第10話

 仮に、稗田阿礼が意図的に初代~九代の天皇の寿命を一応は説明のつく形で引き延ばしていたとしよう。

 ならば、そこから導き出される彼の狙いは何だ? 遊び半分や気まぐれでないことは確かだ。こんなことをしても、後に完成した日本書紀との矛盾を笑われるだけで、彼には何のメリットもないからだ。

 となると、稗田阿礼は、形の上では彼ら九代に及ぶ天皇を存在していたことにさせねばならなかったが、そのことについて後世の、例えば我々のような人間に疑問を持って欲しかったのではないだろうか? 彼らは本当に大和王朝を成立させた存在なのか、疑って欲しかったのではないだろうか?

「興味深いのは、日本書紀に記されている神武天皇と崇神天皇の二人の称号です。神武天皇の諡号は始馭天下之天皇(ハツクニシラススメラミコト)、崇神天皇の諡号も御肇國天皇(ハツクニシラススメラミコト)とどちらも読みは同じで、しかも、そのどちらも意味は『初めて天下を治めた天皇』という解釈になるんです」

 これも小さい頃にお父さんからよく聞かされた話だ。そういえば、晟はこういう話が大好きだったんだっけ。もしかしたら、お父さんは晟が喜ぶのが好きでこういった話を繰り返していたのかもしれない。

 私は瀬田先輩に向き直る。

「これっておかしいですよね。これでは、初めて天下を治めた人が二人ってことになってしまいます。これじゃあ、これじゃあまるで本当に……」

 本当に、神武天皇と欠史八代の九人は実在なんてしていなくて……。

 瀬田先輩がゆっくりと頷き、私たちの頭の中にある考えを確かめ合おうとするかのように、一文字一文字、噛み締めながら言った。

「初代~九代の天皇は完全な創作で、崇神天皇こそが大和王権を創始した人物、つまりは本当の神武天皇ってこと?」

「はい、そして――」

 私たち二人の声が重なる。


「「『二つの歴史を重ねし者』とは、古事記と日本書紀でも、帝紀と旧辞でもない、神武天皇と崇神天皇のことを指している……?」」

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