これは誰かのモノローグ

 これはあたしがまだ高校一年生の時の話です。

 あたしの家は転勤族で、高校一年の二学期にあたしはこの学校に転校してきました。

 夏休み明けという事もあってか、既にクラス内での大まかなグループは確立されていていて、転校生のあたしなんかとと仲良くしてくれようした心の広い方達は幾人かいましたが、またすぐに転校しちゃうだろうし、中途半端に仲良くなるのも別れが悲しくなるだけなので一人でいいかという諦めにも似た感情で、あたしは一人適当な学校生活を送っていました。

 そんなあたしは昼休み、よく一人で図書室を訪れていました。

 特に本を読みたいという訳でもなかったのですが、教室に一人でいるのも気が引けて、図書室なら何となく人も少ないだろうという事でよく入り浸っていました。

 そして、毎日図書室に入り浸っているとあたしと同じように毎日、一人で図書室に入り浸っている男の子がいることがわかりました。

 その男の子は何故か毎日スマホを弄っていました。

 一体何をしているのだろうと興味本意でその日の昼休み、彼を観察していると、急にブツブツと何かを喋り出したり、笑い出したりと、彼はとてつもなく気持ち悪い生体であることがわかりました。

 その所為か、彼の周りだけはいつも席が空いています。

 本人は全く気付いていないようですがあからさまに皆さん彼の周りの席にだけは座らないようにしているようでした。

 うわー、かわいそー。

 だけど彼はそんな事はちっとも気にしないで今日もポチポチとスマホを弄っています。

 そんなに熱中することなんて何をしているのでしょうか?

 スマホで毎日、毎日、ポチポチと……。

 そんな彼に俄然興味が湧いてきました。

 それからあたしは彼について少し調べてみました。

 彼の名は柏木恭介。

 学年はあたしより一つ上の2年生で、図書室での振る舞い通り教室でも一人で行動しているようでした。

 だけどまだ、肝心な先輩がスマホで何をしているかは不明で。

 でも、そんなある日。

 昼休みも終わり、教室に帰ろうとしているといつも先輩が居座っている机の上にスマホが置きっぱなしになっていました。

 ……ほんとはいけないのでしょうけど、気になってあたしはつい、先輩のスマホを覗いてしまいました。

 そんな先輩のスマホは、画面を横にスクロールするだけで直ぐにロック解除をすることができました。

 不用心にも程があります。

 うわー。今時パスワードロックも指紋認証でのロックもしてない人なんているんだぁ、と軽く引きながら画面を見るとそこには文字列がずらり。

 これは……小説?

 先輩は毎日小説を書いてたって事?

 マイページに移行するとユーザー名には『カシワ』と書かれていた。柏木だからカシワってことなのかな?

 そんな単純なペンネームに、きっとこの人はバカなんだろうなぁなどと思いながら図書委員の方に忘れ物だと言ってスマホを手渡すと、あたしは図書室を出ました。

 ボッチの必須アイテムであるスマホを忘れるなんてやっばりあの人はバカなのかもしれません。

 というかバカです。でも……。

 そんなバカな先輩が毎日、毎日楽しそうに書いた物語。

 少し興味がありました。

 家に帰るとあたしは早速先輩が投稿している小説サイトのユーザー名検索に「カシワ」の文字を入れて検索を掛けました。

 すると、既にカシワさんは完結済みの小説を五作品も投稿しているようでした。

 平均一つの物語に十万字。

 合計で五十万字も書いているということに驚きました。

 流石は毎日図書室で、ポチポチやっているだけの事はあります。

 素人のあたしからしたら途方もない文字数です。

 とりあえず1番上にあった作品から読んでみることにしました。

『Re:俺と幼女と幼女と幼女』

 タイトル通り頭の痛くなるような高校生の主人公と3人の美少女小学生達のお話でした。

 しかも最後は主人公が全員に告白するも3人からとも振られるという何とも意味のわからないお話でした。

 他の小説も読んで見たものの主人公は高校生なのに何故かヒロインは全員幼女でした。訳がわかりません。

 まぁ、それは百歩譲っていいとしても、問題は文章の方です。

 一言で言ってしまえば雑。

 描写が粗雑。

 結局何が書きたかったのかが分からない。

 これじゃ響くものも響かない。

 文字数の無駄。

 その事は読み手の人も分かっているのか、先輩の小説の感想には罵詈雑言が犇めいていました。

 でも、これほど罵倒しかないとちょっぴり可哀想で。


『面白かったです。次回作も頑張って下さい!』


 なんて、わざわざ『ズッキーニ』という名前でアカウントを作って、甘やかすような感想を書いてしまいました。名前の由来は水城をミズキと呼んで、そこから語呂が似ていたのでズッキーニ。あたしも大概なようです。

 そんなあたしの激甘コメントの効果か、次の日の昼休み、先輩はいつもよりルンルンな感じが出ていて、やる気に満ち溢れていました。

 やっぱりこの先輩はバカなようです。

 でも……何故でしょうか?

 最近、この昼休みが楽しみで仕方ありません。

 別に何をしている訳でもないのに。

 只、何をするでもなく、スマホを弄る先輩を後ろから眺めるこの時間が心地よくて仕方がありませんでした。

 そんなある日、2年生となったあたしは父の転勤が決まった事を聞きました。

 特に今まで何も思う事はなかったのですが、今回は無性に寂しくなりました。

 ああ、もう先輩のあの背中を見る事は出来なくなるのか。

 あの気持ち悪い笑みも、独り言も聞けなくなるのかと思うと、何故か無性に心苦しくなりました。


 あと半年――


 何もしなくても、何か行動してもあと半年。

 なら……。

 なのに……手が、全身が震えてしまう。

 いつの間にあたしってこんなに人付き合いが苦手になってしまったのでしょうか。

 ただ、話し掛けるだけなのに。

 そんな簡単な事が。

 もう、一週間も動けずにいます。

 変えなくちゃ……現状を。あたしを。なのに……。

 ほんと、昔からあたしはあたしが嫌いです。

 ヘタレなあたしが。勇気の無いあたしが。

 変わらなくちゃ。変わらなくちゃいけないのに。


 だけど――。


 後悔だけはしたくないから。


 その日、あたしは一抹の勇気を振り絞りました。



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