三足の章

第11話 家族

 辺りを見回すと、さっき僕が降りた隣の家とのすき間から、猫が顔を出していた。間違いなく、鳴き声の主だろう。

 毛色は赤茶で、街灯の光に反射して輝く瞳の色は僕の部屋のカーテンを思わせる、綺麗な緑色だった。


「やあ」


 近づいて声をかけると、ピョコンピョコンと跳ねるように出てきた。なぜそんな歩き方なのかとよく見ると、左前足の先がなかった。


   どうしてそんな怪我をしたのだろう?


「このうちで飼われてるのかな」


 ニャン。 「違う」


 独り言に猫が返事をした。けど僕は驚かない。だって、天使だから。


「この家のこと、知ってるかい?」


 ニャン。 「知ってる」


「教えてくれるかい?」


 こんな夜更けに、猫との立ち話を誰かに見られたらどうなることやら。猫を抱きかかえ、近くの公園まで歩いていった。

 僕はその猫を『三足』と名付けた。


 三足が言うには、この家には両親と中学二年の長女、小学五年の長男の四人家族が住んでるらしい。父親は大手の商社に勤めていて、母親は家でヴァイオリンを教えている。子供はどちらも私立の学校に通っていて、朝は七時頃に家を出るのだそうだ。

 生活はそれなりに裕福で不自由はなく、家庭環境も問題はないようだ。姉は母親の影響でヴァイオリンを習い、将来は音楽学校へ進みたいと密かな夢を抱いている。夫婦仲は良く、子供たちへの教育も揃って一貫していて、厳しさと優しさを二人して上手く与えている。

 ただ一つ、気にかかることがあるという。この時代にあっても、男性優位の考え方が強いのだそうだ。


 三足の話からすると、とげとげの「玉」の主はどうやら長男のようだ。時々耳にする『僕は殿様だから』『女は二番目』など、その子の言葉が気にかかるという。歴史上の強者に憧れているというわけでもなさそうで、それは父親の影響らしい。男子のほうがえらいという考え方が、家族の中で定着している。

 男子は家族を養うために労働し戦い、女子は出産して家と子を守る。その考え方が悪いとは、僕は決して思わない。時代や人によって必ずしもそうであるとは限らないが、その図式は未来永劫、ひっくり返りはしないだろうから。



 八度目の呼出しから帰ると、彼に呼ばれる度消えていた記憶が僕の中によみがえっていた。彼が鍵を開けたのか、僕自身がかは未だにわからないが。

 まず浮かんだのが三足とのエピソードだった。その確かな記憶によって、胸騒ぎの原因や悪い予感の正体も、なんとなくだがわかってきていた。


 毛色が生成で瞳は紫。

 毛色が漆黒で瞳は藍。

 毛色が小麦で瞳は青。

 毛色が赤茶で瞳は緑。


 これがよみがえった記憶。

 とげとげの「玉」が現れたとき、猫も同時に僕の前に現れていた。三足は四匹目だった。


 三足は縮尺模型の東側と北側をなわばりにしていた。猫の行動範囲がどれだけのものかは知らないけど、左前足の先がないことを考えれば相当な広さだ。それでも、普通の猫ではないのだろうから、別段不思議ではないとも思う。


 僕らは公園内のベンチに座って話をしていた。比較的広い公園の奥に人気はまったくなく、真夜中に猫と会話をするにはうってつけの場所だった。

 あらかたの情報を話した三足は、左足をかばうでもなく器用にベンチから降りた。


 ニャン。 「またね」


 一言鳴くと、ピョコンピョコンと跳ねながら、例の家のほうへ戻っていった。

 三足のテリトリーの東と北を何度か旋回して、僕は部屋へ戻った。雨は降らなかったが、空は厚い雲に覆われたままで、月は出ていなかった。

 午前三時半過ぎ、とげとげの「玉」を確認したあと、僕は短い眠りについた。

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