美少女竜殺し・みのり

 みのりは戦いの後から、ずっと眠り続けている。

「大丈夫かな、みのり…」

 乙ヶ宮への帰途。RX-8は東北自動車道を北へと走っていく。

 リアシートのみのりは、寝息すらたてず、まるで死んだように眠っている。

 さゆりはそんなみのりの様子が気になって、時をおかず、何度も何度もリアシートをのぞく。

「大丈夫だよ」

 あおいは、みのりの正体を知っている。彼女がどうやってこの時間にやってきたのかも知っている。だからそう、断言できた。

「この娘はもう、うちの娘なんだ。私の命を守ってくれた大事な娘なんだよ」

 もともと、自分にそっくりなみのりに対して猜疑心など持たなかったさゆりだが、先ほどの戦いで家族としての愛情を感じたようであった。

 家族としての感情が高まったからこそ、目を覚まさないみのりが気になって、落ち着かないようだった。

「大丈夫だって」

 だがあおいは、確信を持ってそう答えた。みのりの身体を作った本人だからこそ、把握できることであった。

 しかし、あおいの言葉は、さゆりには届いていないようだった。

 自分の言葉は、姉と慕うさゆりを安心させることすらできないのか。そのじれったさに、あおいは大きく息を吐き出した。



 起き上がった白竜の前に立ちふさがったさゆりだったが、到底勝てる気がしなかった。

 自分よりも遙かに強いみのりが倒しきれなかった白竜だ。なまりきった自分がどうにかできるなんて思わなかった。

 ただ、みのりを守りたい。その気持ちだけで、立った。

 それで白竜は、さゆりを敵と認識した。倒れたみのりより、さゆりにプライオリティを置いた。

「これでっ!」

 右手を突き出し、光の矢を放つ。だが、そんな狙いの甘い攻撃が、白竜に届くわけがない。

 身体を翻して矢をかわすと、白竜は杖を踏み台にして空高くねた。そしてさゆりたちの上空に達すると、両手を突き出した。

 白竜の手が冷気をまとい、白く輝く。

 だが。

 白竜の魔法が完成する前に、無数の樹の枝が白竜の身体に突き刺さった。

 さゆりの後方から、竜気を吸って回復した翠雲たちが、翠柱の重槍エメラルド・アンゴンの魔法を放ったのだ。

 枝の重みで地面に引きずり下ろされる白竜。

「いまじゃ! 金剛竜!」

「おうさっ!」

 止まった白竜相手なら、ノーコンのさゆりでも外しはしない。

 胡桃の杖ウォルナット・スティックを取り出し、巨大な光の球を生み出すと、膝をついたままの白竜に叩きつけた。

 それで決まりだった。

 光の中で、白竜は蒸発した。

「みのり!」

 戦いが終わるとさゆりはすぐさま、意識を失って氷床に伏せたままになっているみのりを抱き起こす。

「急いで、我が家に運ぶのじゃ」

 呼び出した樹の枝と蔦で簡易的なストレッチャーを編むと、倒れたみのりを乗せた。

「みのり! みのり!」

 その傍らで、さゆりはひたすら、娘の名前を呼び続けた。



 その一部始終が、上空を飛んでいたマスコミのヘリから撮影されていたのだ。

 もしくは、ミッドタウンに避難していた人々のスマホで撮られていたのであった。


 そして事態は、思わぬ方向へと進んでいく。


 若くて美しい竜殺しみのりが、六本木を氷獄コキュートスに変えた凶暴なドラゴンと戦った。

 その様子は、テレビ報道やSNSを通して全国へと広まった。

 セーラー服姿の女の子が背中から光の翼を伸ばし、長いポニーテールを翻して戦う姿は、これまでの胡散臭うさんくさ竜殺しドラゴンスレイヤーのイメージを一変させた。

 テレビでは繰り返し戦いの様子が映し出され、動画共有サイトにあげられた動画も、数時間で何十万回と再生された。

 ネットが伝達する感情の広がりには、ただただ驚くばかりだった。さゆりや御厨の老人が長らくえ忍んだ不運な境遇が、たった一人の女の子によって覆ったのだ。

 それはもしかしたら、氷獄コキュートスと化した六本木の凄惨な姿から目をそむけたいという感情が、生み出したものかもしれない。

 みのりの話題が大きくなる一方で、1734人の命が奪われたという現実はかすんでいた。


 SNSの一つである『Now-man』のタイムラインも、みのりの話題で持ちきりとなっていた。

 もちろん、竜殺しへのバッシングもあった。竜殺しのふがいなさを糾弾するような書き込みもあった。

 だがそれらも、みのりに魅了された人々の擁護によって、かき消されていった。

 それらの反応を見ながら、さゆりはヘラッと笑ったり、ムスッとしたりと、表情をせわしなく変えていた。

 おそらく自分(の若い頃)そっくりのみのりの容姿が賞賛されて得意になると同時に、「私が若ければこの注目を浴びたのは私なのに」と悔しがっているのだろう。

 そんなさゆりのレスポンスを横目で見ながら、あおいはクスクスと笑っていた。

「何がおかしいんだい」

「ねえさん、学生の頃みたいだなって」

「なんで?」

「昔はそんなふうに、よく感情を表に出してたな、ってさ」

「そうかい?」

 アクセルを踏み込む。ブローオフバルブがガシュッと息を吐き、ターボファンが回る音がする。エグゾーストノートは重く響き、RX-8は鋭く加速していく。

「いつからなんだろうね。ねえさんが、あまり笑わなくなったのって」

「大人になったってことじゃないの」

 そういうことに、しておこうか。

「みのり…みのり…」

 リアシートのみのりが、寝言をつぶやく。

「おかしなだね。自分の名前呼んじゃって」

 そういうさゆりの顔には、安堵の色が浮かんでいた。

 RX-8は追い越し車線にはいり、前を走るトラックを軽やかに追い越す。野太いエグゾーストノートが響き、にわかに車体を揺るがす。

 目指す乙ヶ宮インターは、間もなくであった。


(つづく)








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