第5話
古事記とは元々、紛失した帝紀と旧辞という二つの書物を組み合わせて、重ね合わせて作られたものだ。代々続く天皇家の系譜、年表、略歴について書かれた帝紀と、それよりもさらに以前の、例えばイザナギ、イザナミによる天下創世、天照大神の天岩戸などの、神話や伝承についてまとめられた旧辞。それぞれ全く別物の歴史書であり、蘇我氏の権力闘争がなければ現在も残っている可能性は十分にあったといえる。
そして、それら二つの歴史書を当時唯一記憶して古事記の編纂に関わったのが役人の稗田阿礼であり、いうなれば彼こそが養父の遺したダイイングメッセージの指し示す人物になるのだが……
「でも稗田阿礼が犯人っておかしいじゃん! も~何でお父さんはこんな分かりにくいやり方しか出来ないの!」
目の前で真優がテーブルに突っ伏す。僕、今泉晟はそんな真優をまあまあと宥めながら真優の分の夕食をテーブルの上に並べる。真優は「ん、ありがと」と一言ぶっきらぼうに言うとテーブルから顔を上げ、いただきますの後に黙々と箸と口を動かし始めた。
僕は、そんな食べものを口一杯に詰め込んで頬を膨らませている真優を眺めながら、さっき真優の言ったことを思い出して考える。
養父のダイイングメッセージが本当に『二つの歴史を重ねし者』だったなら、確かにその人物は稗田阿礼になるのかもしれない。しかし彼(アレイという読みが当時よく女性に使われていたことから女性説もあるが、彼で統一する)は既に千年以上前に死んでいる。故人がどのようにして現在の人間を殺せるだろうか。同姓同名の可能性もあるが、じゃあそもそも何故養父がその名前を知っていたのかという話になるし、仮にその犯人が養父と知り合いだったとしても、そんな珍しい名前なら多分養父は僕たちにもそのことを話していただろうから、それもない。
……ということは、そもそもの前提が間違っているのか、それともここからさらに推理を発展させなければならないかの二つに一つだ。
まあ、刑事でもない僕が考えても仕方ない。
僕は未だ食べる勢いの衰えない真優に話しかける。
「ああ、真優」
「ん?」
「お葬式の手続きなんだけどさ、色々と形式に違いがあったりするらしいんだ。真優は仕事で忙しいだろうから喪主は僕が務めるって話になってるけど、そういう細かい所は真優に決めて欲しいかな、って」
「……そんな、適当に決めてくれても良いのに。出来れば、今はそういう話を避けて欲しかったのに……相変わらず、自分がないね、晟は」
「……ごめん」
失言だった。今まで何とか保っていた真優の仏頂面が、糸が切れたように歪む。考えてみれば、まだ養父が死んでから一日も経っていないのだ。
静寂を支配していたはずの真優の食事の音が、いつの間にか真優のすすり泣く声に変わっていた。
今日は真優につきっきりでいようと、寂しい思いを極力させないようにしようと、僕は反省と共に思った。
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