竜巻の底で(2)

七色の光がかたどったものは、獣の姿だった。

龍のような頭には、左右に鹿のような幅広な角が、ひたいからはユニコーンのように一本角が生えている。長い首の後ろから尾まで至るたてがみは七色に輝き、胴体は黄龍イエロードラゴン同様、金色の鱗が覆っている。蹄のある四本の足は、まるでサラブレッドのように無駄がなく流麗なシルエットをとっている。

山のような玄武達に比べると小柄だが、それでも象のような巨躯を誇っていた。


これが黄龍の別の姿。人はこの獣を麒麟きりんと呼ぶ。


竜巻に閉ざされた薄暗い空間に、金色の獣だけが神々しく輝いていた。

さゆりが胡桃の杖ウォルナット・スティックを振ると、みのりの周囲にプリズムの障壁ウォール・オブ・プリズムが現れた。

「あんたはその中でおとなしくしてな!」

再度胡桃の杖を握り直し、その先から光の刃を伸ばした。

「だけどお母さん」

「あんたは私の娘なんだろ? だったら言うことを聞きな!」

さゆりの言葉が終わると同時に、麒麟が立ち上がっていなないた。召喚されていた玄武たちが、一斉にみのりたちに襲いかかる。

「私が相手だっ! かかってきなっ」

杖を持ち替えると同時に、さゆりは竜の咆哮ドラゴンシャウトを放つ。動きが止まった玄武一頭を一凪にして泡へと変える。

「ひとつッ!」

コンクリートを蹴って空へ飛び上がる。そして回転しながらもう一匹の玄武の甲羅の上に刃を突き立てる。杖を引くと、玄武の巨体が真っ二つに割れた。

「ふたつッ!」

突撃してくる玄武の巨体を障壁で受け止め、光波爆発ライトウェーブバーストで肉片へと変える。

「まとめて消えなっ!」

さゆりは大きく口を開けた。口腔からきらめく光の波が吐き出される。

それこそが、さゆり/みのりが竜である証。竜の息、光の息ライトウェーブ・ブレスだ。

光の粒子の波が、烈風のように空間を引き裂き、光の濁流に飲まれた玄武達が次々に泡に変わっていった。


さゆりはちらりと、プリズムの中のみのりに目を向けた。

買ってあげたばかりのブレザーの右袖が、ぼろきれとなっていた。

(みのり…)

プリズムに守られたみのりは、障壁に身を預け、眠っていた。

若い頃の自分に瓜二つ。髪をまとめたシュシュも同じく金色シャンパンゴールド

娘だと名乗られた時、たちの悪い冗談だと思った。

娘なわけがない、と思ったからではない。その逆だ。ここまでそっくりな女の子が、と、思ったからだ。

強烈なシンパシーを感じた。それは肉親の情とも言える。22年前に失った感情が、みのりのおかげで戻ってきた。

おそらくみのりは、さゆりを淡泊な人間だと思っているに違いない。誰なのか、どこから来たのか、本当に娘なのか、細かく聞くことがなかったからだ。ただなりゆきに任せて、たつみやに住まわせているだけだと、思われているかもしれない。

だが、それは違うのだ。



…。

息を吹き終えた時、残っていたのは麒麟だけであった。

光の刃を宿す杖を、構え直した。

麒麟は動かない。ただじっと、さゆりの方を見ていた。

「なら、こっちから行かせてもらうっ!」

コンクリートの床を蹴って麒麟に向かう。麒麟は首を下げると、角をさゆりに向けて突撃してきた。

両者が重なり合う。さゆりの刃と麒麟の角が交わった。稲妻と光子が渦を巻いて拡散する。



…。

みのりへの疑惑サスピションは、ずっと残っていた。聞かなかったのは、みのりとの距離を測りかねていたからだ。

聞いてしまったら、みのりがいなくなってしまう。そんな気がしてしまったのだ。

だからあえて、自分の方から距離を置いた。ほどよい距離があれば、彼女が消えることもないだろう。そう思ったのだ。

それが正しかったのか。その答えは、みのりに直接聞くしかない。それができないさゆりは、自分の都合の良いように解釈するだけであった。



…。

麒麟が角を上に突き上げた。

「しまっ…!」

さゆりの手の中にあった杖が、回転しながら宙を飛んだ。

麒麟はこの機を逃さない。前脚を振り上げると、傲然とさゆりに蹄を叩きつけてきた。

左腕に障壁を集め、麒麟の一撃を受け止める。みのりのように早く動けないなら、金剛竜の高い装甲を駆使して戦うしかない。

攻撃を遮られたことを知った麒麟は、竿立ちとなって、ありったけの力でさゆりを踏みつぶそうとする。

だがさゆりは、麒麟の全体重を支える後ろ脚に光波爆発の魔法を叩きつける。

ズンッと音がして、麒麟の体が倒れた。

すばやく飛び退き、床に転がっていた杖を拾い上げる。麒麟は素早く後ろ脚を再生すると、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

攻め時だと分かっていた。だが、息があがって動けない。

人間の部分が、金剛竜さゆりの足をひっぱっていた。



…。

赤竜レッドドラゴンの体当たりを受けて吹き飛ばされたみのりの体は、それでも人のカタチを保っていた。全身にはひどい打撲が広がり、気を失っていた。

草太の車に乗せてたつみやに戻り、早苗の手を借りて治療を施した。

だがその時に、気づいてしまったのだ。


結論から言えば、さゆりが貼ってくれた薬草の湿布は、みのりには効かなかった。


あの薬は、宝石竜ジュエルドラゴン、すなわち竜殺しドラゴンスレイヤーの人間の部分を活性化させることで体のダメージを回復させる。

緑竜ガスドラゴンの毒を浴びてしまったクマさんや、午前中にたつみやにやってきた客たちに薬が効いたのは、彼らが「人間」だからだ。


しかし、みのりには効かなかった。これが意味するところは…。

簡単なことだ。みのりは、人間ではないのだ。

人間の部分を一切持たない、真の真竜トゥルードラゴンだからだ。


驚きを隠せなかった。信じられなかった。

純粋な竜が、人のカタチをしているのである。

おそらく自分と同じ系統の…いや、金剛竜と同じ力を持つ、純粋な、人を象った竜。

様々な雑念や疑いが頭をよぎったが、それを押さえ込めたのは、全身を打撲だらけにしたみのりの無残な姿があったからだ。


みのりが誰であろうと、かまわない。そういう気持ちにもなっていた。


カタチばかり、湿布をぬりたくって包帯を巻いた。だがその薬草が、さゆりが期待したような効果を生まないことも、分かっていた。それでも薬草を塗ったのは、早苗と草太を心配させないためと、自分の中で納得できる理由を作りたかったからだ。



…。

麒麟がいなないた。その中に、人の言葉が混じっていた。

竜語ドラゴンロアだ。麒麟が動かなかったのは、さゆりの心を読んでいたからだった。どうやら、そのような術を使われていたらしい。

「いやらしい爺さんだな、人の心をのぞき見るとは」

麒麟が愉快そうに笑った。なぜ心を読んだのか、その答えを語る前に、角を突き出し、麒麟は突撃をかけてきた。

さゆりの後ろには、みのりを守る障壁があった。麒麟の攻撃は、さゆりが受け止めるしかない。

もしくは、このプリズムに衝突する前に倒すしかない。

胡桃の杖を握り直し、大きく振るった。光の球が麒麟に向かう。麒麟はそれを軽々とかわした。だが、それこそがさゆりの狙い目だった。

避けた先に、特大の光波爆発を仕掛けていたのだ。麒麟の首が吹き飛んだ。さらにさゆりは、杖から伸びた巨大な刃を麒麟に叩きつけた。

『ふふふ、だが我の目的は達せられた。偉大なる母上ヴァイオレット・ドラゴンが、その目を覚ますのだ』

さゆりの脳に、直接言葉が響いた。それを最後に、麒麟はその姿を泡へと変えた。


竜巻が消えた。からすばキャッスルは、西に大きく傾いた赤い陽光を浴びた。

プリズムの障壁を取り除いた。みのりの右腕は、まだ回復していない。この地には、竜脈がないからだ。

「あんたが誰だって、人間じゃなくたって、あんたは私の娘だ。そう言ってくれたんだから、あんたは」

よいしょと声を出して、みのりを背負った。

「うれしかったんだよ、私は」

「う…ん…」

みのりが寝息をたてた。さゆりは微笑むと、店内に戻る扉に足を向けた。


(つづく)

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