隔章

第49話 七色

 いよいよ、あと三日となった。雨の時期はとうに終わったが、名残惜しいとでも言うように朝から雨が降っていた。

 部屋の縮尺模型の中の「玉」はとげが無くなり、すでに僕の背丈にまで達している。これまでなら飲み込むところだけど、僕はその「玉」を、色のついた六つの「玉」と一緒にしてやることにした。

 カーテンの布で作った袋へそっと入れると、光の色がみるみる変わっていき、耳塞の瞳と同じ赤色になった。七色の「玉」たちが一つところに集まり、袋の中に喜びが溢れ出したような気がした。

 僕はその袋をズボンの右ポケットに入れ、部屋を出た。大粒の雨がバラバラと音を立てて傘に落ちる。その音は、笑い声にも聞こえた。


 公園のベンチに耳塞が座っている。ずぶ濡れのはずなのに、つやつやした毛並みは雨粒を弾いている。


 ニャーァ。 「決めた?」


「ううん、まだ」

 答えは僕にとって、嘘でも本当でもなかった。


 ニャーァ。 「そんなことない」


「え?」


 ニャーァ。 「決めてる」


「まだ決めてないよ」


 ニャーァ。 「そうかな」


 そうだ。否定をしながらも、僕はもう決めている。口にするのがまだ怖いだけだ。僕の決断が、正しいのか間違っているのか、きっと誰も教えてくれないから。


 ニャーァ。 「大丈夫」


「え?」


 ニャーァ。 「そばにいるから」


「え?」


 ニャーァ。 「みんなで見てるから」


「みんな?」


 ニャーァ。 「そう、みんな」


 耳塞の体が半透明になり、やがて消えた。完全に見えなくなったと同時に、ズボンのポケットから七色の光の帯が飛び出した。帯はスルスルと長く伸び、僕の体を包んでいった。



 雨はいつのまにかやんでいた。傘を閉じると、雲のすき間から射した陽の光が七色の帯にも当たっている。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。それぞれの色はさらに鮮やかに発し、僕の体は完全に虹の中にあった。

 七色の帯は、七本の道となった。それぞれの色の道を、猫が走っている。僕は右のポケットをそっと触った。手のひらはズボンの上から体に沿って平のまま当たった。

 耳塞、片瞳、舌切、三足、無種、半鼻、短尾、七匹の傷ついた猫たち。みんなでかけっこしているみたいだ。両耳がピンとたち、両目は丸く開かれ、嬉しそうに鳴きながら、四本の足で走っている。八匹目の子猫まで交じっている。しっかりと鼻で呼吸をし、長いしっぽを左右に振っている。


 ニャーァ。


 ミャーン。


 ミャン。


   舌切が鳴いた……。


 ニャン。


 ナーォ。


 ミャッ。


 ニャーゴ。


 ミュー。


   チビ猫も鳴いた……。


「みんなで見守ってるよ」と。



 猫たちは空へ昇っていった。七色の道も「玉」も消えてしまった。雨の雫でキラキラ輝く公園の景色が、ゆっくりと僕の視界に戻ってきた。

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