第5話 捨て猫にとってのケーキ

 出会ってからもうすぐ一年。相変わらずユタは彼女の話ばかりだ。

 忘年会の席で彼女が注文したのがみんなと同じビールで、目瞑って一生懸命ごくごく飲んでる姿が可愛いかっただとかなんとか、そんな内容まで去年から変わっていない。

 クリスマス間近のスーパーマーケットは、サンタのモチーフだらけだった。買ったものをバッグへ詰めながら、片思い相手のマイコちゃんの話をするユタは、なんだか幸せそうだ。隣の台で、苺がたくさん乗ったホールケーキが大きく印刷されてる、クリスマスケーキの予約表を握り締めた幼稚園くらいの子供が、それを予約してくれと母親と思わしき女性にせがむ姿も、他の誰もがクリスマス間近の独特の雰囲気に包まれてる。好きな人と一緒にいるにも関わらず、どうしてこうも、私はこの空気に居心地の悪さを感じてしまうんだろう。

「クリスマスケーキか。あきらも食べたい?」

 マイコちゃんの話を急に中断したユタが、私の頭を撫でて苦笑混じりに言った。私がよほど浮かない顔をしていたんだろう。二つあるビニール袋の一つを受け取って、首を横に振った。

「いらない。ああいうの、苦手だし」

 三白眼が意外そうに丸くなる。

「苦手って......甘いもの嫌いじゃないだろ? お前って三人兄弟って言ってたよな? クリスマスって、みんなでケーキ食べたりしなかった?」

 五人兄弟の長男で、下はまだランドセルを背負ってる弟がいるユタにとって、クリスマスケーキは特別なのかもしれない。私はというと、ユタの言う通り、クリスマスケーキは毎年確かに食べていた。イブに父親が買って帰って来るケーキは、いつも冷蔵庫に入れられていて、クリスマスの朝に私一人で食べた。勿体ないけれど、私が食べ切れなかった残りはほとんどがゴミ箱行きだ。

 兄は彼女の家から帰って来ないし、姉は当時は家族とは口を聞かなかった。母は、男と遊ぶのに忙しい。

 甘ったるいケーキを無理に頬張る私の足元で、寝転んだノラだけが、不思議そうに私を見上げていた。まるで、そんなに美味しくないなら、食べなければ良いのにって言ってるみたいに片眉を上げて。

「あきら? おい、あきら、どうした?」

 ユタに肩を叩かれてはっとした。ケーキの予約表を眺めてぼーっとしていたらしく、後から会計を終えた人に邪魔そうに睨まれている。ユタは空いた方の手で私の手を繋ぐと、後に居た人に謝って店を出た。

 ユタはたまにこうして、私と手を繋ぐ。片思い相手に見られても良いのか聞いたら、笑って彼女はこんな場所に来ないからと彼は言った。

 温かい手をそっと握り返す。それってつまり、好きな人は絶対連れて来ないような場所に、私を連れて来ていると暗に言っているが、それでもこの時だけでも、恋人同士のように触れ合えるのが私には嬉しかった。


 だから、思ってしまったのかもしれない。

 ユタとだったら、クリスマスケーキを食べても、美味しく感じるんだろうな、なんて。

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