022 永久の栄光

 『ユグドラシル』というゲームが終了したはずだが、終了延期という報告は今も来ない。

 ウインドウが出せないのだからどうしようもないけれど。

「……魔法は使えるみたいですね」

「えっ?」

「先ほど『伝言メッセージ』を試したメンバーが居まして。自分達の特殊技術スキルや魔法、アイテム類は使用出来るようです」

 そう言われてモモンガはいつもゲームでやっていたアイテムボックスに手を入れる仕草をする。すると異空間に手が潜り込み、取り出したいアイテムが脳裏に瞬時に浮かび、小さな瓶を一つ掴んだ手が出て来た。

 普通は小さなアイテムウインドウなどを見て選択肢を決定したりするのだが、今は感覚のみで出来るようになっている。

 ただ、一覧表が無いと不便だなとは感じている。

「モモンガさん。NPCノン・プレイヤー・キャラクター達が命令もしていないのに挨拶してきました」

「マジで!?」

 報告が上がるたびに驚かされる。

 ナザリック地下大墳墓が丸ごと異質な世界に挿げ替えられたような気分だった。

 異世界転移という言葉もあながち嘘ではないとしたら、とても恐ろしい事のように感じる。

 正直、玉座から動きたくない。

 何かすれば取り返しがつかなくなるのではないかという恐怖。だが、一定の感情は抑制されてしまう。

「……このモンスターの処分も考えなければ……」

「今のところ動く気配は無いようですね。……いきなり動いたら困りますけど」

「……幻想少女アリスが何体も転がるとは……。これは何なんでしょうか?」

「俺がここに来た時は既に置いてありました。誰かが置いてったものだと思ってたんですが……」

 そもそもこんな巨大モンスターを持ち込むようなメンバーなど居るのか。

 少なくとも単独で撃破出来るような相手ではないし。

 天井にある水晶型モンスターに異常は無く、近くに控えている不可視化した『八肢刀の暗殺蟲エイトエッジ・アサシン』というモンスターもいつから巨大モンスターが配置されたのか分からないと応えた。

 シモベ達も自我があるのか、こちらの質問にちゃんと答えてくる。

 他の階層に向かったメンバーからもその報告は続々と来ている。

 無表情で歩き回るだけのNPCに自我が芽生えて色々と話したり、柔軟に表情を変えたりしているという。


 モモンガは全てのシモベに赤い髪の人間種の女性の捜索を依頼してみた。

 全ての元凶はあの女ではないのか、と。

 どういう方法でゲームの中に我々を閉じ込めたのか知らないが、監禁は立派な犯罪だ。

 それは電脳法にも抵触する。

「……運営のサーバーを維持したままプレイヤーを監禁できますか?」

「データをそっくり移せば可能かもしれませんが……。ナザリックごととなると国家の陰謀クラスじゃないと現実味がないですね。まして、アルベドやNPC達の柔軟な対応は容量的に邪魔でしょう」

 国家ぐるみの壮大な実験というのはありふれているけれどゲーム終了時まで滞在したプレイヤーを標的にするのは博打じみている。

 通常はゲームサービス開始に事を起こすのが効率的だから。裏をかいた、というのは考えられないが、罠にかかったギルドは確実に一つは知っている。

「……しかしまあ、柔軟な表情を取るアルベドは本当の一人の美女ですね」

 そう言われて頬を少し赤らめるNPCのアルベド。

 見た目はか弱い女性に見えるがナザリック地下大墳墓を『拠点ポイント』によって創造したレベル100のキャラクターだ。

 ステータスもプレイヤー相手でも引けを取らない。

「ログアウト出来ないとして現実の我々の身体はどうなるんでしょうか?」

「数日経てば異常事態を知らせてナノマシンの供給を止めてくれる、可能性はあるかもしれません。ですが、それとは別にここに居る我々の自我がデータとして残されていた場合、本体は通常運行する事も考えられます」

 ゲーム終了と共に自分の自我はゲームと本体に分離し、本体は日常生活に戻り、ゲームの中に居る自分達はデータの生命体として存在し続けるというものだ。

 本当の意味でユグドラシルというゲームの住人になるのだが、モモンガは今まで荒唐無稽な出来事に遭遇した事が無いので不安かいっぱいだった。

 良く分からない現象にどうすればいいのか。

 先行きの見えない不安というものほど怖いものはない。

 それから数時間ほど過ぎた辺りで調査を終えたメンバーが第十階層ではなく、第九階層の円卓の間に集まる。

 いつまでも玉座の間に居ても仕方が無いからだ。

 巨大モンスターはシモベに監視させて、モモンガも移動する事にした。

「勢揃いすると圧巻だね。みんな忙しい筈なのに」

「引退組みが呼ばれるとは思わなかった。というより、どうやった? ネットには接続していなかった筈だが……」

 引退してアカウントも処分したメンバーも何人か居る。だが、それでも当時のアバターでナザリック地下大墳墓に現れれば不思議としか言いようがない。

 これは運営がどうこうというレベルではない。

「ゲーム時代の君たちのデータに擬似的にでも自我が植えつけられたのかもしれない。思考パターンとかそっくりコピーした状態とか」

「なにそのハイテク」

「……さすがにそれは常識外れだ」

 その常識外れが現実に起きてしまった。

 それぞれ唸るし、精神が抑制されたりする。

 全員が異形種なので異様な光景だがモモンガとしては少しだけ安心した。

 皆と一緒に悩めるので。

「そういえば、外はどうでした? 沼地でしたか?」

「いやいや、白い雲がいくつかある綺麗な青空だったよ」

「はぁ!?」

 モモンガはまたも驚いた。というより驚きの連続だった。

 自分の周りで一体、何が起きているのか。


 外を見るのに丁度いいアイテム『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』を持ち込んで色々と操作してみる。

 本来なら使用方法が書かれたフレーバーテキストを見ながら操作するのだが、ステータスなどのウインドウが出せないので手探りで扱うしか無い。

 あまり使ってなかったから上手く画面の中の視点を移動させたり、拡大させたりが出来なかった。

 他のメンバーにも使わせて中の様子を見る。

 ナザリック地下大墳墓周辺は本来ならば薄気味悪い厚い雲に覆われて毒の沼地の広がるフィールドだ。

 この地にたむろするモンスターは80レベル超えが多い。だが、今、画面に映っているのはそんな暗いものではない。

 光り溢れる青空が広がる草原だった。

 地球上というか日本では失われてしまった、かつての綺麗な大地。

 それを見たメンバーはそれぞれ感嘆の吐息を漏らす。

 数分間は時を忘れて黙っていたと思う。それ程美しい世界に感じ入った。

「……よし、この世界を焼こう。これは何かの幻術に違いない」

「まま、待ってください。早まらないで!」

「……これも何かの映像か? 新しいフィールドじゃないのか」

 一気に議論が白熱する。

 当然の事ながらメンバーは全員が冒険者であり、未知のものには興味を抱く。

 そうでないものがゲームをする事などありえない。

「これがナザリック周辺だとすると……。やはり異世界転移……」

「ウインドウが掻き消えている中でゲームするのは玄人仕様か。いやいや、さすがにあの運営にこんなものは作れないだろ」

「NPCの様子から潤沢な資金でも得て、ちゃんとしたゲームへとアップデートしたのかもしれませんよ」

「それならば我々に報告くらいするでしょう」

 それもサービス最終日。最後の時間になっても何も報告が無いのはサプライズとはいえない。

 今も定期的に運営に問い合わせているけれど、一向に繋がらない。

 もし嫌がらせならアカウントを削除するはずだ。

「現地生物が居れば色々と分かるんですが……。外に出ていいですか?」

「そうですね。まずナザリック内を点検する班と外の調査班を決めましょう。いきなり現地の者と接触するのは怖いと思うので」

 いらぬトラブルに発展するのは避けたいところだ。

 画面を見る限り、高レベルのモンスターの姿はなく敵対プレイヤーが居れば簡単に攻め込まれてしまう。

 それぞれに命令を下すが、メンバーは素直に言う事を聞いてくれた。

 それはそれでモモンガにとって不安ではある。

「……偉そうな事を言ってすみません。よろしくお願いします」

 と、低姿勢で言い直すギルドマスター。

「ギルマスなんですから自信を持って。誰かが統率してくれないと勝手に騒ぎ出すし。むしろ、意思統一が出来て動きやすくなります」

「そうですよ、モモンガさん」

 未知のトラブルにも関わらずメンバーは息ぴったりに頷いていく。

 それはそれでなんかわざとらしさを感じる。

 まるで、これはであるかのように。


 夢のままでもいいんだぞ。


 モモンガの脳裏に女性の声が聞こえた。

 つい先刻まで居たのだから聞き違いではない。だが、姿が見えない。

 『伝言メッセージ』とも違う。少なくとも彼女は登録していない。

「……どこに居る……」

 と、小さく問いかけてみたが姿は現れない。

 言い知れない不安が大きくなり、種族の特性によって安定化する。

 机を叩きたいところだが、他のメンバーに不安な姿を見せるのは今は不味いと思い我慢した。

 とにかく、調査隊を送り、報告を待つことにする。

 未知の世界は紛れもない事実のような気がする。


 ◆ ● ◆


 第一階層から第十階層までをメンバー総出で点検すると二時間ほどで終了するという手際のよさ。

 これがモモンガ一人なら一日がかりとなる。いや、一日で済むのは早い方だ。

 外については少しずつ範囲を広げる事にして他のプレイヤーの姿がないか注意して進んでもらっている。

 待っている間に自我を得たNPC達の面通しをおこなうのだが、種族的な制約以外では表情豊かになっているのに驚かされる。

 特に四十一人の一般メイド達は無表情から笑顔になっている。

 階層守護者もギルドマスターのモモンガが来た途端に自主的に姿勢を正す有様。

 中には『モモンガ様だ』、『かっこいい』という誉め言葉。悪口が無い分、耳で聞くと恥ずかしさを感じる。

「……なんというか、皆……。生物と遜色ないんですね」

 ただのマネキンと大差のないNPCだった時とは大違いだ。

 それもつい先日の話しだ。この劇的な変化は何なんなのか。

 疑問に思っていると戦闘メイドの一人がモモンガの前に駆け寄ってきた。

 黒髪をポニーテールにしている目つきの鋭い凛々しい顔立ち。

 スカート部分は卵に似た形でふっくらとしているが金属の装甲で出来ている。

 戦闘メイドに相応しくメイド服風の武装となっていた。

 ちなみに魔法を主体とする魔法詠唱者マジック・キャスターでもある。

 『六連星プレアデス』の一人『ナーベラル・ガンマ』だった。

「んっ? えっと、……ナーベラル・ガンマだな?」

 ゲーム時代は殆どNPCと触れ合ってこなかったので初対面が多い。

 そもそも彼女たちと会話して楽しむような仕様ではなかったから、家具の一つのような扱いだった。

 一定距離の後、片膝を付くナーベラル。動きが他の者と違って頼りなげだった。

「ナザリックの支配者……『アインズ・ウール・ゴウン』様……。ようやくお会いできて……このナーベラル……、至上の喜びでございます」

「……はっ?」

 今何と言ったこのメイド、とモモンガは首をかしげる。他の者も同様に疑問に思ったらしい。

 NPCの一人で闇妖精ダークエルフの『アウラ・ベラ・フィオーラ』という活発そうな顔立ちで男物の装備を身にまとっているが性別は女性だ。

 見た目は十二歳くらいの子供だが設定では七十代となっている。

 『ぶくぶく茶釜』が創造したNPCの一人だ。

 そのアウラがナーベラルの下に行き、胸倉を掴む。

 身長差で言えばアウラの方が低いので持ち上げるのは少し困難のはずが軽々と大人の女性ほどもあるナーベラルを吊るし上げていく。

「あんたいきなり何言ってるのよ」

「こらこら、ケンカはやめなさい」

「アウラ。とにかく、ナーベラルを降ろしなさい」

 と、ぶくぶく茶釜の言葉でアウラはナーベラルを下ろした。

 自主的に仲間を吊るし上げるところから『同士討ちフレンドリー・ファイア』が解除されていると思われる。

 解除した覚えは無いので『転移現象』とやらの弊害かもしれない。

 同士討ちフレンドリー・ファイアはギルド所属となっていれば互いに攻撃を受けない。例えばナザリック地下大墳墓であれば、この施設内の全てのメンバーとNPC。そして自動的に湧き出るPOPするモンスターですら対象となる。

 それが解除されているという事は味方の攻撃が普通に当たるという事だ。

 範囲魔法の多い自分達は迂闊に攻撃魔法が使えない、と言える。もちろん、NPCのスキルの影響も受ける可能性がある。

「……も、申し訳ありません」

「いいから。それでナーベラル。どういう事なのか説明してくれないか」

 と、ナーベラルに顔を向けるとモモンガは驚いた。

 髪の毛に白髪があるように見えた。いや、ほこりかもしれない。

 異常に古臭く見える。

 ゲームの中ではNPCを放置しても汚れるという現実的な現象は起こらない。

 現にアウラは風呂から上がったばかりの新品当然の綺麗さがあるし、他の者も同様だ。

 仮想空間の存在なのだから、そもそもほこりをかぶるなどありえない。

「この地に転移し……、計り知れない時を過ごしました。それはもう言葉でお伝え出来るほどではありません。……我々NPCは無限の時を変化せずに過ごせるはずでした……」

「んっ?」

 気になる言葉が出たがあえて話しを続けさせた。

 それより自分がNPCであると自覚しているのは驚いた。

「数多の転移……。多重世界……。星の守護者ヘレティック・フェイタリティとの激闘……。それはそれはたくさんの冒険がございました」

 聞きなれない単語。それはナーベラルに設定されたものなのか。

 明らかに違う気配を感じる。

「我等は星の寿命と共に外宇宙に飛び出し……」

 ファンタジーからSFサイエンス・フィクションになっちゃったよ、と胸の内で呆れる。

「アインズ様の故郷である地球へと旅立ちました」

「はっ? ファンタジー……というか異世界から地球に行ったのか!?」

 それはまた壮大な冒険譚だ。

 というか、ここから地球に行ったってどういう事なのか。

 作り話しにしては切羽詰っている。というか、棒読みではないところが疑問だが。

「異世界から地球に行く話しは……、そうそう無いぞ。そもそも星から飛び出す技術はどうした? それと対象の星をどうやって探す。宇宙はとても広大だ。僅かなズレでも迷子になるほどなのに」

「……シズを使うにしても……、あれは宇宙探査に適した種族ではない。……種族というか職業クラス構成が……」

「至高の御方々……。申し訳ありません。……長き時を過ごし、私の視力は既に風化しており、御身を拝めません。聴覚頼りですので……、失礼を……」

「誰か治癒魔法を……」

「いいえ。これ以上の治癒は……望みません……。私はアインズ様に事を告げて……、果てる所存にございます」

 物凄い重い話しにモモンガはどうすればいいのか、仲間達に助けを請う。

 急に始まった小芝居にしては出来すぎていないか。

 仮に話しが真実だとしても信じるに足る証拠がない。

 NPCの設定ならば笑い飛ばせるのだが、聞きなれない単語がどうにも気になる。

 というか、あの赤い髪の女の出現で判断を鈍らせる結果となっている。

「……その前になんだ、そのアインズ様とは……」

 ギルド名だぞ、と。

「至高の御方にしてナザリック地下大墳墓ののお名前にございます。そのお声は数百万世紀経とうと聞き違えるはずがありません」

「……俺達が居なくなった後で名乗り出すとすれば……、間違っていないかも」

「モモンガ君の性格から考えればありえなくは無いな」

「皆さん、茶化さないで下さい」

「……アインズ様はついに至高の御方と……、邂逅かいこう出来たのですね。もはやこのナーベラル・ガンマ……。思い残す事は……ございません」

 床に平伏するでもなく、ただ単に倒れこむナーベラル。

 その時に両目がこぼれて床に転がる。それは精巧に出来た義眼だった。

「ナザリック……に永久とわの……栄光あれ……」

 その言葉の後でナーベラルは動かなくなった。

 いきなり風化はしなかったがメンバーが彼女の身体を調べ始める。


 ◆ ● ◆


 変な空気が場を支配した。

 数分から一時間は誰も言葉を発しなかったのではないか、というほどだ。

 ナーベラルは死んだわけではなく、眠りについているらしい。

 彼女の種族『二重の影ドッペルゲンガー』は睡眠不要ではなかったか、と疑問に思ったが眠れるのであれば無理に起こす事は野暮だと判断する。

「あれは……ああいう演出なんですか?」

「いや、違うらしい。とにかく、尋常じゃないな」

 他の戦闘メイドは特に異常は無いらしいがナーベラルだけ違うのが妙だった。

「平行世界の来訪者だとすると納得できますが……。現実に起こるとは信じがたい」

 外の様子から既に現実離れしているけれど。それを許容するには至っていない。

 言葉や創作では『ありえない事』はほど知っている。

 ただ、あくまで空論だ。

「墳墓の中に閉じこもっても仕方が無いし、外は外で未知の世界だ」

「……家に帰れない……。外は怖い。さてどうしたらいいのやら」

 前途多難とは正に今の状況にぴったりの言葉だ。

 とにかく、調査を優先し、今後の方針を練らなければならない。

「……モモンガさんがアインズ様とは……」

 ギルド名が人名として使われている事に対し、それを名乗ったらしいモモンガは肉体があれば耳を真っ赤にするほどの恥ずかしさに襲われているところだ。

「引退組みからすればモモンガ君がアインズと名乗ってもギルドマスターとしての立場なら、それほどへんって訳ではありませんね」

 それに今更な事だし。

 仮に事実にするとすればアインズ・ウール・ゴウンと名乗る『死の支配者オーバーロード』は悪の大ボスっぽくて似合いそうだ、と何人かのメンバーは苦笑しながら思った。

 それは決してバカにしたものではないし、ギルドマスターとしての権利は間違いなく有していると誰もが認めるところだ。

 急にアインズ・ウール・ゴウンと名乗れるかと問われれば、無理と答えるモモンガ。

 多数決を重んじるギルド内で多数の賛成派が出た場合は名乗る事もあるかもしれない。けれども、それは今ではない。

 あと、義務でもない。

 ナーベラル・ガンマというNPCはどんな設定が書かれているのか。それが確認できれば色々と分かることがあるかもしれない。

「外は見知らぬ異世界。早速冒険の旅に出たいですが……、駄目ですか?」

「……皆さんはよく平然としていますね」

 モモンガとしては知らない土地にのこのこ出る事はとても怖い。

 理由としてナザリック地下大墳墓の周りに出没するモンスターはレベル80超えが多いのと上位プレイヤーに狙われるロールプレイを今までやってきたので仕返しとか、ちょっと気にしている。

 ゲームの運営が終了したといわれても今はそれが真実とも言えなくなり、疑心暗鬼になっているのかもしれない。

 それにもまして連絡を寄越さなかったメンバーが急に現れた事で更に頭の中は混乱している。

 アカウントごと消した存在がどうしてオンラインゲームに干渉できるのか。

 もちろん当人達も混乱しているようだし、尚且つナーベラルの様子も気になる。

「モモンガさん。一人で悩むのは無し、ですよ」

「ええっ!? あ、はい……。そうですよね。皆さんも一緒でした」

「モモンガさんは意見の取りまとめや決定権だけ行使すればいい。我々が議論をしますよ。その上でどうするかじっくりと答えを出してくれればいい」

「ギルドマスターの結論には基本的に従うのがアインズ・ウール・ゴウンの基本理念でしょう」

 見た目は化け物だけれど心優しいメンバーに深く感謝するモモンガ。

 確かに一人で悩んでも解決できそうにない。

 特に『ログアウトボタン』を作れ、と言われても無理。

 技術的なこともあるし、運営側の人間でも無いので。


 ◆ ● ◆


 一旦解散して一時間ほど休憩する事になった。

 こんを詰めても結論が出そうに無いし、階層の点検の報告も集めなければならない。

 自分の執務室に戻る途中でモモンガは気付いた。

 メンバーが会話している間、『感情エモーションアイコン』が出ていなかった事に。

 自分のステータスや様々な表現を使うウインドウが出せないのだから感情エモーションアイコンが出せなくても不思議ではない。

 だが、粘体スライム種などのメンバーの感情をアイコン無しで読み解くのは難しい。

 かといって紙に喜怒哀楽を書いていちいち見せるのもバカらしい。だが、アナログではあるけれど、それはそれで有効的な方法かもしれない。

 骸骨の顔で笑顔は絶対に作れないし。

「……どうしてまたこんなことに……」

 最終日に残ってタイムアップまで滞在しようだなどと呼びかけた自分が悪いけれど。

 みんなに悪い事したな、という罪悪感はある。

 また一緒に冒険が出来るぜ、と喜ぶことは当分出来そうにない。

 そもそもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは全員が社会人だ。中には家庭を持っている人も居る。

 それを差し置いてゲーム三昧は傲慢ではないか。

 家庭や仕事よりゲームが大事なのは、そういうものが無い自分だけではないのか。

 モモンガとて仕事があり、朝四時には起きなければならないというのに。

「……はあ……」

 このままゲームの世界に残っていたらきっとクビだな、と思いつつ自室に入る。

 ギルドマスターとなってから一番大きな部屋を与えられているのだが、無駄に広くて辟易する。

 様々な調度品を集めてそれなりの格好はつけたはずだが、他のメンバーに比べれば地味かもしれない。でも派手な部屋にはしたくなかったけれど。

 部屋の中央付近に行くと遠目でも目立つ赤い色が見えた。

「!?」

 モモンガの部屋は黒や灰色、茶色などが多い。

 天然色である赤を目立つような場所には置かない。恥ずかしいから。

「……お前は……」

 燃えるような赤い色は腰にかかるほどの長さの髪の毛だ。

 こんな派手な髪の毛を持つのはモモンガでもすぐに忘れはしない。だが、名前が出て来ない。

「やあ、骸骨君。色々と言いたい事があると思うが……。まずは座りたまえ」

 力強い言葉にモモンガは呻くものの対話をする気がある相手ならば迎え撃たなければならない。

 相手の対面に座り、その顔を見据える。

 どうやって侵入したのか知らないが、かなりの手練てだれなのは確かだ。

 胸の大きな女性。武器は持っていないようだ。

 人間種であり、顔の表情がとても豊か。それはとてもゲームのキャラクターとは思えない。むしろ、現実の人間では無いのか、と。だが、そうだとするとこんなに派手な髪の毛は珍しい。

 地毛に見えるけれど、染めているのか等の判断は調べてみないと分からない。

 ブイの字のようなまつ毛も赤く見える。

 くちびるには口紅はつけてなさそうだが形は整っていた。

 なんというか力強い女性に見える。

 服装は先ほどはファンタジーで言うところの戦士風の軽装鎧だったが今は鎧は無く、フラな格好になっていた。なので、より一層の胸の大きさが目立つ。

「ゲームが終わったようだが、何か問題でも起きたのかな?」

「……これは貴女の仕業なんですか!」

 モモンガは怒気を込めて言った。

 そうだとしても大掛かり過ぎる。とても個人で出来る所業では無い。

「語弊があるな。自分が選んだ選択肢の結果だ。人のせいにするな」

 それは正しく正論だ。

 最後まで残って皆で祝おうと呼びかけたのはモモンガ自身だ。

「ログアウトの事を知りたいようだが……。仕様だ。ゲーム終了時点で綺麗に次元が分かれた」

 と、身振りで話す女性。

 両手を合わせて行き、途中から手のひらを離す。

 そういう理屈だと何となく理解出来そうだが、それが何を意味するのかはまだ不明だ。

「肩の力を抜いて世界を楽しめ、骸骨君。君たちが望んだファンタジーゲームだ。それが不満なら何故、遊ぶ?」

「……ゲームはゲームだから……」

「それが分かっているなら別に問題は無いだろうに」

「いや、問題だらけでしょう。最後を祝った後は……」

 最後を祝った後は面白くない現実の仕事が待っているだけだ。特に自分は家族も恋人も居ない。楽しいゲームもつい先刻に終わってしまった。

 生き甲斐をなくした気がする。

「………」

 会社に行かずにゲームをずっと出来るなら、それはとても幸せな事だ。

 だが、それは何か間違っていると抗議の声を上げる自分が居る。

 この世界に長く居てはいけないと。

「……戻るべきでしょう。朝四時起きなんです」

「君の本体は既にちゃんと行動していてもか?」

「それを確認する方法があれば諦めもつきますよ」

「実に理性的だ。単なるゲームバカってわけではないんだな」

 確実にバカにされている気がする。

 確かにゲームバカは認めるけれど。改めて言われると腹が立つものだ。

 あながち間違っていないところなどは。

「……まあ色々と言っても仕方が無いな。ただ、改めて確認させてもらおうか」

「な……」

 にを、と続く前にモモンガの顔面に何かが突き刺さった。

 それが何なのか確認する前に意識が消失する。

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