023 超位魔法も通じない

 次に目覚めた時は居眠りしたような感覚なのは分かった。

 ゆっくりと身体を起こすと赤い色が見えた。

「よう、骸骨君。起きたか」

 聞きなれた女性の声。

 つい今し方話していた相手だ。忘れるわけが無い。だが、何故か異常に身体が重く感じられる。

 一応、身なりを確認するが立派な白骨死体だった。

「面倒な手続きは強引に終わらせるに限る。……君のような面倒臭い人種の相手はあたしにとっては苦手だが……」

 いつ眠ったのか分からない。

 そもそもゲームのアバターの設定では睡眠不要のはず。外敵からの干渉を受け難いのがアンデッドという種族だ。

 ゲームの終了と共に種族の特性が無くなったのか。

「あたしの個人情報は教えられないのだが……。まず、君らが持っているアイテム類は奪わない。というか、要らないし、興味は無い。君らに恨みがあるのか、という点は『無い』と答える。特に罰則とか制裁とかする気は無い」

「……はあ、そうですか。いや、それよりも貴女は何なんですか? プレイヤー?」

「ゲームの事を言っているなら『いな』だ。だから、お前らの魔法やアイテムの効果は私には一切通じない。試しに即死魔法とやらをやってみろ」

 モモンガは手を女性に向ける。

 第九位階の即死魔法『心臓掌握グラスプ・ハート』は確かに即死系だが抵抗されると朦朧状態になる。絶対の魔法ではない。

 もちろん、弱い奴は簡単に死ぬけれど。

 擬似的な心臓がモモンガの手に現れるが、それは相手には見えないもの。そして、それを握りつぶすことで効果を現す。

 だが、心臓は現れない。つまり効果が現れないという事だ。

 かなりの上位者でも無いかぎり、この魔法は抵抗されたりはしない。特に現在自分が身にまとっている装備品で即死効果や確率などを上昇させている。それでも無理というのは並大抵の事ではない。

 相手がアンデッドの場合はもちろん意味を成さないけれど、どう見ても生者だ。

「〈龍雷ドラゴン・ライトニング〉」

 白い稲光が東洋の龍のような形を取って敵に襲い掛かる。

「フッ」

 女性が息を吹きかけただけで第五位階の雷魔法は霧散した。

 今のはさすがにふざけるな、と声が出そうになるほどモモンガは驚いた。

「い、今のは……何だ? 息を吹きかけるだけで魔法をキャンセル? なら、〈黒き豊穣の貢イア・シュブニグラス〉」

 室内で使うには大損害をこうむる超位魔法だが、この際仕方が無い。あと、発動まで時間がかかるけれど、それも我慢する。

 女性は逃げるでもなく、黙って魔法を眺めていた。正確には魔方陣だが。

 超位魔法を発動する時に半球状のドーム型として出現する魔方陣はとても大きく、見る者を魅了する。

 所々の小さな魔法円がクルクルと回ったり、細かな演出がおこなわれているが他の超位魔法と内容は一緒だ。

 一度発動した後、攻撃を受ければ即座に解呪されるし、自分で途中で止める事も出来る。そのあたりは魔法詠唱者マジック・キャスターにとって色々とメリットはある。ただ、詠唱時間を意図的に早めるには課金アイテムが必要だ。

 通常の魔法は専用スキルで早められるが超位魔法は普通の魔法とは性質が違う。

 一日に最高で四回まで行使できると決められているし、使うたびに発動までの時間が増えるので乱発が出来ない。

 他にも制限はあるけれど。

 そして、そうこうしている内に魔法が発動される。

 最初に黒い風が標的に襲い掛かる。ただし、その風は発動者にしか見えないものだ。

 風が通る道に居る敵を即座に即死させ、倒した敵のレベルの総数によって特殊召喚をおこなう。

 その最初の黒い風は女性に当たる側から掻き消えていった。

 何の効果も出ていない証拠として、平然としている女性の顔に変化は無い。

 その後、しばらくモモンガは呆然としていたが特殊召喚は起きなかった。

 本来なら黒い玉のようなものが天井附近に現れるはずだ。この部屋はそれなりに広く、天井も高い。

 それでも更に上の第八階層に控えているシモベに連絡を取ると、何も起きていないと返答があった。

 つまり、魔法が失敗した、ということになる。


 ユグドラシルでもかなりの人気のある魔法を無効化する敵。そんなものは例えギルド最強の男と呼ばれる『たっち・みー』でも対処無しには成し得ない。

 それをいとも容易く成し遂げる赤い髪の女性。

 これが上位プレイヤーの実力なのか。それとも何らかの課金アイテムや未知の世界級ワールドアイテムの作用なのか。

「……もしかして今ので終わりか?」

「……そのようです」

「なら、気は済んだか? まだ何かしたいなら遠慮するな。確認作業はとても大事だ」

 魔法が無理ならアイテムでも無理だと思う。

 唸るモモンガは必死に考えた。

 常識の通じない相手には自分も非常識さが必要だ。それはペロロンチーノの言葉だったか。

 一見、凄い事のように聞こえるから困ったものだ。

 だからこそ、次の一手は紳士の自分としては取りたくない方法だったが仕方が無い。相手が悪いのだから。

 白い骨そのものの手は赤い髪の女性の胸を力強く掴んだ。

 この際、風営法や電脳法に引っかかってもいい。むしろ、その方が連絡手段が出来て都合がいい。

「……おお」

 手に胸の感触が伝わってくる。とても柔らかい。

 何度か揉みしだくが相手は平然としている。いや、ゴミクズを見るような覚めた目線かもしれない。

 それよりもアバターとはいえ、嫌に生々しい感触が手に伝わる。

「服の上からでいいのか? そんなことをしても運営とやらは連絡など寄越さないぞ」

「……はっ?」

 と、言いながらギュッと強く握り詰めてしまって、つい手を離してしまった。

 中々度胸が足りない自分に情けなさを感じてしまう。

「この世界は。存分に冒険を楽しめ。それくらいの権利は骸骨君にはあると

 全く話しが見えない。

 それともで色々と話しが通っている、という事なのか。

「期間は無限に用意は出来ないが……。好きなだけ遊ぶといい」

「……なんですか、その理屈は!」

 モモンガは激高する。

 訳の分からない事が多すぎる、と。

 こっちは外の景色やログアウト出来ないだけでいっぱいいっぱいだというのに。

 何でも知っている風の人間の言葉をすんなり信用する精神的余裕も無い。

 何なんだいったい、と。

 激高しても強制的に沈静化する精神が今はとても恨めしい。

「仕事があるんですよ。皆だって家庭が……」

「ここに居るやつらはゲームのデータだ。本体は本体で生活を送っている」

 その理屈だと何の問題も無い。けれども自分の気持ちとしては納得できない気がする。

 何より確認が出来ないのが問題だ。

 何にでも気になる性格かもしれないけれど、今の状況はとても気持ち悪い。

「確認したければ地球まで行くんだな。本体と分かれた今のお前たちと元々の自分の邂逅というのは滑稽だぞ」

「うるさい!」

「……そうそう。現実に戻りたければレベルダウンして1以下の時に死ねばいい。その時に出るを選べば記憶と引き換えに戻れるぞ。後は好きに過ごせばいい。あたしは別にお前たちを閉じ込める気は無いが……。帰す気も無い」

 女性が指を鳴らす。それだけで後方に吹き飛ばされるモモンガ。

「世界や次元の混乱はその存在と引き換えにあがなわなければならない。もちろん、お前らは自分は悪くないと言うだろうし、あたしも全くその通りだと思っている。だが、その理屈が通じないのがの理屈というものだ」

 両手を広げて『やれやれ』という風に呆れた様な仕草を取る赤い髪の女性。

「今回は仲間を用意してやった。何の気兼ねも憂いも無く冒険が出来る筈だ。この世界の覇者となろうが地球に行こうが構わないが……。禍根かこんは残すな。それが世界を穢す者達を生む原因となる。そうでないとあたしが仕事をしなければならん。合わせ鏡を一直線に叩き割る仕事は意外と面倒臭い」

 話しが全く理解出来ないモモンガは仲間に連絡を取る。ノイズによる妨害は無かった。

 この手の話しは仲間に任せた方が良い。とてもじゃないが相手に出来ない。


 ◆ ● ◆


 一般的に仲間を呼ぶところで謎の存在とやらは消えるものだが、赤い髪の女性はちゃんと現場に残り頭脳派の仲間たちに説明を始めた。

 それぞれ驚いていたが、もちろんモモンガは話しの殆どが理解出来なかった。

 荒唐無稽すぎる。

 証拠が無い。仮にあっても信じない可能性が高いけれど。

 それほどバカげた内容なのは理解した。

「全てを否定する事はできないし、全てを肯定する事も出来ない」

「レベルダウンには抵抗がありますが……。その手もありますね」

「最後に誰かが残ると困るのでは?」

 白熱した議論がモモンガの目の前で繰り広げられる。

 その間にいくつかの報告がモモンガの脳裏に届く。

 それらに生返事して怒られる事が多かったけれど、目の前の事に比べれば耐えられる程度だった。

「世界は自分で調べろ、と?」

「急に制限を設けては冒険する意味が無いだろう? 禍根を残さない方法は各々おのおので考えろ。後始末くらいはしてやる。綺麗に世界ごと、な」

 世界というか宇宙ごとだが、と小声で呟く謎の女性。

 特定の空間に穴を開ければ塞ごうと収縮し、自壊していく。

「時間の流れに疑問があります。そもそも貴女はどういう時間に存在しているんですか?」

「秘密だ」

「あー、詳しく聞きたいなー。なんか凄い法則とか概念とか持ってそう」

 人類が観測できない宇宙の秘密。その一端を持っているような存在だ。

 論文にまとめれば何がしかの賞がもらえるかもしれない。もちろん、証明する機材などが必要だけれど。

 異世界専用の素粒子とか謎になっている異世界転移のの理論分析とか。

 空想科学を現実に落とし込めれば、それはそれで凄い事だ。

「魔法やアイテムが何故、使用できるのか。色々と聞きたいです、お姉さん」

「そういえば、そうだった。忘れていた。お前らアバターがゲームのシステムを使える理由な」

 そんなものは知らない。

 そうバッサリと答える女性。

「そこは知らない方がいいぞ。原理を解析すれば無気力になる、かもしれない。そう悲観したものでもないけれどな。冒険をしていていずれは気づくだろうし。この世界の仕組みとか本当の姿とか」

 少なくとも『ユグドラシル2』という新しいゲームではないし、そもそもゲームの世界でも無い、と告げられた。

 がっかりしたり、新しい興味を持ったり、メンバーはそれぞれ興味津々の様子だった。

 ゲームの世界では無いのにゲームシステムが通じる理由。それは冒険の中で解明しろ、と言われた。

「あとサプライズゲストとやらも色々と用意されている。あたしはそろそろ引き下がるよ。後は好きなだけ冒険するといい」

 言うだけ言って席を立つ女性。

「さて、みんなに愛されている主人公の骸骨君」

 赤い髪の女性はモモンガに顔を向ける。その瞳もまた熱い情熱を秘めた赤。

 傲岸不遜。大胆不敵。そんな言葉が似合う彼女は圧倒的な存在感で君臨する女帝。

 竹を割った性格のようにも思われる端的な言動は理屈っぽい人種には理解しかねる部分はあるのだが、きっと正直な人なんだ、と。

 分からない事は分からないとはっきり言える人間はなかなか大人では居ない。

「タイトルにある『オー●ー●ー●』の説明くらいはしておいてやろう」

「……そういうメタな事は別に……」

「前回は『オーバーカー括弧かっこ笑い括弧閉じ』だったらしいが今回は何だと思う?」

「知りませんよ、そんなこと」

 と、ぶっきらぼうに答えるモモンガに赤い髪の女性は指を鳴らして対応する。

 音が鳴った瞬間に壁に叩きつけられるモモンガ。

 レベル100で様々な攻撃に耐性を持つ神器級ゴッズで固めた装備にもかかわらず、平然と攻撃が通ってきた。

 つまりゲームのアイテムは彼女の前では何の役にも立たない、という事だ。それでは勝ち目が無いのも頷ける。

「数人掛かりで微調整した邪魔者無しの世界だ。存分に遊んでくれたまえ。冒険に際してあたしは協力はしないが見物はさせてもらう。仕事が終わって暇になったんで」

「微調整? 世界を、ですか?」

 と、死獣天朱雀は疑問に思った。

 世界と言ってもどの程度の世界なのか。

 星丸ごとはもちろん凄いのだが、そんな巨大な存在に干渉できる彼女は何なのか、という興味も湧いている。

「イレギュラーが好みなら考えてやらんでもない。……お前らが宇宙を滅ぼす程の存在になれるとは思えないが……。万が一という事態もある、かもしれない」

「我々だけで宇宙を滅ぼせるものですか?」

「程度によるな。かつて数千の世界は無限増殖の事故で圧死した。だから、警告アイテムを放り込んで様子を窺っている最中だが……、そちらはいずれ回収する。こちらの世界はまだ出だしだから何も起きていないように感じるだけだ。いずれ、お前らの選択が最悪に向かうかもしれない。それはそれであたしが終わらせるから安心して消滅しろ」

 とにかく、楽しく冒険をすればいい。

 それが悪のロールプレイを基本とするギルドだとしても。

 それと赤い髪のとして、直接的な手はくださない。

 それが彼女の言い分だった。


 冒険前のチュートリアルと思いきや、懇切丁寧なネタバレになっている気がしないでもない。それはそれで未知の世界への楽しみが減退するのだが、世界を潰すかもしれない選択肢が存在するとあっては赤い髪の破壊神とて放置できない事態となっている。

 アイテムと魔法の通じない相手赤髪の女性と敵対するのは分が悪い。

 魔法職ではそれなりに実力があるギルドマスターのモモンガが手も足も出ないのだから他のメンバーもきっと無理だ。

 ゲームの概念がそもそも通じない場合は尚更だ。

「基本的なシステムとやらは通常通りだ。というか、それは私の管轄では無いけれど……。とにかくだ。とにかく楽しめ。そして、そのまま消えてしまえ。何も残さずな」

 何も残さず、という部分はきっと元の世界である地球に何も持ち帰るな、という事だ。

 この世界で全てを消費しろ、と。

 勿体ない精神を持つ人間にとっては苦痛かもしれないし、物凄い選択肢かもしれない。だが、そうしなければならない理由があれば受け入れるしかない。

 事は宇宙の存亡をかけたものなら尚更だ。

 もちろん、それが正しい場合に限るけれど。

 荒唐無稽が続いたので神経が麻痺してきたような気がするけれど、きっと大事な事だと思う。

「……疑問があります、先生」

 と、腕らしきものを挙げるのは死体じみた色合いのタブラ・スマラグディナだった。

「なんだい、烏賊イカ君」

「転移したプレイヤーは我々だけなのか。先生は我々だけに協力的なのか、の二点です」

「他のプレイヤーについては自分の目で確認しろ。あたしは平等に扱う気はない。他にまともな主人公が居れば、そっちに行く事もあり得る。協力的かどうかは君達が判断したまえ。まあ、あたしと敵対するなら『魔女』でも連れてこないと駄目だがな。二次創作というのは様々な願望を集める上では適した素材だ。だから利用している」

「……二次創作……。その概念は適切なのですか?」

「無限の世界を構築する上では避けては通れない。それが『観測者』というものだろう? あたしは『破壊神』と呼ばれてはいるが……、それは仕事柄の愛称みたいなもんだ」

「……そうですね」

「破壊神なんですか?」

「はい。……はい、というか、まあ否定するのが面倒くさいだけだ。別にお前らを殺したくてたまらないって意味じゃないぞ。のんびり過ごしてもいいし、平和を謳歌してもいい。その辺りは強制しないが……。まあ、あまりあれこれ駄目だ、と言っては困るだろうから言わないでおく」

「……注意事項はちゃんと聞きたいです」

「じゃあ最後に一つだけ。無限増殖するようなモンスターはちゃんと片付けろ」

「はい」

「よろしい」

 質問すれば即答してくる。それはとても賢い女性という事では無いのか。

 通常であれば意味不明の難解な単語を言ってすぐに居なくなるパターンだ。それが今回は結構長く色々と教えてもらっている。

 一般的な異世界ファンタジーものならばありえない事態だ。

 本来ならば『時間が無い』、『いずれ話す』という内容でエンディングを迎えるものだ。

 その『いずれ』という時に聞くとしょうもない理由だったりするけれど。

 大抵は期待はずれであり、どうでも良くなっている頃だ。

 あれだけご大層な事を言っておいてラストバトルが呆気なく、理由の候補は大体が『~したいだけだった』とお約束のテンプレート。

 三文芝居もいい所だ、とそれぞれの脳裏に多くのファンタジーものの結末が浮かぶ。

「序盤の村に行って騒乱に出くわし、冒険者となって国の命運をかけた戦いと戦争という流れはつまんないだろう? それは今回は無しな? ありきたりなシチュエーションには飽き飽きだろうから、全く違うアプローチから始めろ」

「………」

「……今さらっと駆け出し冒険者が泣くような事を言いませんでした?」

「……つまりいきなり黒い仔山羊ダーク・ヤングと戦え、みたいな流れでしょうか?」

 それはそれで駆け出し冒険者にはきつい内容だ。いや、外に出たら即死するレベルだ。

 ラストバトルから始まる冒険って意味だとすると不安になってくる。

 それと壁際でずっと体育座りしたまま大人しいモモンガに気づいてはいたが、誰も声がかけられない。きっと何も言えなくて元気を無くしている筈だ。

「君たちだけに味方しているわけではないが……。秘密としておこう。……暇つぶしでは格好がつかないし」

「言葉に出てますよ」

「何の事だ? あたしは都合の良い事しか聞こえないし、覚えないからな」

 それはそれで最低な大人だな、とそれぞれ思いつつ苦笑する。

 とても正直な人で安心した。

 気持ちがいいぐらいはっきりとした性格なのかもしれない。言葉の感じからも悪い気はしなかった。

「ログアウトは考えずに死ね。君たちの本体とは別物だ。世界の強制力や最適化とかに怯える必要は無い。ただの一個の冒険者として過ごして消えろ」

 はっきりとしすぎて脅迫にも聞こえる言動だが、それはそれで覚悟を決めろ、と言われているような気がした。

 元の世界に戻れないし、元の世界に居る自分はちゃんと生活している、という事が真実ならば禍根は残らない、と思う。

 自分の本当の身体を気にせずに異世界を堪能できるという点で言えば素晴らしい事だ。だが、異世界より元の生活の方がいい、というメンバーはどうなるのか。

 その点はきっと『死ね』だ。

 嫌なら死んで消えろ。それが唯一の方法だ、という風に。


 ◆ ● ◆


 長話しもそろそろ終えなければ不安がぬぐえなくなるし、モモンガが引きこもったままでは何かと困ると思うから最後に質問を投げかけた。それは彼女が言いそびれていた事だが。

 この二次創作のタイトルの伏字の中身だ。

「神様からの贈り物。『オー』だ」

 伏字のまま解放されるネタ。それは不思議と嫌な気はしなかった。

 卑猥な言葉そのままだったらどうしようかと不安になったのは内緒だ。

「いっそ記憶を消すって選択肢もあったが……。ありきたり過ぎてつまらん。さあ、チュートリアルは終わりだ」

 という言葉の後で赤い髪の女性は掻き消えた。

 怒涛の展開。嵐の権化。

 しばらく言葉が出なかった。

「……なかなか豪快な人でしたね」

 たっぷり十分は黙っていたのではないかというほどだ。

 呼吸不要のメンバーも人間的に盛大に息を出すような仕草を思わずしてしまった。それくらいの圧力が身体にし掛かっていたのかもしれない。

「消えたと同時に記憶から消すってネタではないんだな」

 種族の特性のお陰か、復帰はとても早かった。

「案外、何かを忘れているのかもしれませんよ」

 色々と議論したいところだが、まずはギルドマスターを慰めるところから始める事にする。

 難しい展開が続いたせいか、すっかり元気を無くしてしまったモモンガ。

 身も蓋も無い相手は他のメンバーであっても苦戦する筈だ。

「あの人の事は忘れましょう。とにかく、ここは異世界確定で我々は元の世界……、というか身体には戻れないらしいですね」

「……皆さんは……平気なんですか?」

 と、力なく喋ったモモンガ。それだけで周りのメンバーは嬉しくなった。

 ギルドマスターが意気消沈していると今後の活動に不安を覚える。

「いきなり受け入れられるほど我々の神経は太くないですよ。それより立ってください」

「……はい」

「現地調査をして色々と決めて行きましょう」

「元の世界に戻る方法が見つからなかったら、いっそ地球に向けての冒険もありですよ」

「出来ないことは出来ない。悩んでも仕方がありません。出来る事をしましょう」

 その後、気苦労の多いギルドマスターの説得に数時間はかけただろうか。

 他のメンバーも呼び寄せたりして会議は続いた。


 ナザリック地下大墳墓の中はNPCノン・プレイヤー・キャラクターが自我を得て自主的に動き始めた以外は特に目立った異常は無かった。

 外に出たメンバーの意見では何処かの草原が現在位置となっているという。

「大墳墓ごとの転移らしいですね。拠点そのものの転移は城とか空中都市なら理解出来ますが……。地下施設というのは話しに聞かないですね」

「壁の融合とか。下水とかは?」

「調査中ですが……。風呂は使用可能です。水も普通に出ます」

「雰囲気から違うゲームとも思えない。だが、我々はゲームのキャラクターだ。その整合性に矛盾を感じる」

「補正というか最適化されているから平気、という線は?」

「あると思いますが……。荒唐無稽もはなはだしい。魔法もアイテムも使えるし、効力の変化は調査中ですが……」

 召喚魔法でちゃんとモンスターが出せることも確認した。その姿はゲームよりちょっとリアルになっているような気がする程度。

「第十階層にある巨大モンスターの処分はどうしましょうか。第六階層に移して保管しておきますか?」

「お願いします」

 フルメンバーが揃っているとギルドマスターは返事くらいしか出来なくなる。

 意思統一という観点からはゲーム時代と一緒で最終判断だけ決める仕事とも言える。

「ここが現実世界だとしてもスキルが普通に使えるのは凄いですよね」

「決して交わらないはずの概念が融合する。それはそれで新たな不安要素が発生しそうです」

 世界の強制力。または修正力の発生。

 意図しない変化を世界は許容しないのが通説だ。そして、それを修正する力は必ず発生するのがお約束のようなものだ。

「……それを修正したのがこの世界、ということか……。だからこそ何の気兼ねも無く冒険できるという意味ならば……。納得は出来ても確認しない事には始まらない」

 とはいえ、修正された部分の確認とは具体的にどうすればいいのか。と思ったが修正前自体知らないのでどうしようもないと気付く。

 観測できそうに無い事象が相手では大学教授とてお手上げだ。尚且つ、それはゲームや創作の話しが殆どなので荒唐無稽の分野は現実の分野で説明できるとも思えない。

 空想は科学に通じるから条件さえあれば不可能では無いかもしれないけれど、現実問題として、それをどう説明すればいいのか。

 人に判りやすく説明する事はとても難しい。

「NPC達の処遇はどうします? あと、ナーベラル」

「……自我が芽生えると思って作ったわけじゃないから……。けっこう恥ずかしいわ」

「俺のシャルティアの部屋……。凄い事になってた」

「『システム・アリアドネ』が機能していない。または起動しない可能性については?」

「運営から何の連絡も無い。おそらく切断状態だから、システムも起動しない気がする。とはいえ、試して起動すれば大損害だから保留だ」

 拠点防衛の時、難攻不落にする上でルールがある。

 入り口の閉鎖をしてはならない。

 一筆書きに攻略できるようにすること。扉の数はいくつまで、と細かいものがある。

 それらを破るとギルド資産が一気に目減りするペナルティが科せられる。

「電脳法や風営法が通じないのであればやりたい放題ですね」

 さっきモモンガは女性の胸を鷲掴みした。その時、何も警告音が鳴らなかったし、運営からの連絡も無い。

 さすがに即効通報される事態はありえないと思うが、何らかの目に見える警告は欲しかった。それがあるのと無いのとでは今後の活動に影響する。特にエロに目が無いメンバーが居るので。

 裸になっていた幻想少女アリスのようなフィルタリングとか。

 ユグドラシルには際どい姿のモンスターがいくつか存在する。それでもエロに関しては厳格だ。

 日本のメーカーが作ったからともいえるけれど。

 海外勢であれば抜け道のようなソフトの使用はざらにあるらしく、裸には比較的寛容だと思われる。

 大半は運営の対応がずさんでユーザー側が好き放題にやっているだけなんだけれど。

 裸には寛容だが宗教には厳格だ。その点が日本とは違う。

「……こうしている間にもNPCって活動してるんですよね?」

 と、誰かが言った。

「そうですね」

「……ああ、ずっと現場をウロウロしているかって事ですか?」

「はい」

「第十階層のアルベドもずっとあの位置で突っ立っているんでしょうね」

「可哀相に」

「そういう設定だから仕方ない。他の人達はどうなんですか?」

「命令すれば移動するようだから、自由にさせている」

「一般メイドも設定以外の命令を聞いてくれるようです」

「俺達が苦労して組み上げたプログラムが台無しじゃん」

 台無しというか、命令するだけで従うのでかなり楽になっている。

 設定に無い一部の条件についても出来る事と出来ない事があるのが分かった。

 NPC一人ひとりが一個の生命体として振る舞い、性格も千差万別。

 近づくと自分から挨拶もするようになっている。

「過去の記憶は都合のいい修正が入っているようです。物の使い方とか程度によりますが分かるようです」

 ゲーム時代では無かった設定が顕在化しているという事だ。

 つまり単なるフレーバーテキストが本当の意味で最適化されている事になる。

 アウラ達の性格も忠実に再現され、目に見えて現れている。

「アルベドの設定は徹底的に書いたからな……。あれがそのまま反映されると……、ちょっと知るのが怖いな」

「それは創造者が責任を持ってください」

「人間の身体から解放されたせいか、今はとても気分がいいです」

 と、粘体スライムのヘロヘロが言った。

 それぞれ種族は違うが自分の意思で制御できているらしく、不定形でも人型を取ることが可能らしい。

 昔から自分の身体のような感覚と一緒だとか。

 魔法やアイテムも自然なものとして捉えられているので、その感覚と一緒なのかもしれない。

 モモンガも自分の肉体や臓器の無い身体に違和感を感じていない。

「会社に行かなくていいと思うと気が楽です」

「元々の肉体は通常運行しているならば、今の自分たちが元の世界に戻ろうとする事は無駄なんだってね」

「そうらしいですね」

「それはそれで変な感覚ですが……。もう一人の自分はいつもの日常なのか……。確認出来ないのがもどかしい」

「下手に確認できてしまうと未練とか持ちますよ。そこはバッサリと諦めた方がいい。どの道、ログアウト出来ないのは変わらないようだから」

 方法があれば試したい。それは全員が思っている。もちろん、モモンガも含めて。

 ギルドメンバーが全員揃っているので楽しい冒険と思っていたモモンガとしては複雑な気分だ。

 本来ならゲームの延長で満足するところなのに。

 知らない世界でログアウト出来ない中を冒険するのは怖いと思う。

 少なくとも攻略サイトを巡る楽しみは無くなった。

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