初恋のメロディ(2)
あの
幼い頃の稔は、
(男ってほんとバカ。私が竜殺しなのも、稔が竜殺しになれなかったのも、私のせいじゃないのに!)
勝手に喧嘩を売ってきて、勝手に泣き出す稔を、さゆりは少し疎ましく思っていた。
その頃さゆりが気になっていたのは、隣のクラスの神田クンだった。大柄の身体で運動が得意。快活で女子からの人気も高かった。
一方で稔は頭でっかちの貧弱メガネ。いつも教室の片隅で年齢に不釣り合いな文庫本を読み、空想にふけっているような子だった。
あんなもやしじゃなくて、神田クンが幼なじみだったら良かったのにと、何度思ったことか。
でも、時折「たつみや」に来て、
「さゆり、このランタンどうやって使うの?」
「どうやって使うのかな。お父さんに聞いてくるね」
さゆりも気づかないような導具を見つけては、その使い方を調べる。その成果を几帳面にノートに取り、楽しそうにそのノートを何度も読むのだ。
(いつもこうやってニコニコしてれば可愛いのにね)
二人が中学生になった頃、コンピューターゲームブームがやってきた。
稔に秘められた竜殺しへの憧れは、ゲームへの情熱に変わっていった。
ゲームの中でドラゴンを倒す「自分」を見せつけるため、稔はたびたびさゆりを呼び出した。
(男子ってホントくだらない)
そう思いながらもたびたび稔の家に行ってたのは、彼の家で出される夕飯がとびきり美味しいからであった。特にとんかつが絶品だった。それ以外に、稔の
ドラゴンスレイヤーというゲームが発売されたのは、中学生の時だった。
いわゆるアクションRPGだ。最終ボスを倒すためには、迷宮の奥に隠されている剣、その名も「ドラゴンスレイヤー」を手に入れなければならない。
「今日こそキングドラゴン倒すよ! そこで見てて」
さゆりを後ろのベッドに座らせて、聞いてもいないのにゲームの解説を勝手に始める。そのうちさゆりはベッドの上に横たわり、持ち込んだ雑誌を読みはじめる。稔の話には、時折返事すれば十分だった。
稔は自分の思考や世界に入り込みやすい子だった。集中したり、思考が深くなると、自分の事以外眼中になくなってしまうのだ。だからさゆりは聞き手として同じ部屋にいるだけで良くて、自分の話に興味があろうがなかろうが、あまり関係ないようだった。
ひたすらゲームの知識を語りたい稔。それにつきあえば美味しいご飯にありつけるさゆり。お互いの利益は、奇妙な形で一致していた。
「このドラゴンスレイヤーって剣は、他の武器よりも弱いんだ。でも、ドラゴン相手なら壮絶な威力を発揮する。むしろドラゴンは、ドラゴンスレイヤー以外の武器では傷つけられないんだ。すごいと思わない?」
その日の稔の顔は、いつもよりもキラキラしていた。でも、何がすごいのかはさっぱり分からなかった。男とは、道具に物語を求めてしまう生き物なのだろうか。
強敵が立ちはだかる迷宮の奥に、目指す
(私だったら、あんな
竜の姿を見ると、なにかのスイッチが入るのだろう。稔のキャラが敗れセーブポイントに戻るたび、さゆりの脳内では次の
挑戦すること十数回。稔のキャラは
「やった! ようやく倒したよ! さゆり!」
「おめでとー」
嬉しそうな稔に、なんとなく拍手を送るさゆり。お互いのテンションや熱量の差は歴然としていた。
「そうだよ、なんでこんな簡単なこと、今まで気づかなかったんだろう!」
何に気づいたのだろう。
(男ってさっぱり分からない)
自己完結して拳を握っている稔に、さゆりは半ば呆れていた。
「そうだよ、俺もドラゴンと戦えるんだよ、さゆり。導具鍛冶としてさ!」
そして首をかしげているさゆりの両肩を、ガシッと掴んだ。
心臓の音が鳴った。唐突な稔の行動に驚いたのだろう。そう思った。
しかし、いつの間に、彼の手はこんなに大きくなったのだろう。そしてなぜ、彼の手はこんなに熱いんだろう。そして彼の目は、どうしてこんなに綺麗なんだろう。
そしていつなんだろう。稔の背が、自分を追い抜いたのは。
その後に言った稔の言葉は、いまだにさゆりの胸を離れない。
「俺も、そんな必殺の武器を生み出す導具鍛冶になりたい。俺がさゆりのために、最強のドラゴンスレイヤーを作るんだ!」
それは稔が、単なる幼なじみから恋の相手に変わった瞬間であった。
(そうだ。ドラゴンスレイヤーの曲だ)
みのりの鼻歌の正体が分かった。
そのシンプルな旋律は、FM音源でかき鳴らされていたその曲は、さゆりにとっては初恋のメロディだった。
気がつけば、さゆりもみのりに合わせて、その曲を口ずさんでいた。
テーブルの上に目を落とす。そこにはいつものように、古ぼけた羽箒と、隣り合って、愛用の
稔がこの世においていってくれたものだ。
…あの口うるさい鏡と一緒に。
(そういえば今日は、めずらしくおとなしいな)
鏡をみやる。いつもなら熊さんがいなくなった途端に、甲高い声でケタケタと話し始めるのに。なんで今日は黙っているのだろう。
(まあ、大した理由なんてないんだろうけど)
男の気持ちも分からないのに、人ならぬ鏡の気持ちなんて、理解のしようがなかった。
その鏡が、白く光った。
鏡が反射したのは、みのりの手のひらからあふれた光だった。
「ふー、うまくいったかな?」
弾丸がぼんやりと光っている。
銃弾への付与は難しい。力の入れ具合を間違えると、弾薬が反応しかねない。
しかしみのりは、高難度の技を見事にやってのけた。
彼女が竜殺しなのは疑いようがない。しかもその力量も並ではない。
「どう? おかあさん?」
みのりは銃弾を見せつけながら、ドヤッと胸を張った。自分と同じく、胸部の肉付きはあまりよくないようだった。どうやら彼女の
「でも、小さいとたれないからね。あたしもあんたくらいの時には悩んだけどさ、あたしくらいの年齢になると分かるから。前向きに考えようね?」
「? なに言ってるの? おかあさん?」
何を言ってるのだろうか。残念な胸よりも、気になるところがあったというのに。
それは、みのりの背後で揺れていた、彼女のポニーテールである。
竜殺し。長い黒髪。夜の駅前広場。そして子竜を消し飛ばした、あの
「あんた、昨日駅前広場にいなかった?」
よく考えれば、明快な答えであった。
目の前の
「たはは...バレちゃった」
照れくさそうに舌を出す。
そういう仕草が、何もかも可愛いく思えた。
あの曲のせいだろうか。
そう思った時には、みのりを抱きしめていた。
「でも、あんたのおかげで駅前広場は救われたんだ。ありがとう」
自分と稔の間に生まれた子。これが本当だったら、どれだけ素敵な事だろう。自分が叶えられなかった願いが、こうして目の前にいてくれる。
何も本当の事を語ってくれないが、この娘が悪い子のはずがない。
「おかあさんが頑張ってくれたからだよ。蒼灰竜がおかあさんに注意を向けてたから、私は魔力装填の時間が稼げたんだし。あと痛い。力いれすぎ」
「あ、ごめんごめん」
腕をほどく間際、潤み始めた目をぬぐう。泣いているとは、思われたくなかった。
「よおし、今日は奮発して、あきつ家にとんかつ食べにいこうか!」
「わあ、賛成♪」
さゆりとみのりが揃ってエプロンを外した時、
「あー、その前に君たち」
今日初めて、鏡がしゃべった。
「おでかけの前に、今日のおつとめを忘れないように」
「
「ます」
「よろしい。
今日の鏡は、なぜか城の王様気取りであった。
(つづく)
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