でも、「娘」が可愛すぎて
初恋のメロディ(1)
「で、この子が、さゆりちゃんの娘なのかい?」
熊さんがじろじろと、テーブルに肘をついているみのりの顔を見ている。
無理もない。今湿布を貼ってくれている四十路のおばさんの若い頃とそっくりな娘が目の前にいるのだから。
「娘を自称する、ヘンな子よ」
「ヘンは子はひどいよ、ママ」
プクーッとみのりを頬を膨らませた。
「ねえ熊さん、私、そんなにママに似てる??」
「とりあえず、そのママって呼び方、恥ずかしいからやめてくれない?」
「じゃあ、おかあさんならいい?」
「… 」
相手の断る意思をくじく、すがるような上目づかい。そんな癖までいちいち似ていた。
昨晩泊まらせたのも、年頃の娘を真夜中に放り出すことをためらったというより、この顔でお願いされてしまったからだ。
(今、同じ顔をしても笑われるだけなんだろうなぁ)
みのりにはかつて両親が使っていた二階の部屋を使わせた。すでに物置と化していたが、布団を敷けるくらいの空間はあった。
「それにしても、みのりちゃんは随分あかぬけた制服を着てるのう」
みのりの制服はこのあたりで見ないデザインだ。銀色ボタンの黒のブレザーに、白と濃紺のチェックが入ったプリーツスカート。胸元のリボンも、スカートと同じ柄だ。いまだにセーラー服が多い
「東京の子なのかい?」
「ま、まあ…、そんなところかな」
みのりは、自分の身の上の話になるといつも曖昧な答え方しかしない。なにより、彼女の話には整合性というものがない。毎回適当に、相手に合わせて答えているのだろう。
さゆりには昨晩、乙ヶ宮に住んでいると答えたのだ。
そんなの嘘に決まっている。
(というより、この娘の話は全部嘘だ)
自分の娘ということも含めて。
ただその嘘が、悪意からくるものではないのは分かっていた。おそらく、本当の事が言えない、言いづらい事情があるのだろう。
(だったら、もうちょっとうまく嘘つけばいいのに)
熊さんの治療は終わった。包帯越しでも肌が腫れているのは分かるが、さゆり特製の湿布を貼っていれば、明日には元に戻るはずだ。
「お父さんは誰なんだい?」
「えー、私の口からは答えられないなぁ。だって、おかあさんのプライバシーに関わる話だし」
「プライバシーもなにもないよ。そもそも私、あんたなんて産んだ覚えないし」
熊さんももう、みのりが嘘ばかり言ってると気づいているだろう。そんなみのりの嘘をいちいち指摘しないのは、熊さんが善人である証拠だ。
さゆりも20年前の自分とうり二つの娘が、悪い子だとは考えたくなかった。
「そうそう、今日はもう一つ、さゆりちゃんにお願いがあったんだ」
熊さんは自由な右手だけで狩猟用に使っている本革のショルダーバッグを引き寄せると、中から紙製のパッケージを取り出した。
表面にはどこの言葉か分からないアルファベットの羅列に加え「6.5mm×50SR」と書かれている。
「これに
「熊さん、また無茶するつもりなんじゃ」
そもそも熊さんが「たつみや」に来たのも、
緑竜の毒は遅効性で、いたぶるように肉体を苛む。倒した後で、熊さんとター坊には解毒剤を飲ませていた。しかし、この毒消しは吸い込んでしまった毒にしか効かない。さゆりが到着するまで足止めしていた熊さんは、より多量の毒を肌に浴びていたのだ。
熊さんに貼り付けた湿布は、さゆりが様々な薬草に抗竜の魔力を込めて煎じた解毒薬を塗ったものだった。熊さんとター坊に飲ませた解毒剤と成分は一緒だ。
「私いなかったら左腕は明日にでも壊死してたよ。竜を見つけたらおとなしく逃げてよ」
「そうはいくかい。ワシはブナの戦いを生き抜いたんじゃ!」
「どこよ、ブナって…」
熊さんはなぜか強気であった。
「弾丸が対竜化していれば足止めもできるし、この前のようにさゆりちゃんが一撃でしとめられなかった時の支援にもなるじゃろ?」
「ぐっ」
それを言われると返す言葉もない。
「ワシも三八式歩兵銃で竜を倒したいんじゃ! バーンっと! それが
「なにが
「最近ター坊が、なんとかハンターというゲームに夢中でのぅ…。ゲームででっかいドラゴン狩ったとか、自慢してくるんじゃ」
分かる。稔がまさにそういう子供だった。
「ワシもひいじいちゃんとして、ター坊にドラゴンを狩ったと自慢したいんじゃ!」
「ター坊と一緒に、そのなんとかハンターやればいいじゃない」
とてもではないが、聞ける頼みではなかった。対竜化した弾丸を持てば、きっと熊さんは竜と戦える気になってしまう。
竜は、対竜化された弾丸で倒せるほど甘い相手ではない。なにより曾孫とのくだらない張り合いのために、命を落とすことになりかねない。ブナとやらで拾った命を、こんなところで捨てる必要はあるまい。
「はいはいはい!
みのりがピョンと手をあげた。
「え? あんたできるの?」
「お母さんの子供だもん。弾の対竜化なんて軽い軽いっ」
なんとなく話がズレている気がするが、ともかくみのりはやる気であった。ひょいとテーブルの上のケースをつかみあげ、弾数を数えはじめる。
「ん、1ダースね」
「よしなよ、みのり」
「んー? でもおかあさんの助けになるのは間違いないから」
こっちも止めても無駄なようだ。二人の顔を見て、思わず大きなため息をつく。
「これ、ため息をついちゃダメじゃ。幸せはため息つくたびに逃げていくんじゃぞ?」
「誰のせいでため息つくハメになったんでしょうね?」
弾を数え終わったみのりがケースをテーブルの上に置いた。
「熊さん、ちょっと時間かかるから、明日の朝にでも取りにきて」
「頼むよ。みのりちゃん」
ミッションが完了した熊さんは、最近老人の間で流行ったらしい演歌を歌いながら、「たつみや」を後にした。
「あんた、ホントにできるの?」
「できるよ、私だって
銃弾を一つつまみあげる。
北欧のどこかの国の会社が作ってる6.5mm×50SRという弾だ。
もっとも、何ミリとかSRと言われても、それが三八式歩兵銃で使える弾丸だ、ということしか分からないのだが。
「おかあさん、余ってるエプロン貸して」
「そこにかかってるから、勝手に使いな」
鼻歌を歌いながら、みのりはエプロンをつけた。その鼻歌のメロディは、なんだったろう。自分もときおり、そのフレーズを口ずさんでいる時がある。
(そういえば、稔が使ってたパソコンも、なんとかSRって名前だったなぁ…)
みのりの鼻歌は、さゆりの心の中にいる稔と、彼との思い出を浮かび上がらせていった。
(つづく)
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