026 アルベドの舞い散る羽根
一切酔う事は無かったが気分的にすっきりしたモモンガは風呂場に向かった。
自室には洗面所が無い。それはゲームのアバターには不要だからだ。
現在は現実の身体と切り離されている、事になっているらしいのでせめて擬似的にでも顔を洗ってみようかと思った。あと、酒を飲む時にけっこう汚してしまったような気がする。
もちろん、行動阻害対策のお陰で実際には汚れなど付くわけが無いけれど気分的には汚れたので。
男所帯だから朝風呂が居たり、昼と夜に入るメンバーが居る。
女性メンバーは三人しか居ないが今はメイド達も利用するようになっているので鉢合わせが怖い。
風呂場こと『スパリゾートナザリック』は男女合わせて九種十七浴槽がある。
十二のエリアに分かれていて混浴もある。
それにしても第九階層はどこまで広いんだろう、と改めて驚いた。
図面だけでは分からない驚きの広さ。
「モモンガ様、風呂場をご利用なさるのですか?」
と、裸足の一般メイド達と出くわした。
掃除していたようだ。
「洗面台が無いのでな。この広大な風呂場を掃除していたのか」
「はい」
スラリと伸びた脚は美しいと思いつつ一般メイド達が掃除するには広すぎるのではないか、と疑問に思った。
それと危険な浴槽があるので一般メイドが向かえば死ぬんじゃないか。
「チェレンコフ湯は確かに我々では掃除は
「そうか。危険なところに行って死んでしまっては困るからな。掃除も大事だが身体は大切にしろよ」
「お心遣い感謝致します」
メイド達と別れて洗面所代わりの浴槽を見つけ、顔を洗う。
骨の手なので水が上手くすくえない。
ゲーム時代よりリアルな描写になっていて実際には難しいんだなと感心した。
リアルというかほぼ実写だ。
造形的にはゲームとそれほど変わらない顔も、より現実に合わせた姿なのかもしれない。
それなのに視覚と嗅覚があり、身体を動かせられる。
筋肉に類するものが無いのに。
とても不思議だ。
他の種族の仲間たちも違和感無く身体を動かせられるのだからアバターとはいったい何なのか。
「この水って何処から引いてるんだろう……」
当たり前のように使っているけれど、細かい原理はさっぱり分からない。
元々ナザリック地下大墳墓という拠点は無数に点在するダンジョンの一つだからいつどうやって作られたのか、それは運営しか分からない。
ゲーム的に調整されているようなので、現実の常識と乖離している筈だ。それでも違和感無く使用できるのは本当はとても凄い事ではないのか。
無から有を生み出す技術。
とんでもない錬金術だ。
後は何処まで現実に干渉できるかだ。
執務室に戻ったモモンガは分かる範囲の事柄を書き留めていく。
誰かに見せる用というわけではないけれど、何かしていた方が気がまぎれる。
その後で地上に出てみようかと思った。
まだ一度も外の様子を見ていなかったので。
十の階層を持つナザリックは通常の転移魔法を阻害するエリアが存在し、転移の指輪のみで移動することが出来る仕様になっている。
『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を使えば指定した階層に瞬時に移動できる便利アイテムだが敵に奪われると侵入され易くなってしまう。
とにかく外敵対策ばかり講じてきたせいで自分はとても卑屈で弱気なのかもしれない。
それにもまして仲間たちが居なくなる寂しさもあいまってネガティブになっているようだ。
自分でも分かってはいる。
何とかしなきゃ、とは。
「……外の空気というものを吸わないと駄目だな……」
一人でいきなり出るのは不味いので、誰と一緒に出ようかな、と。
仲間は既に調査として出ているから
「……あ、魔法より直接行った方がいいか……」
その相手は結構近くに居るのでモモンガは歩いていくことにした。
時間にして五分もかからない。
「アルベド。地上までついて来てくれるか?」
「はい。モモンガ様の行くところは何処へでも」
嬉しそうな顔をする角美人。
デフォルトの
確か悪魔っぽい尻尾があるタイプも居たような気がした。しかし、アルベドには尻尾が見当たらない。
「ああ、
全部で百個あるから階層守護者などの特定のNPCに渡した方がいいだろう。
本格的に外で活動する時は外さないと駄目だ。そうすると外に指輪を預かってもらうNPCも用意した方がいい、と思った。
そんな事を考えつつ、使用者が決まっていない指輪をアルベドに渡した。
それはもう目玉が零れ落ちるのではないかと思うほどアルベドにビックリされた。
凄い顔になったな、とモモンガも驚いた。
地上に出ると草原で作業をしているメンバーの姿が見えた。
ぷにっと萌えが居たら原生植物と見間違えそうな気がした。
空には白い雲。どこまでも広い水色のような青空。
自分たちが居た空とは雲泥の差があるほどの美しさがあった。
ゲームの世界と遜色ない灰色の空ばかりだった世界。
呼吸器をつけなければ外出も出来ないほどに汚染された大気。だが、ここの空気はとても澄んでいるという。
草は新緑。
「……うーん」
これらの世界を生身ではなくアバターで感じるのは勿体ないと思う。
周りを見ても近代化の痕跡は無い。
自然豊かな風景。
「アルベドは武装していた方が……、いやいいか。〈
飛行魔法の範囲版で複数人を術者の意思で浮かせる事が出来る。
アルベドの場合は種族スキルで飛べる事を思い出したが使ってしまったので諦める。
空高く浮いた後、下の世界を眺めると想像以上に広範囲に草原と森林が広がっていた。遥か遠くには山があるけれど、やはり近代的な建築物は見えてこない。
空に浮かぶ城も無いし、モンスターの姿も見えない。
視点を変えると獣道が見えた。
舗装された道路というものも無いようだ。
「……綺麗な世界だ」
自分たちが居た世界に比べて余計なものが何も無い。
純真無垢なる風景。
ゲームの世界でもここまでの美しさは表現できない、とモモンガには思えた。
ユグドラシルというゲームはその名が示す通り『北欧神話』をモチーフとしている。
本来なら
現代社会はここまでの風景を再現するに至れなかった、という事かも知れない。
「……こんな世界を燃やそうだなどと……」
もちろん冗談だろうけれど。
頭では分かっている。
マンネリ化した生活から脱却するには
モモンガは何度か地表に魔法を放とうとする
フリでも魔法が勝手に出てしまうと困るけれど。
「……モモンガ様?」
「……人の居る世界なら手に入れてしまえばいいだけだ」
異世界転移という事だし、現地民が居るはずだ。
誰も居なければこの辺りの土地を自分達で開拓、または自然公園としてしまうことも可能だ。
いきなり勝手に柵とか打ち込んだら怒られるかもしれない。
土地取得にかかる資金を得る。それもまた方法の一つだ。
開拓していったら綺麗な風景が台無しになるのか。ずっと観賞していたら飽きてしまうのか。
いつまでも見ていて飽きない、とは結構信用ならない言葉だけど。
飽きたら開拓しよう。
「うん。そうしよう。アルベド、一旦戻ろうか……。いや、もう少し遠くに行ってみようか?」
自分だけ納得しても仕方が無い。
せっかくアルベドを伴なっているのだから彼女の意見も聞かなければ。
「モモンガ様の行くところならば何処へでもついて行きますわ」
「……あー、そう? 知らない土地だもんね」
自分の欲というものが無いのか。それとも上位者の命令が最優先なのか。
普通に考えれば後者だ。
それに自分の意思というものはNPCには介在しないのが本来の姿。それが自我が芽生えたからってすぐに好き勝手に動いて反乱を企てる、というのは考えすぎか、と。
宙に浮くアルベドの姿を少し眺める。
腰から生えている黒くて大きな翼の羽ばたき。小さな黒い羽根が舞い散る様は美しくはあるが長く滞空しているとハゲるのか、気になってしまった。
演出とはいえ舞い散り過ぎではないかと思う。
「……アルベドの羽根は生え変わったりするのか?」
「はい。明日になれば失った羽根は再生成されます」
「……へー」
気の抜けた返事だが、結構驚いている。
再生成するのか、しかも一日で、と。
NPCの身体の神秘というやつか。
そもそもハゲるほどの設定は見た事が無い。
確か延々と散り続けるけれど最終的に全ての羽根は落ちなかった気がする。
常に黒々とした羽根という印象があるから。
実験として全部落すのは可哀相だよな、と思って思考を切り替える。
地表に降り立ち、先ほどの黒い羽根を捜してみると何枚か見つけた。残りは風に飛ばされたようだ。
ああいうのは最終的にどうなるのか、いつか追跡してみたい。
とりあえず羽根は拾っておく。
「………」
ゲーム時代の事ばかりだが、通常ではありえないこと、というのは多々ある。
いわゆる『仕様』だ。
出来る事と出来ないことの存在。
どう頑張ってもシステム的に実装されていない事が出来ない。
設定されていない事はどう頑張っても不可能な事がある。
その一つが羽根を拾うこと。
もちろん拾えるアイテムはある。だが、自然物である草を何気なしに
プレイヤーの行動。背景のオブジェクト。景色などは全て運営会社が時間をかけて構築して来たものだ。
無限のデータが存在しないので削減される部分はどうしても発生する。
ゲームの進行に関係ないものは特に。
顔の表情とかが代表的だ。
現実世界ではないのだから細かい部分まで何でも出来るわけが無い。
小石一粒。汗一滴。毛細血管の一本。髪の毛や血。水一滴。
後は塵。垢。
その全てを完全再現するのに途方も無い容量と設定する為に動員される人員の人数は知りたくないほど膨大でなければ不可能だ。というよりは出来たらスゲーと思う。
どう考えてもそこまでの細かさを実現できるとは思えない。
宇宙の広さを完全再現する事ができないように。
ナーベラルの言っていた地球へ行くなど荒唐無稽も
光年単位をゲーム会社がどうやって再現するんだよ、と。
「……ゲームじゃないから理屈が通る……んだろうな……」
そうでなければ話しが合わない。
ゲームキャラクターであるアバターが現実に干渉する。
普通に考えて道理が合わない。
それを無理矢理に整合するのは神の所業。
あの赤い髪の女性の言葉が真実ならばこの世界は神が創りし世界という事にならなければおかしい事になる。
神様が存在する、訳が無い。
だが、それを今は否定する事が出来ない。
こんな綺麗な世界を用意する相手だ。
異世界転移などというものがありえてはいけないのに。
「この世界を楽しめと神が言ったのなら楽しまないと勿体ない」
どの程度の行動なら神は怒らないのか。
異物として追い出すより、もう少し詳しく話しを聞くべきだったか。
それ以前にそんな話しを信じる人間など居るわけが無いし、常識の範囲でものを言え、と追い払っていたかもしれない。
現実は非常識という答えを出してしまったわけだが。
仲間達は興味津々だったようだが、自分はそうはならなかった。
「……あ、でもあの人……、破壊神なんだよな」
軽く流された気がするけれど。
難しい話しに参加できない自分も悪いけれど、色々と尋ねておけば良かった。だが、聞きたい質問が全く浮かばなかったからどうしようもない。
「アルベド。この羽根を貰ってもいいか?」
「地面に落ちたものより生えている方が綺麗だと思われますが……」
「いや、こちらでいい。しかし、明日には再生成されるとはどういう事なんだ?」
「そこまでは……、分かりかねます」
そもそも玉座の間にずっと立っていた彼女の足元は常に綺麗だったはずだ。片付けたとも思えない。
普通なら自然と消滅していく。
ゴミデータを溜めておくのはゲーム的に負担となるから。
一部の死体も時間経過と共に消える仕様だった筈だ。
何枚か羽根を拾い集め、一旦執務室に戻る事にした。
今日はまだ冒険したい気持ちでは無いので。
◆ ● ◆
アルベドと別れた後で机の上に羽根を並べる。
鑑定魔法の結果は『
ふと気になったので壁に鑑定魔法をかけると『壁』と出るのだが、それらの情報は脳裏に現れる。
小さなウインドウのようなものは視界には出て来なかった。あと、時間経過と共に消えてしまうので全ての文章を読むには何度も同じ作業の繰り返しになる。
フレーバーテキストが今は脳裏頼りというのは心許ない。
机に鑑定魔法をかける。おそらく知りたい事を強く意識したものを優先的に鑑定するようで余計な小物は排除される。
無機物などの鑑定の時、成分表が付随する。これは素材アイテムの一種と扱われている為だと思われる。
ドレスルームに置いてある服や武器に鑑定魔法をかけると簡単な素材名が表示される。
では、
ゲームでは様々なパラメータが出る。と思ったところで、これは別に大差ない事だと気づき、少し恥ずかしくなった。
違うのは本来は鑑定できないオブジェクト類のことだった。
「……アイテムの効果を忘れている事もあるから、後でまとめて調べておこう」
自然と出る独り言だが言い終わってから気づくと恥ずかしいものだ。
一人暮らしの『あるある』かもしれない。
まずアルベドの羽根はアイテムとして使えるのか、という疑問から考える。
無限に生え替わるようなアイテムっぽいけれど、だからといって搾取し続けられるとは思えない。でも、ありえそうなので、これはあまり考えないことにした。
一部の魔法を行使する触媒として使えるようだ。
次に明日になると消えるのか、どうか。こちらは魔法をかけて放置するだけ。
死体の保存などの関係で習得している『
「……あれ? なんで俺……、こんな実験じみた事してんだ?」
何だか、
やっちゃったものは仕方が無い。
何だか二度手間のような気がしないでもない。
考えても仕方が無いので、羽根は明日再確認する事にして今は何時だろうと思った時、ウインドウが出せない事を思い出す。
ゲーム操作のクセというものは中々直せるものではない。長い時間をかけて身につけてしまったから。
時計を設置しないと現在時刻が分からない。
シモベに連絡を入れて壁掛け時計が作れないか聞いておく。
腕時計はあるにはあるがたくさんは持っていない。
『モモンガさん、生きてます?』
「死んでまーす」
突然の連絡は『
連絡してきた相手は耳に馴染んだペロロンチーノ。ついアンデッドギャグで返してしまった。
『さっきメイドに聞いたら、この世界の一日って二十八時間だそうですよ』
「……はっ? 二十八?」
『しかも凄く精確に答えまして。他のメイドも同じ回答ですからビックリしました』
「……本当……というかどうやって分かったんでしょうか?」
『なんでか分からないけれど、そういう仕様では、と……』
異世界の次はメイド。
驚きの連続はモモンガにとって混乱し放題の結果だ。
すぐにモモンガも一般メイドの一人を呼びつける。
そして、尋ねるとペロロンチーノと同じ結果となって愕然とする。
誰に聞いても同じ答えなのは冗談ではない、という証拠だ。
「どうやって知りえたのかは分からないんだな?」
「はい。前から一日は二十八時間ほどだと……」
ゲームの設定では二十四時間ぴったりだ。
本来ならば誤差とかあるのが正しく、メイドの答えも二十八時間ジャストではなく十数分の誤差があるようだ。
つまりこの世界の自転周期が四時間分遅い事になる。更に下手をすれば一年の日数も違う、という事もありえる。それは覚悟が足りなかったので聞かなかったが。
ここが太陽系と同じとは限らない。というか、異世界なのだから当たり前だ、と思う。
確認出来ない事が多いから曖昧なのだが。
睡眠不要の身体だから一日の経過時間は会社への出社予定でも無い限り、そんなに気にした事は無かった。というよりこの世界に来て何時間経ち、また地球では今何時なのか。
確実に一日は経っている筈だ。あと、たぶん会社は遅刻、というか欠勤だ。
予定が決まっていたものが
ゲームの通信回線でも会社に連絡が取れるか試してみたが無理だった。そもそも登録していないから当然だと思った。
『
ただ、何故か仲間やNPC連中には繋がるのだからバカげている。
「モモンガ様。お加減でも悪いのでしょうか?」
「……いや、そうではないが……。少し一人になりたい。下がってくれ」
「は、はい。
心配そうな顔を向けていたメイドを下がらせてモモンガはため息のような吐息を盛大に吐き出す。
知ると怖い真実というのは精神的に辛い。
現実社会の事を切り離して異世界を楽しむべきならば苦労は無いのだが、すぐには無理だ。
ゲームの為に会社をいきなりやめるのは不味いとモモンガでも思う。
課金の資金を稼ぐ意味でも、無くてはならない社会の歯車としては物凄く勿体ない気がする。
もう課金に資金は投入できないけれど。
急な人生設計は簡単ではない。
「ああ、また一人で悩んだら仲間達に連れ出されてしまうか……。いやでもそうだよな……。俺だけが働いているわけじゃないもんな」
と思い、他の仲間に連絡を取ると納得する者。驚く者と三者三様の反応があった。
まず一番最初の街に出るまでに物凄い労力を使っているギルドランク九位の組織ってなんだろう、と思わないでもない。
序盤の街に行くのに十年くらいかかるんじゃないかと。
屈強な仲間を引き連れて村に行けば襲撃者と思われるだろうな、と。
冒険と言っても簡単ではないかもしれない。特に自分達は異形種だし、ユグドラシルの世界とは違うらしいし。
まずは現地民の確認だ。
既に人間が居る事が確定している気がするけれど。
仲間を何人か集めて外の様子を窺う『
このやり取りもきっと
それでも再確認は大事だ。
「俺達以外にもプレイヤーって居ると思います?」
と、タブラ・スマラグディナが言った。
だいぶ慣れたせいか、
「最終日にどれだけ俺たちと同じ事をしたのか、にもよりますね。あるいは無理矢理アバターを呼び出されて性格を植えつけられたとか」
もし全てのプレイヤーが赤い髪の女性と会って、尚且つ似たような説明を受けたとする。
全プレイヤーが関わると総数は数万人以上にもなる。当然、敵対プレイヤーもたくさん居る事になってしまう。
「ただ、同じ時間軸に居るのか、という問題があります。全員が同じ時間からスタートという保証はないですよね」
「そうですね。でも、同じ時間に居そうですよ。俺達が
「それは拠点に居たからでは?」
「確認できませんし、推測ですけど。仮に違う時間軸だと彼らの一部は英雄的な存在か、未だにまだ世の中に現れていない状態なのか、と考えられます」
「あと、悪さをしている最中とか。俺たちと同様に異形種や亜人プレイヤーだって居るでしょうし」
全員が人間種とは限らない。ただ、人間種は比較的扱い易いので人口が多い。
異形種プレイヤーは様々なペナルティがあるので玄人向けと言われている。
「ユグドラシル2ではないなら原住民の存在はどうなんでしょうか。居るような気がしますが……」
「オンラインゲームではないのは確定でしょうけれど……。ゲームシステムが通用する時点でおかしいですけど」
「行った先の村が敵対プレイヤーだらけだったら嫌だな」
そうだったらすぐに焼くけど、という小声が聞こえた。
「手探りで世界を楽しむ予定ですが……。敵を殺すのが目的ってわけでもない」
「人の居る街にでも行かないと駄目ですよね」
「ペロロン君が一通り空から世界を眺めた感じではユグドラシルの地形とは違うらしいです」
「……いきなり身も蓋も無い冒険をしてきたんですか、あの人」
いやまあ、飛べるなら飛んで確認する事は別に悪い事では無いけれど、とモモンガ少し残念な気持ちで思った。
「慎重すぎるのも考え物だけどね」
「すみません」
「モモンガ君の場合は慎重というか神経質なところがある。少し肩の力を抜いた方がいいよ」
「……はい」
「うん。この辺りは平野部になっていて山岳地帯も近くにあるらしい。見えた範囲では近代化した都市などは無いそうだ。自動車とか飛行機とか、そういうのは無いと」
移動は主に徒歩か騎乗動物に限られる。
舗装された道路が殆ど無い。
それはつまりいくつか集落も見つけてきた、という事になる。
「自然豊かな具合から中世の異世界ってところだね。定番ではあるけれど」
「普通なら城とかに行きますが、広大な森を突っ切ったり、砂漠地帯を行ってみますか?」
お約束の進行をあえて行かない。それはそれで冒険を楽しむ手ではある。
序盤でそういう事をするといきなり凶悪なモンスターに倒されるものだが、自分達はレベル100の上位プレイヤーだ。そうそう負けはしないと自負している。
ただし、それはゲーム時代の話しであって、この世界にはユグドラシルよりも更に凶悪なモンスターが居るかもしれない。
第十階層に居た化け物みたいに。
「同じルールならいいけれど、全く違う概念もあるかもしれない。例えばカードで敵を倒すとか」
「その土地ならではのルールが適用されていれば我々でも勝ち目が無い場合があるわけですね」
つまりは強大な
それはそれで今まで集めたアイテム類を全否定する事になるので物凄く残念な気持ちになる。
赤髪の女性になすすべが無かったのだからありえないことではない。
「それらはこれから調べていくしか無いですね」
机上の空論は実際に確認しない限り不毛でしかない。
ペロロンチーノが確かめたのであれば
アイテムの効果や操作方法を覚える意味では有効的と答えられたのでモモンガも納得した。
空を飛んで確認した限りにおいて、この世界は相当な広さがある。
ユグドラシルのフィールドも相当な広さがあるけれど、どこまで行けるのかは今後の調査次第として保留にされた。
問題の人家についてはもう少し調査を続けないと見つけられない。つまり現在『ナザリック地下大墳墓』がある地点は相当
自然公園の中とも言える。
「立て看板も無いし、立ち入り禁止の警告音も鳴らない」
「外から見るナザリックは自然と同化したように不自然さがありませんでした。まさに遺跡そのもの」
ゲーム世界に存在した拠点がどうやって違う世界に転移したのか。
普通ならば一定範囲の土地が入れ替わる現象などが起きるものだ。
常識外の力が加わった場合は『核融合』を起こしても不思議ではない。
無機物同士の融合は安易に起きるものではないから。
「『熱力学第二法則』にケンカを売るような真似して大丈夫なのかな」
「元々詰まっていた内部の土砂とか何処に行ったんだろう……」
超圧縮された物体の熱は何処かで吐き出されなければならない。
ナザリックの遥か下降付近でマグマ溜まりとなって噴き出す可能性も否定できない。
「……ああ、サーモグラフィーが欲しい。スゲー気になる~」
「第七階層の溶岩って下に落ちてきたりしませんかね」
「シズに検査できるか聞いてこないと……」
一部は危機意識を持ち、移動を開始する。
モモンガはゲーム以外の専門知識が無いので仲間たちに任せるしか無い。
「ナザリック崩壊も考慮して新しい拠点を用意した方がいいかもしれませんね」
「……そうですね。勿体ないですけど……、アイテムの移動に関してはそれぞれに任せます。……しかし、物理法則は何処まで通じるんでしょうか。俺、そういうの全然分かりません」
「……う~ん、どうなんでしょうか。
「……あはは」
「……そこまで細かい部分をモモンガさんにどうこうしろ、とは言いませんよ?」
「ありがとうございます」
「ギルドマスターはどっしりと構えてほしいです。
「頑張ります」
気弱な支配者が玉座に座っている組織はとても不安だ。
怯えすぎじゃん、と自分でも容易に情景が浮かんだ。
でも、今まさにそういう状態なのが自分の精神状態なんだよな、とがっかりする。
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