竜巻の底で(2)
七色の光が
龍のような頭には、左右に鹿のような幅広な角が、
山のような玄武達に比べると小柄だが、それでも象のような巨躯を誇っていた。
これが黄龍の別の姿。人はこの獣を
竜巻に閉ざされた薄暗い空間に、金色の獣だけが神々しく輝いていた。
さゆりが
「あんたはその中でおとなしくしてな!」
再度胡桃の杖を握り直し、その先から光の刃を伸ばした。
「だけどお母さん」
「あんたは私の娘なんだろ? だったら言うことを聞きな!」
さゆりの言葉が終わると同時に、麒麟が立ち上がっていなないた。召喚されていた玄武たちが、一斉にみのりたちに襲いかかる。
「私が相手だっ! かかってきなっ」
杖を持ち替えると同時に、さゆりは
「ひとつッ!」
コンクリートを蹴って空へ飛び上がる。そして回転しながらもう一匹の玄武の甲羅の上に刃を突き立てる。杖を引くと、玄武の巨体が真っ二つに割れた。
「ふたつッ!」
突撃してくる玄武の巨体を障壁で受け止め、
「まとめて消えなっ!」
さゆりは大きく口を開けた。口腔からきらめく光の波が吐き出される。
それこそが、さゆり/みのりが竜である証。竜の息、
光の粒子の波が、烈風のように空間を引き裂き、光の濁流に飲まれた玄武達が次々に泡に変わっていった。
さゆりはちらりと、プリズムの中のみのりに目を向けた。
買ってあげたばかりのブレザーの右袖が、ぼろきれとなっていた。
(みのり…)
プリズムに守られたみのりは、障壁に身を預け、眠っていた。
若い頃の自分に瓜二つ。髪をまとめたシュシュも同じく
娘だと名乗られた時、たちの悪い冗談だと思った。
娘なわけがない、と思ったからではない。その逆だ。ここまでそっくりな女の子が、他人のわけがないと、思ったからだ。
強烈なシンパシーを感じた。それは肉親の情とも言える。22年前に失った感情が、みのりのおかげで戻ってきた。
おそらくみのりは、さゆりを淡泊な人間だと思っているに違いない。誰なのか、どこから来たのか、本当に娘なのか、細かく聞くことがなかったからだ。ただなりゆきに任せて、たつみやに住まわせているだけだと、思われているかもしれない。
だが、それは違うのだ。
…。
息を吹き終えた時、残っていたのは麒麟だけであった。
光の刃を宿す杖を、構え直した。
麒麟は動かない。ただじっと、さゆりの方を見ていた。
「なら、こっちから行かせてもらうっ!」
コンクリートの床を蹴って麒麟に向かう。麒麟は首を下げると、角をさゆりに向けて突撃してきた。
両者が重なり合う。さゆりの刃と麒麟の角が交わった。稲妻と光子が渦を巻いて拡散する。
…。
みのりへの
聞いてしまったら、みのりがいなくなってしまう。そんな気がしてしまったのだ。
だからあえて、自分の方から距離を置いた。ほどよい距離があれば、彼女が消えることもないだろう。そう思ったのだ。
それが正しかったのか。その答えは、みのりに直接聞くしかない。それができないさゆりは、自分の都合の良いように解釈するだけであった。
…。
麒麟が角を上に突き上げた。
「しまっ…!」
さゆりの手の中にあった杖が、回転しながら宙を飛んだ。
麒麟はこの機を逃さない。前脚を振り上げると、傲然とさゆりに蹄を叩きつけてきた。
左腕に障壁を集め、麒麟の一撃を受け止める。みのりのように早く動けないなら、金剛竜の高い装甲を駆使して戦うしかない。
攻撃を遮られたことを知った麒麟は、竿立ちとなって、ありったけの力でさゆりを踏みつぶそうとする。
だがさゆりは、麒麟の全体重を支える後ろ脚に光波爆発の魔法を叩きつける。
ズンッと音がして、麒麟の体が倒れた。
すばやく飛び退き、床に転がっていた杖を拾い上げる。麒麟は素早く後ろ脚を再生すると、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
攻め時だと分かっていた。だが、息があがって動けない。
人間の部分が、
…。
草太の車に乗せてたつみやに戻り、早苗の手を借りて治療を施した。
だがその時に、気づいてしまったのだ。
結論から言えば、さゆりが貼ってくれた薬草の湿布は、みのりには効かなかった。
あの薬は、
しかし、みのりには効かなかった。これが意味するところは…。
簡単なことだ。みのりは、人間ではないのだ。
人間の部分を一切持たない、真の
驚きを隠せなかった。信じられなかった。
純粋な竜が、人のカタチをしているのである。
おそらく自分と同じ系統の…いや、金剛竜と同じ力を持つ、純粋な、人を象った竜。
様々な雑念や疑いが頭をよぎったが、それを押さえ込めたのは、全身を打撲だらけにしたみのりの無残な姿があったからだ。
みのりが誰であろうと、かまわない。そういう気持ちにもなっていた。
カタチばかり、湿布をぬりたくって包帯を巻いた。だがその薬草が、さゆりが期待したような効果を生まないことも、分かっていた。それでも薬草を塗ったのは、早苗と草太を心配させないためと、自分の中で納得できる理由を作りたかったからだ。
…。
麒麟がいなないた。その中に、人の言葉が混じっていた。
「いやらしい爺さんだな、人の心をのぞき見るとは」
麒麟が愉快そうに笑った。なぜ心を読んだのか、その答えを語る前に、角を突き出し、麒麟は突撃をかけてきた。
さゆりの後ろには、みのりを守る障壁があった。麒麟の攻撃は、さゆりが受け止めるしかない。
もしくは、このプリズムに衝突する前に倒すしかない。
胡桃の杖を握り直し、大きく振るった。光の球が麒麟に向かう。麒麟はそれを軽々とかわした。だが、それこそがさゆりの狙い目だった。
避けた先に、特大の光波爆発を仕掛けていたのだ。麒麟の首が吹き飛んだ。さらにさゆりは、杖から伸びた巨大な刃を麒麟に叩きつけた。
『ふふふ、だが我の目的は達せられた。偉大なる
さゆりの脳に、直接言葉が響いた。それを最後に、麒麟はその姿を泡へと変えた。
竜巻が消えた。からすばキャッスルは、西に大きく傾いた赤い陽光を浴びた。
プリズムの障壁を取り除いた。みのりの右腕は、まだ回復していない。この地には、竜脈がないからだ。
「あんたが誰だって、人間じゃなくたって、あんたは私の娘だ。そう言ってくれたんだから、あんたは」
よいしょと声を出して、みのりを背負った。
「うれしかったんだよ、私は」
「う…ん…」
みのりが寝息をたてた。さゆりは微笑むと、店内に戻る扉に足を向けた。
(つづく)
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