終わりの始まり
「先輩、またここ間違ってますよ」
期末テストの近づいた放課後。俺達は学校近くの図書館に寄って勉強会を行っていた。
「えっ、マジ?」
「もぉ、何回言ったらわかるんですか。そこはさっき教えた公式に当てはめてから解くんですよ」
「いやぁ、そんなこと言われてもなぁ」
公式を覚えてないから解けないわけで。
というか数学の公式って似たり寄ったりの奴が多くて覚えにくいからぁ。暗号みたいに見えてまじで無理なんだけど。
「そんな事言われてもなぁ、じゃないですよ。そんなんじゃ期末で酷い点取っちゃいますよ?」
「……俺にアンキパンさえあれば」
「ないので自力で叩き込んでください」
「ふぇ~」
相変わらず水城さんは勉強の事になると手厳しい。
こんな公式いくつも覚えた所でいつ使うんだっての。あ、来週のテストでか。
「なぁ、水城。俺の代わりにテスト受けて――」
「無理に決まってるじゃないですか。馬鹿なんですか?」
「バカだから頼んます」
「無理なので早く覚えて下さい」
「はい」
そんな感じで俺と水城のスパルタ勉強会は順調に進んでいった。
「じゃあ、今日はこのくらいにしときますか」
「や、やっと終わった」
朱色に輝く陽が地平線に彼方に沈みかけた頃、ようやく勉強会も終わりを遂げた。
「先輩ちゃんと今日やったところ家で復讐しとくんですよ?」
「お、おう」
「その返事の仕方は絶対にやりませんね」
「ちゃ、ちゃんとやるし」
アニメ見た後にだけど。てことは三時から勉強始めるから……よし、やらないで寝よう。
そんな俺の思考をキャッチしたのか水城はジト目で俺の事を凝視してくる。
「な、何?」
「先輩、明日今日やった所のテストしてできなかったら今後の勉強量を倍にしますからね?」
「お、鬼だっ⁉」
「違います、普通です~。先輩が普通に勉強すればいいだけじゃないですかぁ」
「……まぁ、そうだけど」
「じゃあ大丈夫ですねっ!」
「……」
何だか強引にそっちの方向に話を持って行かされた気が、まぁやるしかないのか。流石にテストであんまり悪い点数は取れないしな。
「まぁ、頑張って下さいよ。先輩には期末でいい点を取って貰わないとあたしが困りますから」
「ん? なんで?」
「それはテストで先輩が赤点を取らなかった時に話しますよ!」
「いや俺、普段から赤点は取ってないからな?」
「そうだったんですか? まぁ、二十九点も三十点も変わりませんからね」
「そこまでバカじゃねぇよ!」
一体この子は俺の事をどれだけ馬鹿だと思っているのだろうか?
今に始まった事では無いが最近、水城から俺に対しての扱いがぞんざいになってきたのが気がする。もう、こうなったらテストでいい点数をとって水城に俺=バカという考えを改めさせなければいけない。
こうなったら絶対期末テストで見返してやるんだからっ!
この日から俺の猛勉強が始まった。
☆ ☆ ☆
「おー凄い! 全教科八十点以上なんてどうしたんですか先輩!」
「ふっ、ふーん。俺だって本気を出せばこの程度朝飯前よ!」
期末試験も終わり、運命のテスト返しが行われると頑張りの甲斐あってか、全教科中々の高得点を叩きだすことができた。もしかして俺って天才になってしまったのかもしれないと勘違いの自信に満ち溢れていたのも束の間。我が鬼の勉強師匠こと水城様は何と、全教科九十点台と、俺の必死の頑張りを軽く越えてくる点数をお取りになっていた。先程までばか喜びしていたのが恥ずかしい。何故この子はこんなにも頭がいいのだろうか。マジでもうちょっと悪い点数とってくれよ。先輩の威厳がないじゃん。あ、それは最初からなかったか。
まぁ、でも――
「全部水城のお蔭だよ、ありがとな」
素直にお礼は言っておくべきだと思った。
「違いますよ、これは先輩が努力した結果ですよ!」
「いや、でも水城がいなかったら絶対これだけの点数取れてなかったし。だから水城のお蔭だよ」
きっと水城がいなければ、またいつもと同じ平均点といったところだったはずだし。
だからこの点数は水城のお蔭と言っても全然言い過ぎでも嘘でもなんでもない。
「……そう言われると、あたしも教えた甲斐があったんですかね」
そんな俺の言葉を聞いてか水城は横髪を耳にかけ、照れ隠しのようにそう答える。
だから俺は――
「あぁ、また次も頼む!」
ちゃっかり次のテストも勉強を教えてくれるように頼み込む。
そんな俺の言葉に水城は一瞬困ったような顔を見せるも次にはにこりと笑みを見せる。
いつもなら何かしら文句を垂れてくるはずなのに、何とも曖昧な表情だった。
「それより先輩、テスト前にした話、ちゃんと覚えてますか?」
「…………覚えてるよ」
そう言えばテストが終わったら何か水城が話があるって言ってたような……。なんだったっけ?
「そうですか。では先輩が全然覚えてないことがわかったところでもう一回話しますね」
「にゃんでバレちゃってるの⁉」
そんな俺の驚愕を見てか水城はクスリと可愛らしく微笑する。
そして、何か思い詰めたように俯き、ゆっくりと吐息をつくと、俺の方に真剣な面差しを向ける。
「……七月二十五日」
「ん?」
「七月二十五日。この日は何の日だか分かりますか?」
七月二十五日?
「終業日か?」
唐突な日程にそんな答えしか出てこなかった。
「それもそうですけど。もっと他のことですよ!」
「他のことねぇ」
思考を巡らせてみるも、七月二十五日にあることと言えばやはり終業式ぐらいしか思いつかなかった。そんな俺を察してか、水城は嘆息をつく。
「もお、花火大会ですよ!」
「花火大会?」
「そーです。毎年この地区でやってるじゃないですか!」
「あー、そーいやそーだったな」
もうそんな時期に来ていたのか。祭りなんて俺には縁遠いものだから祭りがいつ行われているのかなんて全然気にしたこともなかった。
というかここ数年は祭りになんて出掛けたこともない。
「で、その祭りがどうしたんだ?」
「はぁ、全く先輩は鈍いですねぇ」
なぜ俺は唐突に呆れらているのだろうか。
「だからですね……先輩」
「お、おう」
頬を赤らめて恥ずかしそうに、でも何か覚悟を決めたように水城は俺を見据えて次の言葉を発する。
「一緒に回りませんか……お祭り」
そんな表情で詰まりながらお誘いされると滅茶苦茶照れて、例え親父がその日、危篤状態で医者から「今夜が山ですね」と言われたとしても絶対に断らないのだか気掛かりな事が一つ。
「……それは小説のためか?」
それが理由ならあまり気が進まない。今まで水城に色々なものを貰ってきて、これ以上水城に借りというか恩を作るのは嫌だったから。
「いえ、これは……あたしのためなんです」
「水城の為?」
「そうです。……に先輩との思い出がほしいんです」
「そっか。なら、わかった」
途中、ボソッと言われてよく聞き取れなかったが、真剣な表情で言われたものだからとつい二つ返事をしてしまった。これで少しは水城に恩を返せる。
「ほんとですか! ありがとうございます!」
特に何をしたと言うわけでもないのに水城はにぱぁっと満面の笑みを咲かせて俺に礼を告げる。そんな直視できないほどの眩しい輝きに俺はそっぽを向いて「お、おう」としか答えることができなかった。
もうじき一学期が終わる。
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