連戦
気付いた時には、もう遅かった。
命中したボーラは両端のおもりの遠心力で俺を縛り上げていく。拘束された部位は命中した右腕から始まり、肩口から胴体全体、そして膝上まで。
まともに身動きがとれないほどに、俺はがんじがらめにされていた。
そしてチラッと視線を落とすと、俺に巻き付いたボーラは濃い緑色に光っていた。おそらく先ほどノエが叫んだ言葉がトリガーで、ボーラは狩猟の神の加護を受けて長く伸びた挙句に強度を増しているのだ。その証拠に、左手や足を動かそうとしても紐がきしむばかりで全く動かせる気配がない。
「どうです、これがボーラの力ですよ! このように相手を倒すのではなく捕まえるのが、ボーラのすごいところなんです!」
「ああ、まったくすごいな、これは」
正直に言うと、俺は舐めていた。
足の速さやボーラの扱いだけではない。体力も、技術も、戦闘経験も、おそらく何を取っても俺はノエに敵わないだろう。それが神や神憑きがいるこの世界で日々努力を積み重ねている戦士というものだ。
そんな世界にたった昨日産み落とされた俺が勝っているのは、唯一この右拳のみ。
そう、初めから、右拳を使わずに勝とうなんて考えた時から、俺は負けていたんだろう。
「さあ、参ったって言ってもいいんですよ? 最大強度、魔狼でもちぎれないくらいに頑丈ですからね!」
……ただ、まあ。俺もこのまま参りましたと言うわけにはいかない。
せめて良いところの一つくらいは見せないと、俺の神にも、あの大地の神にもとても顔向けできたものじゃない。
「……じゃあ、このボーラを引きちぎったら引き分けってことでいいかな?」
「いえ、もしこれをちぎられちゃったらノエにはどうしようもないので、カジナさまの勝ちですよ!」
なんとも潔い。だが、今回はその潔さを利用させてもらう。
胸の前に構えたまま胴体もろとも締め上げられた右手に、ボーラの紐の一本を握り込む。
拘束するボーラの限界まで両足を開き、右足に体重を移す。体ごと傾けて左足を浮かせ、前方へ差し向ける。
体重移動と胴体のしなり、加えて軽く曲げた右足のバネを使い、紐を握ったままの右拳を渾身の力で撃ち出した。
バァン! と爆発じみた炸裂音が轟いた。
右拳を突き出した格好の俺の周りに、ちぎれたボーラがボトボトと散乱した。
そして右拳を開くと、最後の一本がパタリと落ちた。
まあ、理屈としては簡単な話だ。
巨人の片足を吹き飛ばすほどの一撃を、固定されて力を逃がせない状態でボーラは受けたのだ。そりゃあ結果はボーラか俺のどちらかが壊れるしかない。そして俺の右腕は恐ろしく頑丈なので、ちぎれるのはボーラの方だろう。当然の結果だ。
だが、そんなこととはつゆ知らないノエにしてみれば、これは予想だにしなかった光景に違いない。その証拠に、模擬戦の最中にも爽やかな笑みを崩さなかったノエが、今は目も口も開いて唖然としている。
「さて、これで勝負あり、なのかな?」
「……ま」
「ま?」
「参りましたぁ!!」
そう叫ぶなり、ノエは両手を挙げて背中から地面に倒れ込んだ。
多少後ろめたい気分もないではないが、まあ勝ちは勝ちだ。
ノエとの模擬戦をして見せたことでひとまずみんなの俺に対する関心は収まるかと思っていたのだが――
「なあ、最後のあれ何使ったんだ? 教えてくれよ!」
「あんなの見たことないですよ! 一体どの神の神憑きなんです?」
「おい俺と力比べしようぜ!」
「もしかして手加減下手くそなのかぁ?」
むしろ、力の全貌をよく見せないままの勝利だったせいで俺への関心は前よりもさらに高まっていた。
俺は屈強な男女に囲まれて疑問をぶつけられまくっていたが、正直どこから答えていいのかもよく分からない。
……まあ、後のことまで考えて戦う余裕なんてなかったからなぁ。
なんて現実逃避気味に考えていた俺の視界の端、人垣の向こうに、目を引く「青色」が見えた。
「ふーん、楽しそうなことしてんじゃん」
特に張り上げてもいない少女の声が、人垣を超えて俺の耳に届いた。
瞬間、俺を囲む人垣の熱意が、水でもかけられたかのように収まる。
全員の視線が一人に集まり、自然と人垣が割れていく。その先にいたのは、青髪を左側頭部で束ねた華奢で小柄な少女、ベアトリスだった。
「模擬戦? じゃあ次はあたしとやれよ」
一晩経って体調も回復したのか、昨夜に比べれば声は数段明るかった。
だが、その目はとても明るいなどと言えるものではない。好意的に考えても闘志、もっと率直に言うと敵意とか、そういうものに近い目だ。
しっかし、砦の長のエドムントといい、このベアトリスといい、これまで会ったこともない俺に向かってどうしてこんな目をするんだろうか。俺としては何もしてないつもりなんだが……。
「えっと、ちょっと今日はこのくらいにしておきたいなー…………なんて」
俺はなるべくやんわりとベアトリスの話を断ろうとした。だが、俺の意見が通ることはないだろうなとは薄々感じていた。
「そ、嫌なら嫌でもいいけど。ただ砦の長サマに進言しておくだけだから。『神憑きのくせに腑抜けで根性なしの穀潰しだからとっとと追い出すべきだ』ってな」
返ってきた答えは予想通り、というか予想以上にひどかった。
彼女がどこまで本気かは分からないが、もしもあの砦の長にそんなことを吹き込まれたら、少なくとも俺に良い感情は抱いてなさそうなあの男のことだ、本気で追放されかねない。
いやまあ、俺が追放されるのは別にいいが、下手をするとイェーナたちにまで被害が及ぶ可能性もありうる。それは流石にごめんだ。
というわけで、俺はこの話を受けざるを得ない。
「参ったな……どうやら戦う以外に道はないみたいですね」
「へえ、意外と物分かりがいいじゃん。神憑きのくせに」
そうして向かい合った俺たちの周りから、急ぐように取り巻きが離れていく。
……もしかして、このまま始まってしまう流れか、これ。
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