第6話 マイコちゃんのこと

 マイコちゃんの話をし続けるユタから見えないように、携帯を隠しながらケーキ屋のサイトをチェックする。

 クリスマスケーキをプレゼントしようなんて、去年は思い付きもしなかった。元彼のマツリからはプレゼントはお金が良いと言われていたし、彼は私が一番苦手な苺と生クリームのホールケーキを好みそうだから、思い付いても実行しなかったと思う。

 ユタは、ユタなら……いかにも女の子が好きそうな、木苺とチョコレートのムースケーキの画像を盗み見て顔を顰めた。

「それでさ……っておいおいおい! 指まで入れる気か!」

 ユタに手を掴まれてはっとした。スーパーマーケットからユタの家に戻った後、夕食作りを手伝って材料を切っていたのだが、玉ねぎに添えた自分の指に、いつの間にか包丁の刃先が向いていた。画像を盗み見た直後で手元が狂ったのだ。

「あきらさ、さっきからどうした? 何か考えごと?」

「クリスマスについて考えてた」

「は? 葬式について考えてましたって顔してたけど」

「……それ、言えてる」

 何とも言えない返事をした私を、ユタはキッチンから追い払った。

 弟達の食事の世話もしていたというユタは、私なんかよりもずっと手際が良くて、切りかけの玉ねぎもあっという間に刻まれて鍋の中へ消えて行き、次々と他の野菜も投入される。

「大丈夫だから、私がやる。いつもユタにばっかり作らせてるし」

「俺は良いよ。料理するのって好きだから苦じゃないんだ」

「でもさ」

「じゃあ片付けは頼んだ。だから今は休んでな」

 頭をわしわし撫でられ、背中を軽く押される。鼻歌交じりに料理するユタにうんと頷いて、毛足が長い絨毯に埋もれるように横たわった。

 近くに落ちていた雑誌を読むふりをして、会社近くのケーキ屋のサイトを再びチェックする。ブッシュドノエルは小さめのようだが、飾り付けが可愛いし、クリスマスらしいのがユタにうけそうだ。モンブランもホールケーキだったら驚いて笑ってくれるだろうか。

 ユタの笑顔を思い描きながら、くすぐったい気分になった。今年のクリスマスは三連休中だし、週末だから当然のように会えるつもりでいた。

 ふと喉の乾きに気付いて、キッチンでまだマイコちゃんの話をしぶとくしているユタに声を掛けた。

「ねえ、ユタ。さっき買ったジュース貰っていい?」

 キッチンにいるユタからの返事はなく、気付いてないのか無視しているのか、まだマイコちゃんの話を続けている。もう一度声を掛けようとして止めた。

 雑誌に隠した端末の画面に映る、チョコレートケーキをぼんやり見下ろす。やっぱりユタを喜ばせたいなら、マイコちゃんが好きなチョコレートのケーキを選ぶべきだろうか。

 小悪魔的な魅力の持ち主であるマイコちゃんは、ユタと同じ会社で働いている。

 旦那さんのことが大好きな彼女は、性格はゆるふわで、甘え上手。色ならピンク、食べ物ならチョコレート、飲み物は甘いミルクティーが好きだ。

 そして最近、新調したお気に入りのチョコレート色のバッグに、社内で仲良しの女友達とお揃いでファーのチャームを付けていて、それらが汚れることを何よりも恐れている。

 絨毯にぽすりと顔を埋めて、ユタの馬鹿と呟く。

 一年もの間、ユタと会う度にマイコちゃんの話を聞かされ続けて、会ったこともないマイコちゃんのそんな最新情報まで網羅してしまった。それなのにユタと彼女がどうやって出会ったのかや、どれほど親密なのかは、未だ知らない。

 さりげなく尋ねてもはぐらかされるし、しつこく聞いて呆れられるのが怖い私は、いつもこうして黙って聞いているしかないのだ。

 ずるずるとほふく前進して、キッチンに立つ広い背中へ近付く。

 まずはあの背中をとんとん叩く。そして飲み物を要求するのではなく、マイコちゃんのことはもう忘れて、私と食べるケーキのことを考えようって提案する。

 心臓がどきどきと大きな音を立てていふ。

 そんなことしたら、クリスマスケーキを一緒に食べる前に、私は捨てられてしまうって分かってるのに。

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