028 ビッチなんて生ぬるい

 通信を切り、長居しても迷惑だと思うからモモンガは適当な理由で部屋を出た。

 各NPCノン・プレイヤー・キャラクターがモモンガ達のようなプレイヤーを上位者として認識できるのであれば後は反旗を翻す可能性だけが問題だ。

 仲間たちが居るから全員が敵になっても負けはしないが、そうならない事を祈る。

 第九階層の自室に戻り、これからの事を考える事にした。

 といっても外に出て探索する事だが、これは他人に任せるべきか、自分がするべきか。

 一人で悩むな、という仲間の意見があるので知恵者に連絡を取る。

『今日はゆっくり過ごして明日の朝から行動すればいいと思います』

『偽装しないと駄目でしょうね』

『適当なNPCをお供に連れ出したらどうですか?』

 などの意見が貰えた。

 一概に適当なNPCといっても誰を選べばいいのか。

 意外と候補が多い。

 本来ならナーベラルも入れるところだ。だが、彼女は謎が多い。それにおそらく動かせられない。

 アインズ・ウール・ゴウンと名乗る自分。それに付き従ってきた歴史を持つ。

 それは彼女の個人的な設定なのか、確認するのを忘れていた。

 『伝言メッセージ』を使おうとしたが自分の目で確かめた方がいいと思い、第十階層に降りる。

 玉座の間にはやはりアルベドが立っていた。

 彼女専用の部屋はまだ出来ていないからしばらくは立ったまま待機しているしかない、のかもれない。

 それはそれで可哀相だなと思った。とにかく、アルベドの事よりナーベラルの事を優先する。

「アルベド。ナーベラルのデータを出せるか?」

かしこまりました」

 二つ返事でNPCの管理データを呼び出し、画面を器用に操作する。その手際は熟練の職人のようだ。

「ナーベラル・ガンマ。名前が確認できました」

 部外者のような気がしたがちゃんと掲載されているのか、と少し驚くモモンガ。

 早速、彼女のステータスの一覧を確認する。

「………」

 一言で言い表すならば、何だこれは、だ。

 通常のナーベラルのレベルは63。しかし、画面では表示がバグったような有様で確認出来ない。

 クラス構成もおびただしい数の羅列の後、画面外にはみ出している。

「……おかしい。個人設定は見る事が出来るか?」

「はい」

 各NPCには演出用の歴史が書かれている。

 プレイヤー自身も簡単なものから複雑怪奇なキャラ付け用の設定を書く事ができる。

 面倒な者は大抵、デフォルトで済ませてしまう。

「……とにかく人間が嫌い……」

 至極単純な事から始まり、悪口のオンパレード。

 人間は蟲です。蟲以下です。

「………。……病んでるな……」

 そのフレーバーテキストは能力に作用しないけれど。

 こういう設定は現在、表面化しているものなのか。

 アルベドの設定を開いてもらった。

 長々と書かれた彼女の設定は徹底的と言えるものだった。

「……タブラさん、容赦ないな」

 ただ、こういう設定の存在をNPCは自覚している。

 ゲーム的な設定を理解している。それはどういう事なのか。

 今は持ってきていないがギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を使えばギルドマスター権限の名の下にテキストの改変も可能のはず。その場合はどうなるのか。

 修正が効くなら試したいところだ。

 というわけで尋ねてみた。

『アルベドの設定ですか?』

 と、暢気な声は彼女の創造者『タブラ・スマラグディナ』だ。

「最後の一文を書き換えてみようかと」

『ええ~、もったいない』

「その前に……。……お前、どういうつもりでを書いた?」

 他人の設定だからモモンガが文句を言っても仕方が無いのだが、つい怒気を込めて尋ねてしまった。

 美人に対する仕打ちとしか思えなかったからだが。


 オ●●●しないと死ぬ。


 ふざけんなバカヤロー、と声に出して叫ぶところだった。

 あと、伏字がタイトルにそっくりでビビった。

『前の『ビッチ』はつまんないと思って……』

 ビッチだとしても酷いと思う。

 他のメンバーも好き放題に書いているようだし、タブラだけ特別という事は無い。

「いつのまに書き換えたんですか? というか、どうやって」

『ツールソフトは持ってますんで』

 設定魔と言われる人物が持っていない方がおかしい。

「……なるほど。一応、聞きますが……、他のNPCはいじってませんよね?」

『他人のNPCをいじるのは倫理的にアウトでしょう。するわけがない』

「……それで設定を変えた後、何か変化はありました?」

『特に何も……。いきなりオ●●●するか期待してたんですけど……』

 普通に喋ってるけど、聞く方はとても恥ずかしい。

『多分、方法が分からないと駄目なようです。単語だけでは理解しないような感じです』

 つまり単語の意味を教えた途端にアルベドはえもいわれぬ姿をさらす、という事になる、のかもしれない。

 それを確認したい気持ちと教えたら手遅れになる気持ちがせめぎ合う。

 今のアルベドは単語だけ知っている状態で『しないと死ぬ』は意味と合致した時に効果を発揮してしまうリスクがある。

 設定だけで簡単には死なないと思うけれど、それはそれは筆舌に尽くしがたいもだえ方をしそうで怖い。

 とにかく死ぬのでやらせろ、と。

 そうならない内に該当部分は消しておこう。彼女の命がかかっている。

「バーカ」

 と言って呪文を解除した。

「……まったくタブラのバカがっ!」

「も、モモンガ様!? どうかされたんですか?」

「ちょっとしたいさかいだ」

 激怒に近い怒りではないから抑制は起きなかったが、自由過ぎるだろ、と。

 個人設定は各人の自由ではあるけれど。

 あまりはっちゃけられても困る。特にアルベドが四六時中痴態を晒している中、玉座の間でみんなを集められると思うか。

 断じて出来るわけが無い。

 忘れないうちにギルド武器を持ってきて即効で消した。

「よし、これで安心だ」

「も、モモンガ様?」

「何も心配は要らないぞ、アルベド」

「は、はぁ……」

 念のために他の主要なNPCのデータを確認していく。

 ペロロンチーノは意外と常識的だった。気になる単語はちらほらあったけれど。

「少し実験をしようじゃないか。〈伝言メッセージ〉。ユリ。ルプスレギナと共に玉座の間まで来い」

 同時にこの階層に存在する巨大図書室アッシュールバニパルから情報を書きとめる要員を呼び寄せておく。


 数分後に急いでやってきた戦闘メイド『ユリ・アルファ』と『ルプスレギナ・ベータ』が階下で平伏する。

 黒髪を夜会巻きという形でまとめ、レンズの入っていないメガネをかけた色白の肌のユリ。

 褐色肌で赤い髪の毛を二つの三つ網にしたルプスレギナ。

 二人共二十代くらいの女性で共に胸が大きめだ。特にユリは巨乳ではないかとモモンガは予想している。

「ユリ・アルファ。御身の前に」

「ルプスレギナ・ベータ。御身の前に」

「うむ。急に呼び出して悪かったな」

「い、いいえ。滅相もございません」

 モモンガの近くに椅子に座ったアンデッドモンスターが一生懸命に何かを書きとめていた。それをユリは一瞥する。

「少しだけ待て。ルプスレギナ、私が外に出る時、従者として来るか?」

「もちろんっす。あ、いえ、もちろんでございます」

 ユリの一睨みで言い方を修正するルプスレギナ。

 返事はしたものの彼女の金色の瞳には不安の色が混じっている、ようにモモンガには見えた。

「書き終わりました」

 アンデッドモンスターからメモ用紙を受け取り、文章に差異が無いかモモンガ自身が確認する。

 数分の後、満足して頷く。

 モモンガはスタッフを掴み、何事かの操作の後、改めてルプスレギナに同じ事を尋ねた。

「も、もも、もー、ももも? も~も、ももも」

「? どうしたのです、ルプス」

「ももも、もも~も」

 口を開けども出るのは『も』ばかり。

 自分の脳内では喋るセリフが決まっているというのに。発音全てが『も』に置き換わる。

 自分の身に起きた謎の現象に額から汗が滝のように流れ始める。

 褐色の肌が汗で怪しく光った。

「どうしても『も』しか言えないか?」

「も、もも」

「も、以外の言葉を言え。これは命令だ」

 ルプスレギナの全身に電流が走ったような衝撃が広がる。

 目に見えて明らかな程、震え始めるルプスレギナ。

 命令に背けば死、という生物的危機でも感じているのかもしれない。

 命令に従おうと必死になっている姿はモモンガとて分かっている。

 絶対命令にどれだけ従えるのか。あらがえるのか。

 数分の後にルプスレギナは突っ伏したまま動かなくなった。

 声をかけるたびに床に頭を打ちつけて応える。

 おそらく命令に従えない意思表示だ。

「……顕在化とは恐ろしいな……」

 ギルド武器はギルドマスターしか扱えない。

 NPCの設定を意のままに操る存在は神のようなものだ。

「……まだ少し知りたいが……」

 あまり苛めては可哀相だ。

 ルプスレギナの設定を元に戻す。文章量がそれほど多くないので加筆分を消すだけだ。

「ルプスレギナ。もう一度だ。今度はちゃんと喋れるようになっている筈だ。怒らないから何か言ってみろ」

「は、はい。ああっ! ちゃんと言えたっす! 今のは……。ここ、怖かったっす!」

 滂沱ぼうだの涙を流す大人の女性。

 実は言葉の他に身体的な特徴も変えていたが、そちらは変わらなかった。

 基本ステータスそのものを変えたわけではないから、とも言える。

 他にどのような改変が出来るかは実験次第だが乱用はできないと思う。取り返しがつかなくなっては困るから。

「……ユリ。お前も覚悟してもらうが……。実験だ。抗ってみてほしい」

「か、かし●●」

 と、舌を出して右目附近に人差し指と中指を当てる仕草をした。

「………」

 ユリの瞳が真っ白に変わった。それほど衝撃的な事だと理解したようだ。

 設定したモモンガ自身は軽く苦笑した。

 想像していたよりも可愛かったからだ。

「……うむ。アンデッドであるユリにも作用するのだな。これは種族の特性とは関係が無いと言える」

「ゆ、ユリ姉が死んでる……」

 ユリは『首無し騎士デュラハン』というアンデッドの種族なので最初から死んでいる。

 設定だけで色白のユリの肌が緑色になるか試してみた。結果は恐ろしい事に緑色に変化した。

 おそらくクリエイトツールと同じ作用が外装データに適用された為だ。

 大急ぎで文字を消すと元に戻った。

 数字的な改変ではなかったから元に戻せた、とも言えるがさすがにビビった。

 髪の色で改めて実験すると真っ赤に変化したり、青くなったりした。ただ、髪型は変化しなかった。

 出来ることと出来ない事があるようだ。

「……モモンガ様。これはいったい……」

「お前達は自分がNPCである事を自覚しているんだよな?」

「は、はい。至高の御方に創造されたシモベでございます」

「んっ? その『至高』というのは誰に教えられた?」

 そもそもそんな設定は誰もしていないはずだ。

「我等の創造主であるモモンガ様達のことでございます。適切な呼び方として至高が妥当だと判断いたしました」

 と、動かなくなったユリに代わってルプスレギナが答えた。

 つまり自然の摂理として普通に使用される言葉だと。

 深読みのし過ぎという結果かもしれない。

「……そうか。それでどうだ? 至高の存在にいいように扱われて……。腹が立ったか?」

「いいえ! 滅相もございません。命令に従えない事がとても悲しくなった次第でございます。腹を立てるなど……」

「少しやり過ぎた事は認める。ただ、あくまで実験だ。怖い思いをさせて悪かったな。それと、ユリ。もう普通に喋れるからな」

 思いのほかショックを受けるとは思わなかった。

「そ、そうでございますか……。あっ、直ってる……」

「可愛い仕草だったのだがな。そんなにショックを受けるとは……」

「も、申し訳ござません」

「仕草はともかく、語尾を変えてみようか。ダ●●●●とか」

 少し想像すると笑いそうになる。

 ユリの創造者である『やまいこ』と相談して決めようと思った。


 仕様変更について色々と出来ることが分かった。だが、これはのめり込むのは危険だと思う。特に元に戻せないタイプは。

 他のメンバーなら気兼ねなく改変しそうだが。

 ペロロンチーノだとどういう使い方をするのか。

 意外に『意のまま』は否定するかもしれない。

 先ほど床に頭を打ち付けていたルプスレギナに治癒するように言いつけておいた。

 二人を下がらせてアンデッドモンスターの書いたメモは個人的に保管する為に回収しておく。

 後々全員分を控えておく必要が出るかもしれない。

 アルベドと二人だけになった時、もう一度、彼女の設定を開く。

「……アルベドは自分の身に何が起きるか考えたとして、それを怖いと思うか?」

「至高の方々のお考えは我々には窺い知れぬことと存じます。死ねとお命じになられたとしても構いません」

 女性の言葉として聞くと胸に刺さるものがある。

「そうか。後悔はしないんだな?」

「モモンガ様の御心のままに」

 設定どおりの性格が反映されているのか、アルベドの顔は一片の悔いをも表さない。だが、その胸の内はきっと怖い筈だ。

 ユリやルプスレギナの態度から考えて不測の事態に対し、NPCとて恐怖を感じる事が分かった。それはつまり一個の生物としての振る舞いだ。

 アンデッドにすら作用するという部分は自分の達の常識では測れないかもしれないけれど。

 モモンガは空白にしたアルベドの設定に文字を書き込む。と、同時に無詠唱にて唱えておいた魔力系第四位階『浮遊眼フローティング・アイ』でアルベドの表情を視察。

 二つの視点を同時に見るようなものだから制御が大変だが、ゲーム時代のクセは早々なくしていない。

 この魔法は自分の視覚を飛ばすものだが、実際に目玉が浮かぶわけでは無い。そもそもモモンガに眼球は無い。だが、イメージとしては不可視化した眼球が術者の意のままに移動して別の視点で俯瞰するものだ。

 右と左を任意に選べ、集中する為に顔に手を当てる事が多い。だが、今回はアルベドに悟られるわけには行かないので手放しで操作する。

 看破された場合は素直に諦めるけれど。

 アルベドは顔は平静を保っているが、やはり気になるのか頬の引きつりが確認出来た。

 口ではなんとでも言える、という事だ。

 素早く魔法を解除し、書き込みを終える。

「試しに何か言ってみろ」

「畏まりましたにゃん。あらにゃん」

 語尾が『にゃん』になる、という単純なものだ。

 ただ、何でもかんでもなので喋ると必ず最後に『にゃん』が付いてしまう。そこは少し強制的過ぎる。

「まあまあにゃん。これではペストーニャのようですわにゃん」

 四十一人の一般メイドを束ねるメイド長の『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』は語尾に『わん』と付くのだがたまに忘れる。

 設定次第では忘れる事が無くなるかもしれない。

 かもしれない、というよりは確定事項となってしまう。

「いちいち語尾が付いては困るか……。今しばらくはアルベドの声を聞かせてもらおうかな」

「御身が望むままににゃん」

 声優の設定から自分の声として取得したからこそ柔軟にセリフを喋ることができるのかもしれない。

 そう考えればおかしなことは無い。

 女淫魔サキュバスらしい語尾は浮かばないが、卑猥な喋り方になりそうなので常識の範囲にとどめる事にする。

 常識というか倫理的というか。


 ◆ ● ◆


 物は試しと通常では発音できそうに無い言葉を試す。すると無理やりに発音してきた。

 ただ、物凄く気持ち悪くなったのですぐにやめた。

 喋るたびに何かの病気になったのではないかと心配になった。

 元の設定に戻し、アルベドに九階層への移動を命じる。今のところここに残っていても寂しいだけなので。

「しばらくは私の部屋を使うといい。執務室には入ってはいけないが……」

「も、モモンガ様のお部屋ですか!?」

「使わない部屋があるからな。無駄に広くて。ずっと立ちっ放しだし」

 新たな部屋が出来るまで一週間以上はかかると言われている。

 変な設定の罪滅ぼしとしてタブラに許可を強引に貰っておいた。

「睡眠不要のアンデッドだ。それに空きのベッドもあるし。それを使えばいい。洗面台と風呂は無いけどな」

「も、もも、勿体なきご配慮に深く感謝致します」

「では、まずは……」

 折角、部屋を利用するのだから転移が出来なくては不便だ。

 そう思って百個ほど作っておいた転移の指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡した。今度は正式にアルベド専用として使ってもらおう。

 この調子だと他の階層守護者達にも渡す事になるんだろうな、と思った。

「第十階層の玉座の間には直接転移できない。上の部屋も入り口までだ」

 と、一つ一つ説明をしていく。

 アルベドは真剣に聞き耳を立てていた。

 説明を終えて実際に転移の実験をし、部屋にアルベドを置いてきた。

 いかに守護者統括とて最重要施設の執務室に勝手に乗り込むことは出来ない。それくらい厳重にしてある。

 何かあれば不可視化のシモベが連絡を送ってくる事になっている。

 アルベドの件は済んだが次はどうしたものか、とモモンガは第九階層をただただ歩き続けた。

 フワフワと浮かぶ『気流水母フランフ』の『スーラータン』と出くわす。

 強風に煽られると吹き飛ぶのではないかと思われるがちゃんと体勢を制御出来る。

 粘体スライムが盾を装備するようにプレイヤーというかアバターというのは常識外れなところが多々ある。

 『炎と不運の犬ショロトル』という犬型モンスターの『チグリス・ユーフラテス』と沼地に生息する『不浄食いアティアグ』という触手を振り回す怪物の『源次郎』の姿も見かける。

 戦闘に際し、全員が同じ種族では面白みが無い。

 人間種しか選べない仕様であればまた違った結果になっていたかもしれない。

 基本的に『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーは異形種。

 人間種と亜人種は居ない。

 NPCに関しては異形種の縛りは無い。

「ギルマスさん、一人でお悩みですか?」

「考えることがたくさんありましてね。これからの事とか」

「会議しても結論が出にくいものですからねー。何も考えずに突入する無謀さも特には必要かもしれません」

「……慎重派の私にはちょっと勇気が足りない事ですけどね」

 モモンガの足元の影が蠢き、人型を取る。だが、それでも顔がはっきりしない不定形のような姿の『影人シャドウ』の『フラットフット』が現れた。

「答えの出ない事はあるから一歩を踏み出せば後は楽かもしれませんよ」

「そうなんですけどね」

 多くのメンバーが居ても意見をまとめるのは難しいなと思うモモンガ。

 一人であっても結論が出せないのであればギルドマスターとしての意味が全くない事になる。

 自信が無い。勇気が無い。それは決断力の無い平社員のようだ。

 自分が方向性を決めないとメンバーも行動しにくい。

 何か命令したいところだが、それが中々言葉に出来ない。

「転移して……、何時間経ちましたっけ?」

 と、丁度近くを歩いていた白い蜥蜴人リザードマンっぽい『白子蜥蜴アホロートル』という種族の『ホワイトブリム』にスーラータンは尋ねた。

 日本では『ウーパールーパー』という名前で有名になった生物だが、火蜥蜴サラマンダーの近親種だ。

 迷彩柄の服装で武装したミリタリー系のクラスを持つ。

 大型アップデートにて実装された『ヴァルキュリアの失墜』という追加データを使っている。

 この追加データは重火器や機械類が多い。

 戦闘メイドが武装しているのは主にホワイトブリムの影響が大きい。

「後数時間で一日が終わる」

「……通常より四時間多いと聞きましたが……。意外と長く感じます」

「部屋のあちこちに時計でも設置しておかないといけませんね」

 時計は二十四時間表示の筈だから用意しても無駄になりそうだ。

「そうでしたね。では、どうしましょう。現地の町で専用の時計を手に入れるしかないですかね」

「そうですね」

 ナザリックに無い物は現地で入手。

 基本的な事だし、ついでに現地調査も出来る。


 理由は出来た。だが、一日一杯は休息しないといけない。

 仲間内から言われているけれどモモンガは一人で悶々と考えをまとめようとした。

 様々な不安要素がゲーム時代とは違うので混乱する。

 理由は自分でも分かっている。

 考えすぎだということに。

「餡ころさ~ん」

 と、女性メンバーの一人で白面金毛九尾ナイン・テイルズという種族の『餡ころもっちもち』に『伝言メッセージ』で声をかけてみた。

『ほ~い』

 どのメンバーも暢気なのが凄いなと驚く。

「外に出ることについて賛成でしょうか?」

『もちのろんよ』

「……俺はどうも考えすぎたり神経質なところがあるようで……。考えがまとまりません」

『いかにも主人公らしいわね。別にまとめなくていいんじゃないの。どうせ、分かんないんだし』

「いや……、それだと困りませんか?」

『何が?』

 いとも簡単に切り返されてモモンガは呻く。

『困らない人間なんて居ないんだし、それはそれで普通なんじゃないの? モモンガ君一人が焦ったって何も解決しないってみんな分かってるわよ』

 モモンガにとっては何故、みんな平然としていられるのか、という気持ちだった。

 見知らぬ土地に飛ばされるのはゲームの中だけにしてほしいし、ログアウト出来ない事が不安の大本かもしれない。

 朝の四時起き、という予定が台無しになったのだから。

 早く何とかしなければ、という強迫観念が今のモモンガを包み込んでいる。

 決まった予定を急に覆されると不安しか感じない。

 すぐに意識を切り返せるほどモモンガは器用ではなかった。ただ、それだけかもしれない。

『本体が普通に活動しているって言うなら、それはそれでいいじゃん。なるようにしかならないなら、と古典的SFでもおっしゃっているわよ』

 なるようにしかならない。そう言われてはの音も出ない。

『モモンガ君の場合は何も考えずに外に出たら? 今日はそろそろ終わりそうだけど……』

「……はい」

 仲間たちのように気楽に出来ればいいのだが、自分の性格が損をしている気がする。

 外の調査もせず、地下で延々と答えの無い議論を繰り返しても意味が無い。

 だがしかし、と思うと一歩が踏み出せない。

 冴えない主人公そのもののようだ。


 ◆ ● ◆


 結局、黙っていても時間は流れるもので一日が終わった。とても長い一日のように感じた。

 あちこち行ったり来たり、不審な行動を続けて結果は収穫無し。

 何をしているんだか、と自分で呆れてしまった。

 睡眠不要。疲労しないアンデッドの身体のおかげか、眠気はまったく起きない。

 設定では眠れない事になっているはずだが、それはそれで何か損した気分でもある。

「……外に行ってみようか……」

 と、ふと部屋にアルベドが居た事を思い出し、連れて行く事にした。

 普段の女淫魔サキュバスは眠る事ができるはずだが、玉座の間で不眠不休で立ち尽くしていたりしたのか。それとも維持する指輪リング・オブ・サステナンスを装備していたとか。

 種族的に平気という事もあるかもしれない。

 自分は神経質だと自覚しているけれど気にしすぎな部分は立派な弱点だなと辟易する。

 とにかく、アルベドの下に向かい完全防備の命令をしてみた。

 そういえばNPC達の武装はどういうものになっていたのか、詳しい事は分からないので興味があった。

 数十分後に現れたアルベドは漆黒の重戦士となっていた。

「……そういう武装か……」

 三重の防りをもつ『ヘルメス・トリスメギストス』という神器級ゴッズアイテムの黒い鎧。

 頭までしっかり守る全身鎧フルプレートタイプ。

 腰の翼は見えないけれど鎧に収納されている。

 一部の魔法武具は身体に合わせて柔軟に変形する。

 たとえ角が生えたアルベドの頭でも綺麗に収めてしまう。

 ゲームの中では普通のことでも現実では『なんだこれ』と思うけれど。

 手には緑色の怪しい光りを放つバルディッシュ。

「……普通に考えてそんな格好で長距離移動はしないよな」

 重さ軽減されていても常識的に戦闘以外では黙っていても疲労しそうだ。

 頭の角と腰の翼を取るわけにはいかない。

 とはいえ、自分も重装備するしかないのだけれど。

 軽装鎧だと骸骨部分が見えてしまう。ある意味、『死の騎士デス・ナイト』の近親種だ。

 本来ならのんびりと散策したいところだが、自分達が異形種というところがネックとなってしまっているので、こればかりはどうしようもない。

 ペロロンチーノが事前に街の位置を記した地図を作ってきたので、それを見ながら移動する事にする。

「ここからだと結構歩かないといけないのか」

 途中までの道のりはアイテム便りのようだ。

 地図の製作はまだ始まったばかりのようで大部分が空白になっている。

 一日で世界の全てが分かるわけではないから仕方が無い。

「いきなり鎧では不都合があるかも……」

 自分の目で確認したわけでは無いけれど西洋ファンタジーとは限らない。

 自然豊かな現時時代や丸ごと自然公園になっているだけの近代国家かもしれない。

 迂闊な行動は今後の活動に響いてしまう。

 仲間に聞けば『どんだけ石橋叩いてんだよ』と怒られる始末。

 引きこもり過ぎて恐怖心が増大しているのかもしれない。これは中々抑制されないので困るけれど。

 最初の町には仲間が先行する事になった。

「冴えない主人公をこじらせ過ぎですよ、モモンガさん」

「……すみません」

 外に行くメンバーは狐の餡ころもっもち。鳥のペロロンチーノ。人熊ワーベアの『ブルー・プラネット』の三人だ。

 尻尾がたくさんの狐。やたらと眩しい鳥。威圧感が凄い熊。

 間違いなく人間は逃げる。

「敵意さえ示さなければいいんじゃねーの」

「ついでに他のプレイヤーを見つける事が出来るかもしれないし」

「……私はこの世界の自然の調査をしたいので戦闘はお任せします」

 ブルー・プラネットはそもそも町の探索に興味を示さなかった。なので『再生の獅子シェセプ・アンク』というエジプト神話から抜け出したような獣の『るし★ふぁー』を追加した。

 名前から堕天使を選びそうなものだが、個人の趣味だし口出しする権利も無い。

 犬派のギルドにとっては敵。

「猫も可愛いですよ」

「騒動は控えてほしいですが……。無理そうですね」

「もう諦めた!? モモンガさんは心配性だな」

「……すみません。閉鎖された会話劇は苦手なので外に行かせてください」

 と、メンバーがそれぞれ頭を下げてきたのでモモンガは唸りつつ許可を出す。

 見えない世界で何が起きるのか、それはとても怖い。

 どうしてそこまで怖く感じるのか。

 ゲームのように楽しめないのか。

 それは自分でも分からない。

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