029 農業国家『カルネ国』

 ペロロンチーノ達を地上に送った後、装備を外したアルベドと共に執務室で『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』で外の様子をうかがう。

 執務室といっても共同で使う大部屋の方だ。こちらは主に仲間達と議論する為のもので居間のようなものと大差はない。

 色々と操作方法も慣れてきたとはいえ、自分で町はまだ見つけていない。

 フレーバーテキストを見ながらの操作が出来ないのも時間がかかる要因だ。

 いつもの操作方法から全く新しい仕様変更というのは難儀する事だ。

「……何の為に仲間と一緒に冒険しようだなどと思ったんだ!」

 モモンガは机の上に拳を落とす。ダメージの数値は表れず、ヒビが入り、砕けた。

「モモンガ様!?」

「……結局引きこもりのゲームじゃないか。何で率先して旅に出ようと言えなんだ、俺は……」

 慎重すぎて外に出られない。

 何か起きたら仲間が居なくなってしまう。

 そんな妙な強迫観念にモモンガは囚われている。

 自分でも分かっているから辛い。なんとかしたい気持ちだけはある。

 後は勇気と行動力だ。

 それがなかなか湧いてこない。

 レベル100の『死の支配者オーバーロード』でギルドマスターなのに。

「……情けないギルマスだ」

 それからどれくらい椅子に座っていたのか。

 時間経過が分からないまま何も考えずに黙っているモモンガに対し、アルベドは声をかけずに机の破片を集めていた。

「あの三人が戻ったら……、やはり私も外に出よう」

「はい」

 アルベドの声に我に返るモモンガ。

 机を壊した事も気付いて情けなくなる。

「……机は壊れたか」

 ゲーム時代は壊れる物と壊れない物があった。

 拠点に設置したものは大抵、ギルド資金で修復される。

 ちゃんと破片が残っているのはリアル過ぎる。

 一般常識であれば破片は残って当たり前だ。ゲームの方が非常識なのだから。

「非常識な我々が常識を恐れるとは……。掃除はメイドにやらせて、新しい机を用意してもらわないとな」

「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」

 任意で修復するか選べた事を思い出したが、確認するのが面倒になったので任せてみた。出来なければマスター・ソースで確認するだけだ。

「無様な姿を見せたな、アルベド。さて、少し頑張るとするか」

「はい」

 にこりと微笑むアルベド。


 ◆ ● ◆


 一通り操作を終えた後、アウラとマーレとアルベドの三人を引き連れて近場まで軽い散歩に出かける事にした。

 ナザリック地下大墳墓の近くに広大な森があり、そこまでの移動だ。

 今のところ近くに生物らしき姿は確認出来ない。

「……んー、離れた位置から見るナザリックは遺跡のようだな」

 それと突然現れた遺跡なら何かと不審に思われるのではないか。

 外がこんなに明るいのは経験が無いので戸惑う事態ではある。

 完全に隠蔽するのも勿体ない、と思う気持ちもある。

「地元の人間が居たならば目立つんだろうな」

「で、では、モモンガ様。土を被せて、隠蔽するのはどうでしょう?」

「入り口をふさいで『システム・アリアドネ』が反応しては困る。だが、そうだとしても目立つのではないか?」

「はい。その後で草木を植えれば、いいと……」

「……しかし、草原だからな……。何も無い場所の隠蔽は……、難しいだろうな」

 完全に平坦に埋めてしまわない限りは。

 真っ平らも案の一つとしては有効だ。

「木を隠すなら森に隠せ、という理論で検討してみようか」

「は、はい」

「……マーレの魔法であれば隠蔽は可能でしょうが……。勿体ない気もします」

 美しいナザリック地下大墳墓の入り口たる『霊廟』を土で覆うのは恐れ多い事だ、とアルベドは思った。

 だが、外敵から目を背けることは大事なので黙っていた。

「では、アウラ達はこの植物の調査を頼む。急に新種が現れては何かと目立つからな」

「了解しました」

 と、元気一杯にアウラは答えた。

 早速自分のシモベを呼び寄せて作業を始める。

「マーレの力は後日発揮してもらおうか」

「はい」

 無味乾燥なNPCノン・プレイヤー・キャラクターから生物としての気配を帯びた返事。それは紛れも無い生命体の息吹のように感じた。


 一日が二十八時間もある世界の夕方。

 調査に出かけていたペロロンチーノ達が帰還する。

「手当たり次第に焼いてやりましたよ」

「……そんな冒険は無い」

「最初から町を焼いていくゲームって何なんですか」

 焦土と化した世界が脳裏に浮かんだが、とてもワクワクドキドキの内容とは思えない。

 ブルー・プラネットが一緒でペロロンチーノが悪さするとは思えないけれど、騒動は本当に勘弁してほしいところだ。

 まずは情報を集めるところから。これは基本的にして大事な事だ。

「村と町は見つけておいたよ。原住民はほぼ人間。服装は西洋ファンタジーにありがちな国民服っていう感じ」

「……普通でした」

 だから焼こうとしたのか、この男は。と呆れつつも報告を続けさせた。

「特に変わった事はないみたい。まさに普通のファンタジー」

「モンスターは見かけなかったがな」

 自分たちがモンスターだけど、と小声でブルー・プラネットは言った。

 最初に行くなら村が無難だ。

 都市は外壁に囲まれていて検問所を通らなければならない。

「……結構進んだんですね」

「モモンガさんが悶々としている間にね。戦乱激しい世界ってわけじゃないようだよ。ああ、遠くに凄いデケー浮遊物があった。海の方角らしいんだけど」

 デカイというのは相対的な意味で、と餡ころもっちもちは付け足した。

「ええ。確かに見かけたわ。あれはア●●●●●ドじゃないかしら」

「ええっ!?」

「形が同じかはもう少し近づかないといけませんが……。遠目からも見える浮遊施設はテンションが上がりますね」

 異世界らしい施設の発見。それは確かにモモンガも興味を覚える。

「……それって『天空城』ですか?」

「小さくてわからないけれど、相対距離から考えて城にしては大き過ぎるし……。見かけた程度だから正確なことは……」

「デスゲーム……、楽しみだなー」

 と、棒読み気味にるし★ふぁーが言った。

 さすがに某ライトノベルと同じ世界では無い筈だ。

「仲間内での殺し合いは勘弁してください」

「それは無いと思うけれど……。でも、浮遊する施設は本当よ」

 早速確認の為に外に出たモモンガは『飛行フライ』で空に浮かび、餡ころもっちもちに教えられた場所に顔を向ける。

 ナザリックからでも小さく見えるが星かと思う白い何かがあるのは分かった。

 星にしては大きく、近くにあるような印象を受けた。形は流石に遠すぎて判別できない。

 地上からかなり高い位置にあるので『飛行フライ』で届くかは不明だ。

「相当な高さがあるのは分かりました」

 今すぐ調査に行く事はしないが、調べたい事柄の一つとしておこうと思った。

 この世界の細かい内容はまだ未調査だが、上から見る分には戦闘の跡や騒乱の気配はなかった。


 ブルー・プラネットを残して他のメンバーは大墳墓に戻り、簡単な地図を作成する。

 村はいくつかあり、平和な風景が広がっているという。

「平和な農村の世界かもしれない。さすがに何も起きない事は無いと思いますが……。モモンガさんでも行けるんじゃないですか?」

「臆病ですみません」

「どうしようもないな、冴えない主人公は。早くしないと世界が灰になっちゃうよ」

 と、両手の人差し指をモモンガに突きつける鳥人バードマン

「それは困ります。しかし、このままは不味いですよね。どういう格好がいいでしょうか?」

「あー、それだよね。ローブ姿の怪しい魔法使いでいいんじゃないですか?」

「いや、もっと警戒されると思うよ。軽装鎧の人間ならいいんだけど……。戦闘メイドに先行させるとか?」

「NPCに任せるのは怖いと思います」

「メンバーは化け物しかいないし。まず村を襲って強制的に情報を聞き出す方が正しいんじゃないですか、我々的に」

「……見知らぬ土地の人間をいきなり襲うのは気が引けます。どうも、ここはゲームとは違うと思ってしまうので」

 公式の設定があれば少しは躊躇いも無くなるかもしれない。

 異世界転移が事実だとすれば無闇に襲うと後々知りたい情報が得られ難くなる。特に重要度の高いものなど。

 大事なイベントキャラを消されて前に進めなくなってしまうように。

 そういう『ハマリ』の恐ろしさがユグドラシルにはあった。

 ゲームとは違うと言いはしたがゲームの延長線上という気持ちも残っている。

 アバターの姿ゆえにゲーム時代のクセが抜けきっていないためだが。

「鎧を着込んで笑われるのは恥ずかしいもんね」

「ユリとルプスレギナに先行してもらうのはどうだろうか。こちらから指示しながら質問させるくらいなら……」

「それが無難でしょうか」

 近くに潜んで指示を飛ばす方法ならば問題は無い。

 後はメイド服をどうするかだ。

「それぞれ旅人風の服装に着替えてもらえば……」

 ユリ達には実験に付き合ってもらった事だし、仕事を与えてみるのもいいかもしれない、と。

 問題は異形種の彼女たちが村人と会話が出来るか、だ。

 いきなり殺戮しては困る。

「あー、ぶくぶくちゃん? 女物の服をいくつか貸してくんない?」

 と、餡ころもっちもちは早速連絡を入れる。

 モモンガも『やまいこ』にユリの服を頼んでみた。

 そして、数十分後には随分とラフな姿となった女性が二人、姿を現す。

 村人風だと遠くからの旅人に見えないのでそれぞれのクラス構成に違和感の無いものを選んでみた。

 この国に教会があるのか分からないので迂闊な服装は危険と判断。

「執事のセバスの小間使いという役柄ではどうだろうか」

「セバスは目立ちませんか?」

 『セバス・チャン』は見た目は老人風の執事だが、生み出されてから十年たらずの若者である。

 修行僧モンクを修めたレベル100のNPCで礼儀正しい。

 人間の姿であるが変身する異形種だ。

「執事は近代でも通用する職業です。多少は目立つかもしれませんが、カルマ的には問題ないと思います。あと、強いし」

 戦闘メイドをいさめる、という意味でならばセバスは適任だ。

「都市への帰還のついでに立ち寄って話しを聞くっていうシチュエーションなら違和感無いでしょう」

「後は乗り物ですね。普通の馬は居ないと思いますが……。召喚で呼ぶものはちょっと怖いかもしれません」

「金持ちの道楽ならいいんじゃないですか? あまりにも化け物過ぎては困りますが……」

 ナザリック内で乗り物に詳しいのはアウラくらいしか浮かばない。

 何かよい騎乗動物が居ただろうか。

 もちろん、常識の範囲内で。

 色々と連絡を取りながら様々な物を集めて検討に入る。


 モモンガはアンデッドタイプの騎乗動物ならすぐに用意できる。だが、生きている生物の騎乗動物は持ち合わせが無い。

 居たとしても化け物が関の山だ。

 第六階層のアウラを呼びつけて何か丁度いい騎乗動物を持っていないか尋ねてみた。

 よくよく考えれば第六階層に居るのはではなく魔獣のたぐいが多い。

 普通の家畜自体存在しない。いや、存在し得ない。

 後は動像ゴーレムくらいだ。

「……普通の村に行くだけなのに……、なんでこんなに大変なんだ?」

「高レベルであるがゆえのペナルティみたい」

「もういっそ首無し馬コシュタ・バワーでいいんじゃね?」

「あるいは魂食らいソウルイーター

「……シュールな光景が浮かんだ……」

 徒歩すら満足に出来ないってどういう事だとギルドメンバーが愕然とする。

 適当な理由があればいいのだが、誰も思いつかない。

 事前に馬や家畜類を持っていればそれほど難易度は高くならないのに。

「ペロロン君に乗って行くのもいいんじゃね?」

「……偽装の手段の確保も大事ですね」

 強引な言い訳で乗り切る、という案を残し、色々と試行錯誤する。

「序盤の冒険はいつの時代も大変だな」

「まあ、手探りだからね。慣れると身も蓋も無くなるけれど……」

 アウラに色々とモンスターを呼び寄せて検討を始める。

 あまりに常識外の化け物では怖がられる。

 出来るだけ平和的に済みそうな範囲を選定していく。

「ごめんね、アウラ。ただ村に行くだけなのに」

「いいえ、お役に立てられるだけで嬉しいです」

「……元気溌剌はつらつに育ちやがって。可愛いのー」

「序盤さえクリア出来れば後々は楽になれる」

「最初が肝心なのも冒険のだよね」

「ルプスレギナに乗る……。却下だな」

 乗れない事は無いが何かが間違っている気がした。

 鰐と鳥も駄目だし、などと様々な意見が交わされる。

「あっ、居たわ。るし★ふぁーに乗ればいい」

「はぁ!?」

「スフィンクスらしく騎乗動物になりなさいよ」

「……身体はプレイヤーに合わせたものだから無理があると思うよ」

 その意見で言うなら餡ころもっちもちも該当する。

 たくさんの尻尾が邪魔だが。

 かといってペストーニャは頭だけ犬だから無理だし。

「ウルベルト君と一緒ならなんとか誤魔化せる」

「……仲間の扱いが酷いな」

 仲間を使うにしてもNPCが嫌がる。

 嫌がるというか恐れ多いと恐縮する筈だ。


 最終的にウルベルトを山羊に見立てて徒歩で歩く案を採用し、モモンガと餡ころもっちもち達が土下座で頼み込んだ。

 当人はかなり憤慨したようだがギルドの為という事で一肌脱ぐ事を約束する。

 たっち・みー以下、苦笑を抑え切れなかったが。

「家畜の確保が済むまでの間です」

「……なし崩し的にまた利用されそうな気配を感じるのだが……」

 黒い山羊はこめかみに血管を浮かせるようなアイコンがあれば大きく現れるほどの怒りを溜めていた。

「山羊はメェーではなくヴェーだそうですよ」

「うるせー!」

 人狼ワーウルフのルプスレギナの本性は赤毛の大きな狼だし、村人が見たら逃げ出すに決まっている。

 黒山羊のウルベルトなら外見的にも気持ち悪い程ではない。体長も人間の大人ほどなので装備品を外せば誤魔化せる、と思う。

 家畜の扱いを受ける為に『黒山羊の悪魔バフォメット』を選んだ訳ではない、と胸の内で絶叫するウルベルト。

 ただ、四つんばいで歩くのが大変だった。

 プレイヤーとして身体が最適化されている為に動物的な骨格とは違うようで、かなり不恰好になってしまった。

 両手に都合のいいガントレットとか装備したりして色々と試す姿にモモンガは肉体があれば感動で泣いているところだ。

「う、ウル、ウルベルト様にそのような格好をさせてしまい申し訳ありません」

 と、ユリが頭を下げた。

 頭と身体は精神的に繋がっているせいか、勝手に落ちたりしなかった。

「私が恥を晒すのだから……。しっかり頑張ってくれ。……そうでないと第七階層に帰れない……」

「それはもちろん!」

「ゲーム時代では味わえない貴重な経験ですね」

「……こんな羞恥プレイを想定したゲームなら、私は絶対にプレイしない!」

「ウルベルトさん、最初だけです。もう絶対っ!」

「……モモンガ君。それは『絶対は無いフラグ』だよ。……これで町とか城に行くイベントに発展するなら、さすがに勘弁してもらうからね」

「もも、もちろんです」

「チグリスは番犬として連れて行こうか」

 この際、道連れは多い方がいいと判断し、新たな犠牲者が連れ出される事になった。

 ウルベルトはユリを。

 ルプスレギナはチグリスの背に乗る。

 二匹の化け物を引き連れるセバスはレベル100のNPCではあるが冷や汗をかく事態に陥っていた。

 NPC達の創造主が騎乗動物扱いになるのだから物凄く緊張している。

 上に乗る女性二人も身体を震わせているほどだ。

「……殺気が見えるほど不穏な空気になってますよ。もう少しリラックスしてください」

「出来るかっ!」

「ヴェーですよ、ウルベルトさん」

 るし★ふぁーは声に出して笑いながら指示している。きっと午後には肉の塊と化すに違いない。

 仲間同士だと容赦の無い指示が飛ぶが出だしでつまずくわけにはいかない事は分かっている。

 情報さえ得られれば村などに用は無くなる。

 いっそ燃やしてやろうか、とまで危険な思考に陥ったがすぐに我に返る。

「チグリスさんはワンです」

「……俺、家畜になる為に生まれてきたのかな」

「今は家畜です。犬畜生」

「……俺を泣かせたら凄いんだからな……」

 チグリス・ユーフラテスの種族『炎と不運の犬ショロトル』は仲間を失った事を悲しみ、泣き過ぎて両目を失った犬とされている。

 犬にまたがる狼というシュールな光景はなかなかお目にかかれない。

「美女のお尻を直に感じられるんですよ。羨ましいな~」

「……帰ったら覚えておけよ、るし★ふぁー」

「ウルベルトさん。俺もご一緒させていただきます」

 山羊と犬が結託した。

 色々とひと悶着はあったが下準備は整った。後は行動あるのみだ。


 ◆ ● ◆


 目的の村に向かう時、不恰好ながら山羊と犬に美女を乗せて執事が引っ張るというよく分からない構図となった。

 怪しまれないどころか逆効果ではないかと途中から思い始めたが今更やめられない。

 監視が無いかはモモンガ達と不可視化のシモベ達を動員して見張る。

 まるで村を襲撃する強盗団のような気がしたが無視する。

 強固な壁で囲われている訳ではない質素な村の近くに山羊と犬を繋ぎとめる。

 正直、山羊などの役は必要だったのか疑問だが、何かの言い訳に使う必要があるかもしれない。

 なんでこんな任務に借り出されなければならないんだ、とウルベルトは思うがセバス達には言わない事にした。

 NPC達には何の落ち度も無い。

 あらかじめ家畜を用意できなかったギルドが悪いのだから。

 セバスは二人の女性を伴ない村に入る。

 セリフは事前に用意しておいたが『伝言メッセージ』でアドバイスも送れる様にしておいた。

「すみません」

 と、近くに居た村人にセバスは出来るだけ優しく声をかける。

 厳つい顔では驚かれるので相手の反応次第ではユリ達に任せるように言われた。

「は、はい」

「旅の者ですが……、この辺りには詳しくなくて……。この村はなんという村なのでしょうか?」

「ここは『カルネ国』の実験農場でございます」

「カルネ国? 村では無いのですか?」

「ええ。村の機能は持たされているので旅人様を宿泊させる施設などはございますよ」

「では、この辺りに詳しい方にお会いしたいのですが……」

 相手の声は控えているモモンガ達にも聞こえているが意外な返答に驚いていた。

 とにかく、引き続き質問をセバスに任せて様子を窺う。

 空かに見る分には小さな農村にしか見えない。

 人口も百人も居ないかもしれないほど。

 セバス達は村の青年に案内を受け、施設の責任者のもとに向かった。

 建物は全て木造の一戸建てが殆どで貧相な村そのものにしか見えない。

 中心地には井戸があり、見張りの為のやぐらがあった。

「……実験農場というと新しい作物の栽培ですか?」

「はい。様々な地域に存在する食べられる作物の研究と普及の為に実際に育てるんです」

 話しながら村のような施設の中では大き目の建物に案内された。

 いわゆる工場長が居るらしい。

 三人は建物に入り、椅子を勧められたので素直に従った。

 仮に監禁目的があったとしても撃破する自信があった。

 数分の後に姿を見せたのは若い人物で外見年齢はおよそ十代後半にさしかかっているかどうか。

 目元を隠すような金髪は首下で綺麗に切り揃えられていた。

 印象からは男性のような佇まい。それ以外は特筆すべきところが無さそうな普通の人間に見えた。

 体型もほっそりとした痩せ型で力は弱そうだった。

「ここの責任者の『キリイ・バレアレ』と言います。旅の方だと伺いましたが……。宿泊のご予定か何かで?」

「はい。宿泊というよりは地域の事をお尋ねしたくて……。闇雲に旅をしていたら、この村というか実験農場を見つけた次第でございます」

「……他の国からいらしたんですね」

「ええ、まあ……。我々の国とは勝手が違うようで……。誰かに教えを請いたいと思いまして」

 と、セバスが丁寧に対応する。

 相手の人物も口元は微笑みのような形になっている。

「説明するよりは地図でご説明いたしましょう」

 と、言いつつ席を立つキリイ。

 ほんの数分で戻ってきたがもう一人、というか一体の存在が姿を現す。

 上半身は人間だが下半身が馬となっている亜人種『人馬セントール』だった。

 その人馬セントールは両手でお盆を抱えて来客者に水の入ったコップを目の前のテーブルに置いた。

「どうぞ」

「……人馬セントール……ですか?」

「ええ、この辺りでは見かけないと思いますが、僕の家族で『セヌメ・エモット』と言います。お客人は亜人種をご存じなんですね」

「……実際に見るのは初めて、だと思います。正直、驚きました」

「人間種のみの世界では驚かれると思いますが……。この辺りでは人と亜人や異形種は割りと友好的に付き合っているんですよ」

「そ、そうなんですか!? それは凄い」

 これは演技ではなく、セバスは本当に驚き、そして感心した。

 すぐさまモモンガ達に連絡を入れると驚きのため息のようなものがいくつも聞こえてきた。

 キリイはテーブルに地図を広げる。その後でまた一つの影がテーブルの下から現れる。

 正確には素早い動きで部屋に侵入して来た者だ。

「こら。ちゃんとお客人に挨拶しなさい」

「は~い」

 テーブルの下から姿を現したのは上半身は人間で下半身が蛇の『人蛇ラミア』という亜人種だった。

「『ラフィー・エモット』っす。よろしくっす」

 その言葉使いでセバスの側に控えていた女性の一人が苦笑した。

 人蛇ラミアは基本的に女性しか居ない種族だ。

 男では蛇精霊ナーガが居る。

「……セバス・チャン、と言います」

 ラフィーにだけ聞こえるように言った。

 キリイに言わなかったのは名前を尋ねてこなかったので言いそびれてしまった為だ。聞かれれば答えようと思ったので話しを優先させる事にした。

「……ふ~ん」

 年の頃は十歳くらいか。

 好奇心旺盛な顔立ちをしていた。

「もし、よろしければ二人のお相手をしていただけるとありがたいです」

 そうしなければ地図の説明が出来ない、という事でセバスは許可を出した。

 ユリ達とラフィー達を部屋から出した後で改めて説明を始めるキリイ。

 広げた地図は羊皮紙で、見たことも無い文字が書かれていた。

「現在位置はここです。我々は『カルネ国』の領土内に居るのですが……。この国の領土は他国と共有しているのでちゃんとした領界というものは存在しません。いわゆる『農業国家』というもので、様々な国に食料を供給したり、作物の共同研究を提示したりします」

「これで国家と言えるんですか?」

「形だけですよ。基本となる地域……、国王が住む場所を暫定的に国と呼んでいます。ちょっと農園の規模を大きくしちゃいまして。いっそ国として機能させようと実験的に国家運営を始めたのがきっかけです」

「……それは……何だか凄そうですね」

 セバスの中にある知識には無い概念だった。

 国同士の争いは知っている。だが、キリイの説明は想定を超えたもののように感じる。

 モモンガ達に連絡しても驚かれたまま何も答えが提示されない。

 セバス達が居る国は『リ・エスティーゼ王国』と『バハルス帝国』の両国が互いの信頼を表す為に作り上げた農業国家『カルネ国』と呼ばれる特殊国家だった。

 互いの領土が重なり合う事で争いが生まれないものなのか、という疑問がモモンガ達の中で沸き起こる。だが、この世界の常識かもしれないので一概に否定は出来ない。

「国というからには王様がいらっしゃるんですよね?」

「うちの父です」

 と、キリイ青年は苦笑しながら言った。

「ほう……」

「国王という体裁ではありますが根っからの研究者で、普段は王国との境にある実験施設『マグヌム・オプス』に曾祖母と共にこもっている事が多くて……。あまり王様らしくないんですよ」

「それでは国民が困るのでは?」

「国民と言っても……。農業関係者ばかりですからね。自給自足を原則とするうちの国ではあまり困ることはありませんよ。……いてあげれば……、厄介なモンスターが現れた時くらいです」

 青年は饒舌じょうぜつに語る。

 その言葉に嘘は感じない。というより見ず知らずの客人にいきなり嘘を話す動機が見つからないだけだが。

 モモンガの側にいるギルドメンバーの何人かはもっと話が聞きたくてうずうずしていた。

 初めて聞く内容に知的好奇心が刺激されたようだ。それは村の外に居るウルベルト達も同様だった。

 今すぐ家畜役をやめさせろ、と抗議までする始末。

 うるせー、黒山羊は黙ってろ、などの罵倒のやり取りがセバスの脳裏に響いた。

「そうそう、南の広大な森の辺りは『スレイン法国』という宗教国家がありまして、世界各地に神殿を作って信仰を集めています。この三国の中心地に……。この辺りですが……『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』があります」

「……今なんとおっしゃいました?」

「最後の国名ですか?」

「はい」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国と言いました」

 セバスははっきりと分かるほど驚き、青年の言葉を聞いているギルドメンバーの殆ども驚いた。

 それもそのはず。

 アインズ・ウール・ゴウンは自分達のギルド名だからだ。しかも『まどうこく』付き。

『せ、セバス。緊急事態だが……。慎重に尋ねてほしい』

「りょ、了解しました」

 多くのメンバーが驚く中、モモンガも尋常では無いほど驚き、数回も連続で精神が安定化させられた。だが、それでもでもしているように精神の抑制が起きてしまった。

「つかぬ事をお聞きしますが……。そのアインズ・ウール・ゴウンという国の統治者のお名前は分かりますか?」

「国名になっている方です。自分のお名前を国名にしたと聞き及んでおります」

 やはり、という声や、長い、という声が聞こえた。

「ど、どのようなお方なのですか?」

「どのような……。それはうちの両親の方が詳しいと思いますので……。僕からはちょっと……」

 セバスは報告を待ってみたが話しがまとまらないのか、未だに返答は無い。

 引き続き、尋ねられる事が無いか思案する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る