004 聖戦士の戦い

 骨の指を組んで唸っているとタブラから連絡が届いた。

 早速、第十階層に向かうモモンガ。

 ただ、すぐに戻ってきて部屋に控えているメイドに休息を命じておく。そうしないと永遠に待機したままになる気がしたからだ。

 食堂の様子を見る限り、メイド達は空腹を覚える。それは人造人間ホムンクルスの特徴なので知識として知っていたが現実で効果を発揮するとは想定していなかった。

 それらはあくまでゲームを楽しむ為の設定に過ぎない、と。

 今はその設定が現実に生かされている。

 当たり前かもしれないが、ゲームでは何も起きない説明文に過ぎなかった。

 改めて第十階層に向かうモモンガ。

 セキュリティの関係で玉座の間に転移で直接には向かうことが出来ない仕様にしていたので多少の歩きは必要だった。

「何か分かったんですか?」

 と、早歩きで玉座の側に立ち尽くすタブラとアルベドの下に向かう。

 普段ならそれだけで疲労の為に呼吸が激しくなったりするものだが、アンデッドの身体は疲労知らずの為に全く疲れた気分にならないし、呼吸も気にならない。おそらく永遠に息も止められるのではないかというくらいだ。喉も食道も無いので。

「説明よりは見てもらった方が早いですね。アルベド」

「畏まりました」

 タブラの言葉を受けてアルベドは玉座の隣りに移動し、そして、手を軽く振る。すると半透明の板が現れる。

「おおっ!」

 モモンガは驚いた。

「ご覧の通りです。アルベドの権限でコンソールが出せました」

 コンソールと言ってもNPCノン・プレイヤー・キャラクター達の様々なデータが記載されているものでモモンガ達の目的のものではなかった。

 それでも事態が一歩進んだ気がした。

 このコンソールはアルベドの権限で出せるのだがタブラやモモンガには出せないものだった。

 仕草だけ真似ても駄目、または無駄。

 一度出したコンソールはモモンガ達でも操作は出来るようだがログアウトボタンは見つからなかった。

 それはそれで仕方がないと諦められる。

 ナザリック地下大墳墓に居る全NPCの情報がある事を大雑把に確認していく。細かい内容はまた後で調べればいい。

「……ゲーム時代と同じようですね」

「問題はここからです」

 と、脳食いブレイン・イーターのタブラは言った。

 表情アイコンが無いので今の感情が全く分からない。声の感じでは普通に説明しているだけのように聞こえるが嬉しいのか悲しいのか、判断は出来なかった。

 喜怒哀楽が分からないとコミュニケーションする時に色々と不都合が生まれる。特に相手の顔色をモモンガは人一倍気にするので。

 個性豊かなギルドメンバーをまとめるのも現実リアルの仕事並みに大変だった。


 タブラはアルベドを少しだけ移動させて同じ命令を実行させてみた。

 何も無い空間を手で払うアルベド。当然の事のように何も出てこなかった。

 それを数回繰り返させた。

「ご覧の通りです」

「ウインドウが出ている間は何も出せない……」

「それは何度かやりましたが、違います。特定の場所でなければウインドウが出せない、ということです」

 モモンガは自分の足下に顔を向けた。

 タブラの言葉が正しければ『立ち位置』に関係する、と。

「特定の位置っていう設定なんてしましたっけ?」

「そうなってしまった、と考えるのが自然でしょう。先ほど、勝手ながら玉座に座らせてもらいました」

「は、はい」

 調べる仮定で座るくらいはモモンガとて喚きたてたりはしない。

 そもそも、この玉座に座ったのはゲーム時代はそれ程、多くはなかった。

 手に入れた時はみんなで一通り座ったものだ。

 あと、この玉座は世界級ワールドアイテム『諸王の玉座』というものでGMギルドマスター個人が独占していいものではない。

「玉座に座れば何かが起きるかと思ったのですが、何も起きませんでした。なのでモモンガさん。まずは座ってみてください」

 言われるままモモンガは玉座に座った。

 サービス終了時にも座っていたのだから急に変化は起きない、はずだ。

 サービス前は様々なウインドウが開いていて時間なども確認出来た。それは個人のステータス仕様だから他人からは見えないはずだ。

 現に今も無駄なウインドウは見えていない。

 言わばこの世界の住人になったような感覚か。

「ギルマス権限においてウインドウを出してみてください」

「……ああ、なるほど。マスターソース・オープン」

 アルベドがおこなったようにモモンガも玉座に座ったまま空中で埃を払うように手を動かした。

「おっ!」

 現れたのは先ほどのNPCデータではなく、ステータスウインドウでもない。

 ナザリック地下大墳墓の全容が収められている管理データだ。

 ギルドに所属している者達、全NPCのステータスを個別で確認することはもちろん、加入メンバーのステータスも納められている。他には保有している資金。アイテム。稼動しているトラップ類の情報など。

 ただし、ログアウトのボタンは無い。かつてあっただろう部分を確認したり、押したりしてみたが無反応だった。

「装備品の情報はどうなっていますか?」

「出せるようです。引退したメンバーの武具も出し入れ自体は可能なようです」

 問題なのは玉座に座っていないとマスターソースが出せないことだ。

 位置だけなら玉座に物凄く近い位置でなければ駄目なのかもしれない。

 いつもなら離れた場所でも自由にギルドマスター権限は行使できた。それが今は出来なくなっているのが面倒なことだった。

同士討ちフレンドリーファイアはどうなっています?」

 基本的にギルド所属となっている者は同士討ちフレンドリーファイアを受けないシステムになっている。それは大墳墓内のモンスターとNPCにも適用される。

 各NPCのステータスを見る限りにおいて名前が羅列されているのだからギルド所属のはずだ。

「皆さん、ギルト所属になっていますよ」

「おかしいですね。先ほど茶釜さんがペロロンチーノさんに攻撃できたと言ってましたよ。しかも、結構なダメージになったとか」

「ええっ!? それはマジですか!?」

 驚くモモンガに対して頷くタブラ。

 すぐに『伝言メッセージ』で事実確認を取る。

『普通に当たるようです。これはなんとか出来ますか?』

 コンソールを操作しながらモモンガはペロロンチーノの意見を聞く。

 本来ならば何も問題は無いはずだ。

 個人用のウインドウを開くことが出来ればまた違う結果が現れるかもしれない。

 一番怪しいのは『フレンド』という項目だ。それが今は見当たらない。

「……ギルドの所属には異常が無いのに……」

 フレンド登録という仕様が無くなってしまった、ということかもしれない。

 ゲームの中では仲間内からの攻撃はどんな行為や魔法でも殆ど無効化していた。故意に当てようとしない限り、という条件がつくが。

 そうでなければ大規模戦闘の時に互いに足を引っ張ってしまう。

 範囲魔法や範囲攻撃スキルを持つ場合は使用に差し支える。

 ダメージは無くとも打撃は当てられる。それは机を叩けるからだ。

 高レベルプレイヤーであるモモンガの力でも机に与えられるダメージは『0』だ。今までは。

 これは力が足りないという訳ではない。

「味方にダメージが当たることを想定した戦略を練り直す必要が出るかもしれません」

『そうですか……。まあ、無理なら諦めるしかないでしょう。モモンガさんが無理だというのならどうしようもない』

「コンソールは出せたので色々と調べてみます」

『よろしくお願いします。このままだと姉貴に殺されてしまう』

 モモンガは苦笑しつつ魔法を解除した。

 魔法は使用者の一存で継続時間をキャンセルできる。それはいくつかの魔法で確認済みだった。

「仲間割れが起きたら大変ですね」

「そうですね。モモンガさんを倒してもギルドマスター権限は簡単には奪えないと思いますが……、それはどうなんでしょうか? あと、死んだら復活できそうですか?」

 物騒な言葉を聞いてつい身構えてしまったモモンガ。だが、確かにタブラの言うとおりだった。

 仲間割れが起きて自分が殺されるとナザリックの機能を奪われるおそれがある。

 今の段階では無事なのかもしれないけれど、将来的な不安要因である事は確かだ。


 小一時間、タブラと共にコンソールを調べてみたが同士討ちフレンドリーファイアは解決しそうに無い。

 念のためにギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』も使用してみた。

 課金アイテムのクリエイトツールに似た使い方が出来るので色々と試してみた。

 クリエイトツールはタブラ達のに渡してあり、手元に無い。

 その友人もユグドラシルプレイヤーだが参加しているのかは確認していない。他にも数人ほど顔が浮かんだ。

「出来ない事が分かっただけで良しとしますか。いつまでも続けても事態は変わらないでしょうから」

「そうですね……」

 見慣れた画面をどんなに操作しても隠された機能は現れない。

 そもそも一番、コンソールの画面を操作してきたのはGMギルドマスターたるモモンガなのだから。

 まず出来ることと出来ないことを把握する。

 後は外の様子を調べることくらいか。それとも稼動しているNPCを把握する事だろうか。

 それぞれのメンバーが生み出したNPCが主の為に攻撃してくることもありえないわけではない。同士討ちフレンドリーファイアが解除されているのだから。

 一旦、自室に戻り、寝室にある大きなベッドに横たわる。

 睡眠不要なので眠気は起きない。

「……そういえば、時計……」

 銀色の板状になっていて時刻を告げる声がぶくぶく茶釜というアイテムがあった。

 ゲーム内のアイテムは攻撃でも受けない限り、劣化しない。いつでも正確な時間を知ることが出来る。

 早速、アイテムボックス内を探る。

 所有できるアイテムは無限の背負い袋インフィニティ・ハヴァサックのお陰で膨大だ。

 見た目は皮袋なのだが500キログラムまでアイテムなどを入れることが出来る。そして、それを複数所持しているので全部出せば部屋から溢れるかもしれない。

「……まさかこんな所で使う事になろうとは……」

 貧乏な性格ゆえに捨てるに捨てられない。今は素直に持ってて良かったと思える。

 銀板に浮かぶ時刻は二時過ぎ。

 問題は自分達の住んでいた時刻とどの程度、合っているかだ。

 この世界ではまだ朝方の時間かもしれない。

 少なくとも夜ではない気がする。

「たっちさんがどうなったか忘れてた」

 外の様子を見に出かけたギルドメンバーの事を思い出し、執務室に向かう。


 ◆ ● ◆


 たっち・みーとナーベラル・ガンマは敵性体に出会うことなく今も獣道を進んでいた。

 機械文明の欠片も発見できず、澄み切った青空がやけに広い。

 更に遠くには白い星がいくつか見えている。

 白銀の鎧のこすれあう音と武装したメイドの防具の音が静寂を破る程度だ。

 時計は無いが一時間は経ったかもしれない、とたっちは思った。

 会話は無く、ひたすら歩くだけ。

 それでも大気が汚染されていない澄み切った空気はゲームのキャラクターなのに感じることが出来るような錯覚を覚える。

 呼吸が出来る種族なのだから当たり前かもしれない。けれども、ゲームでは仮想空間での出来事なので疑似体験程度が関の山だ。

 どこまで行ってもゲームとしてのシステムからは逃げられない。それが今までの常識だった。

 今は少し違っていた。

 自らのアバターが本来の自分現実の身体と全く遜色なく機能している。

 当たり前のように思うのだが、この状態でも飲食が出来、排泄も出来そうな気がした。

 睡眠も取れるかもしれない。

「……大気成分に問題は無いようだ」

 当たり前だが地球人は地球の大気で生活が出来る。

 硫黄が充満する世界の住民は硫黄が無ければ死ぬかもしれない。

 住む世界が違うだけで生物にとっては過酷な環境になる。

 海洋生物が急に地上で生活できないように。

 呼吸を必要としない種族は問題ないかもしれないが、一部の種族にとっては死活問題だ。

「……静かだな……」

 自分達の防具の音以外聞こえないほどだ。

 時折、風によって木々の葉が擦れる音が聞こえる程度だ。

 鳥や小動物の鳴き声はまだ聞こえてこない。

 自分達の住んでいた世界はここまで静かな事は無い。うるさすぎるほどだ。

 景色を楽しむ余裕があるのはいつ以来だろうか、と思った次の瞬間には自然と身体が動いていた。

 目の前にはゲーム時代にはあった様々なウインドウが今は無い。それにも関わらず、動くことができたのは現実でも精神を研ぎ澄ませていた成果なのかもしれない。それにしばらくゲームから遠ざかっていたとはいえ世界王者ワールドチャンピオンの腕はまだ鈍るには早い。


 たっちはナーベラル目掛けてブロードソードを奮う。

 突然の攻撃に対してナーベラルは戸惑うものの反撃しては裏切り行為になると瞬時に思った。

 それは時間にして一秒もかかっていない。


 ヒュッキンッ。


 という風を切るような僅かな音とほぼ同時に金属に当たる音が聞こえてきた。

 たっちの剣はナーベラルの首を断たずに止まっていた。

 慌てて動けばナーベラルの首は今頃、地面に落ちていたのではないかという状態だ。

「……動くな……」

「……はい」

 たっちの静かな言葉に対して静かに返答する。

 攻撃した正体は不明だが、攻撃箇所からナーベラルを狙ったのは事実だ。

 一分ほど静寂に包まれる。その間、剣はナーベラルの首元で止まっていた。

「身体の勘が残ってて良かった」

 苦笑するたっち・みー。

 だが、その後でまたも剣に動きがあった。

 カン。キン。

 剣に当たる音から察するに金属か硬質のもの。それはつぶてや矢に類するものの筈なのだが地面には何も落ちていない。

 魔法攻撃というわけでもないようだ。

「……いざとなれば私ごとお斬り下さい。足手まといにはなりたくありません」

「まあ、慌てるな。そう簡単にNPCを処分しては世界王者ワールドチャンピオンの実力が疑われる」

 ユグドラシルというゲームの中で上の上プレイヤーに位置する意地は少しばかりある。

 この程度で弱音は吐きたくないし、失敗もしたくない。

 攻撃の状況から敵は一人。または一匹。

 姿が見えないのは不可視化しているからだと思われる。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの悪ふざけとなると数人は顔が浮かぶ。あと、ナザリック地下大墳墓に居るモンスターでも不可視化が出来る者はたくさん居る。

 問題はたっち・みーが居ると分かってて攻撃する者だ。

 明らかにナーベラルを狙ってはいるのだが、ナザリックの者はたっち・みーを怒らせるようなことはしない。または出来ないはずだ。

 出来ない理由としてはつい先日まで居たギルドなのだから急に反旗を翻すのは考えにくい。

「ギルドの中のことは後で調べればいいが……」

 剣に伝わる感触から強敵というほどの実力は感じない。

 金属系の攻撃は武器なのか肉体武器なのか、それは判断できない。

 見えない相手との戦闘は経験が無い訳ではないけれど、何の対策もしていないと対処が難しいものだと苦笑しながら思った。

 まして、こんな平和そうな草原や森があるところなのに、と。

「現地のモンスターだとすれば……、殺さずに持ち帰りたいな」

 方針が決まったところでたっちは敵を感知するスキルを発動する。

 生物系の場所を把握する上では必須なのだが、探知妨害されれば戦士職のたっちとしては少しばかり苦戦するかもしれない。

 それを補う為にマジックアイテムがあるわけだが。

「……んー」

 感知した限りにおいて敵は一匹。それも結構な速さで飛び回っている。

 大きさは三十センチほど。

 たっちの記憶にあるモンスターではいくつか浮かぶのだが、それがそのまま当てはまるとは限らない。

 分からない場合は掴まえて確認するのが一番だ。

「……防御魔法は使えるのか?」

「はい」

「なら……。身を守り、転移の準備を」

「畏まりました」

 ナーベラルは『盾壁シールドウォール』を唱えた後で『伝言メッセージ』を使う。

 『転移門ゲート』の準備とロープの用意をするように頼んだ。

「……色々と変わっているんだな」

 決まった命令にしか反応を示さない、はずのNPCが色々と言葉を汲み取って独自に解釈している。それは意外であり、驚きでもある。

 敵は相手の強さが分かっているのか、それとも別の目的があるのか。たっちはすぐさま思考する。

 狙われているのはナーベラルだ。

 全身鎧フルプレートで固めた相手より頭部が露出した方を狙うのは間違っていない。

 確実に急所を狙ってきた。ただし、それは相手がであれば通じただろう。

 二重の影ドッペルゲンガーも首を狙われれば命が危ないかもしれないけれど。

 相棒が『ユリ・アルファ』であれば少し手放しだったかもしれない。

 そうだとしても可愛い女の子をケガさせるのは少し心が痛む。

 正義の番人が囮など使って平気でいられるわけがない。もちろん、気持ち的には、だが。

 ゲームであれば傭兵を盾にすることも戦略の一つとして納得は出来る。

「折角、自我が芽生えた女性だ。守ってやらないとな」

 とはいえ、ナーベラルは戦闘メイド。普通なら創造主の盾になるべくして生まれた存在だ。それを守るのは筋違いかもしれない。

 そこは色々と議論する余地はあるけれど。正直、自分でもNPCが自発的に喋ったり行動したりするのはかなり驚いていて未だに慣れていない。

 命を吹き込まれた一個の生命体になったのであれば、やはり自分が選ぶ道は守る事だ。例えそれがNPCであっても。


 次の攻撃が来た時、たっちは剣を敵に叩きつけるように振り下ろす。

 不可視化していようと既に動きは読んでいた。だから当てることが出来る。

 見えない敵が地面に激突した後、たっちは見えない敵を掴んだ。

 まだ息のある敵はたっちの金属の手甲に攻撃を仕掛けるが勝負はついた。

 高レベルプレイヤーであるたっち・みーは大したダメージは受けない。

「……やはりな」

「たっち・みー様。その敵は何なのですか?」

「身体は小さくとも意外とレベルの高いモンスター……。なのだが、それと同様なのかは帰ってから調べるとしようか」

「はい」

 現地で見つけた謎の敵。

 予想が正しければ、これは『鎌鼬カマイタチ』というモンスターで確か50レベルは超えていたはずだ。

 常時発動型特殊技術パッシブスキルの一つに『完全不可視化』を持つ。

 その名の通りイタチ系モンスターで自由に空を滑空する。両手は鎌状になっていて相手を切り裂く。それから治癒魔法も使うので通り魔的な嫌がらせのようにケガを負わせては治す、という厄介というか邪魔臭いモンスターだ。ちなみに近親種は『雷獣ライジュウ』という。こちらは姿は見えるのだが物凄い速さで襲ってくる好戦的なモンスターだ。

 嫌がらせが大好きなので適度に攻撃を与えると満足して逃げていく。

 これが単体ならば笑い事なのだが、集団で襲い掛かってくる時はまた話しが変わってくる。

 ナザリックから転移門ゲートが開かれて捕獲用の道具でモンスターを縛り、運ばれていく。

「監視は無いようですので、お戻りになられますか?」

 と、丁寧に喋るのはペロロンチーノが創造したNPCで第一から第三までの階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』だった。

 大きなリボンを頭に付けていて黒を基調とするボールガウンとふっくらと膨らんだスカートにフリル一杯のボレロカーディガンを羽織っていた。

 肌は病的に白く銀色の長い髪は片側でまとめられていて日傘を差していた。

 背丈はナーベラルより低く、見た目の年齢は十二歳ほど。

「何度も転移門ゲートを使わせるわけには行かないな。一旦、戻る」

「畏まりました」

「……武装は必要なようだ」

 無防備で外に出ていたらどうなっていたことか。

 たっち・みーはナーベラルの首や顔を守れただけ、良しとすることにした。

 彼らを襲った不可視化の襲撃者が何者なのかは調査する者に任せてギルドメンバーの一部は円卓の間に集まってきた。

 第九階層にある施設だが、ここにはギルドメンバーしか入れない事になっているのでNPCは一人も居ない。

「……戦闘行為と帰還の転移門ゲートは目立つかもしれませんね」

「ただでさえ白銀の全身鎧フルプレートなんだから今更って感じです」

「それはそうなんですけどね」

 と、苦笑し合うメンバー達。

 たっち・みー達の動向は仲間がしっかりと監視しており、別の監視者が居ないか見張っていた。

「見ていた分には大したことは無いと思います。極大スキルを使ったわけじゃないし」

「第十位階魔法というのは目立ってしまったかもしれませんが……」

「時と場合にもよりますよ」

「責任問題を追及したところで不毛です。大きな変化があったわけではないし、どの道、危険と分かって突き進まなければならない時が来ます。今大事なのは現地調査です」

 この意見に反対する者は居なかった。

 可能性を追求すればキリが無い。それはそれぞれ分かっているのだが心配事はつい言ってしまう。

「捕らえた者の正体を分析し、次に備えましょう」

 それぞれ解散したり、別の議題で話し合ったり、円卓の間は忙しく稼動していた。


 第九階層の執務室でモモンガは相変わらず『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』の操作を続けていた。

 進みたい方向に指を向けると映っている風景がプレイヤーの視点のように動き始める。

 両手を使ったりもするのだが、今はただ突き進むことに集中している。

 所々に印を付ける事も出来るようで転移する時の目印になる。ただし、それはアイテムの機能であって現地に印が付くわけではない。

 現地に印を付ける場合は直接、行かなければならない。

「日が陰ってきたから夕方ってことかな」

 一時間毎に風景の変化をメモ用紙に書き留めるモモンガ。

 一日が何時間あるのか。夕方、深夜、朝は何時ぐらいなのかの目安の時間を知るためだ。

 国によって日の出の時間は違う。

 種族の特性のお陰か、眠気は感じないし、食欲も喉の渇きも起きない。

 疲労しないようだが精神的な疲れ、というのは何となく感じる。

 モモンガは『伝言メッセージ』で仲間に夕方や夜の風景の観賞を許可した。

 全員で向かうのは危険なのだが周りを調査するシモベを配置するように言っておいた。

「墳墓は隠蔽した方がいいですか?」

 ナザリック地下大墳墓は大規模侵攻を受けた経験がある。どこに敵が潜んでいるのか分からない。

『ゲーム時代ならまだしも、今も襲撃しようだなんて考えるつわものが居るとは思えませんが……』

「俺の考えすぎでしょうか」

 確かに仲間の言う事にも一理ある。

 ユグドラシルというゲームは一応の終了を迎えた。それは今更、覆せない。

 それなのにまだゲーム感覚が残っているのも恥ずかしいことかもしれない。

『目立たない隠蔽ならいいのではないでしょうか。変な侵入者が入ってきては面倒くさくなるし』

「はい」

 仲間からの意見を聞いているうちに実感してくる。


 もし、一人だけだったら。


 ログアウトボタンが無いだけで大騒ぎだ。

 自我を持つNPC達に囲まれて不安な日々を送っていたかもしれない。

 それよりも仲間が居ない事を延々と愚痴っていたり、過去の栄光をずっと引きずるような事態に陥っていてもおかしくない。

 まず最初にNPC達が反乱しないかは調べる。

 同士討ちフレンドリーファイアが解除されていて尚且つ、変更できなくなっているのだから。

 いくらレベル100であってもナザリック地下大墳墓には自分より強い者がいくつか存在している。

 階層守護者たちが手を組めばもっと厄介だ。

 彼らは対プレイヤー相手でも引けを取らない強さがそれぞれ与えられているはずなので。

 最奥の『宝物殿』にあるアイテムを確保して逃げるというのも想定しなければならない。

「……みじめな結果だな。そこまで俺は卑屈なのか」

 悪い事ばかり考えている。それはそれで仕方が無い。

 周りが敵だらけなのはありふれた日常だったのだから。

「仲間が居るからといって安心もできないだろうな」

 仲の悪いメンバーを取り持つ仕事もあるのだから。

 一人か皆かで言えばが最善なのか。

 そんなことを考えても不毛なのは百も承知だが、神経質なのか、気にする性格なのか。

 もう少し明るい話題を考えたいところだ。

 それこそペロロンチーノのようなエロい事ばかりもかもしれない。

 身体は白骨死体だけど、性欲などの気持ちはある。

「エロも真理か……。GMギルドマスターとしては最低かもしれないけれど」

 と、GMで思い出したので一応、GMゲームマスターにも連絡を入れてみた。

 通称『GMコール』と呼ばれている。

 ゲームの中で困ったことがあれば製作会社に直接助けを求める事は悪を旨とするギルドといえど利用する。

 バグとかで身動きが取れなくなったりとか。仕様による弊害の調査とか。

「……繋がらない……」

 時間差はあるけれど、繋がらないことはない、本来ならば。

 今は繋がらないような状態になっているということだ。

 仲間やNPCには『伝言メッセージ』は届いている。ゲームの仕様自体に異常はない。

 サービス終了だから無理、ということもありえる。

 連絡が取れたからと言って安心は出来ない。

 電脳法や風営法に抵触するような事をしてきたのだから、何らかのペナルティはゲームどころか現実で受けてしまう。

 最悪、多額の賠償金とか。

 そう思うと連絡できなくてもいいかな、と薄っすらとは思う。

 それに環境破壊された現実にいまさら戻ってもメリットはあるのか。

 仲間の中には家族を置いてきている人も居る。それらは戻りたいと思うかもしれない。

 強制は出来ないので、戻りたい人が居れば力になろう。最後の時を一応は迎えられたのだから。

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