初恋のメロディ(2)

 あのパソコンPC-8801mkⅡSRには「ドラゴンスレイヤー」というゲームがあった。稔が大好きなゲーム。そして稔とさゆりの人生を変えたゲーム。

 幼い頃の稔は、竜殺しドラゴンスレイヤーに憧れていた。竜殺しとして生まれたさゆりに嫉妬していた。導具鍛冶どうぐたんやの家に生まれたことを悔やんでいた。そんなつまらない理由で、何度か喧嘩になったこともあった。

(男ってほんとバカ。私が竜殺しなのも、稔が竜殺しになれなかったのも、私のせいじゃないのに!)

 勝手に喧嘩を売ってきて、勝手に泣き出す稔を、さゆりは少し疎ましく思っていた。

 その頃さゆりが気になっていたのは、隣のクラスの神田クンだった。大柄の身体で運動が得意。快活で女子からの人気も高かった。

 一方で稔は頭でっかちの貧弱メガネ。いつも教室の片隅で年齢に不釣り合いな文庫本を読み、空想にふけっているような子だった。

 あんなもやしじゃなくて、神田クンが幼なじみだったら良かったのにと、何度思ったことか。

 でも、時折「たつみや」に来て、導具マジックアイテムを見ながらニコニコしている稔は、嫌いではなかった。稔は不思議なものが大好きだった。

「さゆり、このランタンどうやって使うの?」

「どうやって使うのかな。お父さんに聞いてくるね」

 さゆりも気づかないような導具を見つけては、その使い方を調べる。その成果を几帳面にノートに取り、楽しそうにそのノートを何度も読むのだ。

(いつもこうやってニコニコしてれば可愛いのにね)

 二人が中学生になった頃、コンピューターゲームブームがやってきた。

 稔に秘められた竜殺しへの憧れは、ゲームへの情熱に変わっていった。

 ゲームの中でドラゴンを倒す「自分」を見せつけるため、稔はたびたびさゆりを呼び出した。

(男子ってホントくだらない)

 そう思いながらもたびたび稔の家に行ってたのは、彼の家で出される夕飯がとびきり美味しいからであった。特にとんかつが絶品だった。それ以外に、稔の遊びゲームに付き合う理由がなかった。

 ドラゴンスレイヤーというゲームが発売されたのは、中学生の時だった。

 いわゆるアクションRPGだ。最終ボスを倒すためには、迷宮の奥に隠されている剣、その名も「ドラゴンスレイヤー」を手に入れなければならない。

「今日こそキングドラゴン倒すよ! そこで見てて」

 さゆりを後ろのベッドに座らせて、聞いてもいないのにゲームの解説を勝手に始める。そのうちさゆりはベッドの上に横たわり、持ち込んだ雑誌を読みはじめる。稔の話には、時折返事すれば十分だった。

 稔は自分の思考や世界に入り込みやすい子だった。集中したり、思考が深くなると、自分の事以外眼中になくなってしまうのだ。だからさゆりは聞き手として同じ部屋にいるだけで良くて、自分の話に興味があろうがなかろうが、あまり関係ないようだった。

 ひたすらゲームの知識を語りたい稔。それにつきあえば美味しいご飯にありつけるさゆり。お互いの利益は、奇妙な形で一致していた。

「このドラゴンスレイヤーって剣は、他の武器よりも弱いんだ。でも、ドラゴン相手なら壮絶な威力を発揮する。むしろドラゴンは、ドラゴンスレイヤー以外の武器では傷つけられないんだ。すごいと思わない?」

 その日の稔の顔は、いつもよりもキラキラしていた。でも、何がすごいのかはさっぱり分からなかった。男とは、道具に物語を求めてしまう生き物なのだろうか。

 強敵が立ちはだかる迷宮の奥に、目指す最終ボスキングドラゴンは鎮座していた。巨体を誇るそのドラゴンは、口から吐き出す炎で何度となく稔のキャラクターを灰に変えた。

(私だったら、あんな竜息ブレスなら障壁バリア張れば余裕だな。その後で光の球ボールライトニングをぶつければ、顎ごと吹き飛ばせる。これで竜息は封じられるから…)

 竜の姿を見ると、なにかのスイッチが入るのだろう。稔のキャラが敗れセーブポイントに戻るたび、さゆりの脳内では次の最終ボスキングドラゴン戦が想定シミュレートされる。

 挑戦すること十数回。稔のキャラは最終ボスキングドラゴンの脳天にドラゴンスレイヤーを突き刺し、長い冒険に終止符を打った。

「やった! ようやく倒したよ! さゆり!」

「おめでとー」

 嬉しそうな稔に、なんとなく拍手を送るさゆり。お互いのテンションや熱量の差は歴然としていた。

「そうだよ、なんでこんな簡単なこと、今まで気づかなかったんだろう!」

 何に気づいたのだろう。

(男ってさっぱり分からない)

 自己完結して拳を握っている稔に、さゆりは半ば呆れていた。

「そうだよ、俺もドラゴンと戦えるんだよ、さゆり。導具鍛冶としてさ!」

 そして首をかしげているさゆりの両肩を、ガシッと掴んだ。

 心臓の音が鳴った。唐突な稔の行動に驚いたのだろう。そう思った。

 しかし、いつの間に、彼の手はこんなに大きくなったのだろう。そしてなぜ、彼の手はこんなに熱いんだろう。そして彼の目は、どうしてこんなに綺麗なんだろう。

 そしていつなんだろう。稔の背が、自分を追い抜いたのは。

 その後に言った稔の言葉は、いまだにさゆりの胸を離れない。

「俺も、そんな必殺の武器を生み出す導具鍛冶になりたい。俺がさゆりのために、最強のドラゴンスレイヤーを作るんだ!」

 それは稔が、単なる幼なじみから恋の相手に変わった瞬間であった。


(そうだ。ドラゴンスレイヤーの曲だ)

 みのりの鼻歌の正体が分かった。

 そのシンプルな旋律は、FM音源でかき鳴らされていたその曲は、さゆりにとっては初恋のメロディだった。

 気がつけば、さゆりもみのりに合わせて、その曲を口ずさんでいた。

 テーブルの上に目を落とす。そこにはいつものように、古ぼけた羽箒と、隣り合って、愛用の胡桃の杖ウォルナット・スティックが置かれていた。

 稔がこの世においていってくれたものだ。

 …あの口うるさい鏡と一緒に。

(そういえば今日は、めずらしくおとなしいな)

 鏡をみやる。いつもなら熊さんがいなくなった途端に、甲高い声でケタケタと話し始めるのに。なんで今日は黙っているのだろう。

(まあ、大した理由なんてないんだろうけど)

 男の気持ちも分からないのに、人ならぬ鏡の気持ちなんて、理解のしようがなかった。

 その鏡が、白く光った。

 鏡が反射したのは、みのりの手のひらからあふれた光だった。

「ふー、うまくいったかな?」

 弾丸がぼんやりと光っている。付与エンチャントは成功したらしい。

 銃弾への付与は難しい。力の入れ具合を間違えると、弾薬が反応しかねない。

 しかしみのりは、高難度の技を見事にやってのけた。

 彼女が竜殺しなのは疑いようがない。しかもその力量も並ではない。

「どう? おかあさん?」

 みのりは銃弾を見せつけながら、ドヤッと胸を張った。自分と同じく、胸部の肉付きはあまりよくないようだった。どうやら彼女の母親さゆりは、みのりに申し訳ない遺伝子を渡してしまったようだ。

「でも、小さいとたれないからね。あたしもあんたくらいの時には悩んだけどさ、あたしくらいの年齢になると分かるから。前向きに考えようね?」

「? なに言ってるの? おかあさん?」

 何を言ってるのだろうか。残念な胸よりも、気になるところがあったというのに。

 それは、みのりの背後で揺れていた、彼女のポニーテールである。

 さゆりからもらったという、シャンパンゴールドのシュシュでまとめた黒髪は、おろせばみのりの腰ほどに達しよう。

 竜殺し。長い黒髪。夜の駅前広場。そして子竜を消し飛ばした、あの光の球ライトニングボール。全ての符号が今つながった。

「あんた、昨日駅前広場にいなかった?」

 よく考えれば、明快な答えであった。

 目の前のみのりが竜殺しなら、全ての説明がつくのである。

「たはは...バレちゃった」

 照れくさそうに舌を出す。

 そういう仕草が、何もかも可愛いく思えた。

 あの曲のせいだろうか。

 そう思った時には、みのりを抱きしめていた。

「でも、あんたのおかげで駅前広場は救われたんだ。ありがとう」

 自分と稔の間に生まれた子。これが本当だったら、どれだけ素敵な事だろう。自分が叶えられなかった願いが、こうして目の前にいてくれる。

 何も本当の事を語ってくれないが、この娘が悪い子のはずがない。

「おかあさんが頑張ってくれたからだよ。蒼灰竜がおかあさんに注意を向けてたから、私は魔力装填の時間が稼げたんだし。あと痛い。力いれすぎ」

「あ、ごめんごめん」

 腕をほどく間際、潤み始めた目をぬぐう。泣いているとは、思われたくなかった。

「よおし、今日は奮発して、あきつ家にとんかつ食べにいこうか!」

「わあ、賛成♪」

 さゆりとみのりが揃ってエプロンを外した時、

「あー、その前に君たち」

 今日初めて、鏡がしゃべった。

「おでかけの前に、今日のおつとめを忘れないように」

輝銀竜プラチナドラゴンを倒します」

「ます」

「よろしい。竜殺しドラゴンスレイヤーたちよ、その気持ちを忘れないようにな」

 今日の鏡は、なぜか城の王様気取りであった。


(つづく)

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