003 そこは草原だった

 顔を上げたのは声をかけた一人だけ。

 ゲームとは違う対応に戸惑うモモンガ。

「楽にしていいんだぞ?」

 楽にしていい、という言葉が通じていないのか、メイド達は困惑しているようだった。

 話している言葉はちゃんとメイドには伝わっている筈だし、彼女たちの言葉はちゃんと聞き取れている。

 何が悪いのか。

「命令だ」

「はい」

「楽にしていいぞ。平伏などせず……」

 と、優しく言ってみた。

 メイド達はそれぞれ立ち上がり、手を組んで下方に腕をたらす。

 立ち上がってくれただけで良しとするかと思い、仕草には指摘しなかった。

「お前たちは……、その……、命令ならば何でも聞くのか?」

「何でもと……。至高の御方の命令に背くことなど出来よう筈がありません。身命にかけまして遂行させていただきます」

 命を掛けるとはっきり言われると無い心臓がドキリとするような感覚になる。

 内臓が無くとも擬似的に人間的な反応が起きるようだ。

 元々の身体の感覚が残っているのかもしれない。

「ならば服を脱げ」

「はい」

 元気よく返事をする一番前に立っているメイド。

 メンバーがデザインしたメイド服を丁寧に脱ぎ始める。

 何の躊躇も無い仕草にモモンガはただただ驚いた。

 各メイドは三人のメンバーが創造し、行動プログラムと衣装デザインを担当していた。

 彼女たちはNPCノン・プレイヤー・キャラクターではあるけれど総合レベルは1しかない最弱の存在だ。

 メイドが服を脱ぐ。それは別におかしな事ではない。

 だが、どこまで脱げるかが問題だ。

 風営法によれば全裸に出来ないはずだ。

 いくらメンバーがデザインしたといっても所詮はのみ。

 18禁に相当する行為は運営が厳しく監視している。だが、それらの目をかいくぐるのがペロロンチーノだ。

 エロゲーをこよなく愛すると公言している立派な変態だ。

 それでも完全な裸は本来は不可能だ。

 下手をすれば監獄行き。悪のロールプレイを旨とするアインズ・ウール・ゴウンが何のペナルティも課せられずゲームをプレイ出来たのは運営の方針にあまり逆らっていないからだ。

 PK戦闘を良しとしているのだから対人戦に関しては合法と見なされている。

 それでも風営法はかなり厳しい方だ。

 それがたとえNPCであっても。

 何らかの警告文が出ると期待していたが下着姿となってもまだ何も起きない。

「………」

 何も起きないままメイドは最終的に裸になってしまう、かもしれない。

 運営の事が気になる反面、メイドの裸も気になってしまう。

 たとえ全裸になっても問題は無い。特に種族的に。

 なにせ自分は死の支配者オーバーロードという白骨化したアンデッドモンスターだ。

 肉体的な部分は一応は探したが見つからなかった。

 なので性的興奮も気持ち的にはあるようだが、肉体的には永久賢者モード。

 永遠なる童貞のまま微動だにしないというありさまだ。

 その現実は意外とつらいかもしれない。特にモモンガは健全な男子でエロゲーが好きだ。

 目の前の光景になすすべも無いのだから。

「……止まれ」

「は、はい……」

 丁度、胸をさらけ出した所でメイドは止まった。

 それだけでも興奮ものだが。

 有り得ない光景が目の前に広がる。

 ●●が見えている。しかもモザイク処理無しで。

 はっきり言えば、形のいい●●●●だ。


 ●●●●が見えた。


 声に出して言いたい所だが我慢した。

 風営法に厳しいユグドラシルのシステムならモザイク処理は当たり前かもしれない。または肌に張り付くテクスチャのようなものが強制的にまとわり付いていてもおかしくはない。

 ましてメンバーが描き起こした肉体のデザインデータが●●まで描かれているとは考えにくい。

 海外では違法改造で全裸とか18禁の行為は平然と出来るような話しは聞いた事があるのだが、全年齢が対象のゲームはとことん厳しいルールが敷かれているものだ。エロ関係は特に。

 女淫魔サキュバスというモンスターや雪女郎フロストヴァージンというモンスターが居るが戦闘に際して裸にする事はペロロンチーノをもってしても出来なかった。

 そもそもシステム的に出来ない仕様だ。

 それが今は命令すれば服を脱がせられる。有り得ない事ではある。

 完全な全裸でもっと観察したい気持ちが湧きそうになるが、服を着るように命令しなおした。

 当たり前の事だが自発的に自分の服を着たり脱いだりの命令はメンバーは与えていないし、与えたとしても出来ないはずだ。

 アルベドはタブラから長い設定を与えられているが、それはあくまで演出に過ぎず、設定を忠実に守るような行動は起こしたことが無い。

 特定の条件化であればメンバーに襲い掛かってくる者も居るけれど。

 運営の仕様を超えるような事は出来ない。

「誰か一人仕事が空いている者は居るか?」

「はい」

 と、別のメイドが手を挙げた。

「風呂場に案内せよ」

「畏まりました」

「……あ、残りの者は仕事に戻ってよい」

 そういう命令をしなければずっと動かないのではないかと危惧したからだ。

 命令を受けたメイド達は一斉にこうべをたれ、それぞれ散り散りに移動を開始した。

 息苦しい時間だったとモモンガはため息をつきたくなった。だが、呼吸を必要としないアンデッドの身体は息を吐く行為も出来はしない。


 ◆ ● ◆


 第九階層にある『スパリゾートナザリック』はメンバーが色んな思いをかけて作り上げた憩いの場だ。

 ゲームのキャラクターなので当時は満足に楽しむことが出来なかった。だが、今は手の感触などから風呂に入れば温度が確かめられるのではないかと思っている。

 炎耐性。氷耐性などを持っていると何の意味も無いかもしれない。

 それでも憧れてしまう湯の張った風呂というものに。

 メイドは裸足になってモモンガを案内する。

 細かいところだが裸にしたメイドもそうだが綺麗な身体をしている、と思った。

 今ならメイド達にも自由に触れられる。

 髪の毛も顔も。

 森妖精エルフなら耳も観察できそうだ。

「男女によって違いはあるのか?」

「それ程大差は無い筈です」

 とはいえ、自我が芽生えてまだ一日くらいしか経っていない。

 あれこれ質問するのはただメイド達の反応が知りたかっただけだ。

 メンバーが作り上げたのだからモモンガの方が詳しい筈だ、本来ならば。だが、製作に携わっていないところもあるので一概に全てに詳しいとは言えない。

 つい昨日まで活動していた風呂が今日になっていきなり壊れることは考えられないのだが、見ている分には異常は無さそうだった。


 それから今は誰も使っていないという事で女性用も見学する。

 色んな風呂があるのだがどこも平常どおりのようだった。

 壁にヒビが入っていたり、見たことも無いモンスターが居たりはしなかった。

 湯船が変色していることも無さそうだ。一つだけ危険な湯船があるのだがそこはメイドでも近づけない。

 悪乗りしたメンバーが作ったので専用のモンスターが監視していると聞いた覚えがある。

「特に問題は無いな。では、何かあれば報告するように」

かしこまりました」

「……先ほどは変な命令で戸惑っただろう。ただの確認作業だ」

「はい」

 メイドを置いて転移するとその場から動かないのでは、と思い出口まで移動してから転移した。

 いつもは何も返事を返さない無機質なNPC達が命を吹き込まれたように反応する事に慣れるまで時間がかかりそうだと思った。

 第八階層の『荒野』に移動し、特に問題がないようなので第七、第六と移動していく。

 普段はNPCよりギルドメンバーと付き合っていたので知らない顔が意外と多かった。

 特に階層守護者達は存在を知っている程度だ。

 ユグドラシル時代は各メンバーが創造したNPC達はナザリック防衛に配置しておいた以外でモモンガが活用したことは殆ど無い。だから知らない顔が多いのかもしれない。

 特に『戦闘メイド』の『六連星プレアデス』達は全く会った事すらない、という事態だ。

 名前は知っている。全員ではないけれど。

 第六階層は森林地帯と荒野に似た場所に『円形劇場アンフィテアトルム』と名付けられた『円形闘技場コロッセウム』がある。

 直径は二百メートル。短径百五十メートルにもなる楕円形。高さは五十メートルくらいの建物だ。

 ここに階層守護者たる双子の闇妖精ダークエルフが居るのだが、今回は建物だけ確認して次に向かう。

 第五、第四、第三と続いて第一からやっと地上に向かえる。

 転移の移動はセキュリティの関係で少し面倒だが階段をいちいち使わなくて済むので少しだけ楽ではある。

 地上への階段の先にはモンスターが待機していた。

 入り口を守るシモベ達でモモンガにとっては初対面に等しい者達だ。

 何も知らなければ攻撃していてもおかしくないのだが、彼らもナザリック側にとって見れば味方である。

 光り溢れる地上に向かうとまぶしい全身鎧フルプレートを着た見覚えのある者達の姿があった。

 一方は背中に大きな翼を生やした鳥人バードマンのペロロンチーノ。もう一人はギルド最強の男と言われる白銀の全身鎧フルプレートをまとう聖騎士パラディン風の『たっち・みー』だった。

「モモンガさんも地上の見物に?」

「はい」

「……いやはや、見事な平原ですよ、モモンガさん」

 と、嬉しそうに純銀の騎士は言った。

 モモンガはようやく外の景色を一望する。


 一言で言えば美しい風景だった。

 透き通る水色のような空。新緑という色が存在していた事を証明する平原。

 ほぼ人工物の無い台地。

 遠くには山も見える。大木も見える。

「………」

 三人は言葉無くただ、唸り続け感心した。

 息を呑む絶景という言葉が似合うのかもしれない。

 時を忘れさせる風景には後から来たメンバー達も一様に黙るほどだ。

 さすがに魔法を放って焼け野原にしようなどという勇気ある者は今回に限っては一人も居なかった。

 居たら残りのメンバーに袋叩きに合うと感じ取ったのかもしれない。

「未開拓の世界……」

「……異世界最高」

「まだ異世界と決まったわけじゃないですよ」

「過去にタイムトラベルしただけかもしれないじゃない」

 と、様々な意見が交わされる。

 確かに異世界転移はありふれているので色々と知ってはいるが実際に起きるとは誰も思っていない。

 いくら技術が発達していようが荒唐無稽なことくらい分からないメンバーは居ない。だが、その荒唐無稽なことが実際に起きてしまった。では、次に何をすればいい。

 もちろん、現地調査だ。

 墳墓内のチェックは引き続きするとして現地調査は必要だ。

「ここはたっちさんとのお二人で行ってもらいましょうか」

 自然に出て来た言葉だが、モモンガはなぜ『ナーベラル』と言ったのか。

 言った後で誰だっけ、と疑問に思った。

「すみません……。なーべらるって人居ましたっけ?」

「戦闘メイドに居るじゃない。どうしたの?」

既視感デジャ・ヴュかもしれません。俺、なーべらるって子、知らないんですよね」

「そうだっけ?」

「NPCの事はあまり詳しくないので……」

「あらら」

 冒険する時はNPCを引き連れて出かけたりしないものだから知らないのは仕方が無いのかもしれない。

 ぶくぶく茶釜たちは自分の作ったNPCは熟知している。当然、モモンガも自分のNPCは知っている。ただ、他人のNPCを知らないだけだ。

 それはモモンガだけではなく、他のメンバーも他人のNPCのことを知らない者が意外と多かった。

セバスとかは知ってる?」

「セバスは何となく知ってます」

 『セバス・チャン』というNPCは敬愛するたっち・みーが創造したNPCで執事を務めている。

 九人しか居ないレベル100のNPCの一人だ。

 見た目は老人で体格は巌のように堅い印象を受ける。

 何事にも冷静沈着で姿勢正しく佇んでいる。

 属性が悪に傾いている者が多い中で少数派の善だ。


 メンバーが『伝言メッセージ』でくだんのナーベラルを呼びつける。

 現れたのは卵形の金属で出来たスカートが特徴のメイド。

 一般のメイドとは違い、武装面が強化されている。特にナーベラルは魔法詠唱者マジック・キャスターとしての職業クラスを多く取っている。

 黒髪をポニーテールにしていて顔立ちは東洋系の和風美人だが表情が冷徹そうな印象を受ける。

 戦闘メイド『ナーベラル・ガンマ』は見た目は人間だが二重の影ドッペルゲンガーという異形種だ。

 偽装の為に本性を隠している。種族レベルが1しか無いので一つの姿にしかなれない。

 髪の毛も肉体の一部なので簡単に髪型を変えたりは出来ない。

「……とても見覚えがある姿をしているな」

 このナーベラルと長く冒険をしていたような気にさせる。

 それは当然、既視感デジャビュだろうけれど。とても親近感というか愛着の湧きそうなNPCだった。

 それはまるでのように。

「……たっちさん。原住民といさかいは起こさないで下さいね」

「最初は様子見だけだ。接触までは望まない」

 何事もファーストコンタクトはとても重要だ。それを失敗すれば争いが生まれ易い。

 基本方針は情報収集に集中すること。

 仮に異世界だとしても不用意に接触するのは得策ではないからだ。

「ナーベラル・ガンマ」

 モモンガの言葉にナーベナルは片膝をつき臣下の礼を取る。

「決して相手を攻撃するな。たっちさんの補佐は構わないが……。交流は控えろ」

「畏まりました」

 そういう命令をしないと何をするか分からないから、というおそれを感じた。

「適度に散歩して集落とか見つけたら戻って来て下さい」

「分かりました」

 たっち・みーはギルド最強の男にして世界王者ワールドチャンピオンだ。そこらのモンスターや高レベルのプレイヤーには負けない。

 ただ、一度戦闘になればアインズ・ウール・ゴウンが将来的に様々なトラブルに巻き込まれる。だから慎重に行動する必要がある。

 何事も相手に情報を与えず、こちらの有利になるように行動するのが最善だ。それが出来なければ即時の撤退も視野に入れる。


 ◆ ● ◆


 自室に戻ったモモンガは頭を抱える。

 これからどう行動すべきかについて。

 NPC達が自我を持ったことの弊害など。

「……これからどうしよう」

 部屋の片隅にはモモンガ専属の一般メイドが控えていた。各メンバーの部屋にもいるのだが半数は仕事を失って、今も何をすべきなのか分からずウロウロしている。

 当面は空き室となっているメンバーの部屋の清掃くらいしか無いが、第九階層と第十階層の移動は許可しておいた。

「サービスが終了したのにログアウト出来ない。時間経過から考えて完全に無断欠勤していることになるよな」

 それは他のメンバーにも言える。

 現実では今頃大騒ぎになっているかもしれない。

 それで何らかの処置でログアウト出来ればいいのだが、そうでなければどうなるのか。

 この世界で生活する事になるのか。

 異世界で生活する作品を知らないわけではないけれど、今の自分は骸骨だ。

 それよりも原住民がどんな姿をしているのか確認する必要がある。

 人間とも限らない。変な宇宙人というオチも無いわけではない。

 机の上に『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』を置き、起動させる。

 現在は朝なのか昼なのか分からないが明るい事は分かった。

 時計とかどこかにあったような気がするが、ステータスウインドウなどのコンソールが出せないのは色々と面倒くさいなと思った。

 モモンガは鏡の表面をなぞるように手を動かす。そうする事で視点を移動させたり、拡大縮小が出来る。

 さすがに手を突っ込んでアイテムを盗むという事は出来ない。だが、魔法によっては色々と出来るかもしれない。

 このアイテムは対抗手段に弱いので大抵は反撃を食らうのだが、この世界ではどうなるか。細かいことが気になってしまうが今は観察に集中する。

 特徴的な建物も標識なども無く、延々と草原が続いている。

 その中で獣道っぽい草が生えていない道が見えた。

 舗装されていない道路のようなものだが真っ直ぐと伸びているのが分かる。確実に何者かが移動手段に使っている証拠だ。自然に出来たものとは考えにくい。

「たっちさんはどこかな~」

 操作方法に苦戦していたが数分で目的の人物を探し当てた。

 物凄い勢いで走り続けているわけではなく、のんびりと歩いていた。

 ここがもし、現実世界なら何故、全身鎧フルプレートを着ているんだ、とか。

 その変な格好はなんだ、と咎められることは確実だ。

 コスプレコスチュームプレイです、という言い訳が通じればいいが。

「ここが新しいユグドラシルならば敵が出てきてもおかしくない」

 アップデート後の新作ユグドラシル。またはそれに類するもの。

 システムを完全に一新した新しいオンラインゲーム。

 そうだと仮定すると悪質なサプライズとも言える。ましてログアウト方法を未だに提示しないのはおかしい。

『おっす、ペロロンチーノです。聞こえますか?』

 と、魔法的な繋がりがモモンガの意識に介入してきた。

 それは『伝言メッセージ』による相手からのコンタクト連絡だった。

 改めて思うが魔法を自然に使えるのはゲームでは当たり前なのだが、今は何故だかという気がしてならない。

「はいはい、モモンガです。どうしました?」

 魔法は『音声』、『動作』、『様々なコスト』を必要とする。この『伝言メッセージ』は音声を必要とするので声に出して喋らなければならない。

 大勢が居る場所で使う場合は周りに配慮して『静寂サイレンス』という魔法やマジックアイテムを併用するのがエチケットだと言われている。今は部屋にモモンガとメイドの二人っきりしか居ない。そのメイドに手を挙げて制して話しを続ける。

『感度良好ですね』

「はい」

『モモンガさん。メイドって命令一つで裸になるんですね~』

 それだけで目の前で何がおこなわれているのか理解出来るモモンガは苦笑した。

 自分も興味から命令したが素直に従ったのは驚いた。

「……あまりメイドで遊ばないで下さい。なんか……、可哀相です」

『それはもったいない』

「やめろって言ってんだよ、エロ魔人」

 素でモモンガは言った。

 多少の怒りは簡単には沈静化しないのは理解した。

『メイド達をデザインした人に尋ねてみたんですが、●●まで設定した覚えはないそうです』

「……聞いたんですか!?」

 よく尋ねたな、この変態野郎と思った。

『女性の細かい部分はリアル過ぎるとアカウント停止を食らうので内部は大雑把だそうです』

「当たり前だと思いますが」

 風営法に厳しい運営だから、とも言える。

 違法改造でもオンラインゲームは特に厳しい。これが海外サーバならまた違うのかもしれないが。

『ゲームの時は気にならなかったけれど、こんなにリアルでしたっけ?』

「身体ですか?」

『機械的なマネキンから血の通った生物に変貌しているような気がします。腕とか柔らかいですよ』

「そ、そうですか」

『あと、相手の体温とかゲームよりはっきりと感じることが出来ます。壁とか触っても姉貴の粘体スライムの身体に触っても今まではあまり違いなんて無かったのに。感度が良くなった、みたいな感じです』

 話しを聞きながらモモンガは机を叩いていた。

 確かに手に感じる感触の感度は高い気がする。より手に馴染んでいる、というような感じだ。

 それはつまり死の支配者オーバーロードという身体が自分の肉体として存在しているということだ。

 仮想現実の肉体だから多少は理解出来るのだが、今はより自分の肉体と化しているような気がする。

 表現が難しいが、元の『鈴木すずきさとる』という人間の精神がアバターに完全に乗り移って定着した。ということか。

 もちろん、それは他のメンバーにも言える事だが。

「ペロロンさん。そうだとすると早く元の世界に戻った方がいいでしょうね」

『……いや~、折角、綺麗な世界に来たんだから冒険したいですよ』

「そうですか?」

『戻れるかどうかはここで議論しても不毛です』

「……そうですね」

 解決できない問題に対して延々とペロロンチーノを責め立てても元の世界には戻れない。調査もせずに議論だけしても意味がない事はなんとなく理解出来る。

 そうであっても元の世界に戻る方法を模索すべきだ、本来ならば。


 ペロロンチーノの魔法が規定の時間になったので切れてしまった。

 それよりもここが『異世界』だと何故、皆は確信しているのか。

 確かに元の現実リアルの世界に比べれば遥かに美しい世界だけれど、全く異質の世界だという証拠にはならない。

「……でも、魔法は使えるんだよな……」

 魔法が使えるのはアバターだからかもしれない。

 そもそも現実世界なのにアバターというのは変ではないか。

「あっ! なんで俺、アバターなんだ?」

 現実リアルの身体を置いてアバターで転移というのはありえるのか。

 しかも、ログアウト出来ない。

 アンデッドだけど自分の身体に触った感じではちゃんと骨だった。肋骨も掴めるし、顎下から手も入れられる。

「アンデッドは間違い無いようだな」

 飲食不要。睡眠不要。

 ずっと起きている気がするのだが、まだ数時間程度しか経っていない気もしている。

 水を飲めば顎下から漏れ出る。

 後、不可解なことはやはり。

「アイテムボックスに手を入れられることだよな」

 意識すれば簡単に出来る。

 これが現実の世界で出来るはずが無い。しかも、ちゃんと欲しいアイテムを取り出せる。

 つい先日までゲームで使っていたのだから感覚は忘れていない。

 召喚魔法も使えるし、退去も正常どおり出来た。

 一部はゲームのルールが適応されているのは確認した。

「魔法が使えるまま現実世界に来てしまった、ということか」

 一人で悶々と考えても満足する答えは得られない。これが不毛なやり取りなのかもしれない。

 こんな調子ではいつまでも結論にたどり着かない。


 ◆ ● ◆


 一通り残りのメンバーが何をしているのか確認し、メイドを裸にしないことを告げていく。

 怪しい集団になるのはGMギルドマスターとして残念な気持ちになる。

 その後でたっち・みー達の行動を再確認する。

 普通に歩いているので移動距離はそれほど伸びていない。

 道はかなり長いようだ。

 途中で『伝言メッセージ』を入れる。

 対象を強めに意識すれば目的の相手と繋がるようだ。ただし、五分ほどで効果が切れてしまう。

『今のところ生物らしい姿は見かけません』

「了解しました。ある程度、進んだら帰ってきて下さい」

『分かりました』

 たっち・みー以外は墳墓の近くという条件で外出を許可したが、この世界はどういったものなんだろうかと疑問に思う。

 確実に自分の知らない世界だ。そして、メンバーの知識にある異世界とも違うらしい。

 何がしか生物を見つけなければならないのだが、それを見つけると更なる不安を呼び起こす気がした。

 自分達が異形種である、というところが引っかかっているのかもしれない。

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