024 議論ばかりで前に進まない
四十一人の議論はワイワイガヤガヤと賑やかに
引退組みは今更ゲームをする気は無かったが異世界転移という事件に巻き込まれて人生設計が狂ったので少しは動揺している。
新たな冒険が出来ると思って喜ぶ者は十人にも満たない。
もちろん、異世界転移だからゲームと同じ進め方が通じる、と思っている者は少ない。
少ないのだがゲームのシステムが生きているので思考を混乱させている。
ユグドラシルの続編なのか、そうでないのかが曖昧な為だ。
「基本方針は外の冒険で世界の調査です」
「さすがにゲームの続編とはいかないでしょう。他のプレイヤーについて何も言及していなかったし」
「我々が存在しているならば居ないと断定は出来ない」
「ここで重要なのが同じ時間軸の転移なのか、というところです」
と、意見のある仲間が次々と言葉を発する。
荒唐無稽はゲームの中だけにしてほしいと思っている者は話しだけ聞いておく事にした。
信じるも信じないも自分の身体がアバターである事は否定できないので。
「十階層のモンスターを見るに、モンスターは存在するはずです。断定は実際に確認しなければなりませんが……」
単なる置物ではなく、生物として生きている、らしい。
そもそも他の階層に配置しているNPCやモンスターが実際に居るのだから否定することはそもそも出来はしない。
もちろん、ナザリックの中だけにしか居ない、ともいえるけれど。
「地球に戻りたい人はレベルダウンを受け入れるしか無いそうです。死んでみますか?」
「……そう言われると怖いな」
「最後の手段が集団自殺になりそうで怖いですけどね。本体が無事で今も生活しているのが真実なら、別に元の世界に戻らなくてもいいのではないかと。むしろ、意味の無い死のような気がします」
「……あー、そうなるのかー。面倒くせー」
「ゲームに飽きたメンバーも居るでしょう。外に敵対プレイヤーが居た場合は裏切り行為を働くかもしれません。その場合はモモンガさん、どうしますか? 定番の粛清とか?」
物騒な単語にギルドマスターはビクッと身体を跳ねさせ、続いて精神が安定化に導かれる。
確かにナザリックの情報を外部に持ち出されるのは面白くないし、モモンガ自身は折角みんなで集めたアイテムをむざむざ奪われるような事態は
さすがに粛清は考えていないけれど。
「粛清は望みませんが……。記憶を消して追放が妥当かと……」
「……消しきれるとは思いませんが……」
「……ですよねー」
「必要最低限のアイテムを持たせてもらって旅に出る形ならどうかな? いずれは敵としてあい
と、白銀の騎士である『たっち・みー』が発言し、黒山羊の姿の『ウルベルト・アレイン・オードル』も頷いた。
「敵対したくないなー」
「モモンガさんは優しいから。とはいえ、世界を知らずに追い出すのも可哀相だ。ある程度の情報が集まったら、残るか出て行くか決めればいい。そこは
モモンガとしては皆一緒がいい。だが、それはモモンガ個人のわがままだ。それは自分が一番分かっている。それを強引に相手に押し付ける事もできない、と。
ただ、全員がいきなり居なくなるのは勘弁してほしい、というのが本音だ。
「……現実の仕事に戻れないから、残る確率の方が高いか……」
「そうなんだけどね。アバターだし」
「……仕事と家庭に戻れない……」
一斉に唸る音が円卓の間にはっきりと響いた。
ほぼモモンガ以外は今後の人生設計の練り直しを要求された事になるので、前途多難の道を覚悟しなければならない。
◆ ● ◆
会議は数時間に及んだが満足のいく結論は出せなかった。
ただ、しばらく世界を知る事ことで色々と意見を練り直す事で一時解散することにした。
机上の空論を延々と続けるのは不毛だという植物人間の『ぷにっと萌え』の意見に反対する者は数人しか居なかった。
反対する者は今日明日の予定が決まっていた者達だ。
急いでレベルダウンしたところで、実際は無駄だという事に後々気づくのだが、緊急時はアバターであっても混乱するようだ。
モモンガは考える事が山積みとなったまま執務室に向かい、何度もため息をつく。
身体が骸骨なので呼吸を必要としないけれど人間の身体の生理現象はクセのように
必要が無い、というのはあくまでゲーム的な振る舞いなのだが、骸骨姿でも自分の肉体のように扱える自然さは驚くべき事だ。
机を軽く叩いてみる。
ゲーム時代は様々なオブジェクトに対してダメージを与える事ができるのだが、洞窟内や調度品の中には破壊不能の部類がある。
その場合はプレイヤーが殴った時『0』と表示される。
しかし、今は数字どころかメッセージに類するものは何も出て来ない。
ゲームが現実にシフトしたと死獣天朱雀は言っていたが、それが実際にどういう事なのか本人も分かっていない。
空論が現実になる。それは誰もが信じられないと思う事だ。
「……この先、どうしたらいいんだろうか」
新しいゲームとして楽しめるのか。
もちろん、メンバーには自分の生活がある。とても楽しめる状態ではない。
また一緒に遊べてラッキーですねー、と言える雰囲気では無い。
自分のわがままの為に他人を巻き込んだだけじゃないか、と。
ギルドマスターとしてメンバーに命令するのも気が引ける。
ここはある程度の自主性を重んじた方がいいと判断する。要らぬ混乱や
「……そういえば結局、ナーベラルの話しは出てこなかったな」
そう思い、戦闘メイドたちが休んでいる部屋に向かう。
執務室と同様に一般メイドと戦闘メイドは第九階層に自分達の部屋が与えられている。
モモンガが歩くだけで通りを歩く一般メイド達は一様にきちんとお辞儀してきた。
ゲーム時代は完全無視だったのに。えらい変わりようだ。
もちろん、特定の命令で話しかければ返答するシステムだったけれど。
こちらから何もしなくても色々と反応してくれるのはかえって恥ずかしいものだと思った。
まるで、本当に生きている人間のようだ。
一般メイド達は種族的には人間ではなく『
各メンバーの部屋の掃除などが主な任務、という設定が与えられているので全部で四十一人居る。
当然、モモンガ担当のメイドも居る。
ギルドマスターだからといって十人もお抱えが居たりはしない。
目的の部屋に向かうと入り口を守るように昆虫型のシモベが控えていた。
重厚な鎧のような外皮は斬撃を得意とするプレイヤーにとっては戦い難い相手だ。
この第九階層まで攻め込んで来たプレイヤーは最後まで居らず、過剰防衛かも、と思わないでもない。
かの赤い髪の女性の出現でも役に立たなかったし。
戦えるとも思えないけれど。
「中に入っていいんだよな?」
「ここはモモンガ様のナザリック地下大墳墓でございます。遠慮は無用かと」
と、重々しい男性的な声が聞こえてきた。
通ろうとすると武器を向けられるのではないかと想像していたが、ギルド所属というのは生きているようだ。
『
門番の昆虫を気にしつつナーベラル・ガンマの部屋に入る。
事前連絡はしていないし、女性の部屋だという事に気付いたが後の祭りだった。
とはいえ、NPCなので昆虫型のシモベのように遠慮は無用かもしれない。恥ずかしいけれど。相手もだが。
戦闘メイドの部屋は他の一般メイドの部屋と違い専用部屋なのでそれなりに広い。というか第九階層自体はかなり広い。
元々、第六階層までしかなかった『ナザリック地下大墳墓』をメンバーが総出で第十階層へと大改造した。
それぞれの拘りがふんだんに詰まった代物でモモンガも自慢の拠点と自負している。
ギルドマスターだからといって全ての所有権は自分ひとりだけと主張する気は無い。
自分の役割はみんなの意見をまとめたり、意思決定したり、仲良く遊ぶように導く事だ。決して独裁は望んでいない。
だいたい自分の実力はそれ程上ではない。
たっち・みーは特別だとしても自分より強いメンバーは何人も居る。
その程度の実力しか無い。
謀反を起こされれば呆気なく主導権を奪われる可能性がある。
ギルドマスターの権限の移譲は簡単ではないから結構手間取るけれど。
そんな事を考えつつ部屋の中に踏み込むと何人かのメイドの姿があった。
確か一般メイド以外に相部屋は無かったはずだ。
女性の部屋をいちいち調べたりしなかったので知らないだけかもしれないけれど。
「これはモモンガ様。ようこそいらっしゃいました」
黒髪を夜会巻きにした色白の素肌を持つレンズの入っていないメガネをかけた戦闘メイド『ユリ・アルファ』が挨拶してきた。
常に両腕に棘付きのガントレットを装備しているのだが、それは創造者の趣味や設定によるものだ。
足元を隠すほど長いスカート。首にはチョーカーが巻かれている。
種族は『
デフォルトのモンスターにプレイヤーがデザインした外装を与えられるのが『ユグドラシル』の人気の一つとなっている。
メンバーの中にもデザイナーや漫画家。声優も居たりする。
クリエイティブに溢れたゲームだからこそ多少の不満はもみ消せる。いや、そういうところも人気作となった
良くも悪くも楽しいゲームだった。
「何故、お前たちがここに居る?」
「ナーベラルのお世話を申し付けられておりましたので……」
ギルドマスターしか命令が下せないわけではない。
それぞれのNPCには専用のギルドメンバーが居る。その命令は優先的に執行されるようだ。もちろん、承知していないモモンガが悪いのだから文句は言えない。
自分の創造者に逆らう設定でも無いかぎりNPC達は従順に従う存在なのだから。
「一旦、部屋の外に出ていろ。二人で少し話したいのだ」
「し、しかし……。いえ、分かりました。差し出がましい身分で申し訳ありません。ですが、何かあればすぐにお呼びくださいませ」
「分かった」
NPCに対する返事はこれが正しいのか、モモンガには分からない。だが、友達という訳ではないし、部下というものであればしっかりとした対応を取らなければ
ナザリックの
よくある自我を得たコンピュータの反乱などの影響ではあるけれど。それがNPCにも起こらないとは限らない。
メイド達が部屋から出て行ったのを確認してから寝室に向かう。
さすがに着替えの最中というベタな展開は起きないと思うけれど。
それにもまして女性の部屋に単身で乗り込むのはやはり恥ずかしい。一人くらい残せば良かったか。とは思ったが相手は異形種だ。人間の女性では無い。
しかもNPC。
それでも恥ずかしさを覚えるのは何故なのか。
人間の女性プレイヤーでも無いのに。
色んな事がありすぎて混乱しているのかもしれない。
「………」
寝ているかもしれないので静かに部屋の中に入る。
今から女性を襲う性犯罪者のような気がした。だが、今はやましい事は脳裏から懸命に追い出しておく。
いくら『
中身はおそらくフィルタリングでモザイク処理されているかもしれないけれど、それなりの姿の筈だ。
本性は本当にモンスターの姿なのだが、普段は人間としての姿に固定しているから他の戦闘メイドもはた目からは人間と遜色ない。
全身を蟲で覆っている『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』は特別だとしても。
まず最初に大きなシングルベッドが見えた。
戦闘メイドは一般メイドよりも優遇された存在、という設定だが、こんな状態とは思っていなかった。
部屋の奥に進むと静かに眠っている『ナーベラル・ガンマ』の顔が見えてきた。
身奇麗にされたのか、古臭さは感じない。
武装メイドとはいえ防具を外せないわけはない。
分厚い外皮を持つ昆虫型モンスターならいざ知らず、NPCもプレイヤーと同じく武具の付け替えが出来る。
今のナーベラルは下着姿だと予測しているが確かめる度胸はモモンガには無いがペロロンチーノにはあると思う。あと、るし★ふぁーも多少は確認しそうだ。
両目が何故か義眼だったようだが、本人が治癒を拒んでいるので仕方なくそのままにしている。
本性の
だから、視力が衰えるような事は無いはずだ。
耳も人間的なものは無く穴だけだったはずだ。
ベッドの側に置いてある椅子に座るモモンガ。
他の戦闘メイドと違うようだが、どう違うのかもちろん分からない。
寝ている姿は病床に伏している美人さんだ。
しばらく眺めていると呼吸している証拠として掛布団が少し動いているのが確認出来た。
ゲーム時代では殆ど細かいところは見ていなかったがリアルに再現されているところはとてもゲームとは思えない。
自分の中では『ここは現実世界だ』と『ゲームの延長だ』という意見が混ざっている。
どちらか一方に思考を傾けたいのだが、魔法やアイテムが存在するので混乱している。
ナザリック地下大墳墓が現実に存在しているし、外の世界の事も知らなければならない。
「……誰か……居るの?」
目蓋を閉じたままナーベラルが喋った。
「んっ? 起こしてしまったか」
「あ、アインズ……様……」
「俺はモモンガだ。それよりそのまま寝ているといい」
起きようとしたナーベラルをベッドに押さえ込む。その時に胸に触れてしまい、つい柔らかい、と思ってしまった。
「存じております……。申し訳ありません。このような姿で……」
「それはいいから。……しかし、そのアインズというのは俺が名乗ったのか?」
「……はい。この地に……、
「……新たな『ち』? 大地とか世界のことか?」
「はい。ナザリック地下大墳墓がどういう理由かは不明ですが、丸ごと転移に巻き込まれた、と聞き及んでおります……」
つまり今の状況と全く同じ事があった、と。
それは何なんだ、と疑問に思う。
転移はつい先日の事だ。それが何故、数万年前の出来事にされているのか。
そもそもナーベラルだけ物凄い過去に飛ばされた、とか。
小卒の頭では難しい事は分からない。
ゲームなら詳しいと自負しているのに、ちくしょー、と思った。
詳しい人を呼んだ方が話しが
通常の異形種は一系統にしか進化出来ない。
ペナルティを受け入れることで『変身』出来るようにする方法があったり、『呪い』によってボス化が出来たりする。
人間種が異形種になる事は出来るけれど『人化』は仕様によって出来ない。
「難しい話しは苦手で。よろしくお願いします」
「うむ。
身体から発せられている炎は通常は触ってもダメージを受けたり、何かを勝手に燃やしたりはしない仕様になっている。もちろん、それはゲームでの話しだ。
ただ、攻撃を受けると反撃ダメージを与える事はある。
「……死獣天朱雀……様……。挨拶も出来ないこの身を……お許しください」
今のナーベラルは自分で起き上がる事が出来ないほどに衰弱している。それでも無理を通そうとするのは戦闘メイドとしての矜持なのか。
衰弱というよりはNPCとしての活動限界に達している、のかもしれない。
「我々の世界ではアインズ様を除く他の『至高の四十一人』は姿を隠され、アインズ様お一人でナザリック地下大墳墓を維持し、安定に導いて下さいました」
「……平行世界ではそうなっているんだな。まあ、通常であればおかしな事は無いな」
それくらいは想定内だ。
問題はナーベラルは唯一の存在なのか、という点だ。
元々居たナーベラルの姿が何処にも無い。入れ替わってもう一つの世界にでも飛ばされたのか。
「我等は冒険を繰り返し、国を作りました。それが『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』でございます」
「……えらく長い名前の国名だな……」
「……仲間達に伝える意味でなら……、そう名乗ってもおかしくないと思います」
輝かしいギルド名だから。それはモモンガとて否定しない事だ。
むしろ、かっこいい名前だと思った。
「国王となられたアインズ様は強硬な手段をお嫌い、様々な国と国交を結ばれたり……、属国として取り込んだり致しました。我等の戦力があれば半年で世界を手中に収められるというのに……。お優しいアインズ様は決して事を荒げませんでした」
「……向こうの君はとても理性的なようだ。こちらのモモンガ君とそう変わらない気がするけれど……」
「……いや、まあ……、トラブルを回避するためなら慎重になりますよ」
「だろうね。だからとても時間がかかった」
「……独裁者になりたいわけじゃないので」
何だか向こうの世界の統治者の気分になってしまった。もちろん、今の言葉は自分の素直な気持ちだ。
ギルドマスターだけれど、上から命令を下す高圧的な人間にはなりたくない、と。
「誰もそんな事は言っていないよ。優しい性格は平行世界でも健在だと分かって安心した」
年長者である死獣天朱雀にほめられるとこそばゆくなる。
肉体があれば間違いなく、恥ずかしさの為に顔が真っ赤になっている。
「永きに渡る時を経て、世界を統一した魔導国は……。アインズ様の故郷への帰還計画が持ち上がりました」
「……世界征服したら次は……、そうなるな」
「世界を征服しちゃったの?」
「しちゃったんだろう。さすがに皆殺しは無いと思うけど……。国民が居ないと色々と困るから」
と、見えないのに色々と納得する死獣天朱雀。彼の頭の中では様々な事がシミュレートされているのかもしれない。
「地球への帰還は……。それはもう永い年月を要しました……。それから先は……、覚えておりませんが……。おそらく肉体時間を停止されられていたはずです。……かの星、地球は汚い星でした」
「あら、着いちゃったんだ。それは凄い」
「ええっ!? ど、どど、どうやって!? ファンタジーの世界ですよね?」
「途方も無い年月をかけたんだろう。不死性のモンスターが頑張れば出来なくはないし、誰も挑戦してこなかっただけだ」
「そういう問題ですか? なんかおかしくありません?」
と、先ほどから慌てているモモンガ。
物事がよく見えている死獣天朱雀の方が大人物に見えるほどだ。
「それから長い年月を経て……。気がついた時はこの世界に居ました。いつどうやって来たのかは……。全く思い出せません。それ以前に肉体崩壊現象を起こし始めた私が今も無事なのも……、不可解です」
「なるほどね。君は最後の時を過ごしている時に転移現象に巻き込まれたんだろう。という事はこちらに元々居たナーベラルが君達の世界に行ってしまった可能性があるね」
「……申し訳ありません……。私には次元を渡るすべは……」
「無理に喋らせて悪いな、ナーベラル。君が望めばここに居させてやってもいい。君の経験は我々にとっては大事な情報源となるのだが……」
遥か未来まで進んだNPCの情報には興味がある。
同じ時間軸の転移とは違うみたいだけれど、似たような立場から一方は凄い事になっている事には素直に驚いた。
多重世界があるならば様々な時間軸の平行世界もあるのかも、と。
二つのギルドチームがあり、一方は今から千年前の世界。一方は千年後の世界へ、それぞれ転移する事も無いとは言い切れない。
ナーベラルは遥か過去の自分たちかもしれない。
「ところで……。『しこうの四十一人』とは?」
「我々の創造主の方々でございます」
それだけで何となくは理解出来たが、呼び方が恥ずかしい。
確かにNPC側からすれば自分達は正しく創造主。または神そのものだ。
そういう意識があるならばご大層な呼び方があっても不思議ではない。
「他の世界では我々は神か……。まあ、引退組みが居るから神と崇める事もありえなくはないな」
居なくなった創造主に思いを馳せるNPC。
無責任に置いていった為に起こる神話の世界。
自我を得たからこそ発生する信仰ともいえる。
「モモンガ君だけが残った世界では我々は待っても来ない邪神だろうか」
「……至高の御方を悪く言う者など誰一人としておりません……」
「……モモンガ君。君は罪作りな存在になっているのかもしれないな」
「……えっ!?」
「一人だけ残ったナザリックとNPC達で楽園を築くんだから。きっと誰も来ないまま延々と待ち続ける事態になったんだろう」
ゲーム終了時に一人だけ残されたギルドマスターの末路。
先の事は分からなくとも寂しさに支配される事はモモンガとて想像できる。しかし、歴史までは想像できない。
「モモンガ君。このナザリックを君は捨てられるか?」
「そ、そんなこと出来る訳が無い。みんなで苦労して手に入れたアイテムやNPC達が居るんですから」
「そうだろうね。その未練を捨てられないモモンガ君はアインズと名乗り、世界に君臨するわけか……。それはきっと独裁的な臭いがしそうだ」
性格的な問題から無闇に弱者はいたぶらないかもしれない。けれどもナザリックに侵入するものには容赦しない筈だ。その辺りで国とトラブルを起こしそうだ。
もし、自分が管理者だとしても撃退はすると思うけれど。
「モモンガ君。大人しく冒険者になるか、世界を支配するその名の通りの支配者になるか、どちらを選ぶ?」
「急に言われても……。今の段階では現地調査を主体としたいので冒険者ですね」
「……自分たちが強者だと分かったら国に攻め込むかもしれないが、それでも冒険者でいられるかな? 未来の話しだけれど……。国との関わりは考えておいた方がいいと思うよ」
この世界には国があるらしい。同じかは分からないが、そんな予感がする。
現行のナザリックで宇宙開発はおそらく不可能に近い。
いくら死獣天朱雀でも下準備に恐ろしく時間がかかる事は容易に想像がつく。
ナーベラルの世界ではそれを可能としたのだから自分達にも出来るはずだ。
「ギルドマスターの命令次第ではこの世界を火の海にする事も容易いだろう。我々は異形種だから争いに巻き込まれる確率が高くなる。それは自明の理だ。現時点でモモンガ君としては知的生命体が居た場合はどうする?}
難しい話しはあまり理解出来ないが、ゲームと同じような対応をする筈だ。
まずは第一村人などに話しかけるところから。
いきなり攻撃して死体を検分するところから、でもありかもしれないけれど。
「現地調査を優先します。それから考えます」
「……なるほど。まあ、一つ一つ議論して進める事も悪くは無い。もし、困った事があれば一人で悩まないで下さいよ。特にモモンガ君は冴えない主人公みたいな人なんですから。自分に責任があるとか一人で悩みそうだし」
図星を突かれてモモンガは
メンバーをまとめて見知らぬ土地に送り込んでしまった事に罪悪感を覚えていたのは事実だ。
相談せずに悩むのは悪手なのかもしれない。
ギルドマスターとしての責任もあるし、と思う事が駄目なんだろう。
自分でも分かっている欠点ではあるけれど、これは中々直せるものではない。
「気分転換に最初の村や町はモモンガ君自身に調査してもらいたいです。ギルドマスターとして責任を感じているとか言うつもりなら」
少し圧力をかけないとウジウジしたまま動きそうにないのが『冴えない主人公』の悪いところだ。だからこそ、それを逆手に取る。
色々と言い訳を言う筈なので仲間と連携してナザリックから追い出す事も検討しなければならない。
もちろん、追放ではなく、社交的になってほしいという願望からだ。
それはそれとしてナーベラルの処遇も考えなければならないけれど。
◆ ● ◆
ナーベラルは途方も無い時を過ごしてきた筈なので説得は少し骨が折れそうだと死獣天朱雀は判断していた。
逃げ出すほどの力は無いようだし、理由も無い筈だ。監視のシモベは配置しておくが、しばらくは様子見で充分だと判断しておく。
転移後にいきなり問題行動を起こすとも思えないし、そもそも転移する事が前提だとして、それを知りえる事は本当に可能なのか。
不可解な点は残るけれど、今は外の世界を優先しなければならない。
もちろん死獣天朱雀はすぐさま仲間に連絡を入れて行動を開始する。
モモンガは第十階層に移動し、玉座の間にある『諸王の玉座』に座る。
ここからの眺めは割りと落ち着く。
メンバーが上の階に移動しているので寂しい風景だが、皆と一緒に行動できるのは嬉しい事だと思う。もちろん、元の世界に戻る算段を見つけなければいずれは
そんなことを考えていると隣りに美女が立っている事を思い出す。
常に控えているNPCのアルベドだった。
自我が芽生えてから放置気味だったが、ゲーム開始というか創造されてからずっと同じ場所に立っていたのではないか。
創造者のタブラは確かアルベドの部屋を用意していないと言っていた気がする。
一応、確認を取ると作っていないと返答された。
「………」
何か気まずい。
ただ立っていろ、と命令はしていないけれど
というか、近くに巨大モンスターがまだ置かれたままなのも問題だ。いずれいきなり動いてアルベドと戦闘に入る事態になってしまう。または一方的に切り刻まれるか、だ。
折角自我を持ったのだから専用の部屋は必要だと思う。しかし、メンバーの部屋は全て埋まっている。何所かに空きスペースがあっただろうかと思案する。
「……あ、アルベドよ」
「はい、モモンガ様」
見目麗しい頭部に角が生えた美女は透き通る音色で返事をした。
変身する事で戦闘力を格段に上げる能力を持っている、事は創造者から聞いているので承知している。
美しい外見はもちろんプレイヤーがデザインして与えたものだ。
亜人種と同様にデフォルトで美しいモンスターはそれほど居ない。それはやましいゲームではない『ユグドラシル』ならではのものかもしれない。
「お前はずっとここに居るのか?」
「はい。この玉座の側で待機するのが私の仕事でございます」
通常は滅多に喋らないNPCだが、甘ったるい声はもちろん声優が当てている筈だ。
ゲーム会社がどれだけの声優を起用したのかは知らないが、独自のセリフは本来、仕様に無いはずだ。
当てていない単語を補正や修正で再現出来たりするものなのか。
もっとも分かり易い方法が卑猥な言葉でも喋るのか、だ。
自分の知る他のゲームでは絶対に喋れない。それは一種の『お約束』だ。
もちろん、会話の繋がりで偶然の一致もありえるけれど。
「………」
変態的な考えが過ぎるのは自分もエロゲーが大好きだからなのだが。
美女にそんな事を言わせようと考える自分に自己嫌悪する。
他に何か言いようが無いものか。
「……ああ、声をかけて黙ってしまって悪いな」
「いいえ、お気になさらずに」
手に持つ黒い物体は
剣の柄に黒い球体が少し浮いた形を持つアイテムは主に無機物の破壊に特化している。
形状変化の武器。
だが、
それを破るのはゲームが終わるから記念に持たせようとしたメンバーの配慮かもしれない。
現在は続き状態だが。
このまま持たせようか、それとも保管を命じるべきか。
命じれば独裁者っぽくなりそうだし、秩序という意味ではちゃんとすべきだと思うのだが。
モモンガは難しい選択を選ぶはめになった。
保留にしたい。何でも後回しにしたい。
背中を押されると文句を言う。
駄目主人公じゃん、と自己嫌悪。
冴えない主人公のように。
決断力の無さが自分の弱点だと思う。
「モモンガ様。よろしいでしょうか?」
と、アルベドが声をかけてきた。
NPCから声をかけてくる事はイベントでも無い限りありえない事だ。だから、少し驚いた。
今はNPC達も自主的に喋る存在なので早く慣れる必要がある。声をかけてはいけない風潮になってしまうかもしれないので。
「んっ? なんだ、言ってみろ」
偉そうな口調だが、これは色々と考えておく必要があるなと思った。
「はい。コンソールが出せないという事でしたが……」
と、言いながらアルベドは手を横に凪ぐように振った。すると半透明のウインドウが現れる。
「んっ!? 今のは……」
「これはNPCの管理データでございます」
それはもちろん知っている。
何故、ウインドウが出せた、というのが言葉に出なかった。
あまりにも驚いてしまったので。
「このデータはここでしか出せないようです。ですので、皆様の『ステータスウインドウ』というのも特定の位置でしか出す事が出来ないのではないかと……」
「特定の位置……。特定……」
ゲーム時代はそんな事はイベント関連以外にはありえない仕様だ。特にステータスは何処でも出せて当たり前だったし、常駐していて当然のものだった。
だが、確かにアルベドの言葉も否定は出来ない。
「何か目印になるものでもあるのか?」
「私の場合はこの定位置だからこそ、と思った次第でございます」
会話が普通に成り立つのも凄いと思うのだが、とにかく目印は無い、と理解しておく。
特徴的な定位置と言えば
「……マスター・ソース・オープン」
ゲーム時代を思い出して身振りを交えて魔法を唱えるように言うと半透明のウインドウが現れた。
「おおっ!」
マスター・ソースはギルドマスター専用の管理画面だ。
ナザリック地下大墳墓の細かいデータが色々と載っている。だが、大事な『ログアウト』のボタンは無かった。
それから色々と項目を探っていくと各メンバーのステータスやアイテム。ギルドの資産にトラップのオンオフ。魔法が使用されているか、
もちろん、無くなっている項目もある。
『フレンド』という項目だ。
これが無いせいで『
範囲魔法やスキルが味方にも影響してしまう。
特に
どんな魔法も第十位階並みに強力で手加減ができないし、MPの消費も激しいので燃費が悪い。
「……NPCの蘇生はここからでも出来るようだな」
アンデッドモンスターを蘇生させる魔法というのは限定されている。だが、コンソールからなら比較的、簡単に
もちろん、NPCに限るけれど。
後はギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持ってきて他にも色々と出来ないか模索する必要がある。
ギルド武器を持つ事によって出来る『
一番分かり易いのがNPCのフレーバーテキストの改竄だ。
本来なら有料の専用ツールで
転移後の世界でも同様の事が出来るかはまだ分からないけれど。
ツールアイテムではないから、アルベドの顔を改竄する事はおそらく無理だ。
もし可能だとするとそれはそれで恐ろしい。それだけは絶対にやっちゃ駄目だと自分の心が絶叫している。
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