17.

「あー……みんな無くなっちゃったなー……」


 テュコが、しみじみと落胆の声を上げる。

 私は、その肩の上で、“ねずみの王様工房”が大工達に木槌でぶっ壊されるのを眺めていた。


 “鉄の手”カピターノの狼藉により、高価な人形の殆どが破壊された。数日前の話だ。

 その多くは、もうこの世にいない人形師ハンス・オスカリウスの手によるものであり、それは永遠の喪失を意味することとなる。


 「もう二度と商品の入荷がない店だった」。

 「遅かれ早かれ、来る未来だった」。

 テュコは言い訳がましくそう言っていたけれど、こんな終わり方は、あんまりだと思う。


 だけど、もう仕方がないのだ。

 愛らしい少女達が並んでいた棚も。

 名工が心血を注いで人形を作っていた地下工房も。

 テュコが16年過ごした自室も。

 何もかも。

 “ねずみの王様工房”は、この世から消える。


「残った人形は“紙の踊り子堂”さんが良い値段で引き取ってくれたし、保険も下りたから……僕は大丈夫だよ」

「実家に帰るの?」

「うーん、でも僕は“傀儡師クグツシ”として生まれたから……暫く大道芸でもしながら旅をしてみようかなって。良い機会かも知れないしね」


 そんな暢気な事を言って、テュコは大きなトロリーバッグをぽんぽんと叩いた。

 その中には、お爺さんの忘れ形見だとか言う戦闘傀儡バトリオネットの“プリス”が折り畳まれて納めてある。2メートルくらいはあるだろう、頑丈な黒人の女ピエロ。……まあ、確かにピエロの人形だから、大道芸は出来そうだ。ただ、それには回転鋸サーキュラソウが内蔵されてるんだが? 客を輪切りにするつもりか?


「ねえ、クレハは? 行く当てとか、あるの?」

「……実は、その事で頼みがあるんだ」

「頼み?」

「私も、“コッペリア”を見てみたい。だからテュコ、一緒に探してくれない?」


 申し出に、テュコは、目を丸くして私の事を見つめるのだった。

 凍り付いたみたいに硬直する時間。がらがらと家が崩れる音だけが響く。

 何だか、告白でもしてるかのようだ。もし、嫌だって言われたどうしよう。……その時は、回転鋸で恫喝してやろうか。

 などと、益体もない事を考えていると、テュコが呆けた顔で口を開く。


「……コッペリア、覚えてくれたんだね?」

「馬っ鹿、何言ってんだ。で、良いの? 駄目なの? はっきりしろ男の子」

「あはは。……でも、そうだね。僕も、コッペリアを取り戻したい。今何処にあるのか分からないけれど……君がいてくれるなら、僕はとっても心強いよ」


 テュコはにこりと微笑んで、私の頭をぽふぽふと撫でるのだった。

 良かった。それは、とても嬉しい言葉だ……ん?

 ……はっ! 私、今ナデポしそうになってる!?


「だーッ! あ、頭撫でるなあ! 中身は人間の女の子なんだぞ!」

「わ、ご、ごめん、見た目がくまちゃんだから……。それに、君は僕がお爺ちゃんに教わって初めて作った人形だから、つい……」

「えっ、この身体が?」


 テュコは、「そうだよ」と小さく頷く。

 そうなのか、私は、こいつに自分の身体を作って貰ったのか……。

 ちょっと嬉しいような、面映ゆいような、へんてこな気持ちになる。

 だけど、丁寧に作られた、使い易い身体だ。よっぽど、お爺さんは名工だったんだろう。そして、テュコは本当に一生懸命作ってくれたんだろう。

 私は「大儀である」と言って、テュコの頭をぽふぽふと叩くのだった。


 建物の原型は跡形も無くなって、やがて、テュコは私を肩に乗せたまま歩き出した。

 がらがら、と石畳の上でトロリーバッグの車輪が回る音が響く。


 寂しい旅立ちだった。

 待本雛子の事は、テュコには教えていない。

 確証はないし、そもそもコッペリアが生きて動いているなどと伝えると、混乱させてしまうからだ。

 コッペリアが何処にいるかなんて、皆目検討もつかない。手がかりは、コッペリアと、老ハンス・オスカリウスが並んだたった一葉の写真だけ。厳しい顔の老人と共に写る、赤いゴシックドレスを着たコッペリア。人間そっくりの、いや、人間より遥かに美しい生き人形。その中に囚われた、待本雛子の魂を夢想する。

 そうだ、私は、待本雛子に会わなくちゃいけない。

 会って、確かめるのだ。


 “どうして私を置いて死を選んだのか”を。


「僕、旅なんて初めてだよ」


 テュコが呟いて、私はテュコの髪の毛にしがみついたまま、町並みを眺めていく。


「私も、生きてた頃は旅行もしたこと無かったわ」

「あはは、何言ってるのさクレハ」


 さもおかしそうに、テュコが笑う。


「だって、クレハはこうして生きてるじゃないか」


 当たり前のことみたいに。

 そう言い放ったテュコは、軽やかな足取りで嬉しそうに石畳の道を歩いていた。


――「愛 LV.1」を獲得しました。


 頭の中で、優しい声が響く。

 もちろん、これは親愛というやつだ。一体全体、悪い気はしない。

 嗚呼、テュコの脳天気が伝染しちゃったのかもしれないな。


 狭い空だった。でもこの狭い空は、私の視力スキルの届かない向こう側まで、どこまでも続いているのだ。


 きっと、また会える。


 くまちゃんに転生した私の、コッペリアに転生した待本雛子を探す旅が始まった。

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くま転生~まさかこの私がくまちゃんになるとはな~ 薔薇之院シリカ @rose_sirika

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