第12話

 奈良県警のとある一室を借りて、私と瀬田先輩は一辺二メートルにも及ぶ地図を広げて仲良くそれと睨めっこをしていた。

 時刻は十二時を少し回った所だった。しかし、今の私たちはもう空腹に負けて食事を取る暇さえも惜しかった。お腹の子には申し訳ないけど、あとちょっとだけ我慢して、ね?

 九州で起きた爆発は今のところ、長崎県壱岐市、熊本県山都市、宮崎県高千穂市、宮崎県高原市の四ヶ所。それらに赤色のマーカーで印をしていき、最後に先日テロの起きた鳥取の大山にも印をつける。

 テレビによると、九州の四ヶ所の爆発はほぼ同時刻に行われたらしい。九州全域を支配したと言わんばかりの犯行だった。

 ……これの犯人が、お父さんを殺したのと同じヤツかもしれないなんて。

「――うん、うん。分かった、千歳も気を付けてね。……ええ? はいはい、愛してるよー千歳ちゃん」

 友人だという記者の六本木千歳さんからの通話を終え、瀬田先輩が部屋に戻ってきた。さすがの先輩も精神的に何か来るものがあったのか、顔に疲れの色が見えてき始めていた。

「色々と探し回ってみたら、やっぱりあったって、勾玉」

 テロが起こったと知り、六本木さんは九州まで全速力で向かった。そして鳥取と同様に、事件現場近くにはメッセージカードと共に勾玉が置かれていたのだという。そのカードには、鳥取のテロと今回のテロの首謀者は同一であるとの旨が書かれていた、と。

「一回目が剣、二回目が勾玉……これってやっぱり」

「どう考えても、天叢雲剣と八尺瓊勾玉ですよね」

 天皇が天皇たるために必要とされる三種の神器。

 どうやら犯人はそれに準じてテロを行っているらしい。

「でも、わざわざ三種の神器をモチーフとしてテロを行うなら、実際にそれらがある場所でテロをすれば良かったんじゃないの? 伊勢神宮とか、御所とか。鳥取や九州のテロでどうして三種の神器なんて使ったんだろう」

 現在、天叢雲剣は熱田神宮説や壇ノ浦水没説などがあり本物の場所は分からないが、八咫鏡は伊勢神宮に、八尺瓊勾玉は御所にそれぞれレプリカが保管されている。瀬田先輩の考えももっともだ。

 敢えてテロの現場と三種の神器とを関連づけようとすれば……

「先輩、ここを見てください」

 私は地図の一部分を指し示して話す。

「一回目のテロが起こった大山は、別名で剣ヶ峰と呼ばれているらしいです。そして、九州は有明海を穴だとして、その形が勾玉と酷似しているように見えませんか? 学会では鼻で笑われていますが、邪馬台国の九州説と関連させて、勾玉の形の元になったものは九州それ自体なんじゃないかという学説もあるにはあるんです。……サハラ砂漠の砂粒の数を今までに発表された論文の数だとするならば、そんな論文、公園の砂場程度のものでしかありませんが」

 言うなれば『九州勾玉説』といった感じだろうか? しかし、この犯人は中々にこういったことに詳しい印象を受ける。お父さんと意見を対立させていた学者の一人が犯人ということも十分にあり得そうだ。

 瀬田先輩が手を顎に持っていって唸る。元々きれいな人なので、何かしらのポーズを取るとやはり絵になる。

「うん、例えどんなに少数派であろうと、その説は確かにあるんだね? じゃあ真優の言った仮説でいこう。とすると、問題はこれで終わりじゃなくて、三番目の三種の神器、八咫鏡に何かしらの縁がある場所でもう一つテロがあるってことだよね。多分これを知ったテロの対策本部も同じことを考えてそして実行に移すだろうけど、それについて動員できる人材は出来るだけ多い方が良い。私たちも私たちなりに考えてみよう」

「はい……」

 現在、八咫鏡のレプリカは伊勢神宮に収められている。しかし、だからといって単純に伊勢神宮でテロを起こすほど犯人も単純じゃないだろう。そのことは今までのテロの起こった場所からしても分かることだ。

 考えろ。思い出せ。

 テロの起こるごとにメッセージカードを置いていくような、そんな危険なヒントを残すヤツだ。お父さんについてはダイイングメッセージまでヤツは許している。きっと、どこかにヒントが――

 お父さんの死。病院での本人確認。空気を読まないニュース。畝傍山東北陵(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)資料館。現場に忍び込んで現地調査。ダイイングメッセージ。二つの歴史を重ねし者。古事記。日本書紀。帝紀。旧辞。稗田阿礼。神武天皇。欠史八代。崇神天皇。同一人物説。爆発テロ。剣ヶ峰。壱岐。山都。高千穂。高原。……


「――あっ」


 コツンと、頭に小さなさいころがぶつかったような、そんな軽い衝撃をまとった閃き。

 瞬間、

「あ、ああああああああああああ!」

 ものすごい勢いで論理展開が構築されていく。点と点が繋がるなんてものじゃない、私の中でそれぞればらばらだった時間までもが並び直されて再配置されていく。この瞬間だけは、私は、間違いなく四次元の中を生きていた。

「そうだ、まずそのことを考えなきゃいけなかったのに……どうして、今まで」

「え、なになに? どうしたの?」

 瀬田先輩を取り残して勝手に話を進めている私だけれど、しかし私はこれに対する後悔と独白を中々止めることが出来なかった。

 私は部屋を飛び出して自分の机まで行き、パソコンを起動させ、インターネットに繋ぐ。中々繋がらず、過ぎゆく時間がもどかしかった。

「おーい……真優?」

「そうなんですよ……三種の神器になんて惑わされちゃダメだったんです。現場に残された剣も、勾玉も、みんな私たちを混乱させるための囮だったんです」

「え……ええ?」

 インターネットに繋がるまでの間に私は瀬田先輩に説明する。

「もっと私たちはそれぞれのテロ現場について知ろうとするべきでした。土地の別名や、九州勾玉説なんて気にせずに」


 ――そうですね、古事記の特徴といえば……高天原という架空の土地がたびたび登場することでしょうか。

 ――高天原?

 ――はい。神々が暮らしていたとされる場所で、でも、高天原という言葉は古事記以外の書物にはほとんど載っていないんですよ。古事記にも一体それがどのような土地なのかが詳しく語られていなくて、その神秘性からか、結構日本各地には『この場所こそが高天原だー』みたいなのがたくさん――


「九州テロの起きた、壱岐、山都、高千穂、高原……これらはみんな、高天原は実在したとされる説でよく出る名前なんです。そして、鳥取テロの起きた剣ヶ峰から一〇キロあるかないかの所には、蒜山という、先程挙げた九州の四ヶ所と同じくらい名前が挙がる、高天原が実在したかもしれないとされる場所があるんです」

 先輩が恐る恐るといった体でゆっくりと口を開く。

「……じゃあ、現場にあった三種の神器は」

「完全に、私たちを欺くためのブラフだったんですよ」

 瀬田先輩が絶句した。しかし、立ち止まってはいけない。このまま動かなかったら、また新たなテロが起きてしまうのかもしれないのだ。

「犯人は完全に高天原が存在していたかもしれない場所を狙っているとみて間違いないでしょう。今の私たちに出来ることは、それらの場所を調べてそこに先回りすることです」

 そうこうしているうちに、インターネットに繋がった。幸いにして目的の情報はすぐに見つかった。

「……先輩、テロ対策班に連絡してくれますか?」

 私のような下っ端よりも、きっと先輩の方が向こうもきちんと話を聞いてくれるだろう。


「次のテロの場所は……群馬県上野村。かつて二〇数年前にジャンボ機が墜落した、御巣鷹という通称で呼ばれている場所です」


 物語は動き出す。

 もう、誰にも止められはしない歯車という名の。

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