あなた誰?
「じゃあ今日の授業はここまでにします」
「だぁーー! 飯だ飯だ~!」
「今日どうする学食? 購買?」
四限目も終わり昼食を取るために半数以上の生徒は教室を出る。教室に残っている生徒も小グループを作り、弁当箱を広げ、友人達と他愛も無い話をしながら楽しそうにランチタイムを満喫していた。
そんな中俺はというと、朝買って置いたパンと自販機で買ったレモンティを今日も一人で窓の外を眺めながらひっそりと口にする。今日も至って学校は平和だ。
「あー。隕石落ちてこねーかなー」
そんな虚夢な妄想をしてしまうくらいには俺は学校が嫌いだ。俺にとって学校とは籠の中に閉じ込められた鳥の様に息苦しいものだった。
例えるなら目の前にゲームはあるのに他の子達が遊んでいるのを永遠に眺める事しかできない子供さながらに屈託なものでしかない。
だが俺も高三だ。いい加減こんな生活にも慣れた。あと一年もせずにこんな退屈な生活とはおさらば出来る。そう考えれば何とかこの生活もやっていけそうな気がする。
そんな事を考えながら最後の一欠片を口に放り込むと一気にレモンティで流し込み、携帯と財布だけをとって席を立つ。
教室にはちらほらと購買組が戻り始めていた。
余り教室に長居すると購買組の連中が帰ってきて教室が騒がしくなる。俺はそれが嫌で毎回というか学校がある日は毎日昼食を手早く済ませるとこうやって教室を出て図書室へと向かう。平和に生きていく為には弱者は強者に媚びなければない。
しかし図書室に向かう際も容易ではない。何故ならばリア充が廊下を占拠しているからである。俺は廊下でリア充共を見かける度に遠回りをしてでもそういう場所は避ける。何故ならば色々と面倒くさいから。「これどこ通ればいいの?」と俺が気を遣うのも、「あ、ごめんなさい」と退いてもらってリア充達の一時に水を差すのも気が引ける。
そんなこんなで遠回りをすること三回、何とか図書室にたどり着く事が出来た。今日はこれでも少ない方である。最高記録は図書室に到着するまでに十回程度回り道をせざるを得なかった。
「やっぱり次から直進しようかな」なんて、すんなり心変わりしまう程には、やはり遠回りをするのは面倒くさい。何ならあいつ等わざとやってるんじゃないのと疑うまである。
「明日、一回だけ直進してみようかな」
そんな事を思いながら図書室に入ると、俺は一席に座り本を読むのではなく携帯を取り出し、慣れた手つきで文字を打っていく。そう、新作を書いているのだ。家では基本ノートパソコンで書いているものの、流石に学校にノーパソを持ってくると目立つので、というかそんな度胸はないのでこうやって学校の日は携帯で執筆することにしている。
図書室という事でこの学校の図書室にあるラノベを読んでもいいのだが、ここにあるのは読みつくしてしまったし、俺も何だかんだ受験生という事で塾に通わされてる最近では、この昼休みは貴重な執筆時間となっていた。
そんないつもの様に執筆していると唐突にメッセージ通知が画面上に表示される。アプリを開いてメッセージを確認すると『今回の一次選考はどうでした?』とのメッセージが表示される。そんなメッセージを見て、俺は『また駄目でした(笑)』と何気なく送信する。
すると直ぐさま『あーほんとですか……。カシワさんの作品全部おもしろいのになぁ……。あ、でも、今回の作品もWEB小説サイトに上げてくれるんですよね? そう考えると嬉しいような……あ、すみません! カシワさんからしたら全然良くない事ですよねすみません! あ、でも今回もとってもとっても楽しみにしてます!』との返信。
すかさず『楽しみにしといて下さい! とは一次選考にも掛からないくらいですから言えませんけど……(笑)。また何かしら感想貰えると嬉しいです!』と送信。
最後に『そんな事ないです! はい! 楽しみにしてますね!』とのズッキーニさんからの返信を見て俺はアプリを閉じる。
「ふぅ~」
少し照れくさくて背もたれに体重を預け少し上を向いて息を吐く。
俺なんかの作品を楽しみに待ってくれてる人がいる。そう考えると少しだけ救われた気持ちになった。毎度毎度、新人賞に応募しては一次選考で落ちまくっている俺は碌に評価シートを貰えないし、貰えたとしても在り来りな意見しか貰えないので毎回落ちるとWEB小説サイトに作品を上げて感想を貰うようにしている。
しかしまぁ、箸にも棒にも掛からぬだけあって帰ってくるのは大凡酷評ばかりであって……でも、そんな酷評だらけの中にも物好きな人というのはいるもので。先程メッセージのやり取りをしたズッキーニさんは世俗から隔離された人間であるのか何故か俺の書いた作品を毎回絶賛してくれている。多分ズッキーニさんは変人である。いやズッキーニって言うぐらいだから人間じゃないのかも……否、それは無いだろうけど。
まぁでも、その変人からの一声があるから、才能がないと分かっていてもただ只管にこうやって俺は作品を作り続けられているのかもしれない。
「……続き書くか」
ズッキーニさんとのやり取りで気分が高揚しているのか今なら何かいいものが書ける気がする(書けるとは言ってない)。
「何を書くんですか?」
そんな中、隣から可愛らしい声音が聞こえた。
「何ってそんなの新作に決まって――ってへっ……?」
横を見ると目の前に見知らぬ美少女がいた。
「うわわわわわわーーーーーーーーーーー」
「え、ちょっ、大声出さないで!」
俺に大声を出されて慌てたのかその彼女は俺の口を手で覆い、シーと黙る様に催促してくる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「いいからちょっと静かにしてて下さい! ここ図書室ですよ、怒られちゃいます!」
そう言って彼女は挙動不審気味にきょろきょろと周りを見回す。
「……ふぅー。大丈夫みたいですね」
いや全然この状況大丈夫じゃ無いんだけど、そんな挙動不審にきょろきょろしてたら何か俺ら図書室で如何わしい事してるみたいじゃん。てか、貴方誰なの? 彼女の手を掴んで強引に口から手を外させる。
「誰?」
俺は知らない誰かに率直な疑問をを投げかけてみた。
「あ、そうですよね、すみません。あたし二年の
「………………………ってそれだけ?」
確かに『誰?』としか訊いていないけどもさ。他に何かあってもいいんじゃないの? 好きな男性のタイプとか男性に言われたい言葉とか、男性にして貰いたい男らしい行動とかあるでしょ? ほら、隠さないで吐いちゃいなさいよ~。ねぇ! ……ごめんなさいやっぱり名前だけで大丈夫です。
「え、他に何かあたしに訊きたい事とかあるんですか? あ、でもスリーサイズとかは訊かれても教えられませんからね」
「そんな事訊かないから⁉」
恥じらいなく平然と俺を変態扱いしようとする彼女に驚愕してしまった。何だ? 女子には俺ってそんな風に見えてしまってるの? マジか?
「逆に訊かれたら引きますよ! 生指部に直行するレベルですね!」
「いやだから訊いてないからね?」
「えーなんですか? んーと、えーと……。すみません貴方のお名前訊いてもよろしいですか?」
まさかの俺の名前知らないのに喋り掛けて来たのかよこの人。すげーな、なんだそのコミュ力? そのコミュ力の半分でも俺に分けてくれれば俺だって友達が………って別に羨んでねーし、全然羨ましくなんかねーし!
「んと、三年の柏木恭介………です」
「……………………………………ってそれだけですか?」
「他に何言えっていうんだよ――って、あ」
それを聞くと彼女は少しだけ口の端を上げて可愛らしくクスッと笑う。
「ほら、先輩だって自己紹介名前だけじゃないですか!」
「いや、これとそれとは違うでしょ」
「違うって何が違うんですか?」
「えっとそれは………」
「ほら! やっぱり一緒じゃないですか!」
「うん、じゃあもうそれでいいよ」
「何ですかその投げやりな感じ? そんな簡単に諦めないで下さいよ!」
そう言って彼女はグッと俺の目の前まで顔を寄せてきた。蠱惑的な瞳がとても可愛らしくて思わずその瞳に吸い込まれそうに――って危ない危ない! 何だこの子は? 一体俺にどうしろというのだろうか? え、何? スリーサイズとか訊いちゃっていいの⁉
「で、何で君は俺の隣に座ってるわけ?」
「ぶぅー。君じゃないです、美波です!」
頬を膨らませてプイッっとそっぽを向く後輩の女の子は妹と違って可愛らしい。
「で、水城さんは何で俺の隣にいるわけ?」
「う~、先輩は頑固な方ですね」
名前で呼ばせたかったのか彼女は口を尖らせてぼやいていた。
ちょっと可愛い。
「うん、そーだね」
「…………先輩さっきから素っ気ないです。何であたしに構ってくれないんですか~」
構ってくれといってくることだけはあって、携帯で淡々と執筆する俺のYシャツを彼女は引っ張ってくる。初絡みなのにこの馴れ馴れしさ、何、この子ビッチなのかな?
「…………どうしたのビッチさん?」
「ビ、ビッチなんかじゃないです? あたしはバージンロードをバージンで歩きたいタイプの人間なんで――って、わわわわわ~お、女の子に何て事言わせるんですか? せ、先輩の変態!」
「いや、だから俺からは訊いてないからね、うん」
自分から訊いてもない事をべらべらと話しておきながら俺の事を変態扱いするとは、この子とんだキチガイ野郎である。
「いや、絶対に先輩は変態です! 先輩は内心、いつでもどこでもえっちな事を考えてる鬼畜野郎です! きっと今も先輩の脳内で私は何回も辱めを受けているに違いありません!」
「何で俺は変態設定なわけ⁉」
「え、違うんですか?」
「ちげーよ!」
目を見開いて「嘘でしょ……」と言わんばかりに驚く彼女を見ると無性にムカついてくる。一体この子は俺の事を何だと思っているのだろうか? 言っておくが俺はこのまま魔法使いになってしまいそうなくらい紳士なんだぞ! 魔法使い最強! マジRESPECT!
「で、結局何で水城さんは俺の隣に座ってるわけ?」
いつの間にか反れまくっていた当初の疑問を解決すべく俺は携帯を弄りながら彼女に質問する。
「あ、すみません駄目でしたか?」
そんな俺の態度を見てか彼女は先程までとは打って変わり大人しめの不安気な声音で訊ねてくる。
「いや、駄目と言うか、何というか……。ただ急に居たから何か俺に用事でもあったのかと……」
そんな態度を取られると急に調子が狂ってしまう。
誰だっていつの間にか知らない女の子が自分の隣に居たら驚くものだろう。しかもこの子ったら見た目はあなた芸能人なの? ってくらい可愛いし、制服も今時の女子高生らしく着こなしてるし。いい匂いはするし。だいぶモテていそうなものだ。後輩だから知らないのだけれども。否、後輩でなくとも結果は変わらないか。俺、人との関わりとかないし。
「なんだ、よかったです。てっきりあたし先輩に嫌われちゃってるのかと……」
「……まぁそれに似た類の感情は今君に抱いてるけどね」
「えっ? 何でなんですか? あたし何か先輩が気を悪くしちゃうことしちゃってましたか? あたし何やらかしちゃいました? 教えてくださいよ先輩~~」
そう言いながら彼女は俺の腕を掴んで左右に揺らしてくる。アハハこれこれー。俺が苦手なのはこれー。
「ちょ、ちょっと、水城さん? 貴方気づいていないかもしれないけど揺らすふり幅凄いんだけど? 頭がグワングワン揺れてスマホ画面に焦点が全然定まらないんですけど?」
「あっ、すみません」
そう言って彼女はようやく自分の行いに気づいたのか動作を止めてくれた。
「あんた
「まさか~そんなわけあるわけないじゃないですか先輩~~」
ニコニコと笑顔を俺に振り撒いて彼女はバシバシと結構な強さで俺の肩を叩いてきたやはりこの子が態とやっているという事が判明したところで、とっととどこかへ行ってくれないものだろうか? 鬱陶しくてたまらない。あれだなこういう時は無視が一番だ。返事をしなかったら流石に自分が嫌悪感を抱かれてるということくらいわかってくれるだろう。うん、それでいこう。未だにバシバシと叩かれ続ける肩を他所に俺は無心に携帯を弄り続ける。
「もぉ、先輩何か反応して下さいよ~つまんないじゃないですか~」
俺の無反応攻撃が功を成したのか彼女は叩くのを止めてプンスカと子供の様に駄々をこねる。これが一般的な男子高校生だったら可愛い後輩からのスキンシップに心躍るのだろうが俺には何故かそういう感情が微塵も湧いてこない。どちらかというと好意とは真逆の感情しか今の所抱けてなかった。そんな事を考えていると刹那――
「――先輩ってもしかして童貞ですかっ?」
「なっ?」
柑橘系の甘い香りが鼻腔を擽ったかと思った次には、耳元で吐息を吹きかける様に言葉を囁かれ思わず背筋がゾクっとした。
「ふふっ。やっぱり先輩って童貞なんですね! 顔真っ赤ですよ」
「ちがっ、これは別に俺が童貞って事がばれたから赤くなってるんじゃやなくてお前が急に変なことするから――」
「ちょっ、先輩ここ図書室だって言ってるじゃないですか! そんな大声出しちゃ駄目ですって!」
いつの間にか立ち上がって大声で話す俺の口を再度、彼女は手で塞いで辺りをきょろきょろと見回す。そんな彼女からはやはりいい香りがした。
「ふー。大丈夫みたいですね」
俺の口を塞いでいた手を退けると彼女はふぅと肩をなで下ろす。
「先輩、ここ図書室なんですからね! ほんと気をつけて下さいよ!」
「わ、悪かったよ」
半目で俺の事を凝視する彼女に、俺はただ彼女から目線を反らして、詰まりながら可愛げない謝り方しか出来なかった。あれ? これって俺が悪いの?
「まぁいいです。あ、もうすぐ昼休み終わっちゃいますね。それじゃあたし教室に戻るので! ではでは!」
そう言って俺の挨拶も聞かずに彼女は嵐のように去って行った。
「………………結局あいつは何で俺の横に座ってたんだ?」
そんな切なる俺の問いに誰も答えてくれるはずもなく、代わりに昼休み終了を告げるチャイムだけが図書室内に響き渡った。
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