025 ●●●と大きな声で言って

 コンソールについては仲間に連絡し、確認作業を取らせる事にした。

 自分達の装備品の確認は大事だ。

 秘密のまま隠して独裁体制に持ち込む。ということが脳裏に浮かんだ。

 仲間を部下として扱うのは得策では無い。少なくとも嫌われたくない。

 自分がギルドで一番の強者なら頭ごなしに命令するだろうか。

 ギルドメンバーが居ない状態ならばNPCノン・プレイヤー・キャラクターに命令はするかもしれない。それは無くとなく納得できた。

 メンバー相手だと腰が引けるんだろうな。

 オフ会で会った事もあるし。

 支配者プレイはユグドラシルではドン引きされるだけだし、仲間達に大きな顔をする程の度胸は無いから無理だよな、と思った。

 実力も無いし。

 卑屈なギルドマスターだな、とまたも自己嫌悪。

 こんな頼りないギルドマスターでは先行きが不安だ。

 あ、一人で悩んじゃった。

 先ほど死獣天朱雀から言われたばかりなのについつい一人で抱えようとしてしまう。これは性格なのか。

 たくさんの仲間が居るのだから頼らなければ困難に打ち勝てない。

 一人で何でも出来ないギルドマスターなのは自覚している。

「……皆さん」

 と、モモンガが声をかけると色々と調査していたメンバーが手を止めて向き直る。

「どうか、俺に力を貸して下さい」

 素直な気持ちを込めて、頭を下げた。

「もちろんですよ」

「嫌ですって言ってほしいなら言いますけど」

 中には拒否する者も居るかもしれない。それはそれで構わないし、真面目な雰囲気を苦手とする者もモモンガは承知している。

 だが、多くのメンバーはとても好意的に受け止めてくれた。

 全員が嫌です、と言ってきたらレベルダウンを受け入れよう。

「じゃあモモンガさん。ギルド武器を持ってきて機能の確認をしましょうか。出来る事と出来ない事の確認は大事です」

「は、はい」

 本来ならば持ち出し厳禁のアイテムだ。

 今は緊急時の為にギルドメンバーの誰も反対者は出なかった。

 多数決を重んじるギルドなので、大多数の賛成がギルドの方向性をうらなう。


 ◆ ● ◆


 確認作業は数時間を要したのではないか。

 第十階層の床には様々な書類が並べられている。

「個人ステータスが使えないのは痛いですね。書類として書き留めることは出来るようですが……」

「装備の付け替えは手動か……。GMギルドマスターだけが出来るってわけじゃないのは助かるな」

 ギルドマスターだけだと女性プレイヤーや女性NPCが困る事態に陥る。

「『宝物庫』への転移の確認が終わりました」

「了解しました」

 作業をしていて途中で気付く。

 NPCを放置している事に。

 創造者自らナザリック地下大墳墓の雑事をこなしていることについてNPC達は『自分たちがやります』と言ってくる。

 それは確かに部下という意味では正しい反応だ。

 創造者というかNPCからすれば立派な『創造主』そのもの。

 神が汗水流して働くのはおかしい、と。

 理屈ではそうだが、自分たちが作ったという意識があるものだから仕方が無い。

 ゲーム時代は無視してたクセに、と思わないでもないが仕様という壁がある。

 アイテムの知識を有し、物事をそれなりに把握しているらしいので説明を省けるところは助かる。

 自我が芽生えた、と一言で言っているけれど、実はとても凄い事だ。

 生まれたての赤子としてまず『おぎゃあ』から始まる事もありえない事ではない。

 基礎知識を有しているのと有していないのとでは雲泥の差がある。

 いくらフレーバーテキストに設定されていたとしてもフリでしかないし、本当の意味で知識を得ているわけではない。

 『足し算』という言葉を知っていても『数字』の扱いを知らなければ何も出来ないことと一緒だ。

「アルベドのお陰で事態は急展開したぞ」

「は、はあ……」

 それは誉められる事なのか悪い事なのか。アルベドは困惑した。

「タブラさん」

「はいはい」

 と、暢気な返事が返ってきた。

「アルベドに専用の部屋を作ってあげてくれませんか? ずっと立ちっ放しは可哀相なので……」

「……うーむ。自我を得て……、了解しました」

「……今、何か言いかけましたよね?」

「いいのいいの。小難しい話しは自室でするから」

 創造主という威厳の欠片も無い。無理して演じる気が無い、ともいえる。

 それでいいのかモモンガには疑問だが自分は自分のペースでNPCと付き合うことにしようと思った。

「わ、私の部屋ですか!?」

 と、驚きの声を上げるアルベド。

 ちゃんと内容にあった表情をするようで驚かされる。

「女性一人を残したままでは体裁が悪い。……NPCの管理はここに来ないと駄目なんだっけ?」

「は、はい。後は……執務室辺りだったかと思います」

「んっ? アルベドはコンソールの出せる位置を把握しているって事か?」

「全てではありませんが……。感覚的というんでしょうか。このナザリックの中限定で言えば……、多少は、と……」

「おお……。それは素晴らしい。あ、でも、それはアルベドにしか操作できないんだっけ、確か……」

 コンソールを出すことはアルベドにしか出来ない。けれども項目を操作するだけならタブラ達でも出来る。もちろん、マスター・ソースもギルドマスター権限に引っかからない内容なら操作できることは確認した。

「守護者統括の仕事だからNPCの管理データを任せられる」

 実際はだ。だが、今はそれが現実となっている。

 うそから真実まことへ。

 NPCがNPCを管理するのは実際問題してありなのか。それは少し疑問が残る。

 ゲーム時代の設定と現実としての仕事。これはモモンガ一人で考えられる事なのか。

「……絶対無理……」

 意見を取りまとめるだけでも重労働だというのに。逸話の豊聡耳とよさとみみのような能力が欲しい。

 いくらアバターでも人間の常識を逸脱するような能力に対応出来る訳が無いけれど。

「アルベドの声はデフォルト初期設定なんですか?」

「ランダムの一つだったかと」

 全部同じ声では面白みが薄れる。

 壮大なゲームのNPCの声はたくさんの声優の声が吹き込まれている。中には重複するものもある。

 アルベドもその中の一人だった、はずだ。

 NPC創造の時に設定で選ぶ事も可能とする。

「……しかし、流暢に喋るもんなんですね」

 普通の人間と遜色なく、柔軟かつ感情の変化すら付けられる。

 膨大な台本を必要とするゲームにおいて決まったセリフに関してはモモンガも承知している。

 このゲームの一部の音声を担当した『ぶくぶく茶釜』から仕事現場の大変さを教えてもらったのだから。

 もちろん、運用開始までは守秘義務として言えなかったようだが。

 とにかく、分厚い。法律書かよ、と愚痴を言っていたほどだ。

 それが各声優ごとに用意されているのだから現場は凄い事になっていたに違いない。

「変な命令で悪いが……。五十音を言ってみろ」

「畏まりました。あいう……」

「もう少しゆっくり目で」

 そう言うとちゃんとゆっくり喋り始めるアルベド。

 本来なら不可能な事だ。

 発音の仕方や文章の組み立て方をNPCは現在、独自に構築しているという事になる。

 『じゅう』や『鼻濁音』もほぼ再現した。

「……スゲー。地味にスゲー……」

 他のメンバーも手を叩いて驚きを表す。

 やろうと思えば歌わせることも出来るのではないかと思った。

「歌は……、専用のクラスを取得していないと出来ないと思います」

「はっ? 専用? クラスを取ってないと無理って? 言葉を繋げる事と一緒ではないのか?」

「……あー、そう来ましたか……。なるほど」

 と、すぐに理解した者が何人か居た。

「これはゲーム的な制限ですよ、モモンガさん。おそらく料理もクラスを取らないと出来ないと思います」

「ええっ!?」

魔法詠唱者マジック・キャスターが大剣を装備できない事と一緒です。たぶん、その認識で合っていると思いますよ」

「分かるような……、分からないような……。それは……、残念な結果ですね」

「アバターにNPCですからね。そこら辺がネックとなっていると思います」

「ああ、その単語が出ると何となく分かる気がします」

 運営会社によって設定された以上の事は出来ない身体。

 柔軟な対応を制限する仕様という壁。

 普通に考えて魔法やスキルが使えるのだから逆に出来ない事があっても不思議ではない。

 ただ、常識的観点からはとてもすぐに納得は出来ない。

 この虚構と現実の乖離は思考を鈍らせる。

「これが言えるかな? アルベド。●●●と大きな声で言ってみなさい」

「おわっ!?」

 タブラの口から卑猥な単語が出てモモンガはびっくりした。

「は、はい。●●●!」

 マジで言いやがった、この女。と、モモンガはまたも驚く。

「普通なら規制音とか鳴るのに鳴らなかった。これで『システム・アリアドネ』や風営法が機能していないことは証明された、と思います」

「いやいや、アルベドに言わせなくても……」

「個人的に何度も言ってみましたけれどね。やはり女性の口から聞くとエロいですね」

「このヤロー」

「案外、早口言葉もスラスラ言いそうですね。あと、人間には発音できないような言葉とか」

「俺はとても、とっても恥ずかしいです」

「大丈夫。みんな社会人だから。恥ずかしい単語くらい平気ですよ」

「……確かに……」

 モモンガ自身もエロゲーで遊ぶし。

 いやしかし、皆の前で恥ずかしい単語を聞くのはやはり恥ずかしく思う。それとアルベドは何故、平然としていられるのか。

 全く動じない所は大人の女性という貫禄か何かなのか。

「創造者の特権とはいえ悪乗りしないでほしいな」

 しかし、担当声優が聞いたら泣きそうな事をよく言わせたな。言う方もすごいけれど。

「●●●とは何でしょうか?」

「●●●の事だよ」

 普通に会話してんじゃねーよ。

 モモンガは恥ずかしさで言えなかった。

 この手の話しで危険な顔が浮かんだ。

 おそらくペロロンチーノも似たような事をメイド辺りに言わせているかもしれない。

 さすがに裸に剥いたりはしないけれど。いや、既にやっている気がする。

 全員が社会人だし、18禁に類する束縛は法的にも電脳法以外では抵触しない。

 モモンガも誰も居ない時は●●くらいする年頃の男の子だ。大人だけど。

 健全な人間として振舞う紳士としては恥ずかしさでいっぱいだ。

「冴えない主人公は童貞が基本ですからね。きっとモモンガさんは正にそのタイプなんでしょう」

「……そうですよ。ごめんなさい。童貞の冴えない主人公で」

「でも、今のモモンガさんは骸骨ですからエロには無縁だと思います。他のメンバーも一部はとても無理な身体ですし。別にエロくてもいいんじゃないですか?」

 確かにアバターだけの身体だ。

 本当の身体でエロい事が出来るわけではない。

 下半身に視線を落せば、本来あるべきものが何も無い。それはそれでなんか悲しさが襲ってくる。

 他のメンバーも粘体スライムとか水母クラゲとか動像ゴーレムが居るので自分だけが不幸という事は無い。

「●●●って十回言って……」

「やめてください。『原●●』さんが号泣します」

「『石上●●』なら平気でしょう」

「コラ!」

 こういう悪乗りするメンバーが多数いるギルドをまとめるのは至難の業ではないだろうか。よくゲーム時代、まとっていたものだと今更ながら驚いた。

 そして、メンバーが居なければ自分は同じ事をするのか、という事が脳裏に過ぎる。

 命令を下せば大抵の事は実行してくれる。ならば言わせることもあるかもしれない。

 だいたい赤い髪の女性の胸も揉んだしな、という事を不意に思い出す。

 胸を揉むとしても自分は骸骨。

 エロには程遠い種族だ。

 本格的に18禁に該当することは出来ないけれど、それだけを目的としてしまうと悲惨なギルドになりそうで怖い。

 気晴らしは必要かもしれないけれど。そこは少し自重してほしいところだ。

 特にタブラ・スマラグディナは見た目から既にエロいし。

 エロいというか、気持ち悪いというか。

 もう少し理性的で居てほしい。


 ◆ ● ◆


 長く玉座の間に居ると頭が変になるかもしれないので第九階層に移動する事にした。

 多くのメイドを追い回す不届きな鳥人間バードマンとかが居たら殺すかもしれないけれど。

 目的の階層に上がると賑やかな声が聞こえてきた。

 ゲームの終盤では殆ど声が無かった静かな空間が今は多くの仲間達の憩いの場となっていた。

「……そういえば、BGMが無かったな……」

 音楽の設定もいちいち玉座に戻らないと確認が取れないのは難儀する。

「モモンガ様、お疲れ様です」

 通りを歩くメイド達が似たようなセリフで挨拶してくる。

 一般メイドがたくさん居るから仕方が無いが、一人ひとりに返答するのも大変だなと思った。

「モモンガさん。何だかお疲れのようですね」

 と、声をかけてきたのは口がたくさんある粘体スライム系の一つ『呟く者ジバリング・マウザー』という種族の『ベルリバー』だった。

 たくさん口があるけれど音声は一つだ。

「そう見えますか?」

「雰囲気で」

 感情エモーションアイコンが無いのによく分かるな、と少し驚く。

 声の調子や歩き方で察したのかもしれない。

 顔の表情で判断するのはほぼ無理だ。

 顔どころでは無い種族も居るし。

「ギルドを一人で背負っているっていう雰囲気が出てますよ」

「ギルドマスターですから」

 確かに一人で背負おうとしていることは認める。

 他のメンバーに任せることはまだ少し躊躇ためらいがある。

 ここ数年はほぼ一人で支えてきたのだから仕方が無い。

 一時はギルドランク九位まで昇り詰めた『アインズ・ウール・ゴウン』を底辺に落さないように勤めてきたのだから。

「……いや、もう過去の遺物でしたね。あまり拘っては皆さんに迷惑でしょう」

「運営から解放されたんなら気にする事は無くなったんじゃありませんか?」

「……ああ、そうですよね。運営はどうでもいいんでしたね。でも、染み付いたクセは無くせません」

 ユグドラシルというゲームは終わり、今は異世界だ。

 ギルドランクも今は関係が無い。

 あまり気にしすぎてはいけないと思うけれど。他のギルドが居るわけでもない。

 もちろん、敵対プレイヤーが居ないとも限らないし、未知の敵が現れるかもしれない。

「我々としてもモモンガさんが気苦労に苦しむ姿は見たく無いです。一緒に楽しみましょう。未知の世界とやらを」

「……頑張ります」

「それよりモモンガさんはゲーム時代はずっと苦労してたんですか? 苦痛を感じるようではゲームの意味が無い気がします」

「……俺にはコレユグドラシルしかなかったから……。皆の為にと……」

「ちょっとモモンガさん、こっちに来て下さい」

 と、ベルリバーはバーカウンタのある場所にモモンガを引っ張っていった。

 社会人のメンバーは飲酒が出来る。ただし、それはゲーム的な配慮で色々と微調整されたものだ。

 仮想空間の飲食は酩酊を演出することが出来るけれど、それは本物ではない。

 毒無効の場合はアイテムを外すのがマナーだ。

「モモンガさんが全員分を背負う必要は無いんです。今は皆が居るんですから。ギルドマスターはあくまで役職ではあるけれど、一人に責任を負わせたいとは誰も思ってませんよ。……数人は居るかもしれませんが」

 と言いながら茸人マイコニドのマスターが一杯のアルコールカクテルを出した。

 支払いなどの運営費の殆どはギルド資産から計上されるので自動的に会計が済む。

 金貨で支払う事も出来る。

「訳の分からない現象は誰だって混乱しますよ。ただ、種族的な特性で一瞬の内に平常心になっているだけです」

「……そ、そうですね」

 ギルドマスターであるモモンガはアンデッドモンスターの中では上位の存在。

 『死の支配者オーバーロード』という骸骨スケルトン系の魔法詠唱者マジック・キャスターだ。

 精神的な外圧は殆ど無効化してしまう。それなのに性格的な問題で色々とこんを詰めるような状態に陥っていた。

 一般的にゲーム参加者は独自のキャラ付けをおこない、喋り方に個性を付けたり、性格を自分で演出したりする。

 モモンガも敵に対して高圧的な態度になる事はあるけれど、普段はとても大人しい人だと多くのメンバーは知っていた。

 そんな優しい人だからこそ気にしやすいのかもしれないし、冴えない主人公を地で行く性格は損だなと思わないでもない。

 それなりに空気を読む人だからこそ今までギルドマスターとして務められたのかもしれない。

 モモンガは出されたカクテルをがぶ飲みする。当然、顎下から漏れ出る。

 そもそも舌は無いし、食道も内臓も無い骨だけの身体だ。

 味覚は当然、感じない。

「マスター。もう一杯」

「えっ? は、はい。畏まりました」

 酔う事は出来ないが酔うフリは出来る。

 それに対し、ベルリバーは黙っていた。

 ギルドマスターの愚痴を聞く事も大切な事だと思っているから。


 不平不満はあるけれど、自分の悩みは言葉に言い表せられないものだった。

 そのもどかしさを何とか言葉にするモモンガ。

「皆と一緒に冒険したいだけなのに変な人……、出てきて……。ううっ」

 今まで抑圧された感情が爆発したのか、素で泣きはじめた。

 もちろん、外見的には涙など出ないけれどアバターを通した人間のモモンガはきっと泣いているところだ。

 その人間の部分も今は別行動しているという。だから、今のアバターに中身は存在しない、はずだ。

 それでもそれが真実とは限らない。確認出来ないから。

 仮に真実だとすればどういう事態が引き起こされるのか。

 それは知りたくないけれど、ゲームのキャラとして生きていくしか無い。

 消える方法は全員が知ったわけだから、後は生きている間に何をするかだ。

「世界を知った後、地球に行ってみますか?」

 モモンガは勢いのまま言ってみた。

「……物凄い年月がかかるって聞きましたー」

「そうでしょうね。コールドスリープの機械が出来れば結構短縮できますよ」

 運行時間は短縮できない。出来るのは体感時間くらいだ。

 眠らずに暗い空間を眺め続けるのは無謀だ。それと長い航海で必要となる物資の問題も解決しなければならない。

「でも、モモンガさん。我々は別に人間に固執する必要は無いんじゃないですか? 暮らしやすい方を選べばいいわけですし。もちろん、家庭のある人は早めに死んでいただくとか……」

「……うう、そんなこと~、俺に決定できる訳が無いじゃないですか~!」

 酔っているのか、泣き上戸なのか分からないモモンガ。

 自分の気持ちを吐露しているようだけれど、えらい役回りを仰せつかったものだとベルリバーは苦笑する。

 口が多いけれど本体は一つしか無い。それが感覚的に分かるのは結構、すごい事だと思った。

「〈伝言メッセージ〉……ああ、ヘルプミー。俺一人では対処できませ~ん」

 ベルリバーは諦めた。

 モモンガの悩みは重すぎる。

 ここはみんなで分散する方がいい。

 酒を飲むたびに床を汚すので、一般メイド達がせっせと掃除に励んでいる。

 もちろん、モモンガの痴態については言及しないように命令された。

「へいマスター。私にも何かお寄越よー」

 と、新たに現れたのは宙に浮かぶ水母クラゲ型モンスターの『スーラータン』だった。

 身体の殆どが水分で出来ている彼にアルコールは結構危険物ではないのか。

 一定量を飲んだ後で火がついたら爆発するかもしれない、という光景がベルリバーの脳裏に浮かぶ。だが、運が悪い事に燃える鳥人間『死獣天朱雀』がやってきてしまった。

 何故、お前が来るんだよ、とベルリバーは恐怖を覚える。

 来てはいけない規則は無いけれど。

 彼の場合は度の高いアルコールは飲んでる側から発火する。

 確か十三回ほどこの店を燃やしたことが無かったかと、言いそうになった。

 巻き添えでタブラがあぶ烏賊イカになったこともあるし。

 愚痴を言う時は同士討ちフレンドリー・ファイアを解除するのが大人としてのマナーだ。

「モモンガさんが火葬場の死体のようだ」

 と、楽しそうに言うのは焼き鳥になりに来たとしか思えないペロロンチーノだった。

 ゲーム時代の死獣天朱雀の放火現象は珍しくなく、油や火炎瓶などのアイテムを飲むと発火する。その二次被害で辺りを焼いてしまう事がある。

 水の魔法を使える者を控えていないととても危険だ。そして、転移後の今は全くの未知数なので何が起きても不思議は無い。

 触れる分には燃やそうとする意志が無ければ燃えなかったりするので、その辺りは調査中だ。

 その後、続々とメンバーがやってくる。

「アバターと本体が分離されているっていうのは残酷な現実ですよね」

「モモンガさんは確かにギルドマスターとしての意志決定権があります。ですが、無理難題を突きつける気はありませんよ。本当に最後の最後くらいでもないかぎり」

「ほらほら、みんなで悩んで解決しましょう」

「……ありがとうございます……」

 消え入りそうな声を出すモモンガ。まさに縮こまった栗鼠リスのようだ。

 見た目は怖い骸骨なのに不思議と愛くるしい小動物に見えてしまう。

「ウルベルトさんはダンディーですねー」

「ふっ。地獄を見て来た男には生ぬるい話しに聞こえるだけだ」

「モモンガさんはそこまで強くないですからね。もちろん、中身のことですよ」

「なら、少し運動したらどうだい、モモンガさん。肉体的には何も変化しないけれど、精神の鍛錬として」

 と、白銀の騎士『たっち・みー』が言った。

 昆虫モンスターなのでアルコール類を飲めるのか気になるところだったが、特に問題は無いもよう。

 速さに重きを置く上位種とはいえ、日常生活に関してはどうなのか気になる。そして、それは他のメンバーにも言える事だった。

「ブルーさん、外の調査は終わりました?」

「終わる訳が無いだろう。とても広大なんだから」

 『人熊ワーベア』の自然派プレイヤー『ブルー・プラネット』は野菜ジュースを飲んでくつろいだ。

 外は既に日が傾き、夕暮れ時になっているという。

 ナザリック地下大墳墓の外は空気の綺麗な大草原が広がっていた。

 特に生物らしい影は無く、とても穏やかな風景だったという。

「るし★ふぁー君は地下にこもりっ放しかい?」

「第十階層に置いてあったモンスターの調査です。あれ、並大抵の存在ではないですね。アウラも赤表示だと言ってましたし」

 スフィンクス型モンスター『再生の獅子シェセプ・アンク』の『るし★ふぁー』も参加していた。

 メンバー全員がカウンターに並べはしないが店内は賑やかになってきた。

 下戸のメンバーも居るけれど。

「……NPCも連れてくるか? あいつらも飲食が出来るらしいから」

「アルベドは……確か飲酒は出来たはずです。実際にどうなるのか確認してみましょうか」

「もし、酒に弱いようなら諦めよう」

「年齢的にアウラ達も飲酒可能なんだよ……」

「あの子らは見た目通りに飲酒は控えてもらおう。何か夢を壊しそうだ」

「本人の意思に任せればいいじゃん。飲みたい奴は飲め」

「酒乱はお断りさせていただきますよ」

 と、象の姿の『音改ねあらた』が言った。

 資金運用では彼の功績はとても大きい。

 商人マーチャントのクラスを持つ『群集長ガネーシャ』は長い鼻を起用に動かす。

 植物モンスター『死の蔦ヴァイン・デス』の『ぷにっと萌え』は飲食できそうに無いが会合には参加していた。


 折角の会合となったのでNPCも参加させる事にした。

 ある意味では『モモンガを慰める会』とも言える。

 おそらく定期的にしないとモモンガが精神的に潰れそうな気配を多くのメンバーは感じた。

 白面金毛九尾ナイン・テイルズの『餡ころもっちもち』にアルベド達が連れて来られ、椅子に座らされた。

「外の警備はシモベに任せてきたので何かあればすぐ飛んで行きますよ」

 無礼講という事にしたが緊張しているNPC。

 本当に無礼講になるわけが無いとメンバーは思っているが、ある程度の言動は黙認する事にした。

 モモンガは彼らNPCが来た途端に姿勢を正す。

「皆様は明日から出て行かれるのですか?」

「現地調査は必要だけど……、出て行くわけじゃないよ」

「ここを拠点として広がっていく事はある」

「……いやまあ……、NPCを拠点に残して去った我々が言うのもどうかと思うけどね」

 一度は居なくなった自分達の創造主。また居なくなるのではないかと不安になっているのかもしれない。

 今は出て行くにしても当てが無いので拠点との往復作業にはなる。

 この世界ならばNPCを連れて歩くこともおそらく出来る気がする。

「異世界転移と言えば定番の『世界征服』だが……、やるの?」

「……モモンガさんの負担が大きくなるから、それは将来的な夢としておこう」

「まあ、順当だな」

 と、ウルベルトは酒を一口含んで納得する。

 あと、何気に店が燃え始めたので急いで消火するようにメイド達に命令した。

「……テメー、また店を燃やしやがって」

「燃える素材で作るから悪いんだ」

「あーあー、ぷにっとさんに火が……」

「あははは。いやいや、これは懐かしい」

「……店燃えてますけど……」

 と、アウラとマーレが心配そうな眼差しで見つめてきた。

 見れば分かるし、既に対処しているけれどNPCには初めて見る事なのか、とぶくぶく茶釜は疑問に思った。

 NPCをほぼ第六階層に置いたままにしていたから知らないのかもしれない。

「焼きイカのいい匂いがする」

「おい、るし★ふぁー。タブラ食べたら腰を抜かすぞ。ダメダメ、離れておけ」

「いやだな~。腐った死体なんか食べたら腹を壊すことくらい分かりますよ~」

「アルベドの羽根って燃えたりしないよな?」

「そうだな。少し離しておこう」

「弐式さん、風呂場から水を!」

「了解したでござる」

 賑やかな宴は外の世界が明るくなるまで続いた。

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