第6話 目力

  中央の人は見守る人。


  まわりは常にうごめいている。


  これは世界の現状。


  急激すぎる変化は破壊を誘発する。


  留まらないから生まれない。


  生まれないから防げない。


  防げないから変化し続ける。


  そして増える。


  増えるものが何かを知っている。


  生まれないものが何かを知っている。


  「玉」が成長しないわけを知っている。


 だって僕は……。

 僕は天使だから。「玉」から創られた、天使だから。



「まどろっこしいから会話をしよう」


 突然、僕の耳に言葉が響いた。頭の中に浮かぶのではなく、直接耳に届いた。なんだかふわふわと、頼りない音みたいだった。


 僕たちはすでに椅子の目の前まで到達していた。僕は背もたれの動きに見入っていたせいで、首がビクリとすぼまった。驚いている僕をよそ目に、彼は向きを変えて椅子の中央に腰掛けた。やはり背もたれに体は預けない。

 話すほうがよっぽどまどろっこしいと思ったが、僕は何も答えないでいた。彼がそう言うのだから逆らわない。そのほうがずっと楽しい……気がしたから。

 だけど……。


「久しぶりだな」


 今度は、彼の声がはっきりと聴こえた。おにいさまキャラにしては低い声で、少し投げ遣りなもの言いだ。たいして久しぶりでもないのだけれど、あまりにも人間的なあいさつに、僕はまた何も答えることができなかった。


「トースト、好きか?」


 この状況でするにはあまりに相応しくない質問に、僕はうなずいた。


「腹、減ってるか?」


 せっかく忘れてたのに、この質問でまた胃の収縮が始まりそうだ。体の欲求とは裏腹に、僕は左右に首を振る。彼の前髪の向こうの左眉がピクリと動いた。……気がした、ではなく、しっかりと視覚で確認できた。


「こっちがしゃべっているのだから、ちゃんと口で答えろ」


 命令形だけどきつくない口調。彼は親というより、やっぱりおにいさまだ。


「いいえ……」


 僕は囁いた。


「あっ?」


「い、いえ、減っています」


 僕は慌て、大きめの声で素直に答えた。


   め、目力に負けた……。


 神様との初めての会話がこれでは、後になっての笑い話にもならない。本当に、まったく笑えない。


   こんなふうに神様と会話する天使が、僕以外にもいるのだろうか……。


「いないな、俺も初めてだ」


   はっ? いやいや、神様が『俺』って……。


「悪かったな」


   はっ! しまった!


「ふふ」


   あっ? 会話しながら『拾う』か? 普通……。


「だな」


   あれ? 普通ってなんだ?


 わけがわからなくなってきた。


   テンパってる……。

  

   は? テンパるってなんだ?

 

   完全にパニクってる……。

  

   はっ? パニクるってなんだ?


 使ったこともない言葉が、次々と浮んでくる。


   誰か何とかして!


一刻も早くこの場を立ち去りたい、早く部屋に帰してほしい。僕はそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る