竜巻の底で(1)
T県は、竜巻が生じやすいことでも有名な地域として知られている。
しかしこの竜巻は、いくらなんでもデタラメである。
T県北部で最大級の巨大建築物、からすばキャッスルそのものが、巨大な竜巻に飲まれているのだ。
吹き荒れる竜巻の中は、にわかに夕闇が訪れたようだった。
風で巻き上げられた砂塵が、西日を遮っているのだ。
そんな竜巻を生み出せるのは、言うまでもない。
窓から見上げれば、金色の鱗に包まれた、蛇のように長い龍の体がとぐろを巻いてる。その肉体は痩せぎすで、ややすると老いさらばえているかのようにも見える。だがこの竜巻を見る限り、竜の力はまだまだ衰えているとは言いがたい。
その竜の名は、
天候を操る
まさに
そのあまりにも強大な力ゆえ、中国では畏敬の対象とされ、神と同一されてきたほどである。
だが、神であろうがなんであろうが、狩らねばならないのが
非常階段の最上階に着いた。みのりは急いで買ったばかりの服に
さゆりは胡桃の
「みのり…あんた、昨日の今日で、体は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、いける」
みのりも、あおいからもらったばかりのHMDを取り出した。
強烈な風に押し戻されながら、二人がかりで屋上の扉を開いた。
直後、間近に稲妻が炸裂した。急いで飛び退く。
「二手に分かれよう!」
「うん!」
さゆりが暴風をかき分けて走っていく。みのりも逆方向へと駆けた。
金剛竜の力は光だ。どれほど風が吹こうが、光さえ届けば攻撃が
HMDは砂塵を防ぐ、ゴーグルの役割を果たしている。見えさえすれば、攻撃は当たるのだ。
みのりとさゆりの対空攻撃が始まった。光の矢は次々に黄龍の鱗を弾き飛ばしていく。黄龍も稲妻を呼ぶが、
そして黄龍も、雷を放つ無意味さを悟ったようだ。
黄龍が吠えた。
瞬間、地面が揺れた。
見れば、目前に見上げるほど巨大な亀の甲羅があった。
亀が四肢と首を伸ばした。頭には角とたてがみがあり、大きく裂けた口には蛇のような二本の牙が見える。
亀と蛇、そして龍の特徴を持つこのモンスターは、黄龍の眷属、
「お母さんは上空の黄龍を! 私は玄武をやるっ」
黄龍が現れたのは、さゆりからすれば幸甚だ。彼女が黄龍を倒せば、竜気のキャパシティがあがるはずだから。
このときは、そう思っていた。
みのりは目前の巨大な亀をにらみつけた。
足を繰り出すたび、コンクリートにひびが走る。その重量は武器にもなる。
そしてその見た目通り、防御力にも優れる。光の矢のような軽い攻撃では
「ならば!」
いくら大きかろうが、重かろうが、しょせんは黄龍の眷属であり、下級竜である。竜王たる金剛竜の敵ではない。
しかしそれは、一対一での話である。
再度、地面が揺れた。
みのりの背後に、玄武の甲羅が三つ落ちてきた。
上空を見上げる。さゆりの放った
やはり今のさゆりでは、
このまま戦闘が続けば、からすばキャッスルの天井が抜けるほど玄武が落ちてくるかもしれない。
渾身の光波爆発で玄武を三体まとめて吹き飛ばす。泡となって消える玄武たちを尻目に、上空の黄龍に狙いを定めた。
だが、みのりの放った光の球は、濃密な砂塵の奔流によってはじき返された。光が通らなければ、金剛竜の攻撃は届かない。
また、玄武が落ちてくる。金剛竜を撃ち貫くほどの攻撃力を持たない黄龍は、砂塵で防御しながら玄武で魔力を削ってくる作戦に出たようだ。魔力がなくなれば障壁は展開できなくなるし、堅牢な体を構成する竜気も衰える。
老練な戦い方だった。その老いさらばえた体は、伊達ではないということか。
玄武と戦いながら、黄龍の隙をうかがう。黄龍とみのり達を隔てる砂塵の流れは、より激しく中空を流れる。
息があがりはじめた。やはり昨日の戦いのダメージが残っているようだ。
玄武の突撃を受けて吹き飛ばされた。体へのダメージは軽微だったが、大きく後ろへ吹き飛ばされた。
光の翼をはやし、空中で姿勢をなおす。だが強い風が吹きすさび、それを許してはくれない。
背中から落ちて転げ回った。そこにもう一体の玄武が駆け込んでくる。
その突撃を、さゆりが障壁で止めてくれた。
きりがない。玄武といくら戦っても、戦況は変わらない。空の黄龍は意気軒昂で、竜巻の力も強まっているようにさえ思える。
ならば、黄龍の裏をかくしかない。
「お母さん! 私が光波爆発で砂塵に穴をあけるから、その間から魔法を撃って!」
クレーバーさのかけらもない、強引な方法だった。だが、確実に黄龍を撃つにはそれしかない。
光の波が弾け、砂塵の帯が切れた。
「お母さん!」
「あたれっ!」
さゆりの声と共に、三つの光の球が飛翔した。砂塵の切れ間をぬい、雷鳴を轟かせながら光の球は飛ぶ。
黄龍が吠えた。さゆりの攻撃は黄龍の胴体を吹き飛ばしていた。
砂塵の流れが鈍った。たたみかけるチャンスだ。
みのりも魔法を撃ち放つ。黄龍の体が光の爆発に包まれていく。
だが…!
「しまっ…」
黄龍への攻撃に夢中で、再び玄武たちが召喚されていたとは思わなかった。
不意の突撃を受けて、みのりはもんどり打った。
「みのりっ!」
さゆりの光波爆発で、玄武の体は泡と化した。
みのりは起き上がろうと右手を動かした。だが、右腕からのフィードバックがない。骨でも砕かれただろうか。
目を右腕に向ける。
「!」
だが、そこにあるべき右腕がなくなっていた。
痛みはない。竜には痛覚がないからだ。だが、右腕がないという事実は、みのりを激しく動揺させた。
失われた右腕が生えてこないということは、みのりの体の回復力が限界に達したということだ。
「やっぱり、昨日のダメージが…」
今朝、起きた時の状況を思い出した。
全身を魔法の湿布で巻かれていた。あれは、みのりの体の回復具合が思わしくないから、さゆりが施術した跡だったのだ。
昨日の
その代償が、この魔力切れだった。
ボロボロになりながら空を漂っていた、黄龍の体が強く七色に輝いた。
その光はからすばキャッスルの屋上に差し込んだ。
黄龍の姿が消えていく。反対に照射された光はますます彩りを増していく。
なにが起きているのか。
「そういえば、聞いたことがある」
さゆりが口を開いた。
「黄龍には、もう一つの姿があると」
七色の光は、獣の姿をとろうとしていた。
(つづく)
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