第2話

 電話の呼び出し音。紙が勢いよくめくられる音。慌ただしい声。間隔の短い足音。

「須藤さ~ん、昨日頼んだアンケの集計――」

「専用のプログラム、パソコンに入れといたはずだぞ。自分でやれ、んなもん。――あぁ失礼しました。えっ! インタビューの予定を来週に延期? そんなあ」

「おい島田! 一三ページから一七ページの校正、今日の二六時までって言ったじゃねえか~! 何い、状況が変わっただとぉ!」

 今日も今日とて月刊誌の編集部は平和だった。

 あたし、六本木千歳はあいにくの所優秀であったため、たった今あった仕事の全てを片付け、優雅に午前三時のディープナイトティーを――

「――ぶべっ」

「ああ悪い。あまりにも暇そうだったんでつい嫌みが」

「ぬわにぃ?」

「まあまあ面白い顔もその辺にして。早く拭かないとシミになっちゃうよ?」

「もう既になってるんだよこの野郎……!」

「じゃあ早く隠さないと下着が透けちゃうよ?」

「下着が透ける頃にはもうとっくに大やけどじゃ!」

 閑話休題。

 零れた紅茶の処理を終えてクリーニング代プラス賠償金(二万円)を受け取ったあたしは、改めて元凶、津久井圭吾を睨む。

「……で、なんの用? あんた女に興味ないんじゃなかったの? 今更あたしが惜しくなった?」

「何年前の話だよ、それ。でさ、今千歳暇だろ? ちょうど撮影部のヤツらが捕まんなくってさ。確か千歳昔カメラやってたろ? 手伝って欲しくて」

 津久井圭吾は相変わらず飄々としていた。のらりくらりと、気づけばその場その場の理不尽から身を隠して一人だけ楽をして、いつも社交用の笑顔を顔面に貼り付けている。かつて、そろそろステータス的に男が欲しくなってきた所にちょうどそばにいたという理由で付き合ってみたが、いかんせんどちらともお互いに興味がなかったので、一ヶ月も経たないうちに二人の関係は自然消滅した。

「別に良いけど、何を撮るの?」

「ん? 牡蠣。本場広島でノロウイルスになりにくい牡蠣を育てている所があるらしくってさ。是非ブランド化のために取材して欲しいって」

「うわ何その超絶つまらなくなりそうな記事。そのためにわざわざ広島まで? その間のあたしの仕事は?」

「分かった分かった、三分の一手伝ってあげるから」

「……ん。よかろう」

 あたしは出された対価に満足して椅子から立ち上がった。別にさっきのスーツはあまり汚れていなかったし、クリーニング代と称して騙し取ったさっきの二万円で牡蠣でもたらふく食べるとしよう。

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