彩色のスターゲイザー
ダストボウル
「このブラウス可愛くない? 今年の流行っぽいし」
「えー、ちょっと可愛すぎかな。みのりだったらシンプルなシャツの方が…」
などと浮かれる大人二名の着せ替え人形となってはや20分。
更衣室を出るたび「かわいい」「似合う似合う」と賞賛されることをモチベーションに頑張ってきたが、いい加減飽きてきたみのりであった。
「うわぁ、ねえさんのセンス最悪…」
「何言ってるの。みのりは、派手なファッションの方が似合うんだって」
「ねえさんが選ぶ服は、どれもこれも露出多すぎなのよ」
「いいんだよ。こういう肌を見せる服は、若いうちにしか着れないんだからさ!」
と言いながらさゆりが持ってきたのは、紺色のブレザーと、赤基調のタータンチェックのスカートだった。
着てみる。
「制服がセーラー服からブレザーになっただけじゃない」
「でもアイドルっぽくない?」
「そうかなぁ…みのりちゃんはどう思う?」
「スカート…短すぎだと思う」
「何言ってるの。膝上10センチくらい平気でしょ」
まるでスケベオヤジの言である。
それから数回着替えさせられたが、どの服が良いか、全員決めかねていた。
「めんどくさいから、全部買っちゃおう。お金は私が払うから!!」
さすがIT成金のあおい。都会のブルジョアジーを惜しみなく発揮している。一度でいいから、こんな豪気な発言をしてみたいものだ。
三人して両手にブティックの紙袋を提げて、フードコートへとやってきた。
からすばキャッスルに入って40分。アラフォーで運動不足なさゆりとあおいには、立ちっぱなしだったことがつらかったらしい。席についた瞬間に「ふー」と大きな息を吹き出すのが、いかにもおばさんっぽい。
「私、何か買ってくるよ?」
みのりはさゆりのリクエストで、先ほど買ったブレザーとチェックのスカートを着ている。さすがにスカートが短すぎるので、下には一緒に買った黒のスパッツを履いた。
「じゃあ、あたし、ポン・デ・リング」
「私はサーティーワンのアイスクリーム、ストロベリーチーズケーキで」
ドーナッツはすぐに買えたが、サーティーワンには短い行列ができていた。日に日に暖かくなる三月は、冬の寒さから解放され、ひんやりとしたものが食べたくなる時期である。
何を食べようか迷っていたみのりであったが、せっかく行列にも並んだことだし、マスクメロンとバニラのダブルに決めた。
アイスを食べ終わった頃、「みなさん、こんにちはー!」と、階下から明るい女性の声が聞こえてきた。
15時からのショーが始まったようだ。
フードコートは吹き抜けに面している。人気歌手の姿を見ようと、人々が吹き抜けに集まってくる。どこにこれほどの客がいたのかと、驚かされるほどであった。
「私も見よーっと!」
あおいも人混みの中へと入ってしまった。
「ったく、都会モノのくせに、仕方ないね」
さゆりが肩をすくめると、みのりも苦笑を返した。
ハンドベルのような、澄んだ歌声がエントランスに響き渡る。
優しい歌詞が、ピアノの旋律に乗って宙を舞う。
エントランスを包むガラスの壁の向こうには、春の訪れを
こちらの世界に来てからというもの、戦いづくめであった。駅前の
ここから数日は、竜も出ないはずだ。スミレのショーを見て、たつみやに戻ってファッションショーをして、
(そうだ。お母さんを鍛えないと…)
昨日の
さゆりが金剛竜として覚醒していたなら、
だからさゆりが金剛竜として覚醒しない限り、これから現れるだろう
『みのり』がなぜあれほどさゆり…つまりみのりの強さにこだわったのか。今になれば分かる。
金剛竜と同等の力を持っていたとしても、レプリカでは真の
だから『みのり』は勝利を託すため、輝銀竜の核熱から『さゆり』をかばって散ったのだ。
もの悲しいメロディが流れはじめた。スミレのヒット曲「私はまだ…」だ。
難病を患った恋人を支え続けるヒロインの、けなげで哀しい愛情をテーマとした、同名の映画の主題歌である。
ちらっとさゆりの顔を盗み見る。目を伏せがちして、その歌を聴いていた。
きっと稔の事を思い出しているのだろう。
それはみのりも同じであった。
稔が
永久に壊れないという魔法の鏡は、その得意な魔力を応用して、竜の魂のみを並行する世界から吸い出すという
しかし、二人がかりでも、みのりは輝銀竜に勝てなかったのだ。
原因は分かっている。紫菫竜が輝銀竜に喰われたせいだ。
竜は竜を喰らうことで蓄積できる竜気の上限があがる。紫菫竜はさゆり(とみのり)を抹殺するために配下の彩色竜を差し向けているが、これはかえってさゆりを利する結果となっている。
自分が戦いを通じて急速に金剛竜としての力を発揮できるようになったのも、竜との戦いで積んだ経験値が竜気のキャパシティを増やしたからだろう。
同様に、輝銀竜は竜王である紫菫竜を喰らうことで莫大な竜気を得た。
それが勝負を分けたのだ。
曲目が変わった。弾けるように元気な歌だ。スミレの歌の幅、そしてレパートリーはとても多彩だ。同じ歌手が歌っているようには思えない。それが、幅広いファンを獲得している理由でもあるのだろう。
ふと、目を外に向けた。
空がわずかに暗くなっている。雲が陽光を遮ったのか。
街路樹が激しく揺れている。外は強い風が吹いているようだ。
…。何かいやな予感がする。
「お母さん」
うっとりとスミレの曲に聴き入っている、さゆりの肩を叩いた。
その時だった。
ガラスの壁を突き破って、街路樹が飛び込んできた。
すさまじい突風がエントランスを襲う。
「やっぱりっ!」
右手を突き出し
最悪の事態は回避できた。だが、会場は激しく混乱していた。
みのりは柵を跳び越え、一階まで飛び降りた。
「スミレさんたちも早く楽屋に逃げてください!」
「あなたは?」
「通りがかりの
「これは、竜のしわざなの?」
スミレが不安そうな、しかしどこか気丈な表情で尋ねた。みのりはうなずきを返した。
手慣れた警備員たちが客の誘導をはじめた。
「お客さんを外には出さないようにしてください」
「わかった」
核攻撃下でも買い物ができる、と言われる、からすばキャッスルだ。ここほど安全な場所はあるまい。
「屋上に出たいです。鍵、貸してもらえませんか」
警備員に鍵束を借りると、背中に光の翼を生み出し、一気に五階の吹き抜けまで飛び上がる。
客が逃げ去る中、さゆりとあおいだけは残っていた。
「あおいさんもお客さんと一緒に逃げて」
窓の外は風邪が巻き上げた砂塵が吹き上がっている。街路樹はおろか、クルマが吹き飛ばされている。
巨大な竜巻が、からすばキャッスルを中心として渦巻いているようだ。
街路樹に開けられた大穴は、さゆりが
「お母さん、屋上に行こう」
「OK!」
二人は非常階段へと走った。
楽しい時間は、いつも唐突に終わるのだ。
(つづく)
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