031 お前の話しはとにかく重い

 ナザリックに帰還して報告すれば多くのギルドメンバーが驚く事態となった。

 こそこそ隠れているのが恥ずかしいくらいだ。

 収入面ではセバスと戦闘メイドを派遣しようか、という意見が出た。

 アンデッド兵が駄目なのは雑菌問題があるので、と。

「ルプスレギナは確定として後は誰がいい?」

「本来ならナーベラルが適任かもしれないけれど……。じゃあペロロンチーノさんで。何だか人当たりが良さそうなイメージを持たれる気がするから」

「じゃあって……。のシャルティアが出てきたらどうすんの?」

「それはそれで面白い邂逅になりそうだ」

「アウラとマーレは嫌がるだろう?」

「……命令となると抵抗しそうだね。マーレは時間がかかりそうだ。悪魔のデミウルゴス……。あいつは嫌な予感しかしないな……」

「紳士に振舞って農業はしなさそうだね」

「……農業に向いてるの……、殆ど居ない……」

 戦闘以外でナザリックに出来る事って実は無いんじゃないかと愕然とするメンバー達。

 そもそも村に行くだけで一苦労しているし。

 徒歩で街にも行けないというのはどうかしているとしか思えない。

「一度行ければ楽なんだけれど……。その最初が大変なんだよな」

「先に魔導国に行ってみる? そこなら少しは楽が出来るかもしれないよ」

 楽になる前に自分達の正体や手の内を殆ど晒す事になる筈だ。

 よって混乱が起きるし、確実に疑われる事態となる。

 同じ存在が居たら自分達はまず疑う。信用するまで長い時間がかかりそう。

「でも、親切な青年でよかった」

「ナザリックを知っていて平静を装うのは並大抵ではないと思う。そもそも彼とナザリックはどういう関係なんだろう」

「……という事を調べていくのにも時間がかかるんだろうな」

「情報集めは何処でも大変だ」

「そうだね」

 暫定的に『村』と呼んでいる場所は『カルネ村』と呼ばれていた。今はかつての村を再利用した職員の作業場で特に決まった名称は無い。

 たまに冒険者が宿泊に利用する以外で滅多に客人が来ない為だとか。

 セバス達が来たのは数年ぶりのことらしい。

「……何を聞いても変な名称にしか聞こえないな。これは何かの呪いだろうか」

 と、モモンガはどうにも納得の行かない気持ちにさいなまれていた。

 あれは『●●●村』だ、と聞こえたと思ったら『カルネ村』となる。

「……空耳みたいなものですよ、きっと」

「そうかな……」

「我々の名前も現地民からすれば変な名前かもしれませんよ」

 かっこいい名前だと自分では思っているけれど異世界では排泄物や卑猥な名称という事もありえる。

 モモンガはこの国では『●●』という意味ですよ、と言われたらとても恥ずかしい。

 名称や言葉については少しずつ勉強するしか無い。

 セバスが持ち帰った論文というものは現地の言葉で書かれているので解読しないと読めない。

 それについても議論しなければならない。

 見た事の無い文字ではあるけれど言葉が通じる事は分かっている。

 どこかで『そうだろうな』という気持ちはあった。だから、それほど疑問は感じなかった。だが、本当は疑問に思わなければならない。

 『何故』と。


 序盤の問題を一つ片付けた後は『シャルティア』と『ナーベラル』の問題だ。

 特にナーベラルは更なる難題に直面している。

 違う時間軸のナーベラルが複数人存在しているせいで自分達のナーベラルが誰だか判別出来ない事だ。

 転移後から既に入れ替わっていたし、目印が年代以外で判別できそうに無い。尚且つ、そもそもモモンガはナーベラルとは初対面で全く見分けがつかない。

 おそらく設定も同一の筈だ。

「二人居るから片方よこせ、という理論は通じないだろう。これはどうすればいいのか」

「……まあ、ナーベラル本人に決めさせればいい。こっちのは返すあてが無いし、介護生活になると思うけれど……。遥か未来に送るすべはさすがに持ち合わせていない」

「青いネコ型ロボットでも開発しないと……」

「タイムトラベル技術は別に作ってもいい年代の筈だし」

 太古のアニメでは既に様々な技術が確立している、事になっている。ゆえに机の引き出しがワームホールになっていてもおかしなことは無い。

「アニメやマンガでは同時期に時間旅行の監視体制が整っているんですよね」

「優秀な国家機関とやらがな」

 とはいえ、当てが無いわけではない。

 確実に事態を解決できそうな存在が一人だけ居る。

 問題はどうやって呼ぶかだ。

 モモンガは特徴は知っているが、

 聞かずに追い返したようなものだから。

 今更頭を下げても来てくれそうに無い気がする。

 アイテム類は要らないようだから、それは大丈夫だと思う。

「ナーベラルは今のままで良いと思います。どの道、可及的な問題では無いでしょう」

「俺としては早く戻してあげたいですけどね」

「本人は滅びを望んでいる。特にモモンガ君の側で果てたいと……。永遠を生きる者の願いは叶えてやらないと……」

「……でも、それは未来のあるじですよね?」

「細かい事はいいんだよ、冴えない主人公。女心が分かってねーな」

 と、ドスの効いた声で言うのは桃色の粘体スライム『ぶくぶく茶釜』だった。

「もう戻れないと覚悟している相手だぜ。元に戻すなら説得するしか無い。主であるモモンガさんが。あんた、出来るの? そんなに決断力無いクセに」

「……大きなお世話ですよ。本人の希望を尊重するという……。そうでした……。その意見だと俺の側に置いておくのが良さそうですね……」

 出来もしない事を考えるより、個人の望みを尊重する。

 その点で言えばナーベラルが望む事をモモンガは出来るだけ叶えてやりたい立場になる。

 絶対に元の世界に返してやるからな、という頼りがいのある言葉は恥ずかしくて言えそうにない。

 今のところ勝手に死のうとしている事は無く、大人しく過ごしているという報告があった。

 余生をナザリックで過ごす事に時代は関係ないと思っているのかもしれない。


 ナーベラルの問題は保留にしてシャルティアの存在はどうするべきか。

 それよりも拠点だと思われる『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』なる国の調査とか。

「偽物がかた不逞ふていやからではなく、平行世界の自分達が相手なんでしょうね。この場合はどうしようもないです」

「戦力規模は把握出来ないけれど階層守護者を表に出すところから人員は意外と足りていないのかもしれない」

「そうですか?」

「だいたいあんな危険な吸血鬼ヴァンパイアを……」

「……俺のシャルティアを悪く言うな」

「お前が設定したものが安全だなんて誰も思ってねーよ」

「はあ?」

 小さなケンカが始まったが姉は止める気が無いようだった。

「敵が居なくて暇になった彼らに仕事を与えたのかも」

 それと大事な事は自分達の存在を魔導国に知られてしまった事だ。いや、今はまだNPCノン・プレイヤー・キャラクターだけだ。ギルドメンバーは感知されていない筈だ。

 たとえ感知されたとしても仕方が無い事だと思い諦める事も覚悟しておく。

 事情を知る者の前に出てしまったのだから。

「まだ一日しか経っていないけど……。いずれは向こうからアクションを起こす気がする。こちらはまだ序盤の村だし」

「同じ顔と対面か……」

「人間種と仲良くしているなら交渉できるんじゃないか?」

「モモンガ君が王ならアイテムよこせ、とか言いそう」

「……何らかの見返りは要求しそうですね。入国税とか」

「シャルティアの武装は共有されていないんでしょうね?」

「そうらしいね。同じ存在だからってアイテムボックスが繋がっているのは変だと思う。そうなると勝手に無くなる物とか出ていないと……」

「『宝物庫』のアイテムは今も健在のようだし。……だけど、同じアイテムがあると……、戦力によっては奪われる可能性があるわね」

 ギルドメンバーの議論は白熱していく。

 円卓の間で会議している外ではメイド達がそわそわしていたり、話しに参加しなかったメンバーが面倒を見ていたりしていた。

 戦闘メイドの一人ルプスレギナ・ベータは自分の行動に過失があったのではないかと不安になっていた。

 もちろん、ユリも同様に。

「正体を看破する者が居るとは……」

 目の前に居座る鰐『獣王メコン川』は二人から話しを聞いていた。

 バレる時はバレるので仕方が無いと思っていた。

 しかし、序盤の村でいきなりシャルティアまで出てくるのは驚いた。

「相手が自分達と同じだからといって戦闘に発展する理由は無いだろう」

「……手の内を悟られれば……」

「ナザリック対ナザリックか……。だが、同程度の戦力であれば消耗戦になる。そう簡単にぶつかりはしないって」

 攻略し易い相手ならともかく、同じ存在で同じ武具にアイテムとなると容易に攻める事は実質不可能に近いし、無謀だ。

 どちらかの存在を消さないと危険だ、という理由でも無い限り。

 普通ならばそうなる。

 そうでないなら無理して戦う必要は無い。

「階層守護者が数人程度なら問題は無い。さすがに全戦力を投入してきたら怖いけど、そうでないなら対談に落とし込めばいい。そう深刻に考えると周りに不安が伝播でんぱするぞ」

 と、優しい声で鰐は言う。

 今のところ出会ってしまった程度で問題は起きていない。

 早い段階からシャルティアが見つかったのは僥倖ぎょうこうかもしれないが。

 これが厄介な事態となるのか、ワクワクドキドキの冒険になるのかは判断出来ない。


 ◆ ● ◆


 セバスとルプスレギナに翌日から行動を開始してもらい、別のメンバーは都市部の偵察に向かってもらった。

 特に森林地帯の植物の調査。

 モンスターについては襲ってきた時に掴まえればいい、という事で話しがまとまった。

 会議を終えた後、モモンガはナーベラルの部屋に訪れる。

 ずっとベッドで寝ているのだが身体を動かす事が困難なようで介護老人そのものとなっていた。

 体内に爆弾型のモンスターが居ないかの検査は既に終えていて無事が確認されている。

「元の時代に戻りたいなら方法を探る。ここに居たいなら……、君の意見を尊重しようと思っている」

「……ありがたき幸せにございます」

「NPCでも老化するのか?」

 設定では年齢を重ねる種族は確かに居る。

 アウラ達森妖精エルフのような人間種はある時期になると肉体的なペナルティを受けるようになる。

 といってもゲームの設定であって実際に数百年もゲームをプレイ出来るわけが無い。

「存在経過年数というもので……。風化現象とも呼ばれています。本来ならば定期的に身体を替えれば誤魔化せるものらしいのですが……。その権利を有するのがギルドマスターであるアインズ様に委ねられておりまして……」

 咳き込むことは無いが苦しそうにナーベラルはゆっくりと喋った。

 念のために一般メイドを控えさせ、不測の事態に備えておく。

GMギルドマスター権限か……。未来の話しはよく分からんが……」

 というか身体を替えるってどういう事なんだ、と疑問符が浮かんでいる。

 それ程賢くない自分に難しい話しは無理そうだなと思わないでも無い。

「永劫の存在は我々には毒なのです。一定の生を謳歌した後は眠りにつく。そして、私もその結論に至ったわけなのです」

「ふむ」

「私の冒険は終わったのです。ですが、私はまだここに居る……。次代に任せてしまいましたので……。私の手持ちは身につけている武具のみ……。もし、邪魔だとご判断されれば即座に処分してくれてもらって構いません。足を引っ張るような真似は望みませんので」

「……まあ、好きなだけ居てもいいと言いたいところだったが……」

 というか話しが重過ぎて判断出来ないんですけど、とモモンガは絶叫したかった。

 とてもじゃないが背負えない。

 正直に言えば元の時代にお帰りください、と言いたいところだった。

 あまりに重い話しなので三回くらい精神が抑制されてしまった。

 死にたいなら、じゃあ死ねばいいよ。という軽い気持ちで発言する事も出来はしない。というか言いそうになったが。

 それだとなんかかっこ悪いし、雰囲気的にも身も蓋も無い。

 迂闊な判断をするのは得策ではない気はしている。

「それより、今のままだとお前は風化するのか?」

「肉体的に崩壊します。私の場合は……内臓が溶けるタイプのようです」

 けっこうグロいんだな、と肉体があれば顔を顰めるところだ。

「人間の老化速度を更に数億倍したもの、というのが分かり易い例えでしょうか」

 疲労しない肉体というよりは疲労しにくい肉体が正しい例えだという風に。

 それが本当かは数億年先まで待たなければならないのかもしれないけれど。

 待てるか。と声を荒げたい気持ちになった。


 老化と言っても肉体的にはしわは無く、美しい娘の姿のままなのだが。

 本人が言うからにはそうなんだろう。

 せめて目は治したい。

 治せば次も治したい気持ちになるのかもしれない。

「そうそう。ここにはお前が言っていた『魔導国』があるらしい」

「……ん」

「そこの統治者『アインズ・ウール・ゴウン』というのは……。やはり……、俺なのか? 死の支配者オーバーロードの、という意味で」

「そう名乗ったのであれば、そうなのでしょう。私が知る限り、アインズ様の名は死の支配者オーバーロードである貴方様をおいて他に名乗られた方は……。ああ、条件次第では……もう一人おりました」

「もう一人?」

「はい。……アインズ様が創造されたNPC『パンドラズ・アクター』様でございます」

 そう聞いて納得するモモンガ。

 そういえば、そんな奴が居たな、と。

 自分で作ったNPCなのに半ば忘れかけているほど、あまり愛着を持たなかった可哀相なNPCだ。

 自我を得た今、実はお前の事なんか別にどうでもいいと思っていた、などと言えば泣くだろうな、絶対。

 ギルドメンバー以外に興味なし、はさすがに不味いと思った。

「可能性としてはその二人だけか……」

 とはいえ、その話しは未来のナーベラルの事であり、現在進行形の話しと同一ではない。

 そこが判断の難しいところだ。

 荒唐無稽な話しは作り話しが多い。設定次第では事になっているかもしれない。

 とても柔軟に返答するから信じそうになるが、ナーベラルはギルドメンバーが作り上げたNPC。だからこそ、というわけではないが今のモモンガは相手を完全に信用する存在ではない。

 信じてやりたいけれど不安の方が大きくて疑ってばかりだ。

 話しは聞くが信じるとは言っていない。という理屈になるから。

 性格の悪いギルドマスターなのは自覚している。

 何度もため息が出る思いだった。

 こんな調子では何を聞いても意味が無い。

「……お役に立てず申し訳ありません」

「う、うむ。話しだけ聞いてこちらこそ……だ。ところで元の世界に戻りたい気持ちは無いのか?」

「……私の居場所は……もうございませんとも」

 過去の歴史を背負った女の言葉は何故か、とても重く感じる。

 そういう重圧に対して自分は何も出来ないので仲間に任せたいところだ。

 安易に自害されては寝覚めが悪いし、どうすればいいのやら。

 睡眠不要の身体だけど。

 それよりも大事な事はナーベラルが何処へ行ったのか、だ。それをつい忘れていた。

「……その、なんだ。未来のナーベラルと現在のナーベラルを判断する方法はあるものか?」

 未来のナーベラルのフレーバーテキストはバグっていた。

「平行世界に居る……、個人を特定するには目印が必要です。それ無くして判断するのは難しいかと」

 その目印とは具体的に製造年月日に類するものだ。

 だが、NPCと触れ合わなかったモモンガにとって、それで判断するのはおそらく不可能だ。

 元々の設定を知らないから。

「……もし、可能性を探りたいのでしたらば……。この世界にあるかは分かりませんが……」

「どんな意見でも聞くぞ」

「ありがとうございます。平行世界では絶望的かと思いますが……。この世界にもし『マグヌム・オプス』なる施設が存在するならば、そのあるじの意見はとても有益かと存じます」

「……まぐぬむおぷす? 変な名前だな」

 というか、言い難い。

「神の御業みわざを体現した凄まじい施設です。何らかの解決の糸口を得られる可能性があると思います」

「分かった。後で相談しておこう」

「ギルドマスターたる権利を有するアインズ様なら……。モモンガ様ならきっと……、意見を貰えると確信しております」

 胸に手を当ててナーベラルは微笑んだ。

 その閉じた瞳にかつて映っていたアインズの姿を幻視でも出来たように。


 ◆ ● ◆


 話しを終えてメイド達にお世話を任せ、部屋を出るとどっと疲れを感じた。

 本来は疲労しないはずなのに精神的というのか、抱えきれないを背中に背負ってしまった気がした。

「もう少し気楽な話しが聞けると思ったのに……」

 ゲーム的に。

 しかし、今はそういう雰囲気にはなれない。なにせ地球に行った程なのだから。その積み重ねた歴史はモモンガの想像を何百倍も超えていた。

「……あー、重い!」

 自分の部屋に移動しながら仲間に『伝言メッセージ』で伝えられる事は言った。

 セバスが持ち帰った情報の中に『マグヌム・オプス』があったらしいが、それは仲間に任せてしまった。

 あまり重い話しは抱えたくない、という気持ちがまさったので。

「ギルドマスターなのに……。丸投げするのはよくないよな」

 でも、少し休ませてもらいたい。

 二十四時間以上も頭脳労働するのは辛い。ブラック企業並みだ。

 それを毎日繰り返す事になるし、少しは気楽な冒険がしたい。

 ゲーム時代の仕様がまだ楽だと言える。

 自室に戻るとアルベドが寛いでいた。

 今はモモンガの部屋の一つを使わせているのだから居てもおかしくない。

 ギルドメンバーの会議にNPC達を締め出した状態だから少し可哀想な事をしている気がした。

 ナザリック地下大墳墓を防衛する為に生み出したはずなのに邪魔者扱いするのは不味い。

 しかし、急に扶養家族が増えたような気がして苦労が倍化した気分だ。

 あっちギルドメンバーこっちNPCも考えなくてはならないのだから。

「……あ、そういえば、アルベドの羽根の実験があったな」

 すっかり忘れていた。

 特に用件は無かったのでアルベドを無視して執務室に入る。

 机の上にはいくつかの羽根が存在するはずだ。それがどうなっているか、だが。

「………」

 どれがどれなのか忘れたが、何枚かは消えていた。

 アルベドが勝手に入る事の出来ない執務室なのだから勝手に持ち去る事は技術的に無理だ。

 残っているのは『保存プリザーベイション』をかけた羽根の筈だ。

 色んなことがあってど忘れした。

 ゲーム時代の仕様は絶対で、一日で消える物は絶対に消える。

 使い切った特殊技術スキルも次の日にまた再使用できたりする。

 減ったMPマジックポイントは休めば回復する。

 ゲームの常識はゲームの中だからこそ納得出来る。それが見知らぬ土地でも通用するのはどうにも混乱する事だ。

 やはりここはユグドラシル2とかなのか。

 またはそんな世界を再現した何か。

 規模がデカ過ぎる。と、憤慨するモモンガ。

 普通のゲームプレイヤーであった方が幾分か楽だった。

 どうしてこんな事になってしまったのか。それはやはり無理して運営終了日まで居た自分の責任だ。

 でも、他の人間も同じような立場に居ないとも限らないから、自分だけに責任があるとも言えない。

 責任転嫁と言われるかもしれないけれど。

 別に世界に悪さはしていない。

 ゲームプレイのルールにのっとっていたし、人は殺していない。

 どうしてこんな事になったのか。

 そもそもで言えば理解不能だ。

「………」

 そういえば、と思い出すモモンガ。

 外から帰ってきた仲間がはないのか、という事を。

 仮にそうだとすると本物はどうなるのか。

 不安に思ったのですぐさま第十階層に向かい、コンソールを呼び出す。

 メンバーの名前は今のところ欠員無し。色も正常。

 だが、それが正しい表示なのか自信が無い。

 もう一度、ナーベラルのもとに向かう。今は彼女の意見が頼りだ。

 不安一杯のギルドマスターは何だかかっこ悪い気がしてきた。

 部屋に入ると先ほど出て行ったばかりなのに戻ってきたモモンガに驚く一般メイド。

「も、モモンガ様!? 今、ナーベラルさんは身体を洗われている最中ですが……」

「ん……。そ、そうか。うん。では、少し待たせてもらおうか」

 メイドが居なければ裸の美女を見る事になる所だった。

 ベタな展開として叫びだすような事態は無いと思うが、少し焦っている自分を自覚し、反省する。

 正直、危なかった、と思った。

「………」

 一人で慌てて駆けずり回って、何をしてるんだ、と。

 仲間に頼らずに結局は一人で行動している。

 どうしてこう不安が広がるのか。種族の特性が上手く機能していないのか。

 極度に高まる精神は強制的に平定される。そうすると気持ち的には落ち着く。だがまた再度の不安が襲ってくる。

 それだけ自分は分からないものを恐れているという意味かもしれない。

 頭はいい方ではないから仕方が無いのだが。

 作業が終わるまで精神統一のように黙って待っていた。

 焦る気持ちは失敗を生む。

 こんなに落ち着きの無い性格だったのか、と自分の性格に疑問を抱く。

 数字を数えたりしながら待つ事、二十分。

 中で作業していたメイドが出て来た。

「も、モモンガ様!?」

「ご苦労。もう中に入っていいのか?」

「は、はい。どうぞ」

 軽く息を吐く仕草をしてからモモンガは部屋に向かう。

 さっき来たばかりなので何かが変わった、という気はしない。

「……アイ、……モモンガ様、でしたね」

「どちらでも構わない。それより聞きそびれていた事を思い出してな……」

 寝ていたナーベラルは上体を起こそうとしたが寝たままでいいと促す。

 聞きたいことは偽物について。

「仮に同じ人間が居るとしよう。片方が敵方の施設に入った場合、これは見破れるものか?」

「平行世界の同一存在のことですね?」

「難しい事は分からないが……。そんなものだ」

「私の『所属』をご確認して頂ければ……、いいのですが……」

「所属か? 表示が変になっててよく分からなかった」

「……もし、仮に……同一の存在で敵方の……。この場合は私としますが……。私がナザリックに侵入するとします。元々の『ナーベラル・ガンマ』と全く一緒なので警告音は鳴らないでしょう」

「……そういう……。そうだな。そんな音はしなかったし、敵対行動も確認できなかった」

「ですが、コンソールには名前が載ります」

「うむ。載っていたな」

 本来は味方のみの名前が記載される。

 敵方は別の表示方法で名前などの細かいデータは記載されない。

 普通であればそれが当たり前だ。もし、ステータスが現れるならば拠点防衛した時点で手の内が丸裸となる。

 せいぜいキャラクターの名前くらいは確認出来る程度だ。

 今回はナーベラル・ガンマとが一覧表に記載されているし、ステータスもバグってはいたが載っていた。

「全てが同じ名前の拠点名ならば……、見分けは難しいのですが……。もし、魔導国という国として制定した存在であれば、その辺りの名称が書かれているはずです。これは偽装できない部分だと聞いております」

「偽装できないのか?」

 ステータスの数値を偽装する魔法には心当たりがある。

 もちろん、他にも偽装する手段はあるし、看破する方法も存在する。

「看破する魔法を使えばいいのか……」

「……もし、怪しいとお思いならば……。その人物に忠誠を誓わせてみたらいかがでしょうか? 文言は……、何でもいいので、はぁ……」

 苦しそうな吐息が漏れるナーベラル。

 本来のNPCは生命体とは違うので苦しみなどは感じないはずだ。

 そういう設定でもされていない限りは。

 自我を得たNPCは生命体として振る舞い、喜怒哀楽や病気に対する苦悶も感じるのかもしれない。

 生命体と遜色の無い存在として。

 それがありえるのかは分からないけれど。

「ギルドの一員になる、という内容であれば……。その後でステータスを見れば……、たぶん……」

 殆ど病人に近い人間というか異形種というか。

 表現がしにくいがナーベラルを無理に動かしてはいけないのかもしれない。

 滅びを待つ存在だから人間的な寿命が尽きかけているのかもしれない。

 特に内臓が。

「偽装できない部分というのがあるそうです。アインズ様より重要機密として一部は教えていただきましたが……。我々の耳に入ると逆手に取られる恐れがあるとかで、永く秘匿されておりました」

 そう言われて確かにその通りだと思い、驚いた。

 今の情報を敵が知れば悪用もし易くなってしまうし、仲間が裏切った場合はとても不味くなる。

 離反については考えたくは無いけれど。大事な事だから仕方が無い。

 実際、NPCやメンバーのステータスを確認出来るのは自分とアルベドくらいだ。

 コンソールを出している場合は仲間内でも色々と操作できるようだが。

 それは敵も同様に出来る、という意味でもある。

 問題は相手のコンソールをどの程度操作できるのか。

 ギルドマスター権限を持つ者ならば敵方のアインズは容易だが、部下は無理。

 そうなれば少しは安心できる材料だ。少なくとも部下だけ送り込む相手ならば、という意味では。

 そう思ったのも束の間。

 そんな大事な事を自分は別の世界の部下であるナーベラルから聞いている。

 それはつまり情報漏洩ではないか、と。

 自分で解き明かし、しっかり管理できていない証拠だ。

「……ナーベラルに聞いた時点で……、俺は駄目なギルマスのようだ」

「そんなことはありません」

「いや、謙遜しなくていい。……確かにこれは部下には言えない重要機密だ。それを……。いや待て……。……これはお前が上司から聞いた、という事なのか?」

「……はい。世界が安定し、敵の脅威も無い、ということで……。戦闘メイドである我々はそれぞれ管理する世界を頂きました。その為に統治者としての重要機密を公開して下さいました」

 未来では部下に世界を気前良くプレゼントする、とは。

 スケールがデカイな、と驚いた。

 確かに、その理屈だと色々と知っていないと管理は無理かもしれない。

 というか、全く想像できなくて良く分からなくなったけれど。

「独自に知ったのではなく、向こうの世界に居る俺から教わったのか」

「……はい」

 部下に教えるくらいだから部下思いの良い奴なんだろうな。

 こっちのモモンガはビクビクと臆病で卑屈で神経質。

 言葉だけ見れば最低で無能だ。

 部下に聞いている時点で頭がおかしいといえる。

 とはいえ、だ。

 ナーベラルの世界に居るモモンガことアインズとやらも長い歴史を積み重ねて良い上司となった筈だ。というか、最初から良い上司とも限らないし。自分にはまだ未来があるはずだ。

「……そうか。とにかく、何らかの条件を課した後でコンソールを……。じゃないな。変化する前と変化後をしっかり確認すればいいんだな?」

「その認識で良いと思います。忠誠させる事で大抵はNPC欄に名前が記載されるはずです。その時に何が変化したのかご確認ください。あと、それで所属名も判明するかと思います。所属から外す方法は意外と簡単で、任を解くような文言をアイ……、モモンガ様が宣告するだけでございます。NPCは……、自分勝手にしょ、……所属から外れる事が無いようですよ」

 つまり『お前はクビだ』と宣告するとNPC欄から外れる。

 プレイヤーである自分たちならともかく、NPCに自らの所属を外させる、というものは現実問題として出来るものなのか。

 話しぶりでは出来るようだが。そういう実験をしてきたならばおかしな事は無い。

 感心ばかりしていられない。

 未来の情報を持つナーベラルはその存在自体が宝だ。それを奪われることはとても不味い事なのでは無いのか。

 確か、セバスはそれをキリイ青年に教えてしまった。

 おそらく報告義務から魔導国側に漏れた可能性も否定できない。

 内容までは知らないかもしれないが、警備を厚くする必要はある。

 情報も立派な宝だ。

「……NPCは分かったが……、ギルドメンバーも同じ認識か?」

「……私の居た世界では……、至高の方々はお隠れになられていて……、確認するすべは……ございませんでした」

 それはつまりアインズとNPCだけの冒険譚という事か。

 引退組みが居るのは知っているから、ありえない事は無い。

 ギルドメンバーの居る自分は結構恵まれているって事だよな、と。

 何だか、申し訳ない気持ちになってきたモモンガ。

 せっかく教えてもらったのに忘れてはいけないと思い、メモ用紙などを持ってくるようにシモベに依頼する。

 興味のない事や難しい話しはついつい忘れたくなるから。

 丸投げばかりしてはいけないけれど。

 そもそも自分から知りたいと願い出たわけだし、ちゃんとしなければ、とモモンガは思った。

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