迎撃するだけだ。むしろ、その方がぎょし易いのではないか、と。

 モモンガの雰囲気が変化した事にNPCであるアルベド達が察知でもしたのか、姿勢を正す。

 先ほどまでの痴態が嘘のようだと、それぞれ気持ちが高揚するのを感じていた。

 これこそがナザリック地下大墳墓の本当のあるじの姿だとでもいうように。

「ああ、それから……。こういう少人数での会議や守護者達の前くらいは『俺』という一人称は勘弁してもらおうかな」

「遠慮は無用でございますわ」

「はい」

 モモンガも戦闘メイドやシモベの前まで気楽にする気は無いが、堅苦しい雰囲気は苦手だった。

 NPCの手前、という気持ちがあるけれど彼らと長く付き合うには多少の胸襟は開かなければ骸骨の身体ではあるけれど窒息しそうだ。

「カルネ国の首都やエンリに興味はあるが……。まずは冒険者ランクを上げてからだ。それまではのんびりとさせてもらおうか」

「世界に打って出ない、という事ですか?」

 現状戦力を持ってすれば世界を焼く事は造作もない、かもしれない。

 けれども自分達はまだ駆け出しの初心者だ。

 いきなり核心に行ってしまうのも勿体ない。

 後手に回る事をあえておこなうのだから後が怖いけれど。

「魔導国と違い、我々は国として存在していない」

 というか外観的には遺跡だ。

「ナーベラルの捜索や他のプレイヤーの情報収集もある。それにフルメンバーが居るのに呆気なく終わらせるのも勿体ない」

 最終目的地はきっと『地球』だ。

 普通に考えれば数億年はかかる。

「………。俺の行動指針はだいたい決まった。……問題はギルドメンバーだが……。アルベド達は彼らに何か要求したい事はあるか?」

「至高の御方々に意見を出すなど……」

「時には無茶な要求をする事もあるだろう。一概に従えというのも酷だ。お前たちの意見も聞かなければ不安も溜まる一方だしな」

 会社でも社員の不満が溜まれば一斉退職で経営が圧迫されるという。

 実際にそんな事が出来るような社会体制ではないけれど。

 少なくともナザリックという会社は健全なホワイト企業を目指したい。

「例えば一般メイド達がペロロンチーノさんに追いかけられて迷惑しているとか……」

「そのような報告はございません」

 毎日追いかけていれば他のメンバーから報告があがるし、姉のぶくぶく茶釜がきっと許さない。

「るし★ふぁーさんのギミックにはまって困っているとか」

「ございません」

「……むぅ……。即座に否定されると言葉も無いな」

「も、申し訳ございません。……至高の御方からの苦情などは本当に届いていないので……」

 そうかな~、と疑いの目を向けるモモンガ。

 NPCに口止めしているとか。空気を読んで報告を出し渋っているとか、考えられるけれど。

 ここはアルベドの顔に免じて追求はやめておこう。セバスも特に何も言わないようだし。

 アルベドが黙っていてもセバスが進言する確率が高い気がする。だが、その彼が黙っているのは何も無い、という事だと思う。

「キリイ青年へは機を見てお前たちの誰かを派遣する事で良いか?」

「畏まりました。その時は何なりとお申し付けくださいませ」

「セバスも外に出てもらう事があるかもしれない。本来の任務から外れる事に対して何か意見はあるか?」

「いいえ。ですが……、他の至高の方からの命令があった場合はどのように対処すればよろしいでしょうか?」

「……手の空いている者に頼るしか無いな……。最初に受けた命令を優先するがいい。本当に危機的状況の時はギルドマスターの命令を優先してもらう」

「畏まりました」

 精神が落ち着いているせいか、それとも本音をぶちまけたのが良かったのか。

 NPCに冷静に命令が下せている気がする。

 それを維持するのは大変だと思われるが、折角の異世界だ。

 楽しまなければ勿体ない。

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