042 アルベドがんばる

 武人建御雷と一緒についてきたアウラ達は睨みあうペロロンチーノ達に驚く。

 メイドを挟んで何事なのか、と。

「……狭い空間に閉じこもっていると諍いが起きやすくなるってか」

 一目見た武人建御雷は呆れてしまった。いや、彼だけではないけれど。

「ペロロンをぶった斬っていいんだな?」

「どうぞ」

 と、餡ころもっちもちは平然と答える。

「……お前ら少し外で新鮮な空気を吸って来いよ。何度も争う場面は勘弁してくれよ」

「賑やかでいいと思いますけどね」

 と、平然としているメンバーは答える。だが、NPCノン・プレイヤー・キャラクター達は総じて慌てている。

 至高の存在の日常についてNPCは理解度が低いのかもしれない、とタブラは感じた。

 ユグドラシルというゲームではPKプレイヤーキラーなどは日常茶飯事にちじょうさはんじで、仲間内でも戦う事はありえなくはない。

 元々は赤の他人である。

 フレンド登録しているからこそ同士討ちフレンドリー・ファイアが設定されて味方の攻撃を受けないようになる。解除すれば普通に攻撃は当たるものだ。

 だからこそ、互いに攻撃しあう事は別段、異常事態ではない。

 鎧武者のような姿で半魔巨人ネフィリムという種族の武人建御雷は武器を選定する。

「武人建御雷様。至高の御方同士で戦われるのは何故なのですか?」

 と、慌てつつもアウラは尋ねた。後ろに控えるマーレと氷の巨人コキュートスも心配の様子を見せていた。

「殺し合いをするわけじゃないから。……まあ、お子様には分からない世界かもな」

「……アウラは武人さんより年上ですよ」

 と、物陰から声をかける蜂人間ワスプ『ク・ドゥ・グラース』が言った。

「……うっ。痛いところを突くんじゃねーよ」

「一回、やりたいようにやらせてみようじゃないか。アウラ達は離れておきなさい」

 餡ころもっちもちはアウラとマーレを後方に下がらせたがコキュートスは放置した。大人だから、という理由があるのかもしれない。

 もちろん、見た目からだが。

「治療担当は用意しといたよ」

 別方向から声をかけるのは武人建御雷と同じ種族のやまいこだった。

 争いを止める気の無い至高の存在たちにNPC達は総じて顔を青くする。

 なんという世界だ、という呟きが聞こえた。

「モモンガさんには内緒な」

「……卒倒確実だね。でもまあ、うるさい骸骨が居なくて良かった」

「ぶくぶくちゃんもノータッチみたいだし」

「……み、皆さん。そんなに痛いのがお好き、なんですか?」

 マーレの言葉に誰もが首を横に振る。

「そういうわけじゃないよ。確認作業。それにはやっぱり……」

「何がしかの『きっかけ』が必要ってわけ。たぶん、そんな事だろう」

 いきなり痛みが知りたい、と言っても誰もが驚くが、きっかけがあればスムーズに事が進む。

 言葉だけでは一歩を踏み出せないメンバーは意外と多く居るものだ。

 理由が無ければ味方とて攻撃したいとは思わない。それは他のメンバーも。

 だからこそ、理由を欲する気持ちは分からなくは無い、と餡ころもっちもちは小さな声でアウラ達に告げる。

 バカな大人の悪ふざけだが、本当の意味での殺し合いは誰も望んでいない。

 そうなってはギルドが崩壊する。だが、多少のケンカは許容しないとストレスが溜まる一方だ。

 発散はどうしても必要だ。だから止めない者が多く居る。


 メイド達を避難させる命令を外野が下すがペロロンチーノを心配する者が多く現れ、退出作業が思うように進まない。

 命令が絶対ではない、という証明かもしれない。

 戦闘メイドも動因し、一般メイドだけでも避難させる。

「……君達が強情に残っているとペロロン君も引っ込みがつかないから、少し離れましょう。男は意外と面倒臭いのよ」

「は、はい」

 捕まっているメイド以外が離れたところでペロロンチーノはため息をつく。

 いや、安堵の吐息だ。

 確かに引っ込みがつかない状況ではあるけれど、いつまでも睨みあいを続ける気は無かった。

 ギルドメンバーだけなら十分もかからないやりとりに一時間近くかかっている気がする。

「武人さん。俺達、早々に引退しておけば良かったですかね?」

女々めめしい事を言うな」

 男らしく言う武人建御雷。

 餡ころもっちもちは手拭のようなもので一般メイドを目隠しする。

 凄惨な現場を見せたくない一心からだが。無理して見せようとは思わないし、メイド達に変な覚悟を持たせる気も無かった。だが、戦闘メイドは総じて拒否してきた。

 彼女戦闘メイド達の返答に驚いている頃、余計な事を言うが現れる。

「は~い、みんな~。鳥人間の解体ショーが始まるよ~」

 と、楽しそうに言うのはるし★ふぁーだったが、すぐに誰かに頭を叩かれる。

 お調子者の末路は誰も興味を示さなかった。

 そのすぐ後にシャルティアが駆けつけて現場を見て驚く。

「なな、なんでありんすか!? ペロロンチーノ様と武人建御雷様がどうして……」

「はいはい、シャルティアちゃんはこっちね」

 小さな子供を扱うように餡ころもっちもちに移動させられる階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールン。

 素直に移動する辺り、至高の存在に対して抵抗する意思は希薄かもしれないとタブラは色々と分析していた。

 第十階層に居る頭脳派が居れば余計に混乱したかもしれない。

 半分だけでも大騒動なのだから今後の行動は気にかけた方がいいと判断する。

 遠めでアルベドが心配そうに見つめているのは気付いていた。

「時世の句は書けたか?」

「返り討ちにしてやんよ」

 と、根拠の無い自信を見せる鳥人間ペロロンチーノ

「その前にメイドを離しなさい。もういいでしょう? 腕、もげるわよ」

 もちろんメイドの腕だ。

 筋力の高い至高の存在が軽い動作で捻るだけで簡単に引き千切れる可能性がある。

 ペロロンチーノはようやくにしてメイドを解放する。

 きっかけがなければずっと握っていたかもしれないと思い、自分でやった事なのに驚いた。

 どうしてメイドの腕を離さなかったのか、と。

「……ダメージ確認だからね。大暴れされると困りますよ」

 室内とはいえ多少の大立ち回りは出来るほどに第九階層は広い。

 壊れそうな椅子などはメイド達と共に移動させているが状況の行方ゆくえを心配するものはどんどん増えていた。

 まず太刀を引き抜いた武人が駆け出す。

 弓兵アーチャーであるペロロンチーノは接近戦は不得意だが最初の一撃は脚で捌く。


 ガン。


 肉体にぶつかる音ではない。

 金属同士が当たるものに匹敵する。

 お互い充分武装しているからこそ、かもしれない。

「居合いスキル無しか」

「あくまでも確認作業だろう? ……シャルティアの手前、本気でやり合うと後で泣かれるからな」

 と、武人は凶悪な面構えからは想像できない優しい言葉を紡ぎだす。

 元々の中身はペロロンチーノと変わらない人間だ。

 とはいえ、うまく最初の一太刀を受け止めたものだと感心した。

「黙って斬られていればいいものを」

「シャルティアが見てるからな。無防備にやられてはかっこ悪い」

「……話しがややこしくなるから黙って斬られてくれないかな、この鳥は」

 ガン、ガンと頭以外を狙っているのにうまくさばかれてしまう。

 戦い慣れているプレイヤーはこれだから厄介だ、と愚痴が自然とこぼれる。

 適度に回りこんで後方に控えているNPC達に被害が及ばないようにしているし。小憎こにくたらしい事この上ない。

「……迂闊にスキルを使えば後ろに被害が出るか……」

 特に斬撃を飛ばすものは危険だ。

 ちくしょー、と言いたくなる。

「……狭イ範囲ナノニ見事ナ攻防ダ」

「ペロロンさん。無駄な足掻きしないでちゃっちゃと斬られて下さ~い」

 と、暢気に言うのはるし★ふぁーだ。

 この攻防を見ても動じない存在にコキュートスは少し驚いた。

「これも立派な確認作業なんだよ。黙ってろ、猫」

「……なるほど。戦士としての動きも確認しないとな」

「そゆことそゆこと。こっちは無手だ。骸骨みたいな頭を素手でどうにかするようなことはできないし」

 不ぞろいなつのが三日月を描くように生えている武人建御雷。

 やまいことは違う外装だが、個性なので仕方が無い。

 顔については異形種なので今までは気にならなかったが、自分の顔として付き合う事になった今は少しずつではあるが気にするようになってきた。

 アバターだと思っている今はいいが、いずれ不都合に思う日が来るのかもしれない。

 とはいえ、今は顔の事を悩む時ではないので脳裏から追い出す。

「……美シイ動キダ」

 無駄の無い二人の立ち回りは殺し合いには見えない。

 熟練のプレイヤーが織り成す舞踏のようにコキュートスには見えた。

 ただ、目隠しを逃れた一般メイド達と一部のNPCにはペロロンチーノ達の動きが早すぎて視認が困難となっていた。

 アウラとマーレも何とか動きに追いついている、という程度だ。

「お二人とも、遊ぶなら拙者も混ざるでござるよ」

「……弐式さんが入ると細切れになると思うよ」

 防御力が低いので一撃でも食らえば血の雨が降りそうだ、と。

 だが、忍者のクラスを持つ弐式にとって二人の戦いに参加することは造作も無い自信があった。

 乱戦の経験はたくさんあるので、の攻防は取るに足りない。

「……刀で斬りかかっているのに……、ペロロンチーノ様の身体は未だに無事、ですね」

 マーレは攻防を見ていて疑問に思った。

 血しぶきが飛び交ってもおかしくないはずなのに、と。

 流血しない種族ならば不思議は無い。けれどもペロロンチーノは血の通った鳥人バードマンだ。すでに様々な裂傷を作っていてもいい頃だ。

「ペロロン君も歴戦の戦士だからね。手加減している今の攻撃くらいではびくともしないよ」

「ええっ!? これでも手加減なんですか!?」

 親切に教えてくれた餡ころもっちもちの言葉に驚くマーレ。

 アウラも攻防から目は離していないが驚いていた。

 遠距離型のプレイヤーだがモモンガより強い実力者でもある。

 武人建御雷の攻撃はしっかりと視認している。今はまだケガをするレベルではなかった、というだけだ。そして、それは他のメンバーも同様に思っていた。


 数合の攻防の後で変化が生まれ始める。

 武人建御雷が少しずつ攻めに転じたからだ。

 手加減から本気へと。

 攻撃の度合いからペロロンチーノも感じ始める。そろそろヤバイと。

「シャルティアの手前で無様な姿を晒せ、という気持ちは無いが……。そろそろ仕留めさせていただく」

「俺はそんなに安い男じゃねーから」

 虚空に手を入れ、短剣を取り出す。

 無手から武器へ転じる。

 弓以外にも装備できるのは戦士系の職業クラスを取っているお陰だ。

 ガチンという金属音が鳴り始める。

 肉体に当たる音から本当の金属同士の衝突音。

「……だが、甘いな」

 まずは背中の四枚羽の一つを叩き斬る武人建御雷。

 蝶に似た生え方をしている翼だが室内では邪魔な部位だ。

「おっ……」

 剣客ソードマスターなどのクラスを持つ武人建御雷が本気を出せば無傷で済むはずが無い。

 床に落ちる翼は弐式炎雷が素早く回収する。

「これ、どうすればいいでござるか?」

「保存の魔法をかけて容器に入れる。新鮮だとここから復活するかもよ」

 と、楽しそうに言う狐人間。

 その後すぐに腕が転がり落ちる。

 焼き鳥の材料が出来つつありますよ、とるし★ふぁーが言うとシャルティアが小さく悲鳴を上げる。その様子を確認してからるし★ふぁーをみんなで殴り始める。

「でさ、痛みはどの程度なの?」

 激しい攻防が全く見えていないかのように餡ころもっちもちがペロロンチーノに尋ねた。

「んー。打撲程度かな。そこはゲーム的だね。ドーンっていう衝撃は身体に感じるけど……」

「ほうほう」

「ほら、姉貴が高いところから落ちてもっと……。地面に激突しても別になんとも無いって言ってたし……」

 腕から血を流している鳥人間。

 普通の視点では決して平気そうには見えないものだ。

 あまりの激痛に痛覚が遮断されている、と考えるのが一般的ではないのか、とタブラは思う。だが、それが真実かは本人の感じ方で変わる。

「せいっ!」

 と、一刀の下に両足が断ち切られる。

 そして、ペロロンチーノの攻防が終わるかに見えた。

「鳥人間は飛べる……、っておい!」

 飛べようが翼を落とせばいいだけだ、と容赦の無い武人建御雷の攻撃が続いた。

 さすがに首は狙わないように気を使っているが、意外と往生際の悪いペロロンチーノに呆れていたのは事実だ。


 ◆ ● ◆


 地面に転がった部位を回収し、戦闘が終わったのは数分後。

 肉の塊にしか見えないペロロンチーノをシャルティアは甲斐甲斐しく触ったり、持ち上げようとした。

「で、この部位はどうすりゃいいんだ? 焼いて食うのか?」

「再生実験かな。というか、ここまでになっても平気とは……。アバターは凄いな」

「ショック死してもおかしくないレベルだがな。で、満足したか?」

 地面に転がるペロロンチーノに武人建御雷は尋ねた。

「今回はな。また何かの実験をするかもな」

「……モモンガさんが見たらもだえて転がるぞ」

「……骸骨のもだえる姿は見たくないな……」

「ペロロン君。そんな状態になっても死なないようだけど……。本当に平気?」

 と、部位を回収していた餡ころもっちもちが尋ねた。

 バラバラに散らばる部位を見ても触っても平気な精神に餡ころもっちもちは驚いた。そして、周りに居るギルドメンバーも凄惨な現場であるはずなのにモンスターの解体程度の認識なのか、平然と見ていられた事に後でそれぞれ驚いていく。

 ゲーム時代にモンスターを殺したり、死骸を見て驚くプレイヤーはほぼ皆無だけど、と。

「感覚の消失で動けないけれど……。束縛状態バインドみたいなものです」

「再生実験といきましょうか。本当は去勢とか見たかったけれど……」

「……ひぃ……」

 さすがに去勢は勘弁願いたいと今まで平然としていたペロロンチーノが戦慄する。そして、その人間的な反応を示した事に周りに居たギルドメンバーが安心する。

 頭部が犬そのもののメイド長『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』と戦闘メイドの一人で褐色肌の元気娘『ルプスレギナ・ベータ』による治癒魔法で失った手足が再生していく。

 その間も痛みや感覚などを実況するペロロンチーノ。

 アンデッドと違い、痛覚を普通に感じる種族の意見はとても有益だ。

 自分達のアバターを解明する上でも。

「……保存した部位の消失は起きてません」

「了解。……普通なら即座に消える事もあるのに……。とても興味深いわね」

 『魔法的な加護』がユグドラシル時代とは仕様が違うのかもしれない。

 低位の蘇生魔法を行使する場合、速やかに死体を保存しなければならない。だからこそ保存する魔法やアイテムが必須になる。それ以外は意外と放置されてきた。どうせ治癒魔法で再生できるから、と。だが、それはあくまでゲームの中での出来事だ。

 自然と様々なものが勝手に再生成されるゲームとは違う新たな仕様もありえる。

 頭脳労働組みは一様に唸り出す。

 再生の終わったペロロンチーノはシャルティアに元気な姿を見せて慰める。

「殺し合いではなかったが……。酷いところを見せたな」

「……ご無事でなによりでありんす」

 うっすらと涙を浮かべるシャルティア。

 自我を得たNPCは不思議な存在だと思った。

 自分達であれこれ設定し、外装を与えた存在が血の通った生物として振舞っているのだから不思議なものだ。

 元々のデフォルト設定のモンスターならまだ理解が出来そうだが。

「至高の御方々に申し上げます」

 と、後ろで隠れていたアルベドがギルドメンバーが一望できる位置に歩み出る。

「このようなおたわむれは我々NPCにとっては心苦しいものです。……出来れば事前に報告していただきたく存じます」

 表情をきつくし、黄金の瞳をそれぞれに向けていく。

「きっかけは事前に用意出来ないものだ。……だが、アルベドの意見も正しい。自重じちょうしたいところだが……、血の気の多い連中をいつまでも留め置けはしない」

 タブラの言葉に軽く唸るアルベド。

 怒る気持ちは分からなくは無い。だが、プレイヤーとNPCの間にある壁は感じた。

 互いの相互理解には時間が必要だ。


 アルベドが納得していない顔をしていると黒山羊のウルベルト・アレイン・オードルと彼に創造されたNPCであり第七階層の守護者『デミウルゴス』が現れた。

 背筋が真っ直ぐ伸びた姿勢のいい神経質そうな外見は人間に酷似している。

 褐色肌で顔は東洋系。耳が森妖精エルフのように尖っており丸メガネをかけている。

 黒色のオールバックの髪型で服装はスーツ。ビジネスマンか弁護士のような印象を受ける。

 悪魔の種族である為か、銀色の鱗のようものに覆われた銀色の尻尾が生えていて、先端に棘があった。

「ウルベルト様」

 と、アルベドが片膝を付く姿勢を取る。だが、すぐにウルベルトは手で拝謁の姿勢をやめるように指示する。

 第九階層は憩いの場。堅苦しいことは抜きにするようデミウルゴスに通達するように命令を下す。

「NPCとケンカをしていたわけではないし、至高の存在同士の戦いだ。戦士の戦いに無粋なルールは無用だ」

「……おそれながら……、それでも……」

「不届き者に罰を与えたのであれば文句は無い筈だが? 心配する気持ちは理解出来なくはないが……」

「はっ」

 言い分はアルベドも理解は出来る。だが、納得してはいけない気がした。

 今後また同じ事が起きて重大事故に発展しては、と。

 ナザリックの平穏を預かるアルベドとしては看過できないものだった。

「ダメージ確認と聞いたが……。それは上の『荒野』でやってこい」

「……いつでもどこでも戦闘になってもいい訓練だよ」

 と、ペロロンチーノは小さく呟く。

 指摘されるまでもなく頭では分かっている、という文句から出た言葉かもしれない。

「だいたいアルベドは守護者統括であってギルドメンバーのいさかいに干渉する権利あんの?」

 と、NPCにとっては言われたくない一言にアルベドはまたも唸る。だが、反論は出来ない。

 至高の存在に生み出されたNPCが神に匹敵する者達に口答えは本来は許されない事だ。それでも自分の矜持に従って意見を述べている。

 もちろん、ペロロンチーノは分かっていて意地悪を言った。今の言葉に対してアルベドがどういう反応をするのか気になったからだ。そして、餡ころもっちもちとタブラ・スマラグディナはそんペロロンチーノの思惑に気付いて苦笑する。

 ウルベルトも長年の付き合いで分かってはいた。

 このエロ魔人は後で個人的に潰す必要がある、と。

「そ、それは……、そ……れ、ひひ、卑怯……ですわ!」

 変身するのではないか、というくらいアルベドの髪の毛が逆立ってきた。

 今変身されればもっと場が混乱しそうだったのでウルベルトが彼女の肩に手を置く。

 それだけで力の波動は治まっていった。

「聞き分けの無い者も居る。アルベドにはこれからも苦労をかけるだろう」

「……ウルベルト様……」

「どちらにせよ、ギルドメンバー同士の戦いは君達NPCにとっては心苦しくなるんじゃないか?」

 それはそうなんだけれど、と出かかった言葉を飲み込むアルベド。

 折角、全員が揃っているのに仲間割れで脱退する者が現れては一大事と他のNPCも思っている。

 とはいえ、それは自分達の我がままであり、至高の存在にも行動する自由がある。それを妨げる権利は当事者以外には無い。

 それを分かってもやはり言わずにはいられない。

「不平不満は……、我々NPCにぶつけてくだされば良いのです」

 そうきたか、とタブラは唸りながら思う。

 ある程度の権利を与えたNPCというのはとても賢い。それが目に見えて証明してくれるのは嬉しく思う。

 人間的に笑みは作れないが何度も頷くタブラ。


 アルベドの言葉にギルドメンバーやペロロンチーノが黙ったところでウルベルトは手を叩く。

 沈黙は重圧だ、と言わんばかりに。

「騒動は収まった。気分を変えよう。アルベドもそれでいいか?」

「……納得はしておりませんが……。至高の御方のお言葉に従います」

「……タブラさん。いい娘だな」

 と、小声でウルベルトは言った。

「今のところは……。それはそれとして……。アルベド」

「は、はい。タブラ・スマラグディナ様」

 フルネームで呼ばれるのは少し恥ずかしいが殆どのNPCはだいたいフルネームでギルドメンバーを呼ぶ。

 ウルベルトのような長い名前でもない限り。

 変な愛称を作ったところで彼らNPCは抵抗する。

「あ……、タブラ様……でしたね」

 言い直したところは流石だ、と胸の内で言うタブラ。

 何度も教え込んだ甲斐がある。

 設定に書き込まない内容もちゃんと自分のものとして扱うのは血の通った生命体と遜色がない。

 というか、ウルベルトを普通に名前で呼べるのにタブラだけフルネームではおかしい。

「かっこよかったぞ。新しい服を後で与えよう」

「そそ、それはもったいない事でございます。私はただ……、己の仕事を全うしたに過ぎません」

 というやりとりを黙って見つめるギルドメンバー達。

 ペロロンチーノも見ていたが芝居がかったセリフを恥ずかしげもなく喋るのは凄いなと感心する。

 設定されたNPCだから自分の言葉を芝居だと思っていないからだが。

 ウルベルトも上位者としての振る舞いをしているが偉そうな言葉は本人も恥ずかしいと思っていた。

「今後も諍いが起きるかもしれない。何度か君に苦労をかけると思うが諦めないでほしい」

おのが役目を全うするのみでございます」

「……タブラさん、立派な上司に見えるよ」

「我らは一応、創世神だ。それなりの態度じゃないとNPCに失礼だ。そう思っているだけですよ」

 とはいえ、神らしさなど分かるわけがない。

 自分達の世界を汚染するような神に偉そうな事を言う資格は本来は無い。

 この『ナザリック地下大墳墓』の中限定の神かもしれないけれど。

「他にバラバラになりたい奴は上でなってこい。アルベドもそれでいいか?」

「治癒要員は必要でございましょう」

「放置はしなさいさ」

 次は死亡確認したい、と言い出せば更に混乱する気がする。

 ケガだけでもNPCがハラハラしたのだから死亡となっては全NPCが止めに入る事態に発展するのは想像にかたくない。

 治癒や蘇生呪文の確認は実際に味合わないと分からないものだが、ゲーム時代と違ってやりにくくなってしまったな、と。


 ◆ ● ◆


 ペロロンチーノはシャルティアとアウラ達を引き連れて第六階層に向かい、騒動は一段落した。だが、今後のナザリックの運営次第では何が起きるかわからない問題にウルベルトは少しだけ心配する。

 個性的なメンバーを全て地下に繋ぎ止める事など一人の力では出来るはずが無い。

 複数人が担当して事に当たるのが妥当なところだ。

 という事を考えつつデミウルゴスと共に酒を飲むウルベルト。

「賑やかな連中を平定させられるのは……、モモンガさんくらいか……」

 ギルドマスターが全ての中立に立つからこそ安定が得られる。

 たっち・みーがリーダーだった頃とは違う。

 そのたっち・みーは何処で何をしているんだったか、と今まで失念していた。

 カルネ国の実験農場の後から別行動していたので。

「……六階層で鍛錬かな」

 アバターのまま鍛錬する事に意味があるのか疑問だが。

 部屋にこもっても面白い事は無いし、何かしている方が精神的に健康になれるかもしれない。

 とはいえ、第七階層で何が出来るのか。

 悪魔と戯れる以外に。

 魔法や特殊技術スキルの実験とかか。

 不測の事態を想定して自分の能力を把握しておくのは悪い事ではない。

 それと自分の部屋を掃除してくれるメイドの存在も忘れていた。

 転移後から話しかけられてはいたが無視はよくないと思う。それとデミウルゴスとの会話だ。

 代わり映えのしない地下生活では会話は弾まない。外に出るようになれば色々と情報を得ることも考えていかなければならない。


 騒動が止み、一般メイドの一人が無人になっているナーベラル・ガンマの部屋に入る。

 定期的に掃除に来ているが主を失った戦闘メイドの部屋というのは閑散としずきて物置のようだった。

「………」

 他の部屋と同様に無言で作業をしていると褐色肌の戦闘メイド『ルプスレギナ・ベータ』が顔を覗かせてきた。

「ルプスレギナ先輩!? 何か御用ですか?」

「ナーちゃん居るかなと思って」

「ご覧の通り、無人ですよ。ナーベラル先輩は今頃、どこに居るんでしょうか」

 少なくとも『魔導国』には居ないらしい。

 この世界に居ればモモンガが確認しているはずだ、という話しになっていた。

「実は私も複数人居るってなったら心配してもらえるっすかね」

「心配すると思いますよ」

 ナーベラルだけモモンガとの会話が長かったので少しだけ嫉妬は感じていた。

 他のNPCも似たようなものかもしれないが自分も手厚くいたわってほしい、という願望はあった。

 だからといって瀕死の重傷を負うわけにはいかない。

 戦闘メイドは一般メイドと違って掃除洗濯の命令は受けていない。殆どが現場待機だ。

 少し退屈ではあるけれど、いつ命令を貰うかわからないので勝手な行動が出来ない。

 自分から頼み込むときっと長姉の『ユリ・アルファ』に怒られてしまう。

「敵を熱望するのは不謹慎っすけど……。お仕事欲しいっす」

「すみません。我々ばかり働いて」

「ああっ、いや今のはただの愚痴っす。独り言」

 ルプスレギナは戦闘メイドとしてのプライドは捨てていないので、至高の存在たちに生み出された四十一人の一般メイド達の仕事を取ろうとは思っていない。

 自分の役割はちゃんと把握している。

 ナーベラルの部屋から出たルプスレギナは他の姉妹の部屋に向かう。

 ナザリック内のギミックやパスワードなど管理するシズ・デルタは普段は自室で武器の手入れに明け暮れている。

 粘体スライムのソリュシャン・イプシロンは自らの創造者『ヘロヘロ』の部屋に入り浸っている。

 浸っている、というよりはヘロヘロが直接、ソリュシャンを手元に置いているだけだ。

 残っているのは蟲人間のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータだが、ちょくちょく第二階層に上がり、を食べるらしい。

 末妹である七人目『オーレオール・オメガ』は第八階層にて転移の管理に務めていた。

「シズちゃん。至高の御方に仕事を打診したら怒られるっすかね?」

「……不敬罪で射殺」

「おう……。それは困るっすね」

 無表情のまま部屋に入り込んだルプスレギナを出迎えるシズ。

 武器の手入れのほかは第六階層に赴き、様々な魔獣の探索に明け暮れていた。

「……ルプーはモモンガ様と街で仕事していると思ってた」

「今回はお呼ばれされなくて……。置いてけぼりっす」

 部屋が汚いと言ったのが悪かったのかな、と思わないでもない。

 せっかく外での仕事が出来たのを自分から手放してしまった。今から連絡するのもはばかられる事だと思った。

 うーうー唸りつつベッドに飛び込むルプスレギナ。しかし、そこはシズの寝室。

 彼女は軽く眉根を寄せる。

 例え姉妹とて邪魔すれば銃で撃つ。

「脱臭アイテムとか無いっすか?」

「……自分で探せばいいのに」

「じゃあ、どこへ行けばいいかだけ教えてっす」

 自分で動こうとしないのルプスレギナに呆れつつ、親切に教えるに位置するシズ・デルタ。

 見返りはもちろん無い。

 さっさと部屋から出て行け、とは思った。

 殆どのアイテムは『宝物庫』に保管されているが日用品は第九階層で手に入れられる。

 食堂と風呂以外にも様々な店が設置されているので自分で探しに行けばいいのに、とシズは面白くない顔をしようとした。

 あまり表情に変化がつけられなかったので黙って見つめている、いつもの顔でルプスレギナに説明した。

 それから、基本的に第九階層にある店は利用料がタダだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る