先輩と後輩

「相変わらず先輩って図書室で携帯弄ってるんですね」


 昼休み、いつもの様に図書室に入り浸っていると、室内に懐かしい声が響く。


「いいだろ、他ににやることないんだから」


 先日の件でようやく仲直りできたんだなと実感でき、嬉しいのか自然と口角が上がる。


「何ですか、その滅茶苦茶悲しい発言は。それより先輩、何でニヤけててるんですか? 怖いです」

「……」


 そんな感慨深い空気を一瞬でぶち壊してしまう水城。流石と言えば流石だ。

 そして何も言い返せない俺も流石だ。


「今日も小説書いてるんですか?」

「まぁな」


 呆れるように訊ねると、当たり前のように水城は俺の横に座る。

 いや、仕方ないでしょ、だって他にやる事ないんだもん。 


「先輩ってほんと物書きモンスターですよね?」

「フッ、何だよそれ」


 不意打ちに意味の分からない事を言われて思わず声に出して笑ってしまった。


「だって先輩っていつも何か書いてるじゃないですかぁ。もうあれじゃないですか。そろそろ、スマホが先輩の体の一部になっちゃってるんじゃないですか?」


 嫌味っぽっく言われているのが分かって癪だが、否定できないのが悲しい。流石に体の一部ってのは言い過ぎだが相棒的な位置までならこのスマホ君は来ている気がする。

 だってスマホってボッチの必須アイテムじゃん。スマホなかったら俺学校で死んでるよ。毎休み時間机に突っ伏してるよ? マジスマホ君神。

 そんな俺の相棒、スマホ君には今後銃撃戦の最中、背中を互いに預ける日が来るのもそう遠くないのかもしれない。うん。そんな未来は絶対に来ませんね。


「その内、腱鞘炎になって痛みに踠き苦しむ先輩の姿が容易に想像できますね」

「止めてっ! 俺が今一番恐れていることを真顔で言うのはやめてっ!」


 筋トレなんかしていないのに最近、前腕辺りの張ってる感がやばいんだから。

 その内、この張りが筋肉ではなく、痛みに変わってしまうのではないかと考えるとほんとに怖い。


「じゃあ、そんな事にならないように今日は筆休みって事でどうですか?」

「筆休み? でも、他に何もすることないぞ」


 残りの昼休み時間をトークで繋ぐなんて俺にそんな高等技術ないし。


「大丈夫です! これをやるんですっ!」


 そう言って水城が見せてきたのは色のついた細長い紙。


「なにこれ?」

「短冊です!」

「……短冊?」

「そうです! もうすぐ七夕じゃないですかぁ、だからお願い事を書かいて笹竹に吊るさないとっ!」


 あー、そう言えばもうそんな時期だった。


「でも、別に絶対に書かないといけないって事はないだろ?」


 別に願いを書けば叶うっていうわけでもないしな。


「確かにそーですけど……。先輩がリア充じゃない理由ってこういう所からなんですかね?」

「分かったよ! 書けばいいんだろ書けばっ!」


 何故短冊を書かないだけで非リア認定されなくちゃいけないのだろうか。

 別にリア充になりたいわけではないが、水城に言われると何かムカつくので、水城から一枚短冊を受け取る。


「フフッ! これで先輩も一歩リア充に近づけましたねっ!」 

「いや、別に俺はリア充になろうとなんかしてないから」

「えー、なんですか? リア充っていう響きいい感じなのにぃ」

「お前、響きでリア充を判断してたのっ⁉」

「えっ、駄目なんですか?」

「いや、駄目じゃないけど……」


 世の中には凄い奴がいたものだ。


「それより早く短冊にお願い事書いて下さいよ! 笹竹に括りつけるんですからっ!」

「笹竹? そんなの何処にあるんだ?」


 まさかこの子山奥の竹林とか言わないよね? この辺山なんてないんですけど。


「……先輩気づいてないんですか? 目の前見て下さいよ」

「ん?」


 水城に促され、正面を見るとそこには青々とした笹竹があった。


「なんでこんなところに?」

「七夕前だからですよ!」

「いや、どういうこと?」


 水城の謂わんとしている事が俺には全く分からなかった。


「はぁ。全く、先輩はダメダメですねぇ」

「なんで俺は呆れられてるの⁉」


 一体何が起こったのだろうか。


「七夕だからみんなのお願い事をあの笹竹に飾ろうっていう学校の魂胆ですよ。その所為か今日はいつもより人も多いみたいですし」


 確かに辺りを見渡すと短冊を持った人でいっつもより賑わっていた。


「そんなに叶えたい願いが皆あるのかね」


 神にでも頼まないと叶わない事が。


「まぁ、それはプラスアルファじゃないですかね?」

「プラスアルファ?」

「まぁ、皆楽しみたいんですよ。この空気を」

「なるほどな」


 周りを見るとそこら中でキャッキャ、ウフフと互いに短冊に書いたお願い事を見せ合いっこさせて笑顔を咲かせていた。

 なんだ、お前等のお願い事はそんな笑える内容なのか?

 そんな異様な光景に放心していると、横に座る人物からシャツを軽く摘ままれ、軽く三回揺らされる。


「先輩まだですか? あたしもう書いちゃいましたよ」

「えっ、まじか。ちょい待って、直ぐに書くから」


 俺は胸ポケットに入れておいたペンを取り出し、スラスラとペンを走らせる。


「先輩は何をお願いするんですか?」

「ん? なの決まってるだろ。健康第一だよ」

「いやそれ短冊に書いちゃいます? それは神社に参拝した時にでもお願いしてくださいよ。やっぱり先輩ってばかですね」

「ば、ばか!?」

「バカです。先輩は大馬鹿者です。はぁ」


 またしても何故か水城に呆れられてしまった。

 ほんと何がいけなかったのだろうか。分からん。


「そういうお前は何を書いたんだよ?」


 俺のお願い事を馬鹿にするくらいだから何か重要なお願い事でもかいたのだろう。


「それは教えられませんね。恥ずかしいですから」

「そんなガチなお願い事を書いたのか?」

「はい。どうしても叶えたいお願い事です!」


 俺からの問いに水城は胸にピンク色の短冊を抱きながらそう応える。

 よほど大事なお願い事らしい。

 織姫と彦星がずっと一緒にいられますようにとかそんな可愛らしいお願い事だろうか?

 三次元女子がそんなピュアな事を短冊に書いてたら俺は速攻でその子にプロポーズして振られちゃうけどねっ!

 ……まぁ、三次元の女の子がそんなお願い事書くわけないが。


「そっか。叶うといいなそのお願い事」

「はいっ!」


 嬉々とした笑みを見せて彼女はそう答える。


「……」


 けれども、その表情には少しだけ……いや、気のせいか?


「それじゃ先輩、早速笹竹に飾りに行きましょう!」

「ああ、そうだな」


 この辺でいいっか。

 丁度笹竹の中段の辺り、俺は自分の胸辺りの高さの所に自分の短冊を括りつける。自分の短冊を付け終わり、何となく水城の方を見ると。


「何してんのお前?」


 見ると、椅子に乗り笹竹の上の方に必死に短冊を括りつけようと試みていた。


「いや、高い所に付けると願いが叶うって昔聞いたことがあって! よっと! できたっ!」


 いや、そんなに叶えたい願い事って何なの? 俄然興味が出てきちゃったんだけど。


「よし、短冊も付け終えましたし、時間も時間ですし、戻りましょうか!」


 時刻を確認すると確かに昼休みの残り時間はごく僅かだった。


「そうだな」


 そう告げると教室に戻る為、俺達は図書室を出る。

 水城の願い事も気になる所ではあるが、結局水城のお願い事は何なのか分からず仕舞だった。

 まぁ、勝手に確認するのは悪趣味だしな。


「先輩今日一緒に帰りませんか? あたし今日はカラオケに行きたい気分なんです!」


「いや、それは一緒に帰るってか寄り道じゃねーかよ」

「えー、どっちにしろ最終的には帰るんだからいいじゃないですか!」

「……まぁ、そうだけど」

「もしかして先輩カラオケとか苦手な人ですか?」

「いや、そうじゃないけど……」


 先ずは俺に用事が無いか確認してくださいよ。別に用事なんてないけど。


「じゃあ大丈夫ですね! じゃあ放課後昇降口で待っててくださいね!」

「あぁ、わかったよ」


 俺の返事を聞いた水城はにっこりと微笑むと、


「ではっ、また放課後にですっ!」


 敬礼にそう、言葉を添えて自分の教室に戻っていった。


「はぁ」


 また、彼女に振り回される日々が始まったようだ。

 だけど不思議なことに自然と悪い気はしなくて。そんな俺が物好きなだけかもしれないけど。

 そして放課後。


「先輩っ!」

「おー」


 約束通り俺は水城と寄り道して帰る。

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