9.
無気力紳士はじっと“プリス”を眺めていた。心が死んでいるかのような、つまらなさそうな目だ。私は、ただ呆然と紳士とプリスを交互に見るしかできない。
「反抗的な態度だ、とても、とてもめんどくさい展開だ。なァ、テュコ。どうにかならんかね」
「帰ってください、帰ってください……!」
テュコは
「時間切れだ、テュコ」
小さく呟いた。
それが合図だった。
「うわあああああっ!」
プリスの棍棒のような腕が、ぶおんと風を切る。当たれば頭がちぎれて吹っ飛んでいってしまうかのような一撃だ。しかし、それはあくまでも“当たれば”だった。無気力紳士はよっこいしょとしゃがみ込んで、凪払いを
「
無気力紳士の身体が、二発目の蹴撃を繰り出そうとしていた女ピエロの横を、流動体のようにぬるりとすり抜ける瞬間を、私は、見た。
「人形を相手にせず、懐に飛び込むことだよ、坊や」
「あっ……」
いつの間にか、白い手袋をした無気力紳士の手が、テュコの胸ぐらを掴んでいた。私が「危ない」と言う声も上げる暇すらない、ほんの瞬間の出来事だった。
「あッ」
テュコの身体が、紙切れみたいにふわりと宙に浮く。次の瞬間、ばかんと言う音がして、木板の床が、割れた。テュコの身体が床に叩きつけられた音だ。
それは、あまりにきれいな一本背負いだった。
「テュコ、鬱いだろう? 鬱い気持ちのはずだ。大人の言うことは聞くものだぜ、テュコ。さあ、テュコ。最後にもう一度だけチャンスをあげよう。“コッペリア”はどこだ?」
かほ、きゅほ、げっげっと、咳とも息ともつかない声を出して、テュコは返事していた。喉に血が溜まっているのだろう、口の端から血がだらりと垂れ流れている。言葉にならない、思考がまとまらない。無気力紳士の足が、ぎしりとテュコの胸を踏みつける。
「起きろよ、寂しいじゃないか」
「ああああああッ!!」
べきべきべき、と肋骨がへしゃげて折れる音がする。「やめて」という、悲壮な思考ばかり浮かぶが、声が出せない。私はどうやって声を出していたっけ。スキルが足りないせいなのか、それとも、私は本当は声を出して気づかれたくないだけなのか。
テュコは痛みに絶叫する。
無気力紳士は下卑た笑みを浮かべて、テュコの額にステッキを突きつけている。
私には、何もできない。
私には力がない。
テディ・ベアの“私ビューティフルゴッド熊パンチ”に、何ができよう。
テュコを助けたい。
私を女の子だと言ってくれた。
テディ・ベアになってしまった私を、女の子だと認めてくれた。
私を守ろうと、戦ってくれた。
私にも、戦う力が。
ほしい。
――転魂 LV.EXを発動しました。
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