第01章 この理不尽な二次創作に祝福を
021 真の終わりに見えるもの
西暦2138年現在の日本で大人気だったオンラインゲーム『ユグドラシル』は十二年の運用を終えようとしていた。
ギルドを結成して冒険してきた『アインズ・ウール・ゴウン』は最後の日を迎えていた、のだが異常事態が発生した。
いつものようにギルドの拠点となっている『ナザリック地下大墳墓』の点検作業をしていた
身に覚えの無い巨大な物体が第十階層に転がっていたのだから。
「な、なな、なんだこれは!? 誰か来て置いてったっのか?」
と、汚れ一つ無い白骨死体の姿ではあるがアンデッドモンスターなので動作に影響の無いモモンガは急いで巨大な物体に駆け寄った。
階層奥には『諸王の玉座』が置いてあり、玉座の側には
残念ながら命令を下さない限り、何も反応しないので異常な事があっても自主的に報告してこない。
それは彼女がゲームのキャラクターだから。
これがギルドメンバーなら何らかの報告を『
「うわぁ……。デケー……。
ゲームの仕様で『18禁』に類する表現は厳格に規制されている。ゆえにモザイクはフィルタリングの影響だ。
仲間を呼ぼうにもゲームをしているのは今では自分ひとりだけ。後で何人か来る予定にはなっているけれど。
とにかく、服を着せなければ最後を迎える前に運営に消されるという間抜けな結果になり兼ねない。
最後だから大目に見てくれるかもしれない。一応、今までルールを守っていたお陰で遊ばせてくれたのだから最後まで責任は持とうと思った。
裸の少女は一目で
急いで
この指輪を起動させると登録した転移場所が別ウインドウとして現れる。
一番上が自分の執務室となっているのだが、基本的にナザリック地下大墳墓の中しか移動できない。
十の階層を持つダンジョンで、割りと広いから重宝しているけれど。
この指輪とも今日でお別れだと思うと感慨深いものがある。
だがこの指輪を何故、百個も作ったのか、今となっては思い出せない疑問となっている。
服に関連するアイテムは第六階層の巨大樹で『ぶくぶく茶釜』の部屋にある。
特に女の子用が。
モモンガの部屋には女の子に着せられるものが無い。
ペロロンチーノが用意した女性用の服は第二階層の『死蝋玄室』に行けばあるかもしれないが、頭に浮かんだのは第六階層だった。とにかく、早く隠さなければ不味いと思ったので。
命令しても服を取りに来る仲間は居るはずが無いし、NPC達はプレイヤーに対する返答くらいしか出来ない。
あくまで住人のフリしか出来ない存在だ。
戦闘に際して専用の命令をすれば迎撃してくれるけれど、普段はマネキン同然だったり、与えられた行動をただひたすらに実行するだけ。
一人で慌てて女の子に服を着せられたのは三十分くらいかかってしまった。
一人ではなく、複数人も居たのは驚いた。
動かないと分かっていても下着を装着するのは自然と恥ずかしさを覚えたが。
一応、まだ居ないか色々と調査したが見当たらなかった。
手っ取り早く外に捨てる選択肢もあったけれど。混乱してしまって今さっき思いついたところだった。
『
意味が無くともモモンガにとっては慌てる事態だったが。
「ゲーム最終日にとんだサプライズだ。ペロロンチーノさんの仕業かな」
それとは別に巨大モンスターもどうにかしなければならない。
超巨大サイズ程度を一人で動かすのは無理かもしれない、と思いつつ押したりしてみたが全く動かない。それだけ重量があるという事だ。
仲間たちが集まるのは第九階層の『円卓の間』なので来た時に相談してみようと思った。
他に異常は無いか確認したが壁に穴などは開いておらず、何者かの襲撃も無さそうだ。
モモンガは第九階層に移動し、執務室に向かう。
「……NPCに聞いても……。意味が無いしな。会話文を自分で考えられるほどには賢くないんだよな、こいつら」
普段はギルドメンバーと共に冒険の旅に出ていたのでナザリック内に居るNPCとは殆ど触れ合ったことが無い。なので誰が居るのか、実は良く知らない。
長く遊んできたはずなのに知らない、というのは可哀相だと思った。
「……『
今まで一緒に冒険してきたじゃないですか、と。
きっと言う筈だ。声は心の内で。
「……今は二十時か……。誰が来るのかな……。誰も来なかったら……、寂しいな」
十二年も続いたのはゲームであってギルドとしては数年前から殆どモモンガ一人で維持管理してきたようなものだ。
現実では仲間達は社会人としての生活があり、ゲームだけに人生を捧げているわけではない。
終わるのは悲しいが運営が終了日時を告げた時に一つの時代の終わりを感じたのは事実だ。だからこそ最後はちゃんとみんなで終了を迎えようと思った。
だが、現実は仕事が忙しくてゲームに参加できない者が多数現れた。
もちろん、ゲームより仕事が大事なのは分かっている。モモンガも朝四時起きの予定だ。
それでもギルドというかギルドマスターとしての責任でここに来た。
執着心の塊だと言われるかも知れないけれど、自分には『ユグドラシル』しか無かった。
コンソールを呼び出して色々とチェックしていくと数年前の仲間たちが揃っていた時代を思い出す。
他のギルドもそうだと思うけれど、ゲーム全盛期というものはとにかく無性に面白い。
時には
他のギルトを潰す事もあった。
未知のアイテムを収集したり、独占したり。
悪のロールプレイが基本のギルドだからそれなりに恨まれる事もあったけれど運営の規則に引っかかるような真似はしない。だから今もゲームに参加できている。
最後を一緒に迎えましょう、というメールを送ったものの誰も来ない結果も想定していないわけではない。
それはそれで諦めもつく。
そういう事も想定したものをいくつか用意してあるけれど、虚しい事に変わりは無い。
三十分ほど経った後で誰も居ない『円卓の間』に行き、椅子などの位置を調整したりする。
ここには皆で集めたレアアイテムで作り上げたギルドの顔とも呼べるギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が飾られている。
七匹の黄金の蛇が絡みつき、七色の宝玉をくわえている杖。
全部で二百個しかない
そのギルド武器は所定の位置で少し浮いた状態でゆっくりと横回転していた。
ギルド武器を破壊されるとギルドが崩壊し、頭上に『敗者の烙印』という負け犬を現すアイコンが再結成まで表示し続けると言われている。
ギルド武器を壊したり、破壊したりする事で得られる特別職が存在するので各ギルドは防衛したり攻めたりする。
「そんなゲームも後数時間で終わりか」
思い出せばキリが無い。
地上は既にモンスター達が敵対行動をやめていて、他のプレイヤーの姿も近くには無かった。
終了をゲーム内で迎える者はそんなに居ないはずだが、最後の時を狙って来る挑戦者が居ないとも限らない。当然、最後まで容赦はしないけれど。
運営が突然、終了を延期すると言い出す可能性も否定できないから。
そうなると暢気に攻略されては折角集めたアイテムをむざむざ奪われる間抜けになってしまう。
ギルドマスターとしては容認できない。
「罠くらいは解除してやろうと思わないでも無いけれど……」
トラップ起動には金がかかる。
今は侵入者の気配が無いから止めているけれど。
何者が来ようと迎撃態勢は万全だ。
◆ ● ◆
終了まで一時間を切ったところで執務室から『円卓の間』に移動する。
すると先ほどまで無人だった部屋に来客の姿があった。
「来てくれてありがとうございます、ヘロヘロさん」
椅子に黒い粘液がこびりついたような姿をしているけれど、立派なプレイヤーだ。
「あー、モモンガさん。おひさーです」
笑顔の
表情の分からない異形種は基本的に感情アイコンが無いと喜怒哀楽が伝わらない。
ユグドラシルは表情にデータを割かなかったので大半が無表情だ。
「……じゃあ、そういうことで」
「ヘロヘロさん!? いきなり帰るんですか?」
「冗談ですよー。ここのところストレスが溜まってて……」
「はー、それは難儀するでしょう。見た目にはさっぱり分かりませんが……」
「
「それを言うなら骸骨のアンデッドもですよ」
と、二人は少しの間、笑いあった。ただし、声は伝えられるが感情はアイコン頼りだった。だから間違ったアイコンを出してしまう事もたまにあるらしい。
「……モモンガさん。我々のやり取りって
「……きっと
「そうだとすると相当な人気作ですね」
「はい」
二人にしか通じない会話の後で新たな来客が姿を現す。
一方は桃色の
「来てくれてありがとうございます。ぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさん」
「……来るのはいいんだけど、円卓で良かったの? 後で下に移動するの?」
「はい。最後の十分間までに下に降りて、第十階層でサービス終了の時を迎えようかと」
「……ここに来る前にモモンガさんと何度もケンカする夢見たんだけど……。何かの前触れ?」
と、ペロロンチーノはモモンガに疑問のアイコンを見せる。
「俺はそういう夢は見ませんでしたよ」
「……杞憂かな」
「それより第十階層に巨大モンスターが居たんですが……。あれ、ペロロンチーノさんが持ってきたんですか?」
「はっ? 俺はここしばらくログインしてなかったですよ」
「それは私も一緒だけどね。こいつエロゲーの研究ばかりしてたよ」
「……相変わらずですね。じゃあ、ペロロンさんじゃないとすると誰だろう。裸の女の子が」
という言葉の後でペロロンチーノがモモンガの下に飛んできた。
それはもう瞬間移動の如く。
「見に行っていいですか?」
「服は着せましたが……。
「おお、
と言いながら颯爽と転移してしまった。
アイテムは今も所持しているようで少し安堵するモモンガ。
この円卓の間はギルドメンバーが転移先に指定しているので不思議は無いけれど。
更に十分後には結構な数のメンバーが椅子に座っている風景が広がる。
この風景全てが夢であれば自分はなんて寂しいギルドのマスターなんだ、と絶望感いっぱいになっているところだ。
「
「ああいう事は誰に出来るんだろうか。それよりモモンガさん以外の犯人候補って居ない?」
「モモンガさんでも無理だよ。あんな巨大な
「これはいよいよ何かが起きそうなフラグですね」
「異世界転移ですか? 我々、アバターですよ」
「中身が転移する事は想定外でしょうけれど」
「中身は全員自宅だと思いますよ」
「……こんなやり取りを無数に繰り返す創作があったような……」
そんな事を口走りながらギルドメンバーは第十階層の玉座の間に移動する。
思っていたよりたくさんのメンバーが来てくれたのでモモンガは満足した。
扉を開けて視界に飛び込んできたのは玉座に自分たち以外の何者かが存在した光景だった。
「!?」
「……警報音もシモベの迎撃も無いだと……」
それは赤い髪の人間種。
通常であれば一気に第十階層に転移できるはずが無い。
「いい夢は見れたかな、骸骨君」
長い髪の毛に大きな胸。
見た目では女性だが初めて見るはずだ。
モモンガは玉座に座る人物のプレイヤーを見たことは一度も無い。これだけ派手な印象は早々忘れるとは思えない。
「あと数十分でこの『ユグドラシル』とかいうゲームが終わるんだろう? あたしも一緒に居てやるよ。どんな事が起きるのか、ちょっと興味があるんでね」
「ここは我々『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドの催し中だ。他人は出て行ってほしいな」
赤い髪の女性の側には
玉座の横に居るだけなので当たり前なのだが、敵が居るのに迎撃しないのは滑稽だった。
「つれない事を言うな。別にアイテムとか取らないし、ギルドをぶっ壊したりはしないさ。条件次第だが……」
「せめて玉座から離れてください。そこはギルドマスターの定位置なんですから」
そう訴えると謎の女性は素直に立ち上がり、移動した。
背の高い戦士風の女性。
顔の凛々しさから、とまで思って気付いた。
彼女は
通常、人間種でも不可能な行為だ。それはそういう仕様になっていないからだが。
何故、彼女は柔軟に変化させられるのか。
ここに来て運営の
「神に逆らう愚か者共め。成敗するぞ」
女性が指を弾く仕草をすると
「はっ?」
「あれ? 何だ今の……」
五人ほどが自分の身に起こった事が理解出来ずに戸惑いだした。
「たかがゲームデータのアバターの分際で。……とまあ、大人気ない事は
真っ直ぐに移動を開始する謎の女性。
モモンガはすばやく玉座に向かい、マスター・ソースを開く。
現在参加しているメンバーのリストはちゃんと表示されている。だが、侵入者の情報が無い。
本来なら何らかの目印が表示されるものだ。例えされなくても来客の表示が出るはずだ。なのに目の前に居る彼女を示すものは何も映さない。
メンバーもちゃんと視認しているというのに。
運営に連絡を取ろうと『GMコール』を使うがノイズがかかって応答が無い。その間に残り時間が刻々と近づいてくる。
最後だから運営も後処理に忙しくプレイヤーの対応を断っているのかもしれない。
「時間がゼロになる時、何が見えるかな」
不安がいっぱいだが所定の位置に一応、それぞれ立ち尽くす格好を取る。
とにかく、折角仲間内だけで見せ場を作って終わりたかったのに部外者のせいで台無しになってしまった。けれども一応は体裁を取らなければ十二年ものお世話になったゲームに申し訳が立たない。そして、一緒に遊んでくれた仲間たちにも深い感謝の念を抱く。
仕事や家庭で来られない仲間も何人か居るようだけれど、それは仕方が無い。
ゲームと現実のどちらが大事かなど迷う社会人は居ないのだから。
もちろん、モモンガ以外は。
「……長かったゲーム。今から考えれば短かったとも思える」
中央の女性を無視して来てくれた仲間達の名前を告げていく。
それらを女性も確認するように見物する。
難攻不落のナザリックの最下層に平然と訪れる相手は今まで見た事も聞いた事も無い。
上の上プレイヤー
あとテンション高いな、この人と。
暴君という言葉が似合いそうだ。
残り時間を確認すると後十分ほどになっていた。
最後の儀式はメンバーの名前を告げること。これは事前に決めていた。
「ヘロヘロ。たっち・みー。ウルベルト。ぶくぶく茶釜。ペロロンチーノ。源次郎。ばるあぶる・たりすまん。スーラータン。やまいこ。餡ころもっちもち。ク・ドゥ・グラース。ぬーぼー。音改」
一つ一つの旗を指差し、名前を告げられたメンバーはそれぞれ決めポーズのような格好になる。居ない仲間の名前も一応告げておく。
赤い髪の女性も黙って眺めていた。
ある意味では悪の魔王を討伐しに来た勇者に見えなくも無い。
ただ、疑問なのは多人数のギルド相手に一人で乗り込むのは強大な
もちろん、例え一回限りの『二十』が相手だとしても負ける気は無い。
「るし★ふぁー」
最後の名前も言い終わり、後は時間が尽きるのを待つだけ。それ以外は特に予定していない。
誰も来なかったら外で花火をするところだが、たくさん来てくれたので中止にする。
仲間が来る事に比べれば多少の散財は気にならない。
残り時間は二分を切った。
「……
「!?」
いい気分で終わろうとしているところへ水を差す部外者の言葉。
「体感時間で換算すれば二百五十万年分……。これはお前たちが歩んだトータルの数値だ。現在進行形で五千億年分を消費する……、つまり、そんな骸骨君も居るわけだ。平行世界に居るお前達は自分達が死ぬとどうなるか、想定されていない。想定されていないから永続的に消費される。そうなると色んな物が溜まる」
話している最中に残り時間は数秒となる。
赤い髪の女性は先ほどまで
それは鞘に収まっていたが外見ではバスタードソードのような雰囲気を感じさせるものだった。
アンデッドなので斬撃に耐性は多少はあるけれど、熟練の戦士の一撃はけっこうなダメージとして受けてしまう。しかし、最後の最後で攻撃を食らうのは勘弁願いたい。
ここでギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を置いてきて良かったと思った。
最後にギルド武器を破壊されて『負け犬』を表すアイコンを表示して終わるのは一番の屈辱となるから。
『00:00:00』
世界が終わると共に奮われる巨大な斬撃を見た気がした。
それから音が無くなり、静寂が訪れる。
本来ならば最後の瞬間に卑猥な言葉を叫ぶはずだったことを思い出した。
事前に決めていた内容は定番の『オ●●●ペロペロ』というバカみたいなものだが。
過ぎてしまったものは仕方がない。
そんな事を思いつつモモンガが意識を回復すれば自宅の一室で目覚めるか、真っ黒な画面を見続けるか。それくらいにしかならないはずだ。
ブラックアウトしてもPCの電源は落せる。
コンピュータに接続したまま現実に戻れない場合、安全装置が働く。
電源が落ちたのであればオンライン用のナノマシン注入が途切れるはずなので現実に戻れない事は本来ならばありえない。
黙っていても規定時間で強制的に切れる。
民間で永続的に使用出来るほど高性能なPCは見た事も聞いた事も無い。
まして電気代とかかかっているし、永続的なら電気代未払いでいつかは止められる。
そして、会社に無断欠勤した場合は何らかの連絡が来るはずだし、数ヶ月単位ともなれば警察だって動く筈だ、社員を
身内が誰も居ないので、家族親戚に頼る事は不可能だけれど。
「……輝かしいギルドは終わりを告げたか……」
アンデッドの顔に目蓋は無いので本来ならば『目をつむる』という行為は出来ない。
妙なところには拘って、拘ってほしいところには容量を割かず、課金で補おうとするふざけた運営だったが今となってはご苦労様という気持ちでいっぱいだった。
「モモンガさん、俺達ログアウト出来なくなったんですけど!」
聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
正しく、それはペロロンチーノの声だった。
「はあ?」
改めて辺りに顔を向けると自宅ではなく、見慣れた風景。つまり『ナザリック地下大墳墓』の第十階層にある玉座の間だった。
自動的にログアウトするものとばかり思っていたのにゲームが終了しても何も起きない、という
「あれ? なんで皆さん、居るんですか?」
「居るというか……。ログアウト出来ないんで……、現場待機してました」
「……マジで何か起きたな」
「ステータスウインドウが出せなくなってるし」
「……この展開……、なんか覚えあるわね」
と、メンバーが騒ぎ出した。
モモンガはそういえば、と。階下の中央付近にいた謎の女性に顔を向ける。しかし、見えるのは長く敷いた絨毯だけ。
赤い髪の人間種はどこにも居なかった。いや、それどころか更なる異常事態が起きていた。
「あれ、お前いつ来たの?」
「気がついたらここに……」
欠席していたメンバーの姿があるようだ。
旗の下には欠員無く。
つまりモモンガを含めて四十一人全員が揃っているという事になる。
「ログアウト出来ないなら……。会社に行かなくていいってことか~!」
ヘロヘロが大喜びで雄叫びを上げた。
確かに理屈ではそうなる。
ログアウト以外で現実に戻る方法は無い。もしあるとすれば運営に頼むしか無い。
だが、先ほどから『
いや、コンソールを使わずに何故、連絡を送れるのか。
通話したい、という気持ちだけで何故か自然と出来た。
◆ ● ◆
ざわめくメンバー達に対し、モモンガに出来る事は場を収める事だが、自分も混乱しているので戸惑いっぱなしだった。
ある一定の不安が溜まったところでストンという比喩の様に気持ちが落ち着いた。
「んっ?」
急に冷静になった事で更に混乱し、また精神が落ち着く。
これはアンデッド特有の『精神の抑制』というものだと思い至る。
「……しかし、困ったものだ……」
「あ、あの……、発言してもよろしいでしょうか?」
と、ふいに近くから女性の声が聞こえてきた。
いきなりだったのでモモンガは驚いた。
「な、なんだ!?」
振り返ると、そこに居たのはずっと黙って突っ立っていた
白い衣服に大きな胸元を飾る金糸のアクセサリーが煌く。
腰から生える大きな黒い翼は僅かに揺れ動いている。
側頭部から前方に向かって突き出す角は種族特有のものだ。
腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪は今まで気にしなかったのだが、何故かとても魅惑的に見えた。
縦割れの金色の瞳孔も設定だからと気にしなかった部分だが。
設定では美しい女性なのだが、所詮は現場に配置するだけのオブジェクト要員のNPCに過ぎない。
「あ、アルベドが喋った!?」
モモンガの驚きに何人か玉座に顔を向ける。
そこには特定の命令を下した時に設定された仕草と返答しか出来ないはずの存在が何やら見た事も無い動きをしている。
アルベドの製作者で『
異常事態は頭脳派に任せて他のメンバーはログアウトの方法やアイテムに魔法の確認作業に没頭する事にした。
製作者の目から見ても不思議な光景に見えた。
本来ならば設定以上の動きもセリフも出来ない。まして顔の表情も常に平坦なものだった。
それが今は柔軟に変化している。
そういえば彼女は今も手に大事そうに持っているのは『
見た目は剣のような武器の柄と刀身部分が黒い球体が少し浮いたような状態になっているものだ
これは記念として持たせた気がするが、何年も前の事なので忘れていた。
「も、申し訳ありません。タブラ・スマラグディナ様。私はモモンガ様に何か
「……美人さんにそんなセリフを言われると興奮しそうになる」
「こらこら」
「……いや、あれじゃないですか。自我が芽生えた系の」
と、軽い調子で言うタブラ。
あまり緊張感の無い言葉に後ろに居た植物人間のぷにっと萌えが苦笑する。
「自我!? そんなバカな。ゲームのキャラクターがいきなり自我……、ですか?」
「サービス終了と同時に起きた異常事態……。つまりこれはアレです。異世界転移」
「……どう見てもナザリック地下大墳墓なんですけど……」
「外の景色が変わっているかもしれませんよ」
「某デスゲームなら殺し合いでしょうね。そうなると……悪の親玉がご大層なセリフを言う筈なんですが……。出てきませんね」
緊張感の欠片も無いメンバーにモモンガは頭を抑えつつ擬似的な頭痛を感じる。
もちろん、アンデッドのアバターなので痛みに類するものは一応、擬似的に感じる事ができる。それは戦闘時の臨場感の為に設定されたものなので本当の意味での激痛は本体である人間の身体に影響しない。
仮に影響してしまうと電脳法に引っかかるし、運営会社が摘発されていなければおかしい。
タブラはアルベドの身体を嘗め回すように観察し始めた。
製作者なのでモモンガに文句を言う権利は無いけれど。
とにかく、ステータスウインドウが出せないし、ログアウトに必要な身振り手振りも通じない。まして、標準で視界内に現れていた時間経過なども消えている。
本来ならば現在位置や誰が居るかなども簡易的だが分かるのだが、それらが一斉に消えてしまっていた。
「……どど、どうしましょう……」
「まずはナザリックの総点検でしょうか」
「それは俺が事前に済ませておきましたが……。いや、改めて変化しているのがないか調べる必要がありますね」
「ほんの数分前まで平常であれば大した変化は無いと思いますが……。……モモンガさん、最後までギルド維持に働いていたんですね」
「……俺には
メンバーの中で最後まで残っていたのはモモンガただ一人。
その苦労に報いる事は悪い事ではない。
本来なら、ログアウト出来なくさせやがって、とか憤慨するところなのかもしれないが種族のお陰か、はたまた特に何も感じなかったせいか、怒りは湧いてこなかった。
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