帳の向こう

 ゴウッと爆発じみた衝撃が大気を揺らす。

 魔狼の頭部を包み込むほどの極大の火柱が空気を一気に加熱、膨張した空気が爆風となって吹き荒れたのだ。

「これは、一体……!?」

 炎の中にいるのは魔狼とエドムントのみ。そして焦熱や太陽という言葉からしてこの炎がエドムントの力によるものだということも分かる。

 だが、分からない。

 あの大剣を容易く振り回す腕力に合わせて、これほど巨大な炎を一瞬にして出現させる能力、加えて規模は小さいとはいえ間違いなく感じる神の気配。

 もはや神憑きにすら匹敵しそうなこの男の正体は、一体何なのか。

 答えたのは、隣のラウレンスだった。

「エドムントという男はなぁ、戦士であり神官なんじゃ。すなわち、剣の腕と太陽の力を操る戦士としての一面だけじゃなしに、それらの神々と自身との結びつきを強めて神の力をより自在に操る神官でもある。実力だけで見りゃあ、サイラスと互角かそれ以上――」

 いつしかオレンジ色の炎は勢いを失い、火の粉だけを残して消え去っていった。

 中から現れたのは、牙を一本失い丸ごと焼かれた魔狼の頭と、残った牙を引っ掴んで魔狼を釘付けにしていた無傷のままのエドムント。

「――要するに、奴こそがこの砦の最高権力者にして最大戦力、というわけじゃ」

 大剣の光に照らし出された男の顔は、獰猛な笑みを浮かべていた。


 エドムントが手を放すや否や、魔狼は一目散に逃げ去っていった。

 だが、その行き先には目もくれず、エドムントは大剣を担いで振り返る。

「残留物の調査と魔狼の追跡を行え。明日にも討伐隊を結成し、魔狼どもの根城を叩く。以上だ」

 そうとだけ告げると、エドムントは砦の中央の建物へと帰っていった。

 その顔にはもう何の表情も浮かんでいなかった。


 ◆


 砦中央に位置する建物の一室。個室の中では最も広いその部屋が、俺の寝室だった。

 ベッドの側に大剣を置き、自分はベッドに腰掛ける。

 念のためこの室内の気配を探るが、俺以外の気配はなかった。

 それを確認して、ようやく俺は無表情を止めた。

「ふ、ふふ……ようやくだ……」

 口角が吊り上がり、唇の隙間から歯が覗く。

 愉悦に歪む口を手のひらで覆い隠しながら、俺はこれからの計画を頭の中で思い描く。

 奴らが戻ってきたと聞いた時にはその悪運の強さを呪ったが、先程の戦闘で確信した。俺の計画はまだ続行可能だ。

「今度こそ……今度こそだ。これさえうまく行けば、俺は戻れる……!」

 全てはこの状況を打破するため。失敗すれば俺の命はないが、俺に限って失敗はあり得ない。

 そう、俺はこんな辺境にいるべき人間ではないのだから。

「さて、手始めに始末すべきはあの小僧だな……」

 黒髪で癖毛の小柄な少年であり、神憑き。

 まだ能力の全容は分かってはいないが、見た限りではサイラスほど骨の折れる相手ではない。

 とはいえ神憑きは神憑き。得意分野で競えばまず人間に勝ち目はない。

「一応、情報を集めておくべきだな」

 やはり事は慎重に進めるとしよう。

 全ては俺が正しい場所で輝くためであり、それこそが我が王のためでもあるのだから。

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