032 神経質にも程があんぞ

 散々利用してNPCノン・プレイヤー・キャラクターを処分できるかと問われれば現時点では出来るかもしれない。

 どうせ病人みたいなナーベラルなど居ても邪魔なだけだ。

 というような事をふと考えてみたが、ひどいギルドマスターだな、と自分の事なのに腹が立って来た。

 あまり相手にしなかった自分が悪いのは分かっている。

 メモ用紙が届いた後、色々と改めて聞きなおして書き留めていく。

 その間、回復について尋ねるが拒否される。

 命令には絶対服従ではないのか、と思いはしたが抵抗するNPCの姿は素直に凄いと思った。

 ナーベラルから情報を得られるだけ得てしまうと未知の冒険が出来なくなる。

 敵の情報は知りたいけれど、仲間はきっと面白くないと言う筈だ。

 多数決でも負ける気がする。

 良いギルドマスターになる為にはまず、ナーベラルを元の世界に返す方法を探る。

 いざとなれば赤髪の女を炙り出すまでだ。

 必要な事を書きとめた後は静かに部屋を出た。

「……まずは確認作業か……」

 何事も実戦あるのみだ。

 モモンガはアルベドと共に第十階層に赴き、NPCのデータを確認しておく。

 この手の話し偽者ネタ、というオチも実は存在していたりする。

 平行世界が相手なのだから色んな不条理があるものだ。

 という事を思い出し、ますます不安を覚えるモモンガ。

 真実を見極める事の難しさを痛感する。

「まずはエントマから試してみようか」

 虫型の戦闘メイド『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』は蜘蛛人アラクノイドという異形種で精神系魔法詠唱者マジック・キャスターだ。

 和服を着た姿ではあるが顔や手足、髪の毛などは召喚した蟲で着飾っている。

 仮面蟲を外せば本性の複眼のある蜘蛛のような素顔が現れる。

「お呼びですかぁ、モモンガ様ぁ」

 甘ったるい声で喋るが見た目には全く表情に変化が無い。それは仮面蟲が複雑な表情を取ることが出来ないからだ。

 一応、まばたきや目をつむる事などは出来るようだ。

「……エントマの所属か……」

 最初に出るのは名前のみ。次にステータスを開く。細かい設定が並ぶがどれの事なのか、と文字を探していく。

 転移後にいくつかの項目が消えてしまった。

 アイテムや装備。転移関連が無いだけで自分達は大変な労力をいられるところだ。

 ナーベラルのげんでは自分の意志で与えられた設定を変更することは不可能だという。

 それより先ほどの偽者の事で気になることが脳裏に浮かんでしまった。

 自分が外に出た後、既にメンバーが入れ替わっていればどうしようもないという。

 とはいえ、それを確認する方法は無い。

 こっそりステータス欄を見て名前が消えている者は居ないけれど不安に思ってしまった。

 疑り深い性格は自分でも嫌気がさすが。

 『伝言メッセージ』はちゃんと繋がる。これは自分が登録した相手にしか繋がらない、筈だ。ならば繋がる相手が本物で良い。

 逆に相手方が勝手に送ってくる場合はしないと無理では無いのか。

 自分が送る場合に繋がれば相手は本物である、ということではないか。

 何でも疑うのは良くないけれど。

 試しに目の前のエントマが本物かどうか試してみようと思った。

 自分が登録したNPCが実は既に入れ替わっていた場合はどうしようもない、という考えがぎり、手が止まる。

 いやでも、登録するにはコンソールを使う。ゲーム時代では既に登録済みであれば良かったのではないかと。

 ゲーム時代なら個別にコンソールは自由に呼び出せた。転移後はマスター・ソース頼りだ。他にも方法があるかもしれないけれど。

 段々難しくなってきたので楽な方法を選びたくなってきた。

「そうだ。エントマ。私の名前を言ってみろ」

「はい。モモンガ様でございますわ」

 魔導国の者ならアインズと言いかけるようだ。ナーベラルだけかもしれないけれど。

 いきなりの質問に答えたのだから、今は納得しておこう。そうでないと先に進まない。

「では、……そうだな。魔導国なる国の支配者の名前を言ってみろ」

「……まどう国の支配者……。申し訳ございませぇん。全く存じ上げませんですぅ」

 NPCに嘘をつかせることが出来るのか、それは疑問だが急な質問に対して即座に対応できるのか。訓練すれば可能となるのか。

 可能であればそれはそれで怖い事かもしれない。

 もし、自分なら特定の命令に対応した訓練をする可能性が無いとも言えない。

 エントマの設定に違和感は感じない。

 ゲーム時代のものがあればもっと確実だったかもしれないけれど。

 急な転移で入れ替えが可能かというと、それは少し考えすぎではないかと思えてきた。

 まだ数日しか経っていないし、転移場所をすぐに特定できるものなのか。

 事前に網を張れば可能性は高まるけれど。

「………」

 禁じ手が無いわけではない。

 これはやりたくないし、実験の為とはいえ心苦しい気持ちになるものだ。

 モモンガは手を前に出した。だが、命令は下さない。

 もし、その禁じ手『自害』を命令すれば最終的に全員に死んでもらう事になるし、復活費用は膨大になる。

 それすら織り込み済みの敵ならば意味が無くなるけれど。

 頭の悪いギルドマスターに出来ることは大して無いのかもしれない。

 ならば、賢い仲間に任せるべきだ。

 一人で悩むな、とも言われているし。

「……ん」

 もっといい方法がある。だが、それでもえげつない方法には違いが無い気はするけれど。

 エントマ達を残し、第九階層に向かい、ギルド武器を持ってくる。

 申し訳ない気持ちを持ちながらエントマの設定を書き換える。

 設定は自分の意思で書き換える事は出来ない。専用ツールが無ければ不可能だという。その話しが真実ならば、これに勝るものは無い筈だ。

「私の名前を言ってみろ」

「はい。モモンガ様でござ……。ご?」

 急に右腕が自分の意思に反するように動き出し、仮面蟲を引き剥がそうとする。

 左手で防ごうとするが行動を止められない。

 この命令は至極単純なものだ。

 ナザリック地下大墳墓に所属しているならばモモンガの命令は絶対であるはずだ。だから、エントマの行動は正しく自分のギルド所属のNPCである、という証明でもある。

 さすがに自害は可哀相だと思ったのでやめたけれど、ギルド武器が無ければ危なかったかもしれない。

 設定した部分を削除するとエントマの右腕はおとなしくなった。

 一度設定したものは『止める専用』の命令が無いと実行し続ける、可能性があるかもしれないと思ったのは後になってからだった。

 随分と危険な方法だとモモンガは実感した。だからこそ、部下に秘匿していたと言える。

 これは確かに安易に人に教えられるものではない。

 更に時間が経った後で同じ人間が同じ拠点に入った場合、名前リストがどうなるのか尋ねてみると入れ替わりは起きず、名前が一つ増えるだけ、という。

 あと、未来のナーベラルの名前が掲載されている理由はで忠誠を誓う儀式のようなものと判断された為ではないかと思われる。

 大事な事は『追加』は発生するが自主的な削除はギルドマスターにしか権限が無い。

 ギルドメンバーで更に実験しなければ詳しい事は分からないが、色々と感心させられた。それと、どうやら自分は思っていた以上に深読みしていたようだ、と反省する。


 ◆ ● ◆


 疑り深いギルドマスターの行動は冒険に支障が出る。

 今の段階で偽者にビクついていては近くの町に行くまで、単行本換算で一巻分十五万字相当もかかってしまう。

 異世界転移を素直に喜べない主人公はかっこ悪い事この上ない。それは自分でも思っているけれど。

 まず敵が居る、という前提をどうにかしたい。

 悪のロールプレイのしすぎだろうか、と思わないでもないけれど。

 メンバーのような気楽さが欲しいところだ。

「〈伝言メッセージ〉、セバス。モモンガだ」

『モモンガ様。何でございましょう』

 畑仕事に老人を差し向けたのは不味かったかな、と今思った。他に適任者が居ても化け物しか居ないし。

 キリイ青年なら化け物でも構わないんだったか、と慎重な自分の失態が浮き彫りになってくる。

「問題は無いか?」

『はい。今のところは順調でございます』

「うむ。……キリイ青年に街で武器などは売れるものか……、いやいい」

 何故、武器の売買を尋ねようと思ったのか。自分の言葉なのに疑問を感じる。

 平和な世の中なら武器は必要ないのではないか。それともモンスターが居るから必要なのか。

 急に浮かんだ疑問点に困惑する。

「いや、後で冒険者について尋ねてみてくれ」

『畏まりました』

「……私はどうも神経質過ぎるようだ。無理なく行動してほしい」

『お心遣い感謝致します』

 通話を切り、自分はどうにも人使いが下手らしい。

 気になることが多いし、仲間たちの意見に頼りすぎるところもいなめない。

 もし、自分ひとりの転移でNPC達を動かさなければならなかったら、自分はどこまで出来るのか。

 ちゃんと命令が出来るのか。

 気にしたまま一人孤独になりはしないのか。

「そういう事を悶々と一人で考えてしまうのも不健康なんだろうな」

 外が見えないのが悪いのか。

 アウラとマーレを呼び出して、外へ散歩に出てみようと思った。

 日光を浴びた方が健康的な事もある筈だ、と。


 植物の調査を依頼した事を忘れていた為にアウラ達に要らぬ混乱を生じさせてしまった。

 それを謝罪してから外に出た。

 頼りない自分でも構わないと今は思ったからこそ頭を下げられた。

「……というか人数多すぎ」

 ただでさえギルドメンバーがフルで揃っている上にNPCも自我を持って行動し、命令を待っている。それら全てを一つずつ解決するなんて豊聡耳とよさとみみでも二十人くらい居ないと無理じゃね、と思った。

 上司も楽じゃないな。命令の事を考えない部下は自分の事だけ考えていればいいのだから結構気楽かもしれない。

 かといって好き勝手やらせてとんでもないことに発展しては困るけれど。

 いきなり『面倒臭いんで世界を滅ぼしてきました』と笑顔のアウラから報告があったら玉座から転げ落ちる自信がある。

 普段なら複数のチームに分けて行動するところだが、事前調査が出来ない今は何かと不便だ。

 攻略サイトも無いし。

「……俺……、ゲームを楽しんでないな……」

 なんでユグドラシルなんて遊んでたんだ、と今になって疑問に思う。

 不安の方が多くて何かを忘れた、というか物事をちゃんと見て無い気がする。

 嫌なものから目をそらすことは多々あるけれど。

「モモンガ様~、どうかしたんですか?」

「……慎重な態度ばかりでお前達に要らぬ仕事を押し付けてはいないかと……」

「仕事は仕事ですよ、モモンガ様」

 ニコニコ微笑む褐色肌の闇妖精ダークエルフ

 血の通った生物と遜色ない態度はゲームキャラとは誰も思わない筈だ。もちろん、元々のゲームを知らない事が条件になるけれど。

 アウラの頬は柔らかく、身体もがっしりしている。それはステータス的なものが影響しているからだが。

 小さな身体からは想像できない力を発揮する。

「マーレも連れて来れば良かったかな」

 ナザリック地下大墳墓の周辺調査で今は忙しいようだし、アウラも本当は忙しい。

 思い切って頼んだら引き受けてくれたので連れ歩いているだけだが。

 権利の乱用とも思わないでもない。

 日が傾くまで特に何も考えずに過ごしているとセバスとルプスレギナの帰還の報告を受けた。

 日当は微々たるものだが情報は命令どおり手に入れてきたらしい。

 だが、今はそんなことはどうでもいいと思って仲間に任せてしまった。

 精神的に疲れているモモンガには休息が必要だと仲間達が判断したので特に言及は無かった。

 近くの雑木林に入り、草や木に触ったり、小さな虫が居ないか探したりして暇を潰す。

 鑑定魔法を使って気付いたが樹木の名前が出て来ない。いや、出ているけれど文字化けのようなもので読めなかった。

 何度か確認すると現地の文字で書かれている気がする。

 ユグドラシルのシステムが現地の言葉のフォントに対応していない為ではないか、と思った。

 魔法を使う時やスクロールに書かれた文字に似てはいるが、気にした事は無かった。

 まさかと思って土を一すくいして確認した。こちらは成分表しか出てこなかった。

「……現地の文字か……」

 聞いたところでは英語に似ているという。

 固有名詞はだいたい把握できたが文章はまだ分析中という。

 頼もしい仲間に深く感謝した。

 もちろん、翻訳魔法を使えばかなり楽にはなるけれど。

 現地の人脈を作るのも今後の活動には必要になる。

 候補はキリイだが、魔導国と繋がっているらしいので別人が望ましい。

 両方と人脈があるのは立場的に不味くなったりするかもしれないし。もちろん、それはモモンガ自身の思い込みだけれど。


 ◆ ● ◆


 辺りが暗くなる頃、第九階層の円卓の間に向かった。

 全員では無いけれど数人が椅子に座っていた。

「……もう少し悩んでいてもいいんですよ」

 と、るし★ふぁーが声をかけてきた。

 というかお前、ウルベルト達にミンチにされなかったのか、と疑問に思った。

「考えすぎて大事な事を見失いかけてました」

「あらあら」

「街に行けばだいぶ楽になりますよ。今だけ大変ってこともありますし」

「……そうですね」

 ナザリック内は特に問題は無いのでモモンガには早めに自室に下がってもらうことにした。

 その提案にモモンガ自身は否定せず、大人しく引き下がった。

 自室に戻った後は自分のベッドに飛び乗り、天井を見上げる。

 洞窟内を掘り抜いた構造になっているので岩壁が広く映っている。

 寝てみたものの眠気は感じない。

 疲労しない種族なので二十四時間以上の労働にも耐えられる。という設定だ。

 肉体のある身体であれば不可能なのだが、アバターの設定が生かされているおかげか、自分の肉体のように扱えるし、感触もある。

 アンデッドモンスターだけど骸骨を自分の肉体として動かせるのはゲーム以外では不思議な事だ。

 眼球は無い。内臓も無い。

 脳味噌も無い。だけれど、思考することは出来る。多少の嗅覚もある。

 水を飲めば顎下から漏れ出るし。

「……性的欲求は現れないのに恥ずかしさはちゃんと感じるんだよな」

 結局のところ何なんだ、このアバターは。

 現実の自分とどの程度繋がっているのか。

 完全に別人格という気もしないけれど、アバターに人格をコピーした異質の存在というのはありえるのか。

 理論というか考え方としては納得出来そうだが。

 アバターに自分の本来の記憶などをコピーし、それが自分の身体として使用できるとすればおかしくない。

 では、ゲームが終われば消える存在という事か。

 また、ユグドラシルは終了を宣言した。残しても仕方が無い。

 しかし、やはり勿体ないと思う。

 仮に現実の身体は今も普通に生活しているというのならば。いや、どちらが幸せかなど選べるはずが無い。

 どちらにもメリット、デメリットはあるものだ。ただ、自分には覚悟が無いだけ。

 他のメンバーもそれぞれ悩んでいるかもしれない。というよりは悩め、と強制するわけには行かない。

 そういう部分がある事は多少は認めるけれど。

 自分だけ苦しんでいるアピールは不味いな。

「……しかし、眠ってみたいな。目が冴えたまま過ごさなくてはならないのは大変だ」

 睡眠に関しては後々調べればいいか。

 暗くなったら夜空でも観賞してこよう。


 何人かのメンバーと共に夜空の鑑賞会を開く。当然のごとく眠気は一切感じない。

 それは他のメンバーも同様だった。

 眠る事が出来る者に言わせれば『維持する指輪リング・オブ・サステナンス』を装備した状態かもしれないという。

 意識がはっきりし、疲労も空腹もほぼ感じなくなるアイテムだ。

 二十四時間以上は戦いたくない。

 適度な休息はアンデッドの身体でも欲しいと思う。

「………」

 それにしても綺麗な夜空だ、と無数に輝く星々を眺める。

 異常に大きく見える月。

 地球にもあるけれど滅多に見る事が出来ない。

 この世界は地球によく似た惑星で太陽系と一緒かもしれない。

「あの月の表面に何か人工物があるように見えるんですが……。まさか何者かが既に到達したんじゃないでしょうね」

「マジで!?」

「それが事実なら凄いですね」

「地球への帰還もまんざら嘘ではないかも」

「先に転移した魔導国が色々と手を回せばありえないことは無いかもしれませんが……。普通のファンタジーの常識を超えていますね」

 と、仲間たちが色々と話している最中、モモンガは黙って聞き耳だけ立てていた。

 月に到達するやからが実際に居るとして、自分達は村にも辿たどり着けない。その差はあまりにも開きすぎている。

 何所かに後ろ盾になってもらった方が今後の活動がやり易くなるのではないか。とてもじゃないが自分たちだけで世界を解き明かすのは無謀に思える。

 敵と味方がはっきりしないのは不安だが、それは相手も同じ筈だ。

 魔導国に居るのが自分だと仮定して交渉できるのか。

 慎重な相手なら周りを取り囲む戦法を取ってくるかもしれない。

 殲滅は無いとしてもどう攻めれば被害が少なく済むんだ、と。

 ただで負ける気は無いけれど。

「普通なら敵対ですが……。ここは交渉で望むのがいいと思います」

「襲ってきたら迎撃すればいいけれど……。急に襲うような短絡的な相手とも思えない。なにせ、アインズ様だから」

「同じ異形種なら敵対する意味は無いと思います。こちらも無理に戦いたいとは思いませんし。一部は戦闘したいと言うかもしれませんが……」

「……そうですね。相手から交渉を持ちかけるまで、こちらは街の散策でいいと思います」

「モモンガさんはたぶん平和主義って気がしますが……」

「まあ……、いきなり戦闘に入るのは勘弁してほしいところです」

「新しいゲームならまだしも……。折角の異世界転移……。ここは平和的に行ってもいいと思います。手遅れになっても再生成されるとは限らないんだし」

 メンバーがそれぞれ納得した後、採決を取れば平和的解決が多かった。

 ここは武力で制圧だ、という荒々しい意見は出なかった。

 制圧してどうする、と言われるとモモンガとて答えられない。

 その理由として異世界の文明レベルがはっきりしていないから。

 原始的なのがだ。いくつか常識外はあると思うけれど、それらは大抵が未知の古代文明だったりする。

 一般に普及している技術をしっかり調査してから考えても損は無い筈だ。


 朝日が昇る頃、引き続きセバス達を向かわせ、モモンガは第十階層に移動する。

 アルベドと二人で居ると一人よりは寂しくないとしても音が無いのは味気ない。

 コンソールでもBGMに関連した項目は無い。

 だだっ広い空間は音が吸い込まれたり、変に反響してうるさくなるだけかもしれない、と言われた。

「昨日思いついた実験をしようと思う。階下へ移動しろ」

「はっ」

 アルベドを玉座から五メートルほどの位置に移動させる。

「無茶だという事は分かっているが……。さて、命令だ。分裂せよ」

 ギルド武器を持ち、事前に安全対策を整えておいたが、命令した当人としては何事も無く済んでほしいと願った。

「……分裂方法が分からないので無理だと思われます」

粘体スライムはおそらく出来るはずだ」

「いくらご命令でも……。無理だと思われます」

 命令に忠実なNPCが無理という事は計り知れない事だと言われている。

「私の命令でも無理と答えるか?」

「自らの身体を引き裂いては分裂とは……言いがたいと愚考いたします」

 強引に押し通しても困るので、意地悪はやめる。でなければ本当に自分の身体を割いてしまう恐れがある。

 実は十人居る、という設定にしてみたが変化は起きなかった。本当に変化が起きたら困るけれど。

 事前に判明した改変は色の変化。主にデフォルトに影響を及ぼせるからこそ出来たものと思われる。

 外装を変化させるような事は出来ない。これは専用の方法が必要だと思われる。ただの設定改変では無理。性転換も起きなかった。

 各ステータスを意図的に増減する事も出来ない。職業クラス構成に手が出せるなら無敵のキャラクターが作れてしまうので、常識的に出来なくて当然だ。

 当たり前だが物理法則を覆すような事も出来ない。

 存在自体が既に常識外のような気がするけれど。

「アルベドは自身の身体で色を変化させるとすれば何処なら許容できる?」

「……至高の御身が望むままに……」

 美貌を急に醜悪に変えることは出来ないが口を開けたままとか、行動は多少干渉できる。

 舌が勝手に抜ける。ハゲになる、はさすがに無理なようだ。

 出来たら怖いのでやらないけれど。

 装備品の色はNPCの設定とは関係ないので除外する。

 巨乳になれ、という命令に対して肉体的な変化は無理。ただし、戦闘に関係の無い個人的なステータスは干渉出来そうだ。

 例えば年齢。物理攻撃は増減できなくとも身長や体重は出来る可能性がある。

 ただ、肉体変化は一度変えると元に戻せない怖さがあるので、これはシモベで実験してからでも遅くはない。

 そういえば『恐怖公』は課金で得た職業で身長を増減していた気がする。当たり前かもしれないが、常識外の設定は不可能に近い、という事かもしれない。

 歩けないほどの巨乳にして元に戻せなくなったら色んな人に怒られる。

 当然の事ながら種族を意図的に変える事は出来ない。

「色と言っても金色のような名称でいいのか、数値でも可能なのか気になるところだな」

 とはいえ、デフォルトのアルベドに不満は無い。

 あと、経験値も操作は無理そうだ。出来たら怖いけれど。

 レベル100が限界となっているNPCがレベルを突破したらどうなるのか。

 もちろん、自分たちも今以上の成長があるのか、確かめなければならない。

 ゲームでは最強のプレイヤーでもこの世界では雑魚キャラである可能性だってある。

 試しにアルベドの羽根の色を変化させてみた。

 一枚ずつ床に並べる。

 変化した場合は一様に変化するのか、身体から離れた物には影響が無いのかの実験だ。

 鑑定では『女淫魔サキュバスの羽根』であり『アルベドの羽根』では無い。

「……色とりどりの羽根が並んだな」

 結果として七色の羽根が床に並ぶ結果となった。色の変化は一瞬なので結構びっくりした。

 肉体に付随しているものは干渉できるようだ。

 そして、大事な事は大抵の設定は削除すればデフォルトに戻るという事。

 大きな肉体変化でもしない限り、元に戻せるのはありがたい事だ。

 原色であれば色が戻らなくなったら元の色を与えればいいだけだ。複雑な色合いでもない限り。もし、気に入らなかったら本人の希望の色を叶えてやろうと思った。

 色が変わっても効果に変化は無いようだ。

 炎をまとった羽根、としてみたが燃えたりしなかった。つまりエフェクトは無理という事か。

 重さについては数値を変化させれば可能かもしれないが、少し怖いので保留にする。

 七色の●●を並べる、という変な事が浮かんだ。後、七色のうんこ。さすがに夢が無い。

 常に血尿が出る、とした場合はどうなるのか、気にはなるが怖いし、病気とか身体を壊しそうだから保留にする。

 そういう発想はエロゲーのせいだな。

「もし、身体に変調があれば報告せよ。出来る限り調査させよう」

かしこまりました」

 あまり性格に干渉しては面白みが無くなる。

 と、思ったところでナーベラルの睡眠を思い出し、眠るのか試してみた。

 フリは出来る筈だ。だが、本当に眠れるとは思えない。

 一応、設定する前にナーベラルの設定を呼び出す。やはり読めない。

 これは何なんだ、と。意図的にバグらせる事など出来るものなのか。

 世界が違うから整合性が取れない、のかもしれない。

 一般メイドの一人を呼びつけて訪ねてみた。

「眠ろうとする意思を強く持てば眠れると思います」

 人造人間ホムンクルスたる彼女たちは眠れる。設定はその辺りの事は書かれていない。

 『維持する指輪リング・オブ・サステナンス』を装備すれば不眠不休で活動しても平気だという。

 それにしてもゲーム時代では確認できなかった事が転移後に色々と判明するのは何故なのか。

 そういう裏技的なものが本当は実装されていたとしたら納得出来る。

 特定の命令にしか反応を示さないNPC相手ならあまり試さなかった、とも言えるけれど。

 反応があるからこそ気になるのかもしれない。

 次はきっと現地民にも適用される設定なのか、だ。

「……これが世界を解明することならば調べずにはいられない、か……」

 単なるプレイヤーが普通の冒険をするわけが無い。

 このコンソールを出せる事が最大の秘密とも言える、気がする。

 ナーベラルが言っていた『忠誠を誓わせる』という儀式。それが様々な存在に出来るとすればどんな事が起きるのか。

 さすがに赤髪の女には通じない気がする。あれはきっとゲームシステムから逸脱した存在だ。

 だからこそこちらの行動が全く通用しない。

 通用すれば屈服させられるかもしれないが、おそらくは無理だと思う。

 それに魔導国のアインズも同じ発想を持っていないとも限らない。


 ◆ ● ◆


 実験に付き合ってくれたアルベドと共に地上に出て朝日を浴びる。

 空が晴れ渡っているだけで気分も晴れやかにさせてくれる。

 暗くてジメジメした空間は長くいては性格も沈みそうになる。

 今のところ監視されるような事態は無く、近くに旅人も通らないようだ。

 元々の人口が少ないのか、モンスターの発生頻度が高いのか。

「野良モンスターは今のところ見当たらないのだが……。ちゃんと居るか?」

 キリイ青年のげんでは山脈に多く生息していて、近隣の森に居るのは野生動物が多いという。その動物すら姿が見えないけれど。

 南方には豚鬼オークの部族が多く生息し、更に南下すれば砂漠地帯が広がっていて蠍のモンスターが居るという。

 一般人の多くは自分達の住む地域から出ない傾向にあるから、冒険者でも無い限り人影を見つけるのは難しい、とか。

 人の往来が無いわけではないけれど。

 つまり、多くの国民は『ひきこもり』という事になる。

 危険な外に出る物好きは冒険者くらい、と。

「……しかし」

 無一文のせいで近くの都市に行けないとは。

 ユグドラシル金貨は腐るほどある。だが、現地通貨は持っていない。

 どんなに大金持ちっぽくても現地のパン一個買えないのは間抜け以外の何物でもない。

 部下に任せるよりは自分で確認に行くのも大事だ。

 骸骨の姿のままでは怖がられるか、派手に目立つおそれがある。

 くだんのアインズなら看破してくる気がするし、偽装はあまり有意義では無い。とはいえ、少しばかりの抵抗はしないと負けた気がする。

 魔導王のフリして行ってはボロが出そうだし、どういう態度なのかもはっきりしない。セバスを知ってて偽者と看破する相手だ。本物との違いをこちらが把握していない限り、演技は通じ無いと思っていい筈だ。

 用心深いのは相手も一緒。

 強敵だろうな、確実に。

「それでも行かなければ発展は無い」

 このまま黙ってナザリックに引きこもっていては敵に周りを取り囲まれて一気に攻め込まれる事態となる。

 少なくとも切り崩す一角をこちらも持っていないとならない。

 それと魔導国に自分が居るなら他にも居たりするのか。

 敵対プレイヤーの姿も確認していない。というか出来ていない。

「考えても仕方が無いんだろうな」

 机上の空論ばかりで前に進まない。

 議論だけで解決できないのは目に見えて明らか。

 自分も直接街に行かなければならない。そこに危険があると分かっていても。

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