第41話 善悪

 パキン、パキン。

 何かが弾け飛ぶような音がした。彼の横にある巨大卵に、亀裂が入っていく。


「お、いよいよだ」

「いよいよ」

「出てくるぞ」

「はい」

「さて、どんなのが出てくるかな」


 彼が手を置いていたところから、縦一直線に亀裂が入った。最後に大きくパキンと音をたてると、卵の殻が左右に倒れていった。

「ふあーあ、ぐだぐだとうっせえなおっさんら。のんびりくつろいでもいられない」

 卵から出てきた者は大きなあくびをして、目に涙を溜めている。それにしても、彼以上に口が悪い。

「こりゃとんでもないのが出てきたな」

 彼はこめかみあたりを指先で掻きながら言った。卵から出てきた者は、頭の先から足の先まで黒く、あくびと一緒に広げた羽も、真っ黒だった。


  まるでカラスだ……。


「そっちはおっさんじゃなくてにいちゃんか。やめてくれよ、カラスは悪魔の遣いなんだろ? 俺は天使だ!」

 僕はとっさに、黒天使の横で渋い顔をしている彼を見た。僕と視線が合っても、彼は表情を崩さなかった。渋い顔ではあるけれど、嬉しさが表れているように見えた。

 言われてみれば、神である彼の髪の色も黒い。人間界では、黒は悪の象徴であると言われることが多い。天使は白と決めつけるのは、あとから植え付けられたただの固定観念だ。おそらく、ピンクであろうが、黄色であろうが、何だっていい話だ。


   だとすると、この黒天使が言ったことはおかしいな……。


「仕方ないだろ。すでにその固定観念が「玉」ん中に入っちまってたんだから」

 なるほど。この黒いのは「玉」を元に彼に創られた天使。僕の集めた「玉」には現代の情報がすでに組み込まれているのだ。


   僕が集めた「玉」……。


   なんか、ちっとも嬉しくない。


   行儀のなってない、まるで悪ガキだ。


   背丈はセイヤくらいだな。まったく、生意気な小学生並みだ。


   アカネたちの爪のあかを煎じて飲ませたい……。


「ちっ」


   しかも、彼と同じように僕の心をすべて拾っている……。


「当たり前だろ。俺は、あんたの一部でもあるんだから」

「ふふふ」

 彼が口を両手で押さえ、笑いを堪えている。そのうえ、目に涙も溜めている。

「ウァッ、ハハハハ」

 堪えきれずに大笑いし始めた。さらに腹を抱え、体を揺らしてる。

「アー、ハハハハ」

 最後に吐き出すように笑ってから、彼は言った。

「すまないな。口が悪いのは俺のせいだな。だが、これから面白くなりそうだ」

 この状況を、彼は確実に楽しんでいる。


   まったく……。


 僕が『創られた』とき、僕の元となった「玉」を集めてくれた天使には会わなかった。彼からも、天使同士が会うことはないと飛ばされていた。僕の最初の記憶は、ゆっくりと落ちているところ。自分のことながら、僕は『生まれた』その瞬間を知らない。だからきっとこの顔合わせは、超特別な処置なのだろうと思う。


「俺も、天使同士を会わせたのははじめてだ」


   ……なぜ?


「必要だからさ」


   ……何に?


「決めてほしいから」


   ……何を?


「だから、神様は会話しようって言ってんじゃん」

 黒チビが言った。

「わかったよ。なぜ君に会わせて、何に必要で、何を決めればいいのさ?」

 質問する相手は神様なのだが、つられて僕も口調が荒くなってしまった。

「あんたのあとを、俺が引き継ぐからさ」

「引き継ぐ?」


   ああやっぱり、僕はリストラされるんだ……。

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