8.

「プリス! 僕の言うことを聞いて!」


 テュコが叫ぶと、部屋の隅の女ピエロの人形がゆらりと倒れるように傾き、疾駆した。それは、人が走るというより、首に縄をつけられた人間が振り回されているような歪な動きだ。

 「化け物だ」。私は小さく呟いてた。そしてプリスと呼ばれたその人形は、私の傍に立ち止まると、ぎゅるんと回転して呆然と突っ立っている子分Aの腹を打ち抜いた。


「うげえっ!」


 子分Aの身体は痛烈なライナーとなって、マネキンごとショーウィンドウを砕き割って街路へと転がる。そして、気絶したのか、それっきり動かなくなってしまう。

 私は、よろよろと立ち上がって、テュコを見る。テュコは、ぜえぜえと大きく呼吸をしながら両手に握ったコントロールを突き出しているのだった。


「う、うわあああ怖ええええ、死ねえええ!」


 子分Bが絶叫し、指輪に込められた銃口を向ける。

 ぱかん、ぱかん、ぱかん。と言う乾いた音が3度響く。しかし、女ピエロはぴくりともしない。ただ、巨大な木みたいに見下ろしているだけだ。

 次の瞬間、女ピエロの足がバレリーナみたいに股関節を180度持ち上げる蹴りを繰り出した。蹴り上げられた子分Bの身体が勢い良く天井を突き破る。やがて天井からずるりと落ちてきた身体は、倒れた棚の上へぐしゃりと音を立てて、落下した。ぴくりぴくりと痙攣している。暫くは立ち上がれないだろう。


「“戦闘傀儡バトリオネット”……坊や、傀儡師クグツシだな」

「で、で、出てって、出てってくだひゃいっ」


 縺れた舌で、震える足で、精一杯強がりながら、テュコは叫んだ。

 どれもこれも、私を助ける為だ。歩いて喋るテディ・ベアに絶叫してしまうくらい、怖がりで、弱虫で、意気地無しの少年が、邪悪な大人に立ち向かっている。一方、無気力紳士はと言うと、怖気た様子なんて欠片も無く、肩にステッキを担いで、かつ、と歩き出した。


「そ、その二人を連れて、で、出てってください、はやく、はやく!」

「まあまあ、そう猛り狂うなよテュコ。喧嘩は止そうぜ、おじさん達はただモンスターを排除しようとしただけじゃないか。そうだろ?」

「うるさいっ、それ以上近寄らないで!」


 ゆらゆらと歩み寄ってくる無気力紳士。かつ、かつ。靴音が響く。それを制するように、テュコは威圧する。だが、止まらない。

 プリスと呼ばれたその人形が、立ちはだかるように手を広げる。男は、やっと立ち止まった。


「テュコ、聞き分けの悪いテュコ。そうめんどくさい事ばかり言うなよ。仲良くしようぜ」

「や、やめてください」

「おいおい、何を庇う必要がある? それは、モンスターだ、自動人形オートマタだ。“偽物の命”だろう?」

「だけど、女の子だ!」


 テュコはそう叫んで、一歩も引かないのだった。無気力紳士は小さく舌打ちをして、苛立たしげに「鬱いネ」と呟いた。

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