後輩とデート②

「ありがとうございました!」

「あっつー。どうしたこれ、お天道様はどんだけ俺の事嫌いなんだよ」


 ファミレスで充分涼んだ後、表へ出るとそこは灼熱だった。


「……どうする水城。もう一回ファミレス入っとくか?」


 冷房の効いた室内に居た所為か余計に外気が暑く感じる。

 何故俺達はこんなにも暑い日に外出するなんて愚行を……。


「先輩、ファミレスにもう一回行くとかお店の人に迷惑じゃないですか。それにあたしはもう何も食べれませんよぉ」

「まぁ、だよな。ならどうする? こんな灼熱地獄の中歩くなんて普段家から出ない芋虫人間の俺には出来ないぞ」

「……そんな先輩が、よくこんな暑い日に出掛ける気になりましたね」

「水城さんがピンポイントで今日を指定しちゃったからね⁉ 何これ、虐め?」


 何をこの子は俺が勝手に来ちゃった体にしようとしているのだろうか?

 驚きの余り、今すぐお家に帰ろうかと思っちゃいましたよ。


「なわけないじゃないですか先輩。あたしも先輩と同じようにこの日照りのダメージ受けてるんですから。やるなら先輩だけがダメージを受けるような弄りをしますよ」

「ねぇ、それって弄りの域を超えてない? それ唯の虐めじゃない? 教育委員会とかが発覚後に慌てて記者会見開く類の奴じゃない? ねぇ?」

「もぉ先輩、暑いのに大きな声出さないで下さいよ~。暑さに暑苦しいのが混同して余計に暑くなるじゃないですか~」

「お、おう。わ、悪かったな」


 何故俺は今、この子に謝っているのだろうか? 何がどうなったの?


「じゃ先輩、暑いですしこの駅に併設されてるショッピングセンターに行って見ませんか?」


 見上げると駅の上に五階建てのビルが聳え立っていた。ヒェエ~、人が多そ~。

 普段、俺が休日に粗粗外出しないのは人ごみが嫌いであるからであって、こんな如何にも人が集まるような場所に飛び込んで行くなんて自殺しに行くようなものだ。飛んで火に入る夏の虫っとは良く言ったものだ。ほんと死にたくない。あれれ~、おかしいなぁ。こんなに暑いのに体から冷や汗が出てきたよ~。

 外は直射日光、中は人ごみが……。

 どちらも嫌だが、どちらかに決めなければならない。そんな究極の選択を迫られた俺が出した答えとは――


「いや~、暑いせいか人が多いですね~」


 そんな僕が選んだのは綾鷹――では無く、人ごみでした。


「あぁ、そうね。あはは」


 諺通りに愚行を行っちゃってどうするの? バカなの俺? 故人の言葉から学習しろよ! 

 でも直射日光はもっと嫌ぁぁぁあああ――という感じで取捨選択した結果がこれである。


「やっぱりショッピングセンターに来たからにはショッピングしたいですよね!」

「お、おう。そうね、あはは」


 取り敢えず人ごみから抜け出したい。人が居ない所……人が居ない所……人が居ない所って何処だ? サバンナ? サバンナに行けばいいの? 何てどうしようもない考えしか思いつかない程、俺は追い込まれているらしい。


「先輩は何か買いたいものとか見たいものとかありますか?」

「えっ? いや、特にはないかな。水城が寄りたいとこ行っていいよ、うん」

「……どうしたんですか先輩?」

「えっ?」


 水城の言葉に、目線を彼女に向ける。そんな彼女はというと、俺から目と鼻の先に居た。


「うわっ!」


 思わず仰け反ってしまった。

 近い近い近い! この子は出会った時から距離が近すぎる! もっとこの子は他人のプライバシーとか、距離感とか、そういうものを考えて行動した方がいいと思うんですけど! 何なの、この子俺の事どうしたいの? 心臓発作を起こさせたいの⁉

 そんな俺の心の葛藤など彼女が知る由も無く、少し開いた俺との距離を彼女は再度詰めてくる。斜め下から潤んだ瞳と口唇がとても蠱惑的で、そんな彼女に思わず見惚れそうだった。


「……やっぱり。先輩、こっちです」

「えっ?」

 そういうと水城は俺の手を引き、隅に置かれたベンチソフファーに俺を座らせる。

「ちょっと、ここでじっとしてて下さい」

「え、あっ、ちょっ」


 それだけ告げると彼女はどこかに駆けて行った。

 全く、こんな人ごみの中に体調が芳しくない俺一人を放置して水城さんは一体何処へ行ってしまったのだろうか。トイレだろうか? 

 まぁ、体調も良くなかったし丁度良かったと言えば良かったのだが。


 ――10分後。


 あれれ~、おかしいなぁ。遅くなっ~い?

 もしかして人ごみが苦手な俺に呆れて水城さんは帰ってしまったのだろうか? 流石にそれはないか、うん。だってここにじっとしててって言われたし。

 という事は……何だ、俺って今、待てを強要された犬と同じなのか。何それ、物凄く興奮しちゃうんですけど⁉

 まぁ、冗談はさて置き、多分トイレだろうな。女の子って時間かかるっていうし、そうそうトイレ、トイレトイレトイレトイレトイレ――

 

 ――20分後。

 

 あれれ~、おかしいなぁ。遅くなっ~い? これはもう、完全にあれだよね、大の方だよね? そうだよね?

 

 ――30分後。


 ……これはあれだ。大じゃないや。水城の奴、帰っりやがったな、うん。

本日の模擬デートはまさかのまさか、水城の逃亡という形で終焉を迎えた。


「……帰るか」


 ここに居ても仕方ないし、というか虚しいだけだし……。


「クソ、次、学校であったら文句を浴びる様に言ってやる」


 そんな性根の腐った事を考えていた刹那――


「せ、先輩すみません遅くなりました!」


 声を荒らげ、息を切らして駆けてくる後輩が一人。


「あれ、水城さん帰ったんじゃなかったの?」

「帰りませんよ。先輩にここで待ってて下さいと言ってしまった手前、帰りたくても帰れませんよ」

「そ、そうですか」


 何だよ、水城も帰りたいのかよ、早く言えよ。帰りたい俺と帰りたい水城。何で俺達ここに居るの?


「はい、先輩!」

「うぉっ! 冷たっ!」


 そんな疑問を抱いていると水城は俺の頬に何かを当てて来た。


「お水買ってきました! ほんとはもっと早く帰って来れるはずだったんですけど、結構遠くまで行ってしまった所為か先輩までの帰り道が分からなくなっちゃって……」

「……」


 それでこうも帰ってくる時間が遅れたのか。俺なんかの為にわざわざ……。

 水城から渡されたペットボトルを見詰めると色々な思いが込み上げる。

 きっと彼女はこの一本ペットボトルの為にモール内を必死に駆けずり回ってくれたのだろう。そんな水城の姿を想像すると、何故だか胸の辺りがじんわりして、何か言わなきゃならない……伝えなきゃならない言葉がある気がする。


「水城」

「ん、何ですか?」


 息を大きく一つ吐き、俺は彼女をしっかりと見据えて今の、率直な気持ちを思うままに言葉にする。


「何だ、うんこじゃ――」

「違います! 殺されたいんですか先輩?」


 分かってはいたが、俺が言いきる前に彼女は凄い勢いで否定し、殺害予告をしてきた。


「あ、安心して冗談だから」

「何を安心しろって言うんですか⁉ 先輩の言う事は全然、全く冗談には聞こえないのですが⁉」

「……その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 いつも冗談らしからぬ事を俺に吐いてくる水城さんには是非ともこの機会に自分の言動にもしかっかり向き合って欲しいものだ。

 さて、冗談もこれくらいにして。


「……ありがとうな」

「えっ?」


 唐突な俺からの謝辞に驚いたのか、水城は目を丸くして硬直していた。

 何だよその目は。俺からお礼を告げられただけで『偶然ツチノコ見つけちゃいました!』みたく驚きやがって。全くツチノコに失礼な奴だ。俺はちゃんと年、数回は誰かにお礼を言っているのに。


「これだよ。えと、その……水……あ、ありがとうな」


 こう、面と向かって誰かにお礼を告げるなんて俺にはめったにない事で、恥ずかしくて、堪らずそっぽを向いてしまった。


「フフッ、どういたしまして!」


 一瞬、驚いた様な表情を見せた水城だが直後、嬉々とした笑みを湛えて彼女はそう答える。


「それより先輩、体調の方は大丈夫ですか?」

「ああ、休憩できたお陰でだいぶ良くなったよ」


 本調子とまではいかないが先程よりはマシではないかと思う。


「じゃあ、行くか店巡り。水城何処に行きたいんだったっけ?」


 膝を叩いて立ち上がり、自分を鼓舞するようにいつもより声高に話す。


「え、いや悪いですよそんな! 先輩体調悪いってのに……」

「いや、大丈夫だって! ほら、もうすっかりこんなに元気に――ってありゃ?」


 元気な所を見せてやろうと大きく手を動かしてみたものの、まだ人に酔っているのか蹌踉めいてしまった。


「ほらぁ、先輩やっぱり体調悪いじゃないですか。無理しちゃ駄目ですって!」


 そんな格好のつかない俺に彼女は優しく手を添えて、本気で心配そうにこちらを見据えていた。


「今日は帰りましょうか。先輩に倒れてしまったら元も子もないですし」

「いや、でもそれは悪いだろ……折角来たのに」

「フフッ。何ですか先輩、あたしと〝デート〟できないのがそんなに残念なんですか?」

「……………………うん、そうだね」


 デートという単語を異常に強調してくる水城さんに敢えて素っ気なく返す。


「何ですかその間は⁉ 全然思って無いですよね? 心込めてないですよね⁉」

「心込めればオッケーなのかよ⁉」

「オッケーではないですけど、先輩の遣り様で心持というかあたしのテンションが著しく変わります!」

「どういうこと⁉」


一体水城は何の事を言っているのだろうか、よく分からない。


「え、いや、な、何でも無いです! はい!」


 何故か水城は動揺していた。やはり水城はよく分からない。


「それよりも今日の所は帰りませんか先輩。あたしが誘っておいて何ですが……また別の日に来ましょうよ! 多分、その方が人も少ないでしょうし、きっとゆっくりできますよ?」

「……」


 俺はこの優しさに甘えていいのだろうか? 元はといえば今日は俺の小説のネタの為に来ているというのに……なのに俺の事情で今日この時間を、彼女の時間を無駄にさせてもいいのだろうか?


「心配しなくても大丈夫ですって先輩! また来ればいいだけの話ですしそれに〝まだ〟時間はありますし……ねっ?」

「……」


 そんな俺の思考を読んでか、彼女は優しく微笑みながら俺にそう立案してくる。


「……分かったよ」

「素直でよろしい! それじゃ帰りましょうか先輩!」

「何でちょっと上からなんだよ」

「えー、別にいいじゃないですか~。そんな小さい事気にしてるとモテませんよ先輩!」

「うっさいな。いいんだよ、別に」


 半ば呆れながら、半ばいつもように振る舞う彼女に安堵の念を抱いて、俺達はこの喧騒を出る。


 ――またいつでも来れる。


 いつかは分からないけれども、近いうちにまたこうして水城とここを訪れる事になるのだろうなと、この時の俺はそんな確証もない未来を只々信じて疑わなかった。



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