7.

 まるで、時間が止まったかのようだった。私の後ろのテュコも、無気力紳士も、子分AもBも、二本足で立って怒鳴りつけるテディ・ベア=私をぽかんとした表情で見つめていた。が、やがて無気力紳士が、ぽつりと口を開く。


「……くまちゃんが喋った」

アニさん! こいつ……オートマタです!」

「モンスターですよう!」


 子分AもBも、慌てて指輪を構える。しかし、そんな物は怖くない。どうせ一度、不注意で捨てた命だ。私はぐるぐると腕を回し、そして、駆け出す。


「喰らえっ……!」


 無気力紳士は、咄嗟に走り出した私の動きに反応できなかった様子で、ぼうっと突っ立っている。愛らしい熊だと思って注意を怠ったお前の運の尽きだ! 今、お前の命を刈り取ってやるから、覚悟しやがれ!

 綿一杯の愛を怒りに変え……!


「『私ビューティフルゴッド熊パーンチ!』」


 決まった。


 ……私の敗北が。


「あれっ?」

「んん……?」


 私の全力の勇気を乗せた“私ビューティフルゴッド熊パンチ”は、見事に無気力紳士の膝を捉えた。イメージ通りだったら、私のパンチが膝の皿を撃ち抜き、関節が反対側にぶち折れたはずだ。が、私は自分の弱さに気付いてなかったのだ。膝を捉えた瞬間、ぽふんと優しい音がした。それは、私の中の綿が、優しい弾力で跳ねた音だった。そりゃそうですよね、私、くまちゃんですし。何でだろう。何で私こんなことしちゃったんだろう。私、バカ過ぎません?


「なんだい、このめんどくさいの」

「ちょ、待っ、離しなさいよ! 持ち上げないでー!」


 じたじた暴れる私の頭を、無気力紳士はむんずと掴んで訝しげな顔で見ている。

 不思議そうな、どうにも力の入っていない視線。私は逃れようと暴れるものの、全く意に介さない様子だ。

 そんな様子で私の事を暫く観察していたが、無気力紳士は不意に小さくため息をついて、


「飽きちゃった。子分A君、B君、殺してくれる?」


 そう、呟いた。

 そして、子分達は動けない私に指輪を押し付ける。その指輪には、銃が仕込んであって、あの、いや、ちょ、そのスイッチを押したら、鉛の弾丸が私を貫いて、無気力紳士は、本当につまらなそうな、光のない目で、私の死ぬところを眺めていて……。


「うああああぁーーーッ!! その子から手を離せぇーーーッ!!」


 テュコが、大声を上げた。「何だっ」「びっくりしたなあもう」と子分達は声を上げる。瞬間、私の身体がぼとりと床に落ちた。ぐえっ、優しく扱って欲しい。

 さて、振り返ると、がたがたと震える足で立ち上がったテュコが、両手に何かを握りしめているのが見えた。それは、2つの十字に組まれた木だ。……操り人形マリオネットを動かすときに使う、コントロールと呼ばれる部品だ。何を、するつもりだろう。瞬間、ごとりと音がする。


 その音のした方へ振り返ると、部屋の隅に立てかけてあった巨大な黒人の女ピエロの人形が、ゆらりと動いたのだった。

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