030 もう一人のシャルティア

 王国と帝国は十年以上も昔に戦争するほど仲が悪かったのだけれど、ある時にアインズ・ウール・ゴウンと名乗る『魔法詠唱者マジック・キャスター』が当時は村だった『カルネ村』に現れ、襲撃を受けているところを救い出した。

 その後、紆余曲折があり王国と帝国の戦争を終結させ、数年の話し合いと平行するように国家を樹立。

「ここら辺は様々な事柄が同時進行で起きていたらしく、どれが先か、という議論はしにくいんです」

 最初は帝国領の属国として樹立した『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』はカルネ村と共同で農業開発に着手。

 同時期に国王となったアインズ・ウール・ゴウンは様々な国や地域に赴いて味方を得て、国土を拡大。

 モンスター蔓延る『トブの大森林』を平定し、ドワーフの国と国交を結ぶ。

「短期間で影響力を増したゴウン様ですから当然、他の国は黙ってはいません。後にスレイン法国と相対する事になりました」

 戦闘集団『漆黒聖典』と長い戦いが勃発。

 長期化の理由は人間種の国に謎の強大なモンスターが次々と現れたのが原因だ。

「彼らは自らを『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』と名乗ったそうです。とにかく、対応する敵が多く、さすがのゴウン様も苦戦したそうです」

 今も国として存在するならば敵は排除した事になる。

「僕がまだ小さかった頃はとにかく、凄い事が連続で起きたようです。今は穏やかですが……。またいつ強大な敵が現れるか分からない」

「大変興味深い話ですね。ですが、それを長く聞いている余裕はこちらにもありません。まず近隣の都市などをお伺いしたい。我々は根を下ろす拠点を欲しているので」

「ここからなら馬車で一日一杯はかかりますが……。徒歩で向かうのは大変でしょうから……。どうしましょうか。今からなら真夜中になってしまいますし……」

「宿泊したくても持ち合わせがございません。検問所に払う入国料がいくらなのか、なども教えていただきたいのです」

「なるほど。それはお困りでしょう」

 キリイは懐に手を入れ、そして、無造作に抜き出した時は剣を握っていた。

 笑顔のままセバスに武器を突きつける。

「……何の真似ですか?」

「それはこちらのセリフです。さん」

 セバスは自分の名前をキリイに名乗った覚えは無い。なのに相手は看破した。ラフィーが告げ口したのであれば自分の耳に届いている筈だ。それくらい周りに気をくばっている。

 人間種相手に油断などしない自信があるのに少し驚いてしまった。

 細身の身体から抜き出した剣の大きさから『無限の背負い袋インフィニティ・ハヴァサック』を持っているか、それともプレイヤーの特性を持っているか、が予想される。

 迎撃の許可は貰っていないので無謀にも反撃するのは罠に落ちたも同然だ。だから、ここは相手に合わせてみようと判断する。

「……貴方は何者ですか? という言葉を知る者ですか?」

 冷淡にも聞こえるキリイの落ち着いた声。

「……こちらは敵対する意志はございません。どうか落ち着いて下さい」

 セバスは相手を宥めるように言った。

 少なくとも目の前の青年は何らかの情報を持っている。だからこそセバスだと分かって剣を向けている以上、無謀な人間ではないはずだ。

 地図の説明からも嘘を言っているようには聞こえなかった。それは紛れも無い本心からだが。

「お連れ様は今頃、守護者に囚われている事でしょう。……しかし、さんとさんとは……。本当に似てて驚きました」

「随分とお詳しいのですね」

の方々とは小さい頃からの付き合いがありますからね。僕の顔を知らないはずがないんですよ」

「……それは意外でした。信じてもらう方法があるとすれば死ぬしかないのでしょうか?」

「貴方の何を信じろと? 確かに……、こういう役は僕は得意な方ではありませんが……。今も連絡を取っているあるじの名前を教えてください」

 人間相手に情報を提供する権限は本来、セバスには無い。

 勝手な判断をする事もできない。そして、それを相手はおそらく分かっている。

 目の前の青年はセバスの強さを知った上で挑戦している。

 ならば強引な手法を取れば主の立場が悪くなる。そうでなければこんな事はしない筈だ。

「答える代わりに教えてください。アインズ・ウール・ゴウンとは何者なのかを」

「偉大な魔法詠唱者マジック・キャスターであり、両親の恩人で……。とっても愉快な人物ですよ」

 青年に殺気は無い。

 だが言葉が真実かまではセバスには分からなかった。

 偉く肝の据わった人間に驚いてしまった。

「我らの主は気苦労の多い方で愉快な方……、というよりは愛すべき方が適切かと存じます」

 セバスの言葉を聞いた後でキリイは片手を耳に当てる。

「だそうですよ、様。……どう見ても当人にしか見えませんから困ってます。あれですか、二重の影ドッペルゲンガーという線は? ああ、分かりました」

 キリイは軽く息を吐く。

「そちらに『ナーベラル・ガンマ』という人は居るのか、と」

「え、ええ、確かに……」

「そのナーベラルという人は……どんな人ですか? いや、どういうですか?」

「少しお待ち下さい」

 キリイは頷いた。

 セバスもナーベラルの現状についてはあまり知らなかったのでモモンガに尋ねた。

「そのままをお伝えしますと……。遥か未来より来訪した事で衰弱しているという状態です」

「……未来……。それではのナーベラルさんは居ない、という理解でいいのですか?」

「入れ替わりなのか、元々そういう設定だったのか……。その辺りは分かりかねると……」

「困りましたね。そうですか……」

 苦笑し、剣をふところに収めるキリイ。

 それは何かを諦めたような態度のようだ。

「さて、ちょっとした行き違いはありましたが……」

 と、言いながら手で席に就くように促す。だが、セバスはその場から動いていない。

 言葉と行動が別なところが意味するものは、というものだと判断する。

 落ち着いた物腰で無謀ともいえない相手にセバスは感心して頷きで答える。

「これ以上は無理ですよ、ゴウン様。……僕から尋ねてみます。いいですね?」

 キリイが『伝言メッセージ』を使っていることは理解した。そして、相手が『アインズ・ウール・ゴウン』なる人物である事も。だが、セバスはアインズなる人物を直接見ていないのでギルドの名をかたる不届き者にしか思えなかった。

 それに相手はナーベラルなどの名前を知っている。それも不可解ではあった。

 どういうことなのか、対応は検討されていて未だに指示が来ない。

 武器は向けられたけれど、それは向こうの指示であれば仕方が無いし、青年も本気ではない様だった。

「この地図で『ナザリック』の位置を教えてくれませんか?」

「……む」

 いきなり核心から訪ねてきたキリイに思わずセバスは唸った。

 国の情報はある程度、貰った。だから、今度はセバスが教える番だ、という意味なのか。

 それで素直に教える者はきっとバカしか居ない。

 だが、キリイは『ナザリック』も『アインズ・ウール・ゴウン』も『ナーベラル・ガンマ』も『戦闘メイド』の単語も口走ってきた。

 とても何も知らない相手とは思えない。

 こちらの手の内は全て知り尽くしている。そんな相手だ。だからこそ誤魔化せる気がしなかった。

「ちなみに魔導国の首都は『ナザリック地下大墳墓』といって国の中心にあります。……セバスさん、命令で言えないのであれば、それはそれで構いませんよ」

「申し訳ない。意外な名前がたくさん出てきて混乱しております」

「情報には対価を。こちらが提示した内容はそれに見合っていると思いますが……。それとも指示役の方が混乱して答えが出せないとか?」

おおむね、その判断で合っていると思います」

「では……。答えが出るまで……。街の様子でもお話ししますね」

 地図を使い、時には資料を机に並べて説明を始めるキリイ。

 懇切丁寧に検問所や冒険者組合。過去に起きた戦争や他の地域の大雑把な内容を告げていく。

 カルネ国の農園の大まかな広さと作られている作物の内容まで。

「こんな事を見ず知らずの旅人にここまで説明はしませんよ。とても面倒臭いので」

「ありがとうございます」

 その後、キリイはこの施設でどんな仕事をしているのか簡単に説明を始める。

 敵を迎撃するのが主な仕事ではなく、本当に農業の研究者である事が伝えられた。


 ◆ ● ◆


 施設の外の木陰で休んでいたウルベルトとチグリス・ユーフラテスは人蛇ラミアのラフィー・エモットに物珍しげに見つめられていた。

 蛇の下半身を器用に動かし、スルスルと移動する姿にしばし見蕩れた。

「黒山羊さんだぁ。この辺りは白い山羊さんしか見たこと無いのに……。珍しい……」

 年の頃は十代を少し過ぎた少女に見えるが好奇心一杯で元気なのは分かった。

「べ、べー」

「山羊さんと変な犬さん。お腹は空かないかな? 牧草とか岩塩がいいんだっけ?」

 飲食は必要ないのだが牧草を無理矢理食べさせられそうな気配を感じた。

 種族的に食べられない事は無いが、早く帰りたいと思った。

 その後でガシャ、ガシャと金属音を響かせてウルベルト達の下に近づく存在が居た。

 それは身体の大きな蜘蛛。正確には下半身が蜘蛛型。青い鎧を身にまとう上半身は人間に酷似しており、槍と盾を装備しているモンスターで身長はおよそニメートル半は超えている。

 兜を被っていたが額に複眼がいくつか見えた。

「アラクネ姉さ~ん」

 と、笑顔で迎えるラフィー。

 知らない化け物ではないようだ。

 ウルベルト達の記憶にあるモンスターの姿に似ているが同一かまでは確証が無く、それ以前に異形の存在に言葉を失った。

 姿は蜘蛛女アラクネのようで、こんな装備をしていたのか。それとも特注品なのか。疑念が渦巻く。

 近いイメージでは『戦乙女ワルキューレ』だ。

 無表情の蜘蛛女アラクネはウルベルト達を一瞥した後、興味を失ったのか、立ち去ってしまった。

「……ウルベルトさん、モンスターが居ましたね」

「……うーむ。……本当に異世界なんだな」

 人蛇ラミアが居た時点で既に異質なのは理解していた。

 プレイヤーという線も捨て切れないのだが、モンスターが居る事は確定した。


 数分後にウルベルト達の視線の先にある村の入り口に『転移門ゲート』が出現し、中から赤い鎧を身にまとう白銀の髪を持つ小柄な人物が出て来た。

 それはどう見ても『シャルティア・ブラッドフォールン』の武装形態だ。

 すぐ様、モモンガに連絡を入れるが会議が困窮しているのか、対応が雑だった。

『あ、ウルベルトさん。すみません。それどころじゃあ……』

「その前に、こちらに武装したシャルティアが出て来たぞ。どういう事だ?」

『はっ? シャルティアに外出許可は出してませんよ。そうでしょ、ペロロンさん。………。今も第二階層に居るって……。えっ? ええっ!? ウルベルトさん、シャルティアがそっちに居るんですか!?』

「今まさに村に入ろうとしている」

『……ここにシャルティアが居るのに!? どうなっているんだ。ナザリックが二つあるって事?』

「……分かった。もういい。演技は終わりだ」

 強制的に呪文を解呪し、ウルベルトは二本足で立ち上がった。

「……二つのナザリックか……。それは

 村に入ったシャルティアは村人とも思われる人物を一瞥するだけで特に何も言わず、散歩するように歩き続けた。

 武装で日光を遮断しているのかもしれないが、物々しいことこの上ない。

 先ほどの蜘蛛女アラクネが近づき槍を突き出す。それにシャルティアは自分の武器を合わせる。

 ガチっ、という金属音が鳴った。

 それは挨拶のようなものだったらしく、蜘蛛女アラクネはその後戦うでもなく去っていった。

 異形種が歩いていても平気な様子からウルベルトは色々な驚きを感じた。

 使役されているわけでもなく、ごく自然に馴染んでいるところはゲーム時代とまるで違う。

 どういう経緯でこの村が出来たのか興味が湧いてきた。

 暢気なシャルティアは些事を気にせず、歩き続けているところから警備する気は殆ど無い様子だった。では何故、ここに来たのかは不明だが。

 ウルベルトが後ろから観察している事に気付いているのか、無視しているのか、それは分からない。

 物陰から観察しているとユリ達と歩いていた人馬セントールのセヌメ・エモットがシャルティアを見つけて挨拶する。だが、ユリ達は驚いたようだ。

「ああ? ユリとルプスレギナでありんせんか。そんな汚い格好で何してるんえ?」

「せ、セバス様と共に散歩を……」

「まあ、平和だから散歩もするか……。あんまり村人の作業の邪魔はしないでありんすよ」

「は、はい。畏まりました」

 と、姿勢を正してユリ達は答えた。

「んんっ? ユリ、いつものガントレットは外しているんでありんすね」

「え、ええ、ちょっと物騒かなと思いまして……」

 ウルベルトは素早くユリに『伝言メッセージ』を送る。相手に話しを合わせろ、と。

 魔法の効果がほぼ全て第十位階並みになるが今のところ不具合は認められない。

 それと同時に監視者や不可視化したモンスターの問題も確認しておく。

 確認出来た数は少ないが、どれも低レベルの影の悪魔シャドウ・デーモンばかり。

 村の護衛という意味で言えば妥当だけれど。高レベルプレイヤー相手としては心許ない。

「しゃ、シャルティア様はどうして武装しているんですか?」

「油断しない為。わたしは色々とナザリックに迷惑をかけてきたでありんすから……。まあ、そんな事を戦闘メイドに言っても仕方が無いんでありんすが……」

 天を仰ぐシャルティア。

 日光が降り注ぐ快晴は彼女の種族にとっては毒にも等しい。だが、高レベルだからか僅かなペナルティは毛ほどにも感じていない様子だ。

「ああ、これはアインズ様。はい、特に問題はございません」

 喜々として耳に手を当てて笑顔になるシャルティア。

 その様子から『伝言メッセージ』を受け取っているものと思われるのだが、相手が『アインズ』というのがユリ達には驚きだった。

「目の前に戦闘メイドの二人が居ますが……。はい。特に変わった事はありんせん。もちろん偽物かどうか看破するスキルとアイテムは使っているでありんす。確かに二人は種族的に本物と……」

 ユリ達は今すぐ逃げるべきか、それとも何か抗弁を垂れるべきか判断がつかなかった。

「あの施設の悪ふざけというのは……、飛躍しすぎでは? 先日、うかがったばかりですし。もし、逃げ出した素体であれば報告が来るはずでありんす。はい。では、任務を続けます」

 通信を切り、ため息をつくシャルティア。

「こほん。えー、旅の目的はなんでありんす? 街に行くのに馬を借りたいのでありんすか?」

「そのようなものですわ。今、セバス様が情報を集めておいでで……」

「セバス……。まあ、あいつなら……。まあ、しかし……」

 と、シャルティアは槍をユリに突きつける。

「まるでのような対応されるとますます疑わしいでありんすね」

「申し訳ございません。こちらにも色々と事情がありまして……」

 ユリは深く頭を下げる。

「見逃してあげるでありんすえ。この村に危害を加える目的があるのならば容赦しないが。わらわの知っているユリならば聡明な選択を選ぶはずでありんす」

 と、ニコリと微笑むシャルティア。

 離れて窺っていたウルベルトは驚き、感心した。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクター同士の柔軟なやりとりに。

 相手もまた自分達と同じような境遇なのかもしれない。当たり前のようで新鮮な驚きがある。


 槍を収めてシャルティアは何度目かのため息をつく。

 そして、そのまま広い通りを歩き始めた。振り返らずに手を一度だけ振って。それに対し、ユリ達はただただ頭を下げた。

 キリイから必要な情報を得たセバスが外に出ると赤く武装したシャルティアに出くわしたが冷静に一礼して通り過ぎる。

 もし、声をかけられれば振り返る程度でやり過ごす。

 その後、ユリ達と共に村から出てウルベルト達と合流し、一息ついた。

 遭遇したシャルティアは偽物とは思えない程だが自分達の知る存在とは違う、とウルベルト達はモモンガ達から報告を受けて驚いた。それはつまりどういう事なのか。

 セバスやユリ達も当然、困惑した。

 NPCでも知識に無い答えに対し、適切な答えは安易に出さない事をウルベルトは知る。

「街はここから徒歩だと一日がかりになる『エ・ランテル』が近いそうです」

「……そうか。それより不可解な事が起きたようだな」

 戦闘にならなかっただけで良しとする、とウルベルトは判断し、セバスやユリ達の判断については咎めない。むしろ、平和的に済んで良かったと思う事にする。

「ちょっとさぐっただけで不可視化の監視体制がいくつか見つかった。力による襲撃に対して迎撃は意外と完璧……。または相当な自信があると見て間違いない。我々すらも撃退するかもな」

「それほどでございますか!?」

 と、ユリは驚いた。

「私の極大スキルをここから放ったら面白い結果になりそうだが……。全面戦争に発展しそうだから控えておく」

 一撃は加えられる。だが、反撃は倍以上の数で襲ってくる気がする。もし自分ならそうするし、ギルドメンバーでも同じ結論に至る筈だ。

「……しかし、シャルティアは意外だったな」

 だが、とウルベルトは呟き、当初の目的は達成した。

 知的生物の存在の確認は済んだ。後は次の行動に移るだけだ。

 異世界転移ではではあるけれど知らない世界に地球人と同じ姿の生命体が居るのは実際はとんでもないことだ。

 生物の進化というものは都合の良いものではない。それくらいウルベルトも承知している。

 大気成分や様々な原因の長い積み重ねがなければありえないし、ありえてはいけない。

 ゲームの世界は設定によって簡単に世界を構築してしまう。

 ならばここはゲームの世界なのか、というと違うと思えてしまう。

 どうして違うのか。何が違うのか。その説明はおそらく長い時間がかかりそうだ。

「もし、仮にゲームのシステムが生きているというのならば、それはすなわちゲームの延長線上と言えるのではないか、と思われるが……。そういう安易なものではないと私は予想している」

「……その話し……長くなりますか?」

 と、チグリス・ユーフラテスは言った。

「なるな。相当な考察と実験と実証に反証などが……」

「それは帰ってから賢い人達とやってください。こんなところで説明しても意味無いですよ」

「知識人が聞いたら殴られるぞ、お前」

「いいんです。序盤のチュートリアルでクドクドと長い説明は一気に飛ばすもんですって」

「……説明はちゃんと読まないと後で後悔するからな。まあいい。私も色々と調べたくなってきたところだ。後、亜人種が居るとはな」

 人間以外の生物も確認出来た。

 ファンタジー色が強いというか、伝説の生物が普通に暮らしているのは新鮮な驚きだった。


 村と思われる場所の登録を終えて一旦、帰還し、次の作戦を練る。

 正直、ウルベルト達はあまり役に立たなかったのではないかと思われるが、意外な存在の出現で事態は色々と混乱し始めた。

「シャルティアの出現……。これはどういう事なのか」

 『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』で監視していた仲間達は総じて驚いていた。もちろん、ペロロンチーノも。

 自分のNPCはちゃん第二階層に居る事は確認した。

 それはつまり同じ存在が居る事になる。

「あいつを捕まえて聞き出すか?」

「モモンガ君が送り込んだのなら、色々と罠を仕掛けそうだね」

「……まあ、安易に階層守護者を地上に送りませんし、慎重に行動するでしょうね」

 そもそもシャルティアを地上に送る理由が分からない。

 各階層守護者はその役割の通り、階層を守る存在だ。その任を外すのは普通では考えられない。

「で、向こうのナザリックが『魔導国』の首都らしい。つまり同じアイテムがありそうだと……」

 現在のナザリックはかなり南方に位置しているのは上空から確認済みだ。

 魔導国は自分達のところから北東方面に存在するらしい。

 地図の上では『トブの大森林』と『城塞都市エ・ランテル』の中間地点になる。

「……●●●の大森林と●●・ランテル……」

 と、モモンガが口走った。

「えっ? 違いますよ。トブとエランテルですよ」

「あれ、今変な事言いました?」

「ええ。変な名称にされてました」

「……なんでだろう。すみません。ですね」

 唸りながらモモンガは頭を下げて謝った。

 自分ではちゃんと発音したつもりだったのに、と不思議に思った。

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国。……ナーベラルの話しに出た国だな。おそらく統治者はモモンガ君だが……。この場合は対消滅とかあるのかな?」

「実際に二重の影ドッペルゲンガーが居ますから死には……。とっくに死んでますけど、消えはしないと思います」

「自分対自分の戦いは大変でしょうね」

「……やだなー、自分と戦うの」

「たぶん、向こうも手探りで調べてくると思いますから、ますます厄介ですよね」

 敵勢力の規模が不明。もちろん、こちらも全ての手の内を見せる気は毛頭ない。

 自然と全面戦争になるフラグが立った気がした。

 無理して戦う必要も理由も無いけれど。

「戦う前提で話しが進むのも困りますが……」

「同じ存在が居るのは気持ち悪いから殺そう、というのは至極自然だったりしますか?」

「無い事は無いな。同族嫌悪という言葉があるくらいだし」

 性格的に気が合えばいいけれど、合いそうにない者は殺し合う運命になる。

「物騒ですよ!」

「領土から考えて魔導国はかなりの国土を持っていると考えられる。こっちは平原にぽつんとあるだけ。分が悪いし、偽物と本物の区別もきっと出来ない」

 同じ存在ならばナザリックに侵入した場合、見分けがつかないおそれがある。

 これは拷問で判明するとも思えない。

 ただ、転移の指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの効力は通じていないようだ。

 それは登録している場所が違うともいえる。でなければ敵の侵入があるはずだから。

「地球に行ったナーベラルであればこの世界はもっと未来では無いだろうか。だけど、とてもそうとは思えない」

「こちらのナーベラルが相手側に居る可能性は?」

「それは直接行って調査する必要がある」

 聞きかじった程度の歴史から考えればまだまだ分からない事が多い。

 魔導国はいつ建国したのか。

 ゴウン様とやらはモモンガと同一人物なのかどうか。

 推測の域を出ないままの議論は常に平行線だ。


 キリイ・バレアレという青年についての議論が始まる。

 こちらに居るNPC達と面識があるのは理解した。つまり魔導国に多くのNPCが居る、という事になる。

 必要最小限の情報しか与えていないセバスに多くの情報を提示した相手だが、それを一概に否定する材料が見つからない。

「バレアレ……。バ●●●ではなく?」

「……悪口ならすぐに分かりますよ」

「……う~ん。俺の耳では変な風に変換されているようですね」

「神経質すぎて幻聴でも聞こえているんじゃないですか?」

「……ああ、一概に否定できないですね……」

 エモットが●●●●と聞こえてしまった程だから相当神経がやられているのかもしれない。

 人馬セントール蛇人ラミアが居るとは思わなかった。

 正しく異世界転移。と何度も叫ぶメンバーが居るほど喜んでいた。

「序盤の村が実験農場の施設とは……。しかも騒乱に巻き込まれていない」

「我々が騒乱の元かもしれませんよ」

「セバスからもたらされた情報によれば冒険者組合がある。モンスターが居る。戦争はだいぶ前に終わった。と、なっています」

「平和な世界になったと……」

「……たぶん魔導王ゴウンとやらが平和にしたんでしょう。まだ南方や東方が残ってますが……。のんびりと散策はしやすくなっているかもしれません」

 キリイは割りと賢く、言葉一つ間違ったら別人と判断するほどの存在だという。

「ここは素直に攻めるべきかと。彼はきっと良い人だと思う」

「それは分かりませんよ。こっそりと魔導国に通報しているかも」

「報告義務があればするでしょうね」

「情報だけ貰っても街で生活はできません。無一文ですから。それはどうすればいいですかね?」

「……キリイ君に教えてもらうしかないと思う」

 他のメンバーも同意見のようで話しはあっさりとまとまった。


 ◆ ● ◆


 一日の充電期間を設け、セバス一人をキリイの下に向かわせた。

 真っ向勝負という意味合いで。

 監視にはペロロンチーノを数百メートル離れた位置に待機させた。

 シャルティアがまた現れるかの確認として。

 四時間多い世界でも白熱した議論の前では短く感じる。

 村人というか作業員に声をかけてキリイと面会を果たす。

 責任者として滞在しているらしく、自分の家に帰るのは夕方くらいからだという。

 施設の中で栽培しているのは研究目的のもので、施設の外は見える範囲がキリイが担当する分だという。

 各所に小屋を建てて作物の生育などを調査したり、販売用のものも作っていたりする。

「今度はじっくりとお話しを聞かせてもらおうと思いまして」

「いいですよ、と言いたいところですが……。収穫の時期が近いのであまり居る事は出来ません」

「それで構いません。そちらの都合に合わせます」

 気のいい青年は昨日のことなど無かったかのように出迎えてくれた。

 人馬セントールのセヌメがまた飲み物を運んできた。

「あれ? 泊まっていたの? 泊まるならうちで取れた野菜とか出したのに~」

 不満の表情を取るセヌメ。

「申し訳ありません」

「しばらく話しが続くけど、あまり遠くに行くなよ」

「は~い」

 と、ひづめの音を響かせて軽快に歩くセヌメ。

 常に上半身を起こしているためか、腹筋が強そうにセバスには見えた。

 まだ十代ほどの子供のはずなのにしっかりと筋肉が付いているのは立派だと思った。

「他にも亜人などが居るんですか?」

「ここにはそれほど居ませんが……。少し離れた所にある『バレアレモンスター園』には多種多様な生物がいますよ」

 様々なモンスターの生物標本があり、キリイの父が生態などを調べているという。

 生きたまま捕らえたモンスターを特殊な技術で容器に保存する。

 それらの研究は地下でおこなわれ、地上では温厚なモンスターを放牧している。

「研究所などで人によってはおぞましいと評判です」

「解剖などをなさるから?」

「そうですね。相手を知る事は大切だと思っているので、研究する父は真面目にやっていますよ」

 苦笑した後にセバスは聞きそびれていた街の事などを尋ねていく。

 資金を得る方法など。

 疑問点があれば大抵の事は答えてくれる。ただ、昨日の事があるので魔導国については尋ねない事にした。

 急に全てを教えろ、と言っても無理な話しだ。

 それとは別に『ナーベラル』について尋ねた。

「ナーベラルさんは複数人居るらしいです。僕が知る限りでは五人ほど。ただ、内二人は突然破裂してお亡くなりになったそうです」

「………」

「原因として体内に爆弾型のモンスターが居たそうですが……。これがまた厄介な奴で……。治癒魔法をかけると反応するんですよ。そちらのナーベラルさんも体内に爆弾型のモンスターが居るかもしれません」

「それはお教え願えるものでしょうか?」

「はい。そちらの状況を教えていただけるなら多少は……。例えば粘体スライムとか」

 ナザリックの中に居るモンスターの情報を教えろ、という事のようだが、一応は連絡する。

 キリイは催促はしないし、伝言メッセージの魔法も知っているようだった。

 妨害が無いのが不思議だが、解除しているのか、あえて対策していないのか。その判断はセバスには出来なかった。

粘体スライムはおります、とのことです」

「それは命令すれば大抵の動きは取れますか?」

 数分後に肯定の意を表す。

「なら、ナーベラルさんの鼻から……、眼球辺りと……。お腹では心臓。下腹部に穴をあけて調べてみて下さい。白い玉。だいたい眼球くらいの大きさの玉があれば、それがモンスターです。取り出した後は遠距離から魔法を放てば簡単に倒せます」

「畏まりました。そのように伝えておきます」

二重の影ドッペルゲンガーは目と口に異物が入りやすいみたいですよ。あと、そのモンスター、見た目は小さいんですが……。爆発力が高くてルプスレギナさんでも死に掛けます」

「……それは怖いですね」

「そのモンスターの恐ろしさは……。えっと、何かに書いた方がいいですか? 父の研究論文を探してきます」

 キリイは一旦、席を離れて十分くらいかかって戻ってきた。

「それと似たモンスターに『二重の粘菌マイコドッペル』というのも居ます。こちらは爆発はしませんが、爆発に増殖します。定期的に身体検査を受けるようにしてください。二重の影ドッペルゲンガー専用のモンスターっぽいので。もちろん、人間の体内に入っても効果は同じようですが……。ほら、二重の影ドッペルゲンガーって目と口が開きっぱなしの種族だから狙われやすいみたいですよ」

 セバスに論文と思われる紙の束を渡す。

 写しなので譲渡する分には問題が無いとキリイは説明した。

「資金についてですが……。うちで働きますか? 宿と食事つき。お連れさんも少人数なら受け入れられますけれど……」

「そ、それは検討させていただきますが……。見返りが怖いですね」

「畑仕事は手作業が多いですから、いかにナザリックとて大変ですよ」

 キリイは改めて地図を持ってきてテーブルに広げる。

 キリイが担当する農園の規模は他の村と共同で管理しているのでかなり広大なものとなっている。

 母方がバハルス帝国側で指導する立場として派遣されている、とか。

「この辺り一帯の収穫をおこなう予定です。期間は村人総出ですから一週間くらいでやってしまいます」

 地図では小さく感じるが実際は端から端まで見通すのが困難なほど。そして、収穫した後の選別作業もある。

 梱包して出荷するまで丸々早くて一ヶ月以上。

 色んな経費を引いたとして最終的な給金は一人金貨七十枚程度は貰える。

 もちろん最初から最後までやっての金額だ。

 日雇いのような場合はもっと安くなる。一日でおよそ銀貨五枚行けばいい方だという。

「一年中収穫し続けられるわけではないので農家も大変なんですよ」

 この収穫期は一年で多くて四回。少なくても二回はおこなわれる。

 土地の管理や農耕器具の手入れ。種の用意に家族の養いなどを考えれば決して大儲けとはいかない。

 収穫以外にも農家には仕事があるので実際の収入はもう少し多い。

 その中で誰とも知れない者に払う余裕は本来ならば無い。だから低賃金になりがちだ。

「数日間、荷物運びをしてくれれば街での滞在費は稼げると思いますよ」

「それはありがたいお申し出……」

「街までの移動に関して相乗りするならタダで結構です。急ぎだと銅貨十枚かかります」

 何でもかんでもタダには出来ない、という意味だとセバスは判断した。

 矢継ぎ早に説明を続け、相手の思惑など意に介さない姿勢はセバスにとって凄いと思わせるものを感じさせた。

 どうして疑問に思わない。こちらは疑問を感じっぱなしなのに、と。

「我々は農家ですからナザリックがどうとかは関係ないので。食事に関しては自前で持ってきてもらうのがいいのですが……」

「それも検討させていただきます」

「あんまりタダでやると怒られるので。仕事には対価が必要だ、というのが家訓でして。今日はこの後、どうされるんですか?」

「この議題を持ち帰って検討したいのですが……」

「……僕は収穫が終わるまでこの施設に滞在していますから。後、アンデッド兵は連れてこないで下さい。精々、吸血鬼ヴァンパイアでお願いします」

かしこまりました」

 異形種に詳しい相手だと余計な詮索について気にしなくて良い気がした。

 こちらの手の内をある程度、知る者のようだが分かってなお友好的に振舞える相手は新鮮だった。

 真面目で好感の持てる青年。それがキリイの印象だ。

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