本当の母親は…
さゆりの
輝銀竜との戦いにより、18歳で両親を失ったさゆりには、法律行為を行う際の法廷代理人として未成年後見者が必要だった。それを買って出てくれたのが、同じく
短大を卒業して「たつみや」を引き継ぐまで、さゆりは安芸津夫妻の保護下にあった。
輝銀竜戦の後、安芸津夫妻は
安芸津家は竜見家の傍流である。いわば竜見家専属の導具鍛冶であった。
しかし竜見家の竜殺しはさゆりを残して全滅。安芸津家も顧客を失い、導具鍛冶を続けていくのが難しくなってしまったのだ。
代わりに料理の腕を生かし、とんかつ屋をはじめた。それが「あきつ家」である。
「そういえばあんた、なんであきつ家知ってるの?」
みのりを助手席に載せ、町に向かう。路面のギャップを拾うたびにズンと衝撃が走る。サスが抜けているため、頻繁に底突きするのだ。
「知ってるよ、パパ…おとうさんの実家だもん」
乗り心地は最悪だ。 しかしみのりは、あまり気にしていないようだ。
「おかあさん、顔赤いよ?」
「うるさいな」
「初恋が忘れられないのね? そうなのね?」
「そんなことよりあんた、普段はどこで暮らしてるの?」
こそばゆいので、話題を変えた。
「この街だよ?」
「うそつくな」
「ホントだよ。ただね…」
みのりの言葉が途切れた。逡巡しているのが、
言葉を選んでいるのか、言っていいのか悪いのか。そんなところだろう。
「実は私、
「知ってるよ。産んだ覚えないもの」
ガコンガコンと、バンプラバーが底突きする音だけが車内に響く。
「もうちょっと驚いてくれないかなぁ」
「
「おもしろくないなぁ~」
みのりはぷくっと頬を膨らませた。
「あはは。可愛いなぁ、みのりちゃんは」
左手を伸ばしてくしゃくしゃと頭を撫でる。
前の信号が赤に変わる。いつもはブレーキを乱暴に踏み込むが、今日はみのりがいる。さゆりなりに、クルマを穏やかに停めたつもりだった。
そういえばター坊と熊さん以外に人を乗せるのは、何年ぶりだろうか。
『
顔のせいなのだろうか。しぐさのせいなのだろうか。出会ってまだ一日もたっていないのに、さゆりは
「で、そのみのりちゃんは、どこの誰の娘で、ホントはどこに住んでるの?」
みのりはフロントガラスの先に見える空を、ぼんやりとながめていた。
晴れてはいるが雲の多い、春の空だった。
言葉を選んでいるのだろう。どう言えばいいのか、悩んでいるのかも知れない。
「いいよ、答えたくないなら」
答えを聞けば、赤の他人だと思い知らされるだけだ。
安芸津夫妻から独立して20年。肉親がいない寂しさや結婚しなかった後悔を抱き、たびたび孤独感に襲われてきたさゆりだった。みのりはそんな彼女の心に咲いた花であった。
もう少し、良い気持ちでいたっていいじゃないか。
信号が青に変わった。ヴィヴィオはゆっくりと停止線を越えていった。
乙ヶ宮の市街地は、市域の西南部にある。たつみやのある
市域を東西に分ける名賀川の東は、ほとんどが山地だった。牧場やゴルフ場などのレクリエーション施設は多いが、宅地はほとんどない。たまに見かける住宅は、東京に住むリッチな誰かの別荘だったりもする。
一方の西側は平野が広がる。県庁所在地ではないが、交通の要衝として古くから発展し、T県民には「都会」と認識されている街であった。
不便はしないが、便利でもない。車がないと生きられない。乙ヶ宮は、そんな北関東の典型的な地方中心都市だった。
駅前の有料駐車場に車を停めた。
グルメサイトで高評価を得たことで、あきつ家は人気のお店となった。
今はランチの時間だ。駐車場が空いているとも限らない。
それに少し、みのりと歩きたいという気持ちもあった。
駅前広場に続く道は、桜並木になっている。まだ咲いてはいないが、どの樹もつぼみをつけている。
「まだ三月だもんね」
「今年は寒いからね。桜前線もなかなか北上してこないんだってさ」
「ふうん」
「そういえばあんた、そろそろ卒業式じゃないの?」
「もう終わったよ。うちの学校は、3/1が卒業式なんだ」
駅前広場の修復はすでにはじめられていた。引き倒された街灯や街路樹片付けられ、今は花壇やアスファルトの修繕をしているようだ。
粉々になった馬瀬川の街宣車があったところには、与党である民王党の現職議員や、その応援者が乗る選挙カーが停まっていた。
「あれ、さゆりさん」
マスモトヒデキの前に、ほうきを持った店長がいた。
「よっ」
「こんにちは」
さゆりとみのりが、同じタイミングで挨拶した。
「誰です? この娘」
「あたしの娘」
みのりの頭をポンポンとはたく。
「え、こんなに大きな娘さんいたんですか?」
「いつも母がお世話になっています」
ペコリとみのりは頭を下げた。
あっけにとられた店長を置いて、二人は店の前を去った。
「ナイス連携、みのりちゃん」
「店長さんの顔、おもしろかった!」
ガード下の歩道を歩きながら、さゆりとみのりは笑い合った。
こうやって歩いていると、本当の母子に見えるだろうか。
「おかあさん、ニヤニヤしてる」
「楽しいからね。ひとりでに笑顔になるんだよ」
「そんなに今の店長さんの顔、おもしろかったの?」
「さぁてね」
いつものあの曲を口ずさむ。みのりも一緒に歌っていた。
(つづく)
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