第3話
「二つの歴史を重ねし者? う~ん、いかにも歴史学者って感じ。もうちょっと分かりやすくしてくれてもイイのに」
「……すいません」
ざっくり斬られてしまった。分かりづらいって、お父さん。
「まあこの並べ替え自体正解かどうかも分からないですし、深く考えないで大人しく暗号班に頼んだ方が」
「ダメだよ。照人さんがこのダイイングメッセージを遺した時に思い浮かべた相手は誰だと思う? 自分に一番近い存在である家族? このメッセージを見て実際に犯人を捜す警察? どちらにせよ、誰に向けてこのメッセージを送ろうかと考えた時に照人さんの頭の中に真っ先に浮かんだ顔は、刑事でありそして何より家族である真優の顔なんじゃないの? だったら真優は責任から逃げちゃダメだよ。自分の手で犯人を捕まえるんでしょ」
「……はい」
そうだ。お父さんと何の関係もなかった警察がどうして何十年も一緒にいた私よりも信頼できるなんて思っていたのだろう。この事件は私が解くのだ。
「よし。じゃあこのダイイングメッセージは『二つの歴史を重ねし者』としよう。問題はここから。多分照人さんはこの二つの歴史を重ねた人物が犯人だって言いたいんだろうけど……」
「ちょっといいですか、先輩」
「ん?」
「さっきから気になっていたんですけど、あそこ」
私はダイイングメッセージの書かれた展示室の中央からお父さんの血痕が線となって道を作っている壁面へと歩いていく。
そこには縦横五〇~七〇センチほどの大きさのパネルが展示されており、そのパネルは一部分が血で赤くマークされていた。
「ほら、ここ。明らかに指でなぞられていますよね。さっきのメッセージと何か関係あると思いませんか?」
そのパネルには初代天皇である神武天皇の略歴が書かれている複数のパネルの内の一つで、血痕はその出典元である『古事記』と『日本書紀』につけられていた。
「あっ、もしかしてこの古事記と日本書紀の二つが『二つの歴史』ってこと? でもじゃあ重ね合わせた人物っていうのは……あれ、この二つって編者一緒だったっけ?」
「いえ、それぞれ完成した年は七一二年、七二〇年と近いですが、古事記は稗田阿礼が『帝紀』『旧辞』をそらんじたものを太安万侶が筆録して編纂したのに対し、日本書紀は舎人親王らの編纂で、二つは全くの別物だと思っていた方が良いと思います。重ね合わせたっていうのは……これらの歴史書を照らし合わせて解釈する時に挙がる人ってことでしょうか?」
「そんな……歴史上の偉人が犯人だってこと? まさか」
「そうじゃなくて、重ね合わせた人物、ですよね? 記紀を照らし合わせて解釈した人間が犯人とも考えられます。でも、そんなこと歴史学者なら当たり前のことで、そんな人は全国にごまんといます」
二人揃ってパネルの前で唸る。パネルを穴が空くほど睨んだり、天を仰いで考えを頭の中で整理したりする。時刻はそろそろ一二時になろうとしていた。
私は一旦捜査を休憩しようと未だパネルの前で唸っている瀬田先輩に近づいて――
「あっ!」
天井に取り付けられていた採光用の窓から入った光が、私が位置を変えたことによってパネルに当たる。そしてその光はお父さんの血液でマークされた箇所を照らし、そこには――おそらく安全ピンか何かで引っ掻いて書かれたのだろう――文字らしきものがしっかりと遺されていた。
「先輩、これ……」
「……『ていきときゅうじ』? 帝紀と旧辞!」
「はい。稗田阿礼が、古事記を編纂するにあたって諳んじた書物です。ということは――」
「古事記と日本書紀はブラフで、本命の二つの歴史は、帝紀と旧辞?」
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