本当の母親は…

 さゆりの愛車ヴィヴィオは、20歳のお祝いにと稔の父に買ってもらったものだ。

 輝銀竜との戦いにより、18歳で両親を失ったさゆりには、法律行為を行う際の法廷代理人として未成年後見者が必要だった。それを買って出てくれたのが、同じく輝銀竜プラチナ・ドラゴン戦で息子を失った安芸津夫妻だった。

 短大を卒業して「たつみや」を引き継ぐまで、さゆりは安芸津夫妻の保護下にあった。

 輝銀竜戦の後、安芸津夫妻は導具鍛冶どうぐたんやを廃業してしまった。

 安芸津家は竜見家の傍流である。いわば竜見家専属の導具鍛冶であった。

 しかし竜見家の竜殺しはさゆりを残して全滅。安芸津家も顧客を失い、導具鍛冶を続けていくのが難しくなってしまったのだ。

 代わりに料理の腕を生かし、とんかつ屋をはじめた。それが「あきつ家」である。

「そういえばあんた、なんであきつ家知ってるの?」

 みのりを助手席に載せ、町に向かう。路面のギャップを拾うたびにズンと衝撃が走る。サスが抜けているため、頻繁に底突きするのだ。

「知ってるよ、パパ…おとうさんの実家だもん」

 乗り心地は最悪だ。 しかしみのりは、あまり気にしていないようだ。

「おかあさん、顔赤いよ?」

「うるさいな」

「初恋が忘れられないのね? そうなのね?」

「そんなことよりあんた、普段はどこで暮らしてるの?」

 こそばゆいので、話題を変えた。

「この街だよ?」

「うそつくな」

「ホントだよ。ただね…」

 みのりの言葉が途切れた。逡巡しているのが、傍目はためからでもよく分かる。

 言葉を選んでいるのか、言っていいのか悪いのか。そんなところだろう。

「実は私、おかあさんあなたの娘じゃないんだ」

「知ってるよ。産んだ覚えないもの」

 ガコンガコンと、バンプラバーが底突きする音だけが車内に響く。

「もうちょっと驚いてくれないかなぁ」

おかあさんあたしの娘ですって言われたほうがビックリだよ」

「おもしろくないなぁ~」

 みのりはぷくっと頬を膨らませた。

「あはは。可愛いなぁ、みのりちゃんは」

 左手を伸ばしてくしゃくしゃと頭を撫でる。

 前の信号が赤に変わる。いつもはブレーキを乱暴に踏み込むが、今日はみのりがいる。さゆりなりに、クルマを穏やかに停めたつもりだった。

 そういえばター坊と熊さん以外に人を乗せるのは、何年ぶりだろうか。

 『おかあさんあたしの娘ではない』と言われた時、安心と同時に、少し残念に思う自分に気づいた。

 顔のせいなのだろうか。しぐさのせいなのだろうか。出会ってまだ一日もたっていないのに、さゆりはこの娘みのりが本当に自分の娘ならいいのに、と思い始めていた。

「で、そのみのりちゃんは、どこの誰の娘で、ホントはどこに住んでるの?」

 みのりはフロントガラスの先に見える空を、ぼんやりとながめていた。

 晴れてはいるが雲の多い、春の空だった。

 言葉を選んでいるのだろう。どう言えばいいのか、悩んでいるのかも知れない。

「いいよ、答えたくないなら」

 答えを聞けば、赤の他人だと思い知らされるだけだ。

 安芸津夫妻から独立して20年。肉親がいない寂しさや結婚しなかった後悔を抱き、たびたび孤独感に襲われてきたさゆりだった。みのりはそんな彼女の心に咲いた花であった。

 もう少し、良い気持ちでいたっていいじゃないか。

 信号が青に変わった。ヴィヴィオはゆっくりと停止線を越えていった。


 名賀川なかがわを越えるだけで、乙ヶ宮の風景は大きく変わる。

 乙ヶ宮の市街地は、市域の西南部にある。たつみやのある彼谷かれたにの方が、位置的には中央なのだ。

 市域を東西に分ける名賀川の東は、ほとんどが山地だった。牧場やゴルフ場などのレクリエーション施設は多いが、宅地はほとんどない。たまに見かける住宅は、東京に住むリッチな誰かの別荘だったりもする。

 一方の西側は平野が広がる。県庁所在地ではないが、交通の要衝として古くから発展し、T県民には「都会」と認識されている街であった。

 不便はしないが、便利でもない。車がないと生きられない。乙ヶ宮は、そんな北関東の典型的な地方中心都市だった。


 駅前の有料駐車場に車を停めた。

 グルメサイトで高評価を得たことで、あきつ家は人気のお店となった。

 今はランチの時間だ。駐車場が空いているとも限らない。

 それに少し、みのりと歩きたいという気持ちもあった。

 駅前広場に続く道は、桜並木になっている。まだ咲いてはいないが、どの樹もつぼみをつけている。

「まだ三月だもんね」

「今年は寒いからね。桜前線もなかなか北上してこないんだってさ」

「ふうん」

「そういえばあんた、そろそろ卒業式じゃないの?」

「もう終わったよ。うちの学校は、3/1が卒業式なんだ」

 駅前広場の修復はすでにはじめられていた。引き倒された街灯や街路樹片付けられ、今は花壇やアスファルトの修繕をしているようだ。

 粉々になった馬瀬川の街宣車があったところには、与党である民王党の現職議員や、その応援者が乗る選挙カーが停まっていた。

「あれ、さゆりさん」

 マスモトヒデキの前に、ほうきを持った店長がいた。

「よっ」

「こんにちは」

 さゆりとみのりが、同じタイミングで挨拶した。

「誰です? この娘」

「あたしの娘」

 みのりの頭をポンポンとはたく。

「え、こんなに大きな娘さんいたんですか?」

「いつも母がお世話になっています」

 ペコリとみのりは頭を下げた。

 あっけにとられた店長を置いて、二人は店の前を去った。

「ナイス連携、みのりちゃん」

「店長さんの顔、おもしろかった!」

 ガード下の歩道を歩きながら、さゆりとみのりは笑い合った。

 こうやって歩いていると、本当の母子に見えるだろうか。

「おかあさん、ニヤニヤしてる」

「楽しいからね。ひとりでに笑顔になるんだよ」

「そんなに今の店長さんの顔、おもしろかったの?」

「さぁてね」

 いつものあの曲を口ずさむ。みのりも一緒に歌っていた。


(つづく)

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