Re:


「ただいまぁ」


 午後九時。

 学校終わりからの塾に直行して、やっとの事で帰宅の途に就いた。

 最近勉強しかしていない気がする。


「お帰り~あにぃ」

「ただいま」


 風呂上りなのか湯気を纏って頭にタオルを巻いた麗と玄関で鉢合わせる。


「塾の帰り? 受験生って大変なんだね~」

「お前も二年後にこの大変さが嫌でもわかるさ」

「ふーん。まぁ麗は塾にいかなてもいいかもだけど」


 くっ、ほんと勉強できる奴ってうざいよな。

 まぁ、今までやってこなかった俺が悪いだけなんだけど。


「あーそう。もう俺今日は疲れたから風呂入って寝るわ」

「それあにぃ毎日言ってるけど」

「うるせぇ。毎日毎日キャパオーバーのことしてたら疲れるっての。脳が休息を求めてるのっ。だから寝るしかないっての」

「ふーん。あっそ。まぁいいけど夕飯食べないとお母さんに怒られるよ」

「……風呂入って、飯食って寝る事にする」

「ださっ」

「うるせーよ!」


 母さんの怖さはお前も知ってる癖に。


「まぁ、あんまし頑張り過ぎないようにね~」

「……何をだよ」

「さぁ?」


 そんな意味深な事を言って麗はリビングへと入って行った。


「さっさと済ますか」


 それから有言通り、風呂からのご飯を手早く終えると、俺は自室に引籠る。

 今日一日の疲れがは既にピークに達しているがおれはベッドにダイブすることなく椅子に腰かけノーパソを起動させる。

 いや、お前寝るんじゃなかったのかよと言われると、ほんと俺って何してんですかね? としか答えてられないのですけど。

 だけど……勝手に手が動いちゃうんだよな。


「よし、今日も書くか」


 指をポキポキっと鳴らしてカタカタとキーを叩く。

 最近はこのルーティーンが当たり前となっている。

 睡眠時間を極力減らして。

 只管に書いては消し、書いては消しの繰り返し。

 いつもの俺ならもうとっくに一つの物語くらい完結させているはずなのに今回は遅筆だ。

 それだけ今回の作品には思い入れがあるのかもしれない。

 それもそうだ。

 なんせ、今回の作品は俺が今まで創ってきたどの物語よりも駄作臭がするから。

 物語はとある高校の冴えないワナビな高校三年生の物語。

 登場人物は主人公と一つ年下の後輩ヒロインの二人だけ。

 そんな主人公と後輩ちゃんは唐突に図書室で出会う。

 そこから何故かヒロインの後輩ちゃんと小説の為にデートに行くことになり、そこからなんとなく仲良くなった二人の日常だけで物語は進んで行く。

 抑揚のないほんわかとしたほのぼのストーリー。

 だけどそんな物語にも終わりというものはあるわけで。

 ヒロインとの突然との別れで物語は幕を閉じる。

 あまりにも駄作。

 確実にこれだけなら酷評間違いなしだ。

 でも、それでいい。


 ただ、一人にさえ届いてくれれば。


 だから物語の最終章。

 最後の最後で主人公は気づく。

 別れてからようやく。

 離れ離れになってようやく。

 気づくには遅すぎたその感情は――


「ふぅ。ようやく終わったか。」


 時刻を確認すると午前六時。

 暁の空が俺を出迎えていた。

 没頭していつの間にか朝になってしまっていたらしい。

 そんな達成感と眠気で感情が二分化されているところに、優しいドアノックの音が鳴る。

 誰だ? と思ってドアの方を注目していると、静かにドアが開け放たれ、マグカップを持った麗が入ってきた。


「あれ、あにぃ起きてんじゃん」

「ああ、何か書いてたら止まらなくなってな」

「ふーん。まぁ、ちょうどよかった。はい、これ」


 何が丁度よかったのか麗は手に持っていたマグカップを俺へと突き出す。


「なにこれ?」


「コーヒー。学校で寝ないように」

「いや、学校くらい寝させてよ」

「なに言ってんのあにぃ。そんなんだからあにぃは勉強できないんだよ。寝るのは休み時間と昼休みだけで充分でしょ?」

「いや全然足りないんですけど」


 二時間睡眠なんかじゃ全然やっていけない。


「人間一日くらい寝なくても大丈夫だって! それに寝不足なのはあにぃの所為なわけじゃん」

「……ごもっともです」


 正論過ぎて何も言い返す言葉が無かった。


「まぁ、でも……届くといいねあにぃの気持ち」

「……いやそういう表現はなんかむず痒くて気持ち悪いから止めてくれない?」

「えーでもほんとのことでしょ?」

「……まぁ」


 否定は出来なかった。


「麗にも後で読ましてよね~」

「それはマジでごめんなさい!」

「どうせWeb小説サイトにアップするんでしょ? なら意味ないじゃん」

「身内には読まれたくねーだろ普通!」

「ふーん。そういうものなんだ。まぁいいや後で勝手に読むし!」

「なっ⁉」

「それよりあにぃ、そろそろ朝ごはんだから早く降りてきなよ。遅いとお母さん怒っちゃうし」

「ああ。すぐ行く」


 俺のその言葉を聞くと朝飯の準備にでも行ったのか麗は部屋を出て行った。

 俺もそろそろ下に行くか。あまり遅いと母さんに怒られるし。

 だけど、まだだ。

 サイトに上げるのは帰ってからででいいとして、問題はこの物語のタイトルが決まっていないことだ。


「よし、これだな」

 悩んだ末に俺は一つのタイトルを思いつく。

 それは駄作製造機と言われた俺が紡いだ過去最大級の駄作。

 だからそんな物語にはこんなタイトルを付けようと思う。


『Re:最高の駄作』


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