とあるGWの1日②

「はぁー。流石にそろそろ勉強しないとなぁ」


 GWも折り返したと言うのに水城との勉強会以来勉強は手付かずで、流石の俺もこの状況に危機を感じでいた。課題は勿論だか、GWが開けるとテスト待ち受けている。三年生である手前、ここは何としてもいい点数をとっておきたいものだ。


「よしっ、少しは頑張るかぁ!」

「パンッ!」っと自分の顔を叩いて鼓舞し、机の上に置いてあるノーパソを開く。

「教科書じゃないんかい!」


 本気の一人ノリツッコミが自室に響き渡る。


「……暇だ」


 暇すぎて思わず一人ノリツッコミをしてしまった。

 いや勉強しろよと言われるかもしれないがマジで今日は暇なのだ。撮りためたアニメはもう既にアニメオールで消化してしまったし、ゲームも最近は飽きて全然やっていない。ラノベは今部屋にあるものは全て読み切ってしまったし、創作の方は絶賛行き詰まり中である。つまり、もう寝るしかない。いや勉強しろよ……。

 そんな独り寂しくノリツッコミをしてしまうくらいに暇を持て余していると、バイブ音で携帯が揺れた。何事かと思い、携帯の画面を覗くとそこにはメッセージ通知が。


「お、俺の携帯に着信だと⁉」


 普段携帯を時計とカレンダー代わりにしかしていない俺の携帯がメッセージ通知画面を表示できる事に先ず驚かずにはいられなかった。

 流石は日本のモノづくり技術、全く通信機能を使わなくても全然錆びつかないのね、アメージング!

 しかし、そんな俺のスマホにメッセージを送りつけてきた暇人は一体誰だろうか。俺とラインのやり取りをしたいというのだから相当暇人であることは確実だ。えっ、そんな人存在するの? というのは置いておくとして、取り敢えずメッセージを確認する。


『先輩今って暇ですか? あたしといい事・し・ま・せ・ん・か♡』


 アイコンを確認すると斜め上からの自撮り写真に『♡美波♡』との名前表示がされてあった。よし、見なかった事にしよう。


「ふぅー、メッセージが誰からか来たかと思ったが勘違いだったみたいだな、うん。よし、じゃあ気を取り直して寝るとしよう」


 アプリを閉じ、水城からの連絡を無かった事にすると携帯を片手にベッドへダイブする。目を閉じ、ふかふかな布団に顔を埋めると勝手に眠気が襲ってくる。


「ふぁ~」


 段々と意識が遠くなり、完全に意識が切れかけたその時、手の平からの振動が全身を駆け巡る。


「ん? 誰だよったく~って、ゲッ」


 見ると、水城からの電話だった。どうしよう、面倒くさい。水城の奴相当暇人らしい。俺の事を絶対に家にいる安定の暇人だとでも思っているのだろうか? 残念だが俺は暇だけど暇人ではない。暇だけどやることはいっぱいあるのだ。特に勉強とか。という事でこの時間帯は寝てたことにしよう、そうしよう。

 水城からの電話を取るでもなく切るでもなく、無視し続けていると諦めてくれたのか携帯からの振動が止まる。


「ふぅ」


 やっと諦めてくれたかと安堵していると、唐突にまた携帯が震えだす。画面を見ると当たり前だが水城からの着信だった。


「しつこっ! どんだけ暇人なんだよ水城の奴!」


 何だろう、こんなにも水城がしつこいのは何か俺に大事な用事でもあるのだろうか? 

 そうだった場合電話に出ないというのは失礼な気がするし……。

 でも、まぁ、水城が俺に大事な用事とかあるわけないよな、うん。無視でいいや。

 携帯を机の上に置き、バイブ音とさよならする――はずだったのが机の上に置くと逆にうるさくて気になってしまう。

 水城の呪い、恐るべし。仕方がないので電源を切って寝る事にするとしよう。

 携帯の電源を落とし、今度こそ静かになった自室のベッドで水城の呪いを逃れられた解放感に満たされる。そんな夢見心地で寛いでいると、ガチャリとドアが開け放たれ、麗の顔が見えた。


「あにぃ、あたしとお母さん今から買い物いくけどあにぃも行く?」


 サイドアップの髪形に、白ティの上からワインカラーのカーディガンを羽織り、花柄のショートパンツを装った、如何にもおめかしをしている麗がそう訊ねてきた。


「どこ行くの?」

「駅前のデパート」

「デパートねぇ……」


 GWの真っ盛りの今、デパートなんて人ごみの宝庫なようなものだろう。そんなところに自ら飛び込んで行くなんて……。


「あー、俺はいいや。二人で行ってこいよ」


 俺にできる訳がなかった。


「……っそ。なら留守番よろしく~」

「おう」

「あ、誰もいないからって女の子連れ込まないでよねクズにぃ」

「く、クズにぃ⁉」


 俺の驚愕の返事を聞くと、麗はドアを閉め、階段を駆け下りていった。まだこの前の事を怒っているのだろうか? せめてそんな事あるわけねーだろくらい言わせろよ。

 程なくして母さんと麗は出かけたのか家中が静寂に包まれる。


「静かだ……」


 耳を澄ましても物音一つ聞こえない空間。時計が奏でる旋律だけが自室に響く。なんというか、胸を軽く擽る感じがして心地いい。落ち着くというか、浸れるというか。まぁ自分に酔っているだけなのだろうけど、俺はこういう空間が嫌いではない。


 ピーンポーン


 しかし、そんな俺の自惚れタイムはインターホンの鳴る音によってぶち壊された。


「ったく、誰だよ。折角人が酔いしれてたっつーのによぉ」


 ピーンポーン


 そんな俺の事情など知る由もなく再び鳴らされる。


「へいへい、行けばいいんでしょ、行けば」


 どうせ宅急便かなんかだろうとテレビドアホンで来客を確認せずに玄関のドアを開けに行く。


「はーい。何の荷物ですかぁ……ゲッ」


 軽い気持ちで出て行ったのに、来客の顔を拝んだ瞬間、全身から汗が滲み、顔が自分でも引き攣っていくのが分かった。


「先輩、来ちゃいました!」

「い、いらっしゃい……」


 玄関前には笑みを湛えた水城美波が佇んでいた。


「……」

「先輩どうしたんですか? 急に黙り込んで」

「……えっ⁉ いやっ、ななにも!」


 純白のブラウスにピンクのキュロットスカート、白のサンダルを装った水城は、この前のとはまた違った大人な雰囲気を醸し出しており、俺は無意識に恍惚としていたようだ。目のやりどころに困る。それほど私服を纏った水城は輝いて見えた。


「ふーん、そうですか。あっ、もしかして先輩あたしに惚れちゃいました?」

「は、はぁ⁉」

「ふふっ! 冗談ですよ! それより先輩、顔真っ赤ですよ!」


 俺の反応を見て満足したのか水城はニヤっと表情を崩す。


「う、うっせーな。暑いからだよ!」

「ふーん、そうですか。まぁ、これ以上は先輩が可哀想なのでこれくらいにしときますね」

「お、おう」


 俺は一体なんのお情けを掛けられたのだろうか? 一考してみたが分からない。


「それより先輩! なんであたしの電話に出てくれないんですか? 酷いです!」


 怒っているのか今度は頬をハリセンボンの様に膨らませ、俺のTシャツを摘まみ、軽く揺らしてくる水城。感情の転化が激しすぎてどう反応したらいいのか。


「い、いやぁ~悪いなぁ、ついうたた寝しててさぁ」


 取り敢えず適当に返しておいた。勿論、全く寝てなどいなかったが「ごめん。鬱陶しかったからシカトしてたわ! てへぺろっ☆」などとほざいた刹那にはマジでぶん殴られそうなのでそんな事は絶対に口に出来ない。


「……そうだったんですね。それなら仕方ないです。ごめんなさい、お休み中の所をお邪魔してしまって」

「いや、全然大丈夫だ。ひま――」

「暇? 先輩寝てたんじゃないんですか?」


 切り揃えられた水城の柳眉がピクンと動き、不安そうに彼女は俺の顔を覗き込んでくる。それほど暑くも無いのに額から汗が垂れてくる。

 やばい、墓穴を掘った。これは何とか誤魔化さないと。


「い、いや~、丁度ひ、ひまわりの種でもたべようかなぁと思ってたところだし、お、おう」

「……何言ってるんですか先輩」


 ですよねー。

 そうなると思ってました。何だよひまわりの種食べるとこって。どんな状況だよ。ペットのハムスターがおいしそうにひまわりの種を食べるのを見て、あ、おいしそうだな、これってもしかして俺も食べれるんじゃね? みたくなノリで食べちゃった時の感じの状況なのかな? あ、意外と有りそうだなこれ。

 まぁ、国によってはおやつ代わりに食べる国もあるらしいがそれは今は置いておこう。


「そ、それよりうちになんか用か? 宅配便か? 何、水城って宅配のバイトでもしてたの?」

「なわけないじゃないですか! 普通に遊びに来ただけですよ!」

「そうか。俺はいつお前と遊ぶ約束をしたのだろうか水城?」


 全く記憶にないのだがどうしよう。俺が度忘れしてしまったのだろうか。もしくは水城の妄言だろうか。それとも世間一般的にはアポも取らずに唐突に訊ねてき遊ぶものなのだろうか。まじか、すげーなゴールデンボンバーかよ。セキュリティディルームにしようかな。てか、高校生が家で遊ぶって何するの? Wiiスポーツか何か? えーでも俺はスーパーマリオの方がやりたいんだけどなぁ。と思考の中で勝手にプレーしたいゲームソフト名を連想していると、


「先輩忘れちゃったんですか? 私はちゃんとしましたよ! 先輩があたしからの電話を出てくれないからコチャにちゃんと「今から先輩の家に行きますね!」って送っときましたよ。忘れちゃったんですか?」


 やはり水城の妄言であったことが判明した。


「うん、それは俺が知るはずもないよね、だって約束として成立してないんだもん! それは約束とは言わないよね? ただの強行だよねそれ⁉」

「まぁ、まぁ、堅い事はいいじゃないですか先輩。先輩だってあたしからのラインをシカトしてたんですからぁ」


 シカトしてたことバレてたぁーーーー。


「な、何を言ってるのかな水城さん。ぼ、僕が水城さんの事をシカトするわけにゃいじゃないですかぁ」

「へーそうなんですかぁ?」

「そ、そうだよぅ。俺と水城さんの仲じゃないですかぁ」

「……」

「ど、どしたの水城?」


 俺がそう答えると水城は顎に手を当て、黙り込み何か考え混む所作を見せる。


「先輩と私の関係って一体何なんでしょう?」

「は?」


 何を思ったのか水城は俺の事を真剣な眼差しで見詰め、問いてくる。


「いえ、単純に気になってしまって。先輩と私の関係性をあたしなりに今考えてみたのですが、上手くはまるものが分からなかったので。先輩はあたしとの関係性はなんだと思います?」

「俺と水城の関係性かぁ……」


 俺なりに一考してみるものの俺と水城の関係性って一体何なのだろうか?

 友達……ではないし。仲間? でもないし。恋人? とか言ってしまった手前には警察に連絡されてしまいそうだし、てかそもそもそんな関係ではないし。

 強いていうなら協力者だろうか。俺のライトノベル作家になるという夢を応援してくれて、俺の経験値を補う為に色々と付き合ってくれる俺には勿体ないほどの華奢で辛辣な優しくて可愛い後輩。

 口には出したことなどないがこれでも結構感謝している。

 まぁ、そんな事は口に出して言えるわけがないから、俺は照れ隠しに――


「普通に先輩と後輩だろ」


 なんて答える。

 これが俺の精一杯。

 自分でも結構面倒くさい奴だとは思う。


「えー、それじゃなんか寂しくありません? 一緒にデートした仲なのにぃ~」

「それは小説の為だろ?」

「それはそーですけど~。デートしたことには変わりありません!」

「ファミレスだけだけどな」

「むぅ。それでもデートはデートですよぉ。それにパンケーキも食べに行ったじゃないですかぁ」


 何故そんなにも水城はデートに拘るのか、分からないがこのままずっと否定し続けると永遠にデートだと主張してきそうだったのでここは俺が折れる事ににしよう。えっ、やばい! 俺ってめっちゃ大人っ!


「へいへい、分かったよ。分かりましたよ。ファミレスもパンケーキもデートだよ」


 半ば嫌々感が半端ない。もう半分は……なんだろう? 自分自身に問いてみたもののこれといった答えはでてこなかった。


「むぅ。そんな嫌々承諾されるとあたし的には少々不満ですがまぁいいです」


 そうか。そうか。不満少々か。

 でもね、水城さん。口を尖らせてそんな事を言われても全然説得力はないの。不満タラタラにしか見えないの。マネジャーが使えないのっ(やしろ優がやる芦田愛菜風)。

 俺のモノマネは置いといて、何と返せばいいのか分からなかったので取り敢えず「お、おう」と水城には返しておいた。


「でも知ってましたか先輩? 普通の先輩と後輩はデートなんてしないんですよ」

「まぁ、そりゃそうだろうな」


 逆に先輩と後輩という関係だけでそこら中の男女がデートしてたらマジで引いてしまう(羨ましい)。何故世界はそんな事になっていないのだろうか。これはおかしい。

 そうだ決めたぞ。次の作品はこれをテーマにしよう。唯々先輩と後輩という関係性だけで男女がデートできちゃう取っ換え引っ替えデートしちゃいますラブコメディ、『僕は毎日、後輩達とデートする!』。やばい駄作感が半端ない! これは大作になりそうだ、グヘヘ。


「先輩、何をにやけるんですか? キモイです」

「えっ、嘘。顔に出てた? って、き、キモッ!?」

「気持ち悪いくらい顔に出てましたよっ! ついでにめちゃくちゃ気持ち悪かったです!」

「グフッ……」


 爽やかに笑みを振り撒きつつ俺の事を俺の事をしっかりと罵倒する水城。どんな感情で喋ってるのこの子? 彼女の中で喜怒哀楽は一体どう処理されているのだろうか? 滅茶苦茶気になるんですけど。

 そして俺は誓う。二度と水城の前でにやけない事を。でないと俺の精神が持たない。水城の辛辣さには激辛カレーも仰天して尻餅を着くレベル。


「まぁ、それは別として先輩!」

「な、なに?」


 不意に俺との距離を呼気が当たるまで詰めてきて、覗き込むように俺を上目遣いで見詰める彼女の動きは空気を一変させる。

 そんな彼女の大胆な行動に半歩、片足が退く。

 ち、近い。

 水城の顔だけが鮮明に視界に映り、蠱惑的な褐色の瞳が目線を反らすことを許してくれない。

 白い肌に、潤んだ口唇。前髪から覗かせる柳眉に筋の通った鼻梁。黙っていれば誰もが一顧だしてしまうかのような絶世の美少女。そんな彼女が今目の前に居て、唯、俺だけを見詰めている。そう考えると動悸がして沸騰せずにはいられなかった。

 そんな俺を見てか、水城はクスリと微笑み、ゆっくりと言葉を発する。


「デートってのは男女二人に何かしらの感情がないとできないものらしいですよ」

「な、何かしらってのは一体……?」

「さぁ? 先輩はなんだと思います?」

「⁉」


 更に彼女は態とらしく俺との距離を詰めて試すように問いてくる。水城の豊かな胸が俺の胸板に当たりそうなくらいに迫っていた。水城の奴、今日は一体どうしたというのだろうか。行動が大胆過ぎる。


「えと、その、水城さん。流石にそれは近過ぎるというか、大胆過ぎると思うのですが……」


 目線を反らしながらそう答えると、水城はクスリと笑む。


「何がですか? それより先輩早く答えて下さいよ。もうあたし待てないです」


 俺の肩に手を置き、爪立ちをして更に俺との距離を埋める水城。

 ちょっ、こ、これ以上は!

 視界は既に水城の顔でいっぱいになり、そこから段々と口唇が主張してくる。


「あ、あのっ……水城さん。これは一体何を……」

「嫌なら拒否っていいんですよ先輩」

「っツ~~」


 腕を俺の首に回して逃げられないようにしているのに癖によく言ったものだ。どうやって拒否ればいいのか逆に教えてほしい。

 水城の呼気が頬を掠め、心臓がバカみたいに早く波打つ。

 もう、ここまで来たら受け入れるしかないのかもしれない。女の子がここまでしてくれているのだ。恥を掻かせるわけにもいかないし。

 覚悟を決めた俺はゆっくりと瞼を閉じる。

 さぁ、いつでも来い。いつでもウェルカムだ。できるなら歯磨きを十回程してこのシチュエーションに持ち込みたかったがもうどうでもいい。なるようになれだ。俺は今日リア充になる!


「……」


 しかし暫く待っても何の音沙汰もない。


「?」


 水城は何かぼそっと呟くと俺の首に絡みつけていた腕を解いた。

 目を開けると先程より数歩下がったところに水城は俯いて佇んでいた。気のせいか頬が赤めいてみえた。


「え、えーっと、水城さん?」

「へっ、はっ、えっ? いやっ、えっとその……その………」


 みるみるうちに水城の顔は沸騰していき、火がでる勢いだった。


「じょ、冗談が過ぎましたね! ほんと、ほんとごめんなさい! し、失礼します!」

「えっ、ちょっ!」


 俺の制止を聞く事なく、水城は逃げるように駅のほうへと駆けて行った。


「どうしたんだ、ほんとに水城の奴」


 それからというものGWが開けるまで水城からの音沙汰は皆無だった。



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